とある呪術の禁書目録   作:エゴイヒト

11 / 24
領域攻略(みんな電柱は持ったな!!)

 

 透明なヴェールのようなものがマリーを中心に拡散していく。やがてそれは完全に空気と一体化して見えなくなる。

 

「ほう」

 

 それだけだ。たったのこれだけ。

 深黒の宇宙空間に閉じ込められるわけでもなければ、おどろおどろしい骸骨が辺りに散らばるわけでもない。気味の悪い手に閉じ込められるわけでもなければ、周囲がいきなり駅構内に変わるわけでもない。

 領域が展開されたというのに外見……いや、内装に何の変化もない。

 

「不可視にして閉じない領域ときたか」

 

 見たところ、宿儺の領域と同じように現実世界とそのまま繋がっているようだ。ただし宿儺のそれとは違って環境そのものに変化が見られないので、どこまでが領域か分からない。

 領域の半径も境界も分からないのでは、脱出という手段はほぼ封じられたといっていいだろう。

 

「聖職者の生得領域などどうせ教会、処刑場、天上のどれかだろうと思っていたが、中々楽しませてくれるではないか」

 

 透明で形のない精神。

 ある意味、偶像崇拝を嫌う十字教徒らしいとも言えるのだろうか。

 

「む、術が使えない……?」

 

 宿儺も既に一度領域展開をしたばかりではあるが、また領域展開ができないわけでもない。領域対決も良いが、それでは味気がない。真正面から潰してやるのも一興だ。当初の予定通り、距離を取って術で攻撃しようとしたのだが、肝心のそれが発動しない。

 

「術式がショートしているのに近いか。これでは呪術は使えんな」

「ええ、その通り。私の領域は物だけでなく空間に縛りを与える。今回は呪術の封印です」

 

 聖別呪法(Consecration)は呪力を籠めた物体に強制的に縛りを課す呪術。

 無謬無相聖域(Invisible Sanctuary)はその延長であり、領域内の全てに縛りを課す。

 対象は物体に留まらず液体や空気、生物から呪力に至るまで。術者であるマリー=ウェーバーが定めた縛り(ルール)を強制する。

 

 相手に応じて自由に内容を変えられるのだが、専ら呪術の封印を縛りとすることが多い。

 そもそも現代においては領域展開というもの自体が必中必殺の奥義。そう考えると今更呪術を封じるなんて回りくどく感じられる。

 だがこれはつまり、相手の領域展開を封じるということでもある。先に領域を展開できさえすれば、相手に領域展開返しさせずに封殺できる。場合によってはジャイアントキリングさえ可能とする。

 

「流石の両面宿儺も呪術が使えないとなると困りますか」

「呪力そのものが消え去るわけでないのなら、呪力による身体能力の強化は働く。それで十分だ」

「痩せ我慢も上手なようで。ですがご安心を。私も同じく呪術は使えません」

 

 この領域の難儀な点は無差別であること。自分自身すら縛りからは逃れられない。他にも一度に課すことのできる縛りは精々一つが限度といった弱点がある。

 

「は、自分で作った鎖に自分で縛られるとは間抜けだな。近接戦闘で俺に挑もうなど愚の骨頂だぞ?」

「あなたこそ、馬鹿なのですか? 既に発動した呪術が無効化されるわけではありませんし、呪力そのものは許される。ということは、呪具の効果は残ったままなのですよ」

 

 マリーの領域は縛りであって、消去でも無効化でもない。既に起こった事象を取り消すことはできない。

 だからこそ、術式効果が事前に込められている呪具を用いた戦闘スタイルとは相性が良い。

 ハルバードを振り回して右手に持ち替え、宿儺へ向けて突きつける。

 

「ここがあなたの墓場です」

 

 彼女の宣言は、あながち間違いでもなさそうだった。

 遠距離攻撃手段は封じられた。かといって近接戦闘ではあのハルバードが厄介だ。完全に四肢を切断されたら、戦闘中の再生は不可能。そうやって無力化された上でトドメを刺される未来が見える。今の取り込んだ指の数では力押しで殺すこともできそうにない。

 それに時間制限もある。もたもたしていると虎杖に制御権を奪い返される。マリーは虎杖の命を気にしていない。虎杖に自死する度胸は無いと言ったが、どうせ死ぬと分かったならせめてもと潔く死ぬ可能性は捨てきれない。

 宿儺としては別にこの体を失っても構わないのだが、この女に殺されて負ける形となるのは癪に障る。

 

 彼が選んだ選択は、背を向けて離れることだった。

 

「逃走ですか、呪いの王と呼ばれる者の行動とは思えませんね」

 

 追いかけるマリー。二人は少年院から出て、住宅街へと入っていく。

 無論、宿儺も尻尾を巻いて逃げたわけではない。

 

「いまいち手頃なのが見つからんが……これで良しとしよう」

 

 宿儺は街路に並ぶ電柱を引き抜く。

 

「領域の方はともかく、貴様の呪術は攻略法が明確だ」

「っ」

 

 掴んだそれを振り回し、マリーへとぶつけようとした。

 

「俺と関係のないものに対しては意味を成さない。呪力の籠もっていない武器には無力だなあ!?」

 

 宿儺の膂力で振るわれた横薙ぎ。彼の身体能力は呪力で強化されていても、接触する武器そのものに呪力が付加されていなければ聖別は効かない。こちらも呪力強化すれば電柱を破壊することはできるだろうが……宿儺を討つことに特化してしまったハルバードではそれもできない。

 同様に、肉体を強化して防御するのも一つの手だ。

 しかし。

 

「貴様の貧弱な呪力量ではこの質量体を受け続けるのは辛かろう。貴様の呪力が尽きるか俺の時間制限が来るか、どちらが先か試してみるか?」

 

 マリーは電柱を受け止めず回避した。

 彼女は既に領域を展開している身だ。残り呪力には気を使わねばならない。ハルバードなどの呪具は既に発動したものなので問題無いが、身体強化には呪力を消費する。呪力が枯渇して防御や回避に呪力を割けなくなれば終わりだ。

 

 何だかんだ言って、電柱がしっくりきたらしい。補給しやすく耐久性と質量に優れた武器を手にした宿儺。消耗戦では彼に分がある。両者決定的な一撃は入れられない攻防が続き、このままいけばマリーはジリ貧になるかと思われた。

 

「私だけでは、無傷で宿儺を祓うことは難しいですね」

 

 元々、この領域は仲間を引き込むことで本領を発揮する。

 互いに呪術が封じられれば純粋な近接戦闘に縺れこむことは明白。そうなると持ち込んだ呪具の性能と互いの呪力総量がモノを言う。つまり、数で圧倒するのが本来の戦い方。

 

 他の護衛部隊は彼女が離れる間のインデックスの守護を任せなければならなかったため、今回は連れてこなかった。それは失敗だったといえるだろう。

 

「どうした、まだ奥の手があるのか。新たな呪具か?」

「いいえ、術ですよ」

「呪術は貴様とて封じられているだろう。それともあれは嘘だったのか?」

「ええ、確かに言いました。呪術は(・・・)使えないと」

「何?」

「……御身より授かった力を使うことを、どうかお許しください」

 

 何を狂ったか、マリーは宿儺へ突っ込んでいく。

 当然、電柱の餌食となる。

 

 

ゼロにする(・・・・・)

 

 

 その感触は、まるでスポンジで物を叩いたかのようだった。

 

 『ソーロルムの術式』。

 

 北欧のサガに登場するベルセルク、ソーロルムの異能を元にした魔術である。

 その効果は武器による攻撃の威力をゼロにするというもの。

 一度術者が認識する必要はあるが、剣も槍も棍棒も投石も弓矢も銃もミサイルも爆弾も、どんな武器も(なまくら)と化す。

 

 インデックスが自分以外の人間に魔術を使わせる実験として、マリーに教授した魔術だった。

 伝承通り弱点がハッキリしていて、防御魔術故に悪用には限界がある。インデックスの基準では比較的弱い魔術の部類なので、何かの拍子に広まっても問題ないだろうとの判断である。

 

 思わず目を剝く宿儺。だが驚愕している暇もない。

 攻撃を意にも介さず接近するマリーから距離を取ろうとするが、接近できたこのチャンスを逃す彼女ではない。マリーは袖から取り出した数本の鉄釘を投擲する。先程までは距離が空いていて避けられたり電柱で防がれてしまうので使わなかったが、懐に入り込めた今ならば遠距離攻撃も通用する。

 当然、これらには聖別が掛けられている。宿儺の脚に刺さったことで、一瞬動きが止まる。即座に釘を抜いたことで脚が機能しなくなることは防げたが、致命的な隙を晒してしまった。

 

 振りかぶったハルバードの穂先が日の光を反射する。

 次の瞬間、曇りなき金属光沢は血に染め上げられた。

 

「ちっ」

 

 受け止めた腕が千切れ飛ぶ。

 咄嗟に右腕を翳したことで脚に喰らうことは免れた。機動力を失うわけにはいかない。

 

 宿儺は後方へ跳躍し、再び距離が開く。

 マリーは追撃はせず、斧槍を払って粗方の血を落とす。聖別による特攻効果は血液にも作用している。触れているだけで血は煙となって蒸発していく。

 

「片腕では電柱は振り回せませんね」

 

 膂力の問題ではない。角度の問題だ。

 腕の可動域からして、片腕だけでは全方位をカバーすることはできない。右腕を失ったことで、右側面からの接近への対応がワンテンポ遅れる。それだけの違いで、戦況は一気にマリーの方へ傾く。

 

 取り込んだ指は3本しかないとはいえ、つい先刻特級呪霊を嬲り殺しにしてきた宿儺と渡り合える呪力強化と近接戦闘技術。更には聖別による特攻、領域による呪術封じ、術が使えない中での隠し玉による防御。

 マリーは無傷、宿儺は右腕欠損で即時再生は不可。もはや消耗戦にはならない。

 

「認めよう。今は貴様を殺すことはできん」

 

 宿儺は、今の指の数で敵う相手ではないと判断した。

 手を叩こうとして、片腕が無いことを思い出す。

 

「命乞いなら聞きませんよ」

「称賛だ。俺から褒められることなど滅多にないぞ、素直に受け取っておけ」

 

 正体不明の術を抜きにしても、宿儺が認めるに足る実力は示していた。ソーロルムの術式が無くとも呪力防御のみで負傷覚悟の接近はできたのだ。それをしなかったのは宿儺の罠を警戒したのと、完璧な勝利に拘ったから。淡泊で自由気ままな性格のインデックスとは反対に、彼女は厳格で完璧主義だった。

 

「そう、殺すことは(・・・・・)できん」

 

 その語り出しは、先の彼女に対する意趣返しか。

 答え合わせが始まる。

 

「貴様の領域は見えないわけでも閉じないわけでもない」

 

 結界で空間を分断しない領域展開はキャンパスを用いず空に絵を描くに等しい神業。

 当然ながら、彼女は宿儺と同じ域にあるわけではない。

 では、なぜ彼女の領域は果てが無いのか。

 

「何も変わっていないように見えるだけの現実を模した領域。それが正体だ」

 

 騙し絵(トリックアート)

 そこにキャンバスが無いかのように描かれ、周囲に溶け込んだ絵。

 絵でないように見えるだけの絵。虚像の現実。

 確かにそこに結界(キャンバス)はある。

 彼女の心象風景は、ありのままの現実をありのまま投影していただけのことだった。

 

「……何故、分かったのですか」

「これだけ街中を暴れまわっているのに人どころか虫一匹も見かけん。生物までは再現できんか?」

 

 奇しくも、それは『新天地』によく似ていた。

 人が居ないのは、半径500メートル以内の住民に避難誘導がされているからで説明がつく。虫がいないことに気づく注意力には舌を巻かざるを得ない。普通はそんなことは気にしない。

 

「如何に現実を模したといえどこの宇宙、いや地球をどこまでも再現など出来るはずがない」

 

 結界であるなら、枠は確かにある。

 

 宿儺は左手に渾身の力を込めて地面を殴りつけた。

 アスファルトが砕け地盤が崩壊する。軒を連ねる建物が次々と倒壊していく。

 足場を崩されたマリーはその場を離れざるを得なかった。粉塵が晴れた時には宿儺の姿は無かった。

 マリーは宿儺の狙いを察していた。しかし分かったところで今更どうにもならなかった。

 

「大方、この領域は術者を中心に半径数十メートルに展開している。術者が動けば世界の描画範囲も動く。逆に言えばその範囲が領域の境界であり出口」

 

 宿儺から離れようとしなかったのは追撃だけが理由ではなかったのだ。

 数秒の隙があればそれだけの距離を突き放すのには十分。 

 

「良くできている。出ようと思えば簡単に出られるのに、領域の形が分からなければ出ようとすら思わん」

 

 マリーから一定の距離を離れた時点で、街はガラスのように砕け散った。

 周囲を見渡すと、領域展開をした時点の場所――少年院へ戻っている。

 領域内でいくら移動したところで、領域の外では一切移動していなかった。

 

「種が割れればこんなに脆い領域もない」

 

 マリーの姿はそこになかった。彼女はまだ領域の中にいる。

 辺りに領域らしき外殻は見当たらなかった。

 

「籠城か。まあいい、今回は少し楽しめた」

 

 入ることは拒むが出ることは拒まない、通常の領域とは正反対の思想の領域。

 もし誰かがこの場を目撃していたなら、何もない所から宿儺が現れたように見えただろう。

 彼女の領域は3次元空間に入口は無い。どこまでも見えざる聖域であったのだ。

 




『ソーロルムの術式』
英国騎士派のトップ、騎士団長の術式。
認識した武器による攻撃を無効化する。具体的には近接武器は切れ味や質量が無くなり、飛び道具は落下し、爆弾等は不発弾化する。
伝承では武器を鈍にする能力を持つ賊ソーロルムとの決闘で、グンラウグは王から貰った剣を隠し持って使用しこれを打ち破った。よって認識外からの攻撃や武器を介さない魔術などには無力。
威力が大きすぎるとゼロにできない。が、作中では唯閃さえ防いでいる。

あとテストの点数、預金残高、失業率、降水確率などはゼロにできないので悪しからず。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。