とある呪術の禁書目録   作:エゴイヒト

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冥土帰し(蛙面宿儺)

 虎杖悠仁は、血のように赤い水面に立っていた。

 

「許可なく見上げるな、小僧。不愉快だ」

 

 

 


 

 

 

「死んでるね」

 

 私の眼前には骸が横たわっている。

 

ニヴルヘイムの女王はかの地の死因を浮き彫りに

 

 ペロッ……これは心臓を失ったことによる実質的心停止!

 って見たら分かるわ。

 両面宿儺に体を乗っ取られた状態で、本人によって心臓が抉り出される。その後なんやかんやあって肉体の支配権が戻ったことによって死亡、か。

 ちなみに比喩ではなく本当に舐めている(・・・・・・・・)

 遺体を、じゃないよ? そんなばっちいことしません。えんがちょ。

 吸い込んだのは蝋燭のような光の残留情報。

 

 グレムリンのメンバーであるヘルが用いた術式だ。

 名前から分かるだろうが、この術式は北欧神話の冥府の女神を元としている。こうして、死者の残留情報から死因を取り出すことができる。

 尤もこの魔術の本領は死因を入れ替えることにある。武器に死因を付加することで刀剣で絞殺し、列車で溺死させ、ガスバーナーで圧殺し、銃で焼死させるのだ。

 目の前の死体一つの情報を読み取るぐらいなら、周囲一帯の海面を凍らせる必要はない。その辺に氷一つ、というか最悪冷気があれば事足りる。まさか遺体安置所あるいは解剖室で困ることもないし、無くてもそれくらい水のルーンで作れる。

 

「君ね、一応僕()の生徒なんだ。少し薄情すぎないかい」

 

 遺体を見た私の第一声に不満でもあるのか、五条が少し声のトーンを落として呟く。まさか五条に人情を説かれることになるとは私も思わなかった。

 

「……アーメン」

 

 宗教多分違うだろうけど。でもこっちも本当に十字教を信仰してるわけじゃないから、追悼を表現するために適当な形式をとっただけだ。

 

「そういう意味じゃない。人が死んでもなんとも思わないのか?」

「検視官が死体を前にして一々泣いて嘆くわけないでしょ、それと一緒。私だって人によっては惜しいと思うよ」

 

 人は死ぬ。死は死であって、それ以外の何物でもない。

 それを不幸と思うのも嘆き悲しむのも、人間が勝手に創造した主観的概念(宗教)である。

 悲しみたい奴だけ悲しめばいい。私が悲しまなかったからといって咎められる筋合いもない。それはただの感情の押し付けに過ぎない。

 人の心は何人も侵してはならない聖域である。悪意も殺意も劣情も冒涜も、全てが赦される。言葉に出したり行動に起こせば、社会の輪から外されたり規範によって裁かれるだけのこと。逆に言えば、好意や献身や親切や畏敬を強制されることもあってはならない。

 死体の前で喜びの舞をしないくらいの礼節は必要だけれど。人間は感情的な生き物だから、そういった配慮が必要なことは社会を上手く回すための規範として理解できる。

 

 でも、五条が私の冷たい態度を見て気を悪くするのも分かる。ミドルティーンの少女の死生観と思えないのだろう。ただでさえ気が立っている時に、想定していた反応との差異で私に対する不信感というか、不気味さを抱いたのだ。本来、他人の情動を気にするタイプの人間じゃない筈だ、五条は。

 これが成人女性――それこそそこに居る家入硝子なら気にも留めなかったろう。実際、彼女も似たような振る舞いをしている。プロだからね。

 

「そもそも虎杖くんとは話したことないし。じゃあ何、『死者の軍勢(エインヘルヤル)』で生き返らせればいいの?」

 

 懐から指先サイズの金塊を取り出す。これまた丁度良く心臓部がぽっかり空いているので埋め込みやすくて助かる。

 

「さらっと禁忌っぽいことしようとするんじゃありません」

 

 虎杖を傀儡化しようとする私を、五条が腕を掴んで止めた。

 

「冗談だって、本気でやるわけない。というか、生きてる奴には使えない(・・・・・・・・・・・)し」

「……は? 生きてる?」

 

 五条が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。いや、眼帯をしているので目は見えないけど。雰囲気だ雰囲気。

 しかし彼の疑問は至極当然だ。虎杖悠仁は心臓を失い血流は停止。既に死亡から数時間以上経っており、確実に脳死状態にある。というか、私自身今さっき「死んでる」と言ったばかりだ。そしてそれは嘘ではない。

 

「死んでるけど生きてもいるんだよ。そういう境界が曖昧な奴に『死者の軍勢(エインヘルヤル)』は使えない」

「それ、どういう意味?」

「何て言えばいいんだろう。肉体的には死んでるのに魂が残ってる、みたいな」

 

 うーん、これって『死者の書』を組み立てて記憶を読み取ることってできるんだろうか。ヘルの術式は肉体の方に判定があるのか機能したけど。ちなみに『死者の書』とは、古代エジプトにおいてファラオが現世に戻ってこれるように副葬される魔道書のことである。

 

「……宿儺が生かしているのか」

呪術サイド(そっち方面)のことは詳しくないから、五条に任せるよ」

 

 私が協力できるのはここまでかな。

 

 虎杖悠仁が何故死んでいるのか。何故私がここにいるのか。 

 それを説明するには、伊地知さんから電話がかかってきた時。そこから語る必要がある。

 伊地知さんからの電話の内容はずばりこうだ。

 少年院で生死不明の5人の救助にあたっていた1年生達が特級呪霊と会敵。至急応援が欲しい。

 五条は出張で不在。こういう時こそ私の仕事だ。すぐに出立しようとしたのだが、どうにも話に聞いていた虎杖が宿儺に体を明け渡したらしく、最悪の状況を想定したマリーが代わりに行くというのだ。

 私を危険な目には遭わせられないとか。特級呪霊とか宿儺とかいうのがどれくらいの強さなのか分からないが、少なくともマリーがいても絶対に守り切れる自信がないくらいには強いのだろう。

 だったら尚更一人で行くのは危険だと思ったのだが……まあ、彼女が選んだことだ。どこで死のうが私の知ったことじゃない。私がどこで死のうが勝手であるのと同じように。

 これは直属の上司である五条からの命令ではない。関係者からの頼み事に過ぎない。正式な仕事ではないから受ける必要もないが、見捨てるのは角が立つ。けど代わりにマリーが行ってくれるなら義理を果たせるし、私は楽できる。

 

 詳細は知らされていないが、結果的にマリーは無傷で帰ってきて虎杖は死亡。

 私はそのことに責任を感じるほど英雄気取りじゃない。

 私はちょっと魔術が使えるだけで性根のところは只の人間だ。

 大いなる力には大いなる責任が――なんて反吐が出る。

 もし自分の手に核兵器のスイッチが握られていたとして、それを私欲で使わない理由はモラルや責任などという何時でも投げ棄てられる曖昧で儚いものではなく、損得でなければならない。そこを上手いこと『損得関数』を弄って実現するのが法と刑罰だ。

 それにこういうのは警察や自衛隊の仕事だ。こっち側なら呪術師の仕事になるのか?

 確かに私は呪術師に関わりを持っている。給料まで貰っている。しかし仕事であるからといって命令されなきゃやる必要はないし、故意でない仕事上の失敗の責任は個人には帰属しない。

 したら労基に駆け込んでやる。呪術師にそういうの無いだろうけど。

 

 だから、こうして五条に呼び出されて虎杖の遺体を検分しているのは、そういう事情とは関係なく単に五条に命令されたからに過ぎない。いや、別に「しろ」って感じの命令口調ではなかったけれど。「ちょっと着いてきてくんない」くらい軽かったけれど。上司の頼み事とは即ち命令なのだ。

 

「で、これどうする? 解剖しちゃっていいの?」

「いや……少し待ってみよう」

「待つってどれくらい?」

 

 マスクをずらした家入が、折角手袋をした両手を所在なさげにしながら訊ねる。その時。

 

「ああっ!」

「あ」

「おー」

 

 彼女の背後で、まさにこれから解剖されようとしていた少年がむくりと起き上がった。死んでいた筈の虎杖悠仁が、だ。

 

「ん? ……あっ」

 

 家入は目の下に隈があり、泣き黒子を持つ低血圧っぽい女性だ。如何にもクールで何にも動じない大人の女性、という感じの彼女が目を丸くしているのは少し面白い。

 

「おわっ、フルチンじゃん」

 

 本当だよ。花の女子中学生(前世年齢不明転生者)(学籍無し)に何てもの見せつけてるんだ。

 この場にマリーが居なくて助かった。虎杖くんが。

 五条の力量は認めているのか、そう遠くに行かない限りと注釈が付くけれど、最近は五条と一緒なら自由に動き回れるようになった。マリーもそんな風に融通が利くようになってきたとはいえ、これは一発アウトだ。

 

「い、生き、生き!?」

「伊地知五月蠅い」

 

 泡を食う伊地知と、喜びか可笑しさからか笑わずにはいられない五条。

 

「ちょっと残念」

 

 宿儺の器という超希少サンプルの解剖ができなくなったからか、唇を尖らせる家入。

 

「あの……恥ずかしいんすけど。誰? てかシスターさん? まさか俺もう墓に入れられるとこだったの!?」

 

 ああいうのって神父の仕事じゃないっけ。知らんけど。

 

「悠仁、おかえり」

「おっす、ただいま」

 

 ともかく、こうして虎杖悠仁は生還した。

 

 

 


 

 

 

 日は高いが、人気のない公園のベンチ。

 三人……いや、呪霊だから三体と呼ぶべきなのか。

 三体の魑魅魍魎が腰掛けて、トランシーバーから流れる音声と会話していた。

 

「直接会って話すことはできんのか」

 

 蛸のような呪霊、何と形容していいのか分からないが植物らしさを感じる呪霊。

 彼らはこの場で役に立たない。何故なら、まともな言葉を発せないのだから。

 だから彼らを代表して、この中で唯一人間の言葉を話せる火山のような頭部をした呪霊――漏瑚が声の主へ問うた。

 

「今は少し様子見したいからね。姿を見られるわけにはいかないんだ」

 

 トランシーバーからは変声器で声を変えているのか、長く聞いていると気分が悪くなるような高い声が聞こえてきた。

 

「ふん、信用できんわ」

「君達も他に手がないから僕と手を取ると決めたんだろう?」

 

 業腹だが、声の主の言う通りだ。呪霊が人に成り代わる新時代を実現するには、今のままでは不可能だ。知恵も力も足りていない。

 

「しかし、良かったのか。貴重な指を一つ使って。宿儺の力はしかと測れたのか?」

「ばっちりさ。でもそっちはあまり問題じゃない」

「何?」

「残念ながら今回は本命は釣れなかった。宿儺とぶつけて威力偵察するつもりだったんだけどね。思ったよりガードが固い」

 

 事前に聞いていない内容に、漏瑚は眉をひそめる。ますます信用ならない相手だ。

 

「外堀から埋めていく必要があるね、うん」

 

 おまけに一人で何かを納得する始末。

 

「それより、わしらが貴様を頼った理由を忘れるでないぞ。本題の方を疾く話せ」

「ああ、そうだったね。じゃあまず、君達の勝利条件について話しておこうか。まず1つ目は呪術師最強といわれる男、五条悟を戦闘不能にすること。2つ目は両面宿儺の器、虎杖悠仁を仲間に引き込むこと」

「ちょっと待て、死んだのであろ? その虎杖悠仁というガキは」

「さあ、どうかな」

 

 それは言外に生きていると言っているようなものだ。ほとんど確信があるのだろう。まあ、彼ら呪霊としては気にするようなことではない。生きているなら、両面宿儺が完全復活を遂げれば呪い全盛の時代が来る。生きていなくてもやることは変わらない。少なくとも彼の生死が障害となることはまずないだろうと踏んだ。

 

 だが、1つ目の勝利条件は違う。

 

「五条悟。やはり我々が束になっても殺せんか」

 

 最強の呪術師。明確な障害である。声の主がわざわざ勝利条件として掲げることから、相応に警戒しているのが分かる。そも最強と謳われるくらいなのだ、そんじょそこらの特級呪霊なら軽く捻る実力はあるのだろう。

 

「ヒラヒラ逃げられるか、最悪君達全員祓われる。殺すより封印することに心血を注ぐことをお勧めするよ」

「封印?その手立ては」

「特級呪物『獄門疆』を使う」

「じゅ、ご、獄門疆!? 持っているのか、あの忌み物を!」

 

 漏瑚が興奮したことで、周囲の温度は上昇する。

 

「獄門疆をわしにくれ。収集に加える。その代わり五条悟はわしが殺す」

 

 話を聞いていなかったのだろうか、と声の主は呆れる。よっぽど獄門疆が欲しいらしい。こうなってしまっては、一度痛い目を見なければ分からない。無事に帰ってこれるかは別として。

 

「で、最後に3つ目(・・・)だけど」

「まだあるのか!?」

 

 てっきり2つだと思っていた漏瑚である。五条を殺す気満々で、それさえ自らの手で何とかすれば目的は成就したも同然と一人舞い上がってしまっていた。

 「何故それを先に言わぬ。これでは馬鹿みたいではないか」と内心腹を立てる。

 

「イギリスからの賓客『インデックス』には気をつけろ」

 

 妙な言い方だった。イギリスというのも引っかかったが、それよりおかしなことが一つ。

 

「気をつけろだと? えらく曖昧なことを言う」

 

 賓客というところからして、『インデックス』とやらは人間なのだろう。

 しかし五条悟は戦闘不能にしろと言っておきながら、その人物については殺せだとか封印しろだとか明確な対処を言わない。

 

「そいつと遭遇したら、まず逃げることを考えるといい」

 

 いまいち要領を得ない説明である。彼は勝利条件を述べているのではなかったか。

 それが何だ、勝つためには逃げろと?

 馬鹿馬鹿しい。それではとても勝利条件とは言えない。戦う前から負けているようなものだ。

 

「そのインデックスとやらは呪術師ということか? 海の向こうの呪術師など取るに足らんじゃろう」

 

 そいつが特別強いということもあるだろうが、それでも最強などと呼ばれている五条に比べれば問題ではないだろう。漏瑚はその五条を殺すと宣言したのだ、共に殺してしまえば良いこと。

 

「いや……呪術師ではない」

「ならば尚更、何を臆する必要がある」

「正体不明、圧倒的に情報が足りていない。あれは完全な異分子(イレギュラー)なんだ。宇宙から飛来した怪異みたいなものさ」

 

 これは異なことを言う。

 よりにもよって怪異そのものである呪霊達に対して、たかが人間を怪異と形容するとは。

 呪術師ではないが脅威となる存在。呪いにでも憑かれているのだろうか。

 呪霊同士でも友好的とは限らない。場合によってはそのインデックスとやらの言いなりになっていることもあり得る。

 

「銀髪碧眼で白い修道服を纏った少女を見かけたら、決して直接手を出してはいけない。まずはよく観察することだ。常識で測ると痛い目を見るよ」

 

 やはりこの声の主は信用ならない。

 話に具体性も無ければ現実味もない。よもや彼らを謀ろうとしているのではないか。

 物の序でだ。漏瑚はその少女もターゲットに入れることに決めた。

 




死者の軍勢(エインヘルヤル)
オティヌスの術式。
金塊を死体の要所に埋め込むことで傀儡とする。生前と同様に思考はできるが意志はない。
死して尚社畜と化す血も涙もない魔術。お労わしや先生……。
なお魔神化するとパワーアップして全生命の生死を自在に操れる。
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