政府の掌握、国会議員と官僚への
「上手く行き過ぎるってのも考えものだね」
珍妙な武装をした自衛隊達が通過していく。歩道橋の欄干に顎をついた真人は、その光景をつまらなそうに眼下に望んでいた。
『C.C.C.』。正式名称は
銃身側は見慣れたもので、ロングバレル付きのアサルトライフルにしか見えない。だが銃床から無数のチューブが飛び出しており、それが背中に装備した黒い箱に繋がるという異様な造形をしている。
「魔術かぁ」
魔力という概念を、真人は受け入れがたい。
負の力や正の力に慣れ切った呪術師や呪霊にとってはプラスマイナス0の魔力は盲点というか、知覚するには全く新しい世界の見方を身につけなければならない。真人自身、苦戦したものだ。
魔力は一般的には生命力を変換することで得られる。つまりどちらかと言えば肉体から生まれた力である。
精神から生ずる呪力とはある意味対を成している。そしてそれは、魂を至上とし魂を根源と見なす彼の世界観では説明できない存在だ。
自分達の知らない世界。ぽっと出の概念。異物感。自分達の領分を犯されているような煮え切らなさを感じる。
呪霊と人間の、新たな『人』の座を懸けた戦争になる筈だった。事態の中心から追いやられているような疎外感。主役の座を奪われたような気がしてならない。
理由を挙げればキリがないほどに、漠然と気に食わない。
一方で、魔術の有用性は認めざるを得ない。
魔術は才能に依存しない、と言うと全くの嘘になる。特殊なものや高度なものは魔術的記号という資質を要するが、それでも呪術と比べれば才能への依存度は低い。
その辺の一般人でも、詠唱などの手順を教わって霊装を用意してしまえば誰でも魔術を発動できる。
なんなら魔力を認識できなくとも良い。呼吸法や特殊な習慣を生活の中に組み込むことで魔力を用意する必要があったり、高度な魔力操作を要求する魔術も存在するが、基本的に魔力は勝手に生産される分で事足りるし、魔力操作も行動や所作といった術式の工程に組み込まれているので意識する必要がない。
それゆえ、いとも簡単に普通の兵隊を異能武装化できる。量産化にあたり、魔術が呪術師や呪霊に対しても効力を発揮することは検証済みだ。
「ま、人間同士で潰し合わせるのも面白いか」
真人とて雑魚狩りが嫌いな訳ではないが、全国規模で混乱を起こすには数が必要だ。改造人間では弱過ぎるし、何より彼が一々現地に赴かなくてはならない。
一般人の兵隊を呪術師に対する戦力として計上できるなら、使わない手はない。
五条に言われた通り、京都校に避難することにした私は、そこで箒に乗った空飛ぶ少女に出会った。
「うげ、ただでさえ忙しいってのにこんな時に宗教勧誘? うちは宗教校なんでそういうのはお断りしてまぁす。てか寺だらけの京都でするふつー?」
見た目からして呪術師というより魔女だ。そのせいではないが、出会い頭に撃墜術式を唱えそうになって危なかった。飛ぶものを見ると落としたくて疼いてしまうのだ。くっ、鎮まれ私の口。
根回ししてたと言っていた割に、私の事は全然伝わっていない。やっぱり五条は信用ならない。
「えっと、五条からここに避難しろって言われて」
「待って、あなた五条悟を知ってるの?」
「勘違いされているようですが、私達も呪術師です」
正確には私は違うけど、話がややこしくなるので言わない。
白黒修道服コンビは日本呪術界では珍しいだろうけど(呪術とか関係なく異質な格好だろ、とは言ってくれるな)、結界の中に入れている時点で
「何やってんのよ桃」
校舎の方角から、更に二人の少女が歩いてくる。一人はどこか禪院真希に似ている少女。もう一人は京都校の学長と面会した時に一緒にいた、スーツ姿の青髪の少女だった。
「誰よそいつら?」
「私も知らないってば」
「あ、この子この前見ました! 銀髪の珍しい子!」
「髪色の件であんたに言われたくないでしょ」
「五条悟と一緒に居た、確か名前は……名前は……何だっけ?」
青髪の少女はうんうんと唸るも、結局思い出せなかった。あの時傍に控えるだけだった彼女は口を閉ざしていたので、私も彼女の名前を知らない。
そういえば、私の身分を証明できる人物に心当たりがある。
「インデックスが来たと言えば、楽巌寺さんなら分かるかもね」
「イン?」
おいこら、インなんとかさんじゃないぞ。
「東京校が襲撃を受けているとな」
すんなりと白頭の老人、楽巌寺学長にお目通りが叶った。前回会った時同様、拒絶されることもなく好々爺然とした態度で歓迎してくれた。
ただ避難の事は伝わっていなかったようで、突然の来訪に目を丸くされた。今まさに東京校が危機に陥っている状況だ。流石の五条も時間がなかったのだろう。
「指名手配の件はこちらも耳にしている」
木製なのか金属製なのか分からない謎のロボットが喋る。視界に入った瞬間からマリーがぎょっとした目で見ていたが、誰も触れないあたりこれはこういうものなのだろう。突っ込んだら負けだ。
「御三家や総監部だけでなく一般の呪術師まで対象となっているようだ」
付け加えて答えたのは、糸目というか完全に両目を閉じているようにしか見えない少年。統一された学生服ではなく和服を着ている。彼、加茂憲紀が言うには、京都校は現状呪詛師に襲われてはいないが、生徒全員が高専内を見回って警戒態勢を敷いていたようだ。
私達の来訪で一度生徒達を帰還させたために、狭い畳の居間に大勢が会している。
そこまでしなくてもいいのにと気まずさを覚えたが、説明しなければいつまでも不審者のままだし、紹介するなら早い方が良いか。
「不安なのは、全国に散らばる非戦闘員の窓や補助監督です。既に何人かとは連絡が取れない状況にあります」
庵歌姫。顔に傷があれど、白い小袖に緋袴の巫女服が映える美人。京都校で教職に就いている女性だ。
それにしても昨年の夏油といい、伝統衣装や宗教系の装束を身に纏う呪術師をちらほら見かけるものだ。妙な親近感を覚える。これなら私の恰好も浮かないだろう。
……。
魔女、和服、ロボット、巫女服、修道服。
ここは仮装大会か何か? 和洋折衷ってレベルじゃねえぞ!
「ところで、貴女達は一体……?」
「イギリスから来た魔術師のインデックスです。東京校で五条の教師補佐として働いてます」
「護衛のマリーと申します」
「イギリス? 魔術師? 五条の補佐? 護衛?」
色々突っ込みどころが多すぎて困惑するしかない様子。でもこれ以外に説明のしようがないんだよ。
「あんたそのなりで教師なの? 一体何歳なのよ」
「一応は15歳で通してるよ」
「嘘、年下!?」
魔女っ子の西宮が驚くが、彼女も大概小柄だろう。彼女より背の高い他の女子2人が2年生なのに対して3年生。十分見た目詐欺だ。
「その歳で教師ってなれるものなのね。あーやだやだ、これだから呪術師は」
「ち、ちなみに年収はおいくら……」
「ちょっと霞」
あまり確認してないが、そこそこ貰っているはずだ。殆ど食費に消えてるけど。
「学長の知り合いということなら、誰も異存はないだろう。俺は見張りに戻らせてもらうぞ」
筋骨隆々で強面の男、東堂葵が興味無さそうに立ち去る。
「バラエティ番組で、高田ちゃんが俺を待っている……」
スマホを取り出して恍惚顔を披露してくれた彼は、本当に呪術師なのだろうか。
「あれでも戦闘力は京都校随一よ」
人は見かけに依らない……いや、見かけ通りなのか?
各々解散、配置に戻るという雰囲気になったところで。和室に、というより武家屋敷のような校舎一帯に、鈴の音が鳴り響いた。東京校の結界と方式が同じなのかは知らないが、京都校にもこの手の防衛システムがある。
両校間でホワイトリストが共有されているのか、あるいは根回しのお蔭なのか。私達が敷地に入った時には鳴らなかった、侵入者を告げる警報。
全員の顔が強張る。言葉を交わすこともなく、それぞれの得物を手に取った彼らは、正門の方へと駆けていく。その手際の良さたるや、訓練された消防隊か軍隊のようだった。
学長と私、マリーの3人だけが残された中で、ふと私は疑問を投げかける。
「あの子達って一応生徒でしょ。こういうのって先生や警備の人が出張るんじゃないの?」
去年の百鬼夜行の時は、一部の高位の等級を持つ生徒だけが駆り出されていた筈だ。まさか京都校は全員が全員、2級以上の術師というわけでもあるまい。
「人手不足じゃよ。方々と連絡がつかぬ今、救援の要請ができない故、余計にのう」
では学長も前線に出ればいい、という考えも一瞬頭を過ったが、誰かが最終防衛拠点を守る必要がある。ここが陥落すれば京都校全体を制圧される上、実質関西一帯の呪術師が退路を断たれることになる。
ああ、そういえば、私も一応は教師なのだった。避難という名目で駆けこませてもらったが、手を貸さないわけにはいかないだろう。
マリーを連れて生徒達の後を追うと、彼らは意外にも近くにいた。
不思議に思って訊ねてみれば、不審な影を遠くに確認したという。
彼らは必死に目を凝らしたが、画一的なシルエットを持つ集団であること以外分からず、険しい顔で警戒するしかなかった。
「何だあれは」
数百メートル先からやって来るその影は、決して呪詛師などではない。
考えてみれば当たり前のことだった。指名手配を掛けられた呪術師の総本山である高専に、強制捜査が入らないわけがない。恐らくは東京校でも同じことが起きている筈だ。
いや、あちらは呪詛師の襲撃を受けたのではなかったか。となるとやはり、表の警察権力は敵の手に堕ちたのか。
「銃で武装してるみたい。数は2、30人くらいかな。こっちに向かってきてる」
常人の域を超えた視力でその姿を認めた私は、違和感を覚えた。
さっき襲ってきた機動隊とは装備が違う。
「呪術師相手に舐められたものだ」
呪霊と違って、呪術師には物理攻撃が効く。ただしそれは術式や呪力による防御が無いという前提であり、奇襲さえされなければライフル銃やグレネード程度の現代兵器が致命傷を負わせるには至らない。
故に恐れることなく構える加茂。彼の呪術なのだろう、どこからか出てきた血液が彼の周囲に浮く。
だがそれは大きな油断だった。
警告も無く、遥か遠方から彼らは撃ってきた。工作機械を動作させたような発砲音がけたたましく響く。
超音速機動を可能にする聖人としての身体能力。回転する銃弾を認識できるほど加速した思考と動体視力が、銃弾の動きを正確に捉える。その側面に施条痕にも塗り潰されず鮮明に残った刻印を、私は見逃さなかった。
気付いたところで、もう遅かった。
直後、目を焼くような赤い光が私達を飲むと、飛んできた数百発の銃弾全てが爆発した。花火のように途絶えぬ爆音は、先の発砲音が小鳥の囀りに思えるほどだ。
銃撃が止むまで、実際には1秒と経っていなかったかもしれない。
「っ、無事ですか!?」
すぐに駆け寄ってきたマリーが、こちらの安否を確認してくる。この程度で歩く教会は破れないし、生身で大気圏突入できる聖人スペックを舐めてもらっては困る。
接触をトリガーとして爆破するようで、銃弾の殆どは命中しなかったために直に食らった爆発は意外と少ない。
それでも一発一発が地面を抉り焦がすには十分な威力。巻き上がる土煙や白煙は、近くに寄って来たマリーさえ見づらいほどに煙幕として機能している。再装填の必要を考えても、追撃には数十秒程時間がかかる筈だ。今の内に、状況を把握する必要がある。
「私は大丈夫。でも―――」
どさり、と重い音。
「が、ふっ」
加茂が、片膝を突き腹部を抑えていた。攻撃を受けたのは、一番前に居た私と彼。
術式で出血を抑えているのだろう。見た目以上にダメージを受けているはずだ。爆発の瞬間、血液をシールドのように展開して体を守ったのが見えたが、それでも間に合わなかったのか。あるいは生半可な防御では貫かれてしまうのかもしれない。
「加茂さん!」
三輪が慌てて駆け寄ろうとした所を、私は制止した。
「マリー、診てあげて」
マリーは目を伏せて頷くと、彼の体に手を翳した。微弱な力が彼の内を巡ると、幾分か顔が楽になった。
反転術式。教会に所属する英国呪術師の必修科目である。日本では使い手が少ないらしく、他者への治療となると更に限られるらしい。
ではこの分野で英国呪術界が日本呪術界に勝っているかというと、そうとも言い切れない。
アウトプットに長ける反面、そもそもの呪力量が少ないために効力自体が低いのだ。
治せるのは千切れた血管や筋肉、皮膚だけで、臓器への深刻なダメージや失った血液までは戻らない。どこぞのシスコングラサンアロハシャツの能力より多少マシな程度と思ってくれていい。
とはいえ、その他のイギリス呪術師と違って呪力量も日本の呪術師と遜色ないマリーならば、血肉を再生することも可能だ。
「あくまで応急処置です」
どこかぶっきらぼうに念を押すその態度は、顔には出していないが治療自体不服なのだろう。呪力は護衛のために温存しておきたいはず。実際、応急処置と念を押したのは、つまりそういうことなのだろう。
命に別状は無いことを確認して、京都校の面々は安堵の空気に包まれる。
「でも今の攻撃、呪力の反応は無かったのに何で?」
西宮が疑問の声を上げる。その言葉は、誰に対して向けたつもりもなかっただろう。
難しい顔をする彼ら彼女らを見て、言うか言うまいか逡巡して、結局私は口を開いた。
「……魔術だよ。君達が扱う呪術とは別種の異能の力」
余りに突拍子もない発言に、皆一様に目をぱちくりとさせる。真偽を測りかねるというより、こんな時に何の冗談かと困惑するしかない。御尤もな反応だ。だが今は一々説明している暇は無い。
混乱を招くことは承知の上。だが、何も言わなければこれから起きることに困惑する。その心構えをさせただけだ。
意識を切り替える。魔術師として、10万3000冊の魔道書を保持する魔道書図書館としての本懐を果たせ、と己に命じる。
――――使用言語はルーン。術式系統はセイズ魔術。ただし対象は召喚者ではなく銃弾を依り代に指定。仄かに近代西洋魔術の傾向あり。
召喚対象を指定せず低級霊をランダムに複数呼び出すことで召喚術式をショート、形が定まりきっていない霊的存在のエネルギーを暴走させ、意図的に爆発を起こす術式と見られる。銃弾に刻まれていたルーン文字が欠けていた情報を補完できることからも、私が追っていた事件で使われていたものと同じと見て間違いない。
射撃の瞬間まで魔力の反応が無かったために、彼を守ることはできなかった。魔術であると分かっていれば、こうなることは防げた。呪詛師だけでなく表の組織にまで魔術が流出しているのは想定外だった、なんて言い訳にしかならない。
正直、他人が傷付こうが死のうが割とどうでもいい。私はそういう性格だし、それを恥とも思わない。私が広めた魔術が悪用されてどこかの誰かが傷つけられようと知ったことではない。包丁職人が、どこかで包丁が凶器に使われようと包丁を作るのを止めないのと同じで、責任は悪用する側にあるからだ。
だが目の前で助けられる人間を、それも元を辿れば原因は自分にある被害を前にして見捨てるほど、社交性を捨ててはいない。
流石の私も責任を感じている。
私達と襲撃者を隔てる煙が晴れる。
あの背負っている箱も霊装なのだろう。外からでは術式が見えないが、恐らくは防御術式か補助術式。
私を見て何やら慌てたように銃を弄っているが、そのせいで大事な術式部分が見えてしまっている。折角の隠匿が台無しだ。
違う、それはそういう風に扱うものじゃない。
「
襲撃者達が持つ銃器に装填された全ての弾丸が、彼らの意思に反して爆発する。余りになってないものだから、つい脆弱性を突きたくなる。こんなことをする必要はないのにも拘わらず。
第三の腕を使えば雑魚狩りなど一瞬だ。定期的にテレズマを消費するにはちょうどいい魔術だし、非殺傷だし、あの利便性にはどんな魔術も敵わない。ただ初見の者には些か見た目がショッキングなので、配慮をしたまで。
「ごめん、これは私の怠慢だ」
霊装の破壊と襲撃者の意識を奪ったことを確認しつつ、私は自省する。
自分が助けた人間が人を殺した所で、私は一切関知しない。それを防ぐのは医者ではなく警察の仕事だろう。あるいは三権だ。だが、この論理が適用できるのは警察が機能している場合だけ。魔術という未知の領域の治安を守ることができるのは、現状私しか存在しない。魔術が国家規模で悪用され、社会構造や世界秩序にさえ影響を及ぼすのであれば、巡り巡って私にも害が及ぶ。看過はしておけない。
現状、相手の策謀に上手く誘導されてばかりだ。後手に回るのではなく、こちらから動かなくては。
「マリー」
私が懐から獣の骨を取り出すと、意図を汲んだ彼女は急いで私の近くへ寄る。
つい最近、移動用に作った霊装だ。
「怪我をした彼のことと、こちらの防衛は任せます。私は東京校に戻りますと、学長さんにはそうお伝え下さい」
手に持った骨の表面に刻まれた文字をなぞると、衛星マップのストリートビューを高速で動かしたかのように、私とマリーだけを残して景色が流れた。瞬間移動。いや、厳密にはこれをテレポーテーションと呼んでいいものか。
『骨船』というこの霊装は、自身ではなく世界の方を動かすことでの座標移動を可能にする。
指先に火を灯すために宇宙を折りたたむが如き所業。全体論の超能力染みた、あるいは魔神が行う位相の差し込みに近い。原作でのこの魔術の使用者を鑑みれば、なるほど腑に落ちるというもの。
次の瞬間私達が目にしたのは、どことも知れない街中だった。
携帯を確認したマリーが、GPSで現在地を確認する。
「……千葉県です」
『C.C.C.』
拙作のオリジナル霊装。既存の兵装を呪術師に効くように魔術で強化し、呪霊や呪術を視認できるようになる。
『骨船』
オティヌスの魔術。
地球を丸ごと動かす移動法なので誤差も地球規模。移動先が数百キロ単位でズレる。
全能神トールの術式がこれと原理が同じなあたり、神話上での血縁関係を感じさせる。