京都校の学長との会談の後、私はマリーと共に呪詛師が自滅したという現場に来ていた。
五条は情報を隠蔽しようとした呪術界上層部の方を探るらしく、呪詛師の捜査は私に一任された。丸投げが染み付いてない?
日本へ逃亡して教師モドキになったと思ったら、今度は探偵や刑事の真似事をする羽目になるとは。
現場に到着して漸く、私は自滅という言葉の意味を知ることになった。
そこはもう、家屋と呼べるような状態ではなかった。屋根は無く、壁も無い。形有る物は全て崩れ去ってしまったようで、床には瓦礫が散らばるばかり。キッチンで爆破事故を起こしても、ここまで酷いことにはならないだろう。まるで煉瓦の家が藁小屋のように吹き飛ばされたようだ。
「随分派手にやったね」
近隣住民からの通報で警察が駆け付け、窓を通して呪術案件の可能性有りと判断され暫定的に呪術界が引き継ぎ。幸い古い家屋だったので、表向きには地中に眠っていた不発弾の起爆によるものと流布されたらしい。
「ただ、ご覧の有り様で、遺体の方は損傷が酷く……」
案内人の"窓"が気まずそうに告げる。遺留品から呪詛師だと身元の確認が出来ただけでも御の字だ。
遺体は既に処分されてしまったらしい。随分と手が早い。あるいは、これも呪術界上層部が関わっているのだとすれば、何かを隠蔽しようとしている……?
「残穢は無く、呪術が使用された痕跡はありません。現場から爆発物らしきものは確認できませんでした」
ここまで木っ端微塵だと、TNT換算で何t必要なのだろうか。そう考えると、爆弾が用いられたのであれば何かしらの証拠は残りそうだ。残穢がどれくらいの間残るのかは分からないが、これだけ大きな騒ぎならすぐに警察が駆け付けただろうし、呪術師達に伝わるのもそう時間は掛からないだろう。したがって呪術でも、純粋に科学で説明できる現象でもない。
「……うん、これは魔術だね」
地脈に若干の乱れがある。魔力供給に利用したに違いない。
誰がどんな目的で、どうやって魔術を行使したのか。それを知るには、まず使用された魔術を特定したい。警察や呪術師に霊装の判断はつかないだろうから、手付かずになっている可能性が高い。霊装が爆発に耐えて残っていればの話だが。
第三の腕や魔術的な方法で探った場合の逆探知や霊装へのダメージを考慮して、素手で瓦礫を退かそうとすると、慌ててマリーがやって来る。
「力仕事が必要なのであれば、私を頼って頂けると」
反応地雷みたいなのが仕掛けてあったら、マリーの方が危険なんだけど……と言おうとして、火に油を注ぐ発言だと思い至り、口を噤む。
まあ、楽できるし、自ら危険な役を買って出るというなら是非も無し。
「あ」
恐らくは天井であっただろう一際大きな瓦礫を退けると、それが目に入った。
マリーの脇を通り抜けて、近寄ってそれを手に取る。
「石ですか?」
それは、一見何の変哲もない石だった。それこそ、壁や天井の破片と考えるのが自然だったろう。
「よく見て、壁や家具とは材質が違う。しかも、この種類の石だけサイズが均一」
他の瓦礫は掌サイズからタブレット、人が丸ごと寝転がれそうな物まであるのに対して、これだけ妙に統一感がある。爆発によって粉々になったと考えるより、元からこうであったと考える方が自然だろう。
「炭の跡がある」
石には炭が滲んでいた。掠れて読めないが、記号のような何かが描かれている。
恐らくは文字が書かれていたのだろう。炭はそのための塗料か。
地脈然り、魔力には通りやすい路というものが存在する。
一度作られた路は跡が残る。魔力で描かれた魔法陣などは、消した後でも魔力を通すことで元の形をある程度復元できる。勿論対策も簡単な初歩中の初歩の知識だが、この辺の隠蔽工作には考えが回らなかったのか、果たして文字は浮かび上がった。
「ルーン文字、ですね」
流石にマリーでも分かったらしい。というか、ヨーロッパ圏なら読めずともそれがルーン文字だということは一目で分かるか。
ルーン魔術は英国時代に教会にある程度教えたことがある。魔術としては余りにも王道で、それ故に使いこなすには相当の腕が必要だ。悪用される危険性は低い。悪用と呼べるほど扱えるようになる頃には、禁書世界でも十分に魔術師としてやっていける。
ともあれ、手がかりは見つかった。使用されたルーン文字から、魔術を逆算してみる。
……。
……いや、これ何がしたいんだ?
「ルーン、いやセイズ魔術? 北欧系が混じってるのは間違いなさそう。儀式や詠唱を極力簡略化して、大部分をルーンで代用しようとしたっぽいけど……かなり滅茶苦茶だね」
ルーン文字は一文字一文字が強力な意味と力を持ち、その文字を使う配置と場所、状況が力を増幅させる。単純に文字を連ねて文章を紡いだところで力が増すわけではない。複数のルーン文字を使うのは、具体的な表現で起こしたい魔術を制御する目的がある。
私が何を言いたいのか分からないのだろう、マリーが眉を下げて碑を睨むように見続けるので、補足してやる。
「爆発による損傷が激しいから、ルーン碑石は殆ど残ってないけど……断片的な内容から推測するに、行使されたのは恐らく召喚魔術。ルーン魔術で繊細な降霊術を制御するのは無謀というか、非効率なんだよ」
古ノルド語やゲルマン祖語のような自然言語ではなく魔術言語としてのルーンは、文字一つ一つに意味を込めている。だから意味が曖昧で、表現の幅も狭い。20そこらの漢字だけでプログラミングしろと言ってるようなものだ。魔術の全貌は分からないが、ルーンに任せるには過剰な役割を強いているのは間違いない。まして降霊術、召喚魔術は呼び出す対象によっては危険度が跳ね上がるので、狂気の沙汰としか思えない。
「知識不足で失敗したということでは」
「うーん、知識不足というには妙な所で知り過ぎてるのが気になる」
情報源が私が魔術を教えた英国からだと仮定しても、召喚系の魔術は応用性が広く事故った時にリカバリーが効かないので、明かしていない。
絞っていた筈の情報まで知っている、ということは実験的にやってみたと考えるべきか。
「わざと失敗させたということは考えられませんか?」
召喚事故による爆発の方がメインだと言いたいのだろう。
「それは逆に難しい気がする」
意図して失敗させるのは簡単だが、その場合は何も起こらないことがほとんど。この規模の爆発を狙って起こそうとすれば、そこそこの計算が必要になる。
暴走ではなく破壊を意図した攻撃魔術と考える方が自然ではないだろうか。原理的には召喚魔術と呼ぶべきか怪しいところだが、それこそ仮面舞踏会の君が用いた水星の象徴、惑星霊タフサーサーラスのような。……いや、その場合はここで戦闘があったということになるが、家屋が内から爆発したにも拘わらず争った形跡がないという不自然な点が残る。
どっちの線を追っても不自然さが残る二律背反だ。
「となると成功失敗は重要ではなかったか、あるいは――」
「失敗そのものに意味があった」
失敗させた場合に得られるメリットはいくつか考えられる。一つは、この方法では上手くいかないという事実を知れること。
「その筋でいくと、初犯じゃない」
何回か繰り返して行われたと推測できる。他人に魔術を使わせて魔術を研究している誰かが――いや待て。
そうなると今度は何を研究したいのか、という壁にぶち当たる。わざと爆発を起こす召喚魔術をルーンで制御できる程の腕を持つ人間が、今更何を研究したがるのか。
実行には熟達した知識が必要。動機には未熟さが必要。
矛盾する。
「何か見落としてる気がするけど……駄目だ、目的が分からない」
取り敢えず、他に呪詛師の不審死が無いか探してみよう。
「この一件、裏で動いてるのは相当狡猾な奴ってことだけは確かかな」
「将棋ってさ、獲った駒を使えるけど、冷静に考えたらあれってどういう仕組みなの? 捕虜になったらどいつもこいつも裏切るって、人望無さすぎじゃない?」
顔に継ぎ接ぎのような縫い目がある青年が語る。
「現実で敵を味方にするなら、人質を取るしかないよね」
はにわのような顔が浮き出た粘土のような物体をこねくり回しながら、彼は続ける。
「でさ、現実じゃ盤上のルールに囚われる必要なんてないし、どうせ味方にするなら最初っから王様を味方にすればいいじゃんって思うんだ」
彼は腰掛けていた机に寝そべって、椅子に座るこの部屋の主を見遣った。
「そうは思わない?」
ここは
床には立てられていた日本国旗や、黒服のSPが倒れこんでいる。
「お前は何者なんだ……」
「呪いでーす」
戯けるように答えた彼の正体は、漏瑚と同じ人の言葉を解する特級呪霊。その名は真人。
総理は、真人の凶行の全てを目撃した。真人が触れたSP達は皆、顔が膨れ上がったり緑や青などおよそ人間にはありえない変色をして、異形と化した。説明できない超自然を前にして、部屋の主は慄き震えるしかない。抵抗しようなどとはもはや考えられなかった。何しろ、真人が握っているそれは彼の愛する家族なのだから。
「首相官邸及び関係各所の制圧、終わりました」
執務室に入って来た呪詛師が真人へ報告する。
「呪術師が来る気配も無いし、向こうも上手く動いたみたいだね」
頭を下げて、呪詛師はそそくさと去っていく。呪詛師は呪霊を目上の存在として扱っていながら、少しも不満そうではなかった。
ある者は復讐。ある者は権力。そしてある者は金。彼ら各々の動機は違えど、目的は一緒。
元より、呪詛師同士でまともな信頼が築けるはずもない。統率者が人間でないくらい些細なこと。手を組む相手が信用できるかどうかよりも、一枚噛むに足る策かどうか、成功するかどうかの説得力の方が大事だ。
「こんなことをしてタダで済むと思っているのか、とか考えてる?」
問われて、総理は否定も肯定もしたくなかった。下手な事を言って、機嫌を損ねては事だ。
「……その力があれば、どうとでもなるのでは」
「あはは、まあそうなるよね。でも
真人は立ち上がって総理の背後に回り、彼の両肩に手を置く。
「そこで、君にお願いがあるんだけど」
総理はごくり、と唾を呑み込む。
「何をさせるつもりだ」
真人は粘土状の人質に総理のこめかみに滴る汗を舐めさせると、耳元で囁いた。
「簡単なことだよ――――危険人物を鎮圧して欲しいんだ」
すぐに、総理はそれが意味する所を勘付いた。
治安出動。自衛隊法78条のことを言っているのだろう。
「馬鹿な、あれは国会の承認が……そもそも実際に発令されたことは一度もないんだぞ」
通るわけがない。そう口にしようとして、
状況を理解した。
通る通らないではなく、通すしかないのだ。そして、真人は、この輩は、通るように根回しをしているのだろうとも。
既にそこまで掌握されている。
「悪党と化生が『跳梁跋扈』する世界。じきそれが正常になる」
漏瑚の借りを返すため、というほど殊勝な心意気でもなかった。
全ては、人に成り代わるため。彼はその道中で、ただ面白おかしく人類を弄べればそれでいい。
「今度はあいつらが追われる番だ」
そして、善悪は逆転する。