とある呪術の禁書目録   作:エゴイヒト

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書き溜めその3。


とある詐欺師の感染爆発(バイオハザード)

 

「おい、誰もおらんのか」

 

 禪院家当主直毘人の息子にして特別1級術師、禪院直哉は屋敷を彷徨う。

 昼食時に飯を運んでこない召使の女性達に痺れを切らし、怒鳴りつけてやろうと思った次第だ。

 

「ちっ、使えん醜女共が」

 

 思えば、朝方から禪院家は何やら忙しそうだった。

 正式に決まってもいない次期当主を勝手に自称しておきながら、煩わしい家業は下々がやるものという考えが根底にある彼は、当主というものは最終的な意思決定さえしていれば良いと思っている。

 故に、禪院家で何かトラブルがあっても、気が向かない限り自分から首を突っ込むことは無い。実際に当主である父が家業に熱心であるという事実は彼には関係ない。寧ろ奴隷の仕事を率先して行う実父を見下しているまである。

 

 だから、打って変わって屋敷中が静まり返っていても、その異変に正午になるまで気付かなかった。

 彼はまず厨房に向かったが、誰も居ない。すでに正常ではない空気を肌で感じ取りながら、微塵も危機感を覚えない彼は屋敷中を肩を怒らせて闊歩する。

 

「こんなとこで怠けやがって、呼んだらすぐ来いやボケナス」

 

 そうして、一族の会議で使われる一際大きな一室で、漸く数名の人間に会う。その中には使用人らしき女性もいた。

 彼らの奇怪、珍妙という言葉が似合う出で立ちを目にしても、禪院直哉は取り乱すことはなかった。特に女はそれだけでもう()であることは確定なのだから、それが本当に禪院家の召使かどうか、彼には確認の必要もないのだ。

 

「何やお前らそのアホみたいな恰好、遊んどんちゃうぞ」

 

 それは本物ではないコスプレ用の巫女服のように、どこかコミカルな燕尾服を身に纏っていた。

 頭には絹張り帽子、右目には片眼鏡を掛け杖を手にしたその姿は、一言で表すなら奇術師。

 いや、女に限っていえば、それはむしろ――

 

「「「サンジェルマンと呼びたまえ、青年」」」

 

 バニーガールのようだ。

 

 

 


 

 

 

 京都校が魔術武装化した自衛隊による襲撃を受ける数十分前。東京校もまた、呪詛師の襲撃を受けていた。

 呪力の籠った鉄拳をお見舞いした夜蛾は、周囲に新手がいないことを確認して、乱れた襟元を正す。緩まぬ攻勢に、サングラスで隠れた彼の顔にも疲労が見えてきた。

 

 呪詛師の力量自体は、そう脅威ではない。呪術とは違う奇怪な術を使ってくる点は気を払わなければならないが、先手を取って近接戦に持ち込めば簡単に伸してしまえる。呪術師としては寄せ集めも寄せ集め。4級かよくて3級といったところだろう。

 そんな中途半端で呪術界から逃げた連中のことだから、新たに身に着けた魔術も所詮は付け焼き刃なのか。彼が操る呪骸が4・5回程被弾したが呪力防御により大した負傷には至らず、毒や接触しただけで即死するような搦め手はそもそも使ってこない。

 それでも、こうした中に紛れて初見殺しの技を織り交ぜてくる可能性が否定できない以上、油断はできない。未知というのはそれだけで脅威足りえるのだ。その警戒心が、夜蛾の精神を削っていく。

 百鬼夜行の時と違って、奇襲であるということがそれを後押しする。高専OB・OGを全国からかき集めたわけでもない平時の高専の戦力は、潤沢でない。呪骸を操ることで疑似的に多対多を繰り広げられる彼でなければ、数で押し切られていた。

 この程度の相手にやられるほど、高専の生徒は軟ではないと信じている。だが未知の力を使う相手に、なるべく矢面に立たせたくはない。休んでいる暇はない。手の届く限り、彼はできるだけ多くの呪詛師を相手取る。

 

 それも、五条悟がやってくるまでの辛抱だ。

 

 

 ただ一方で肝心の生徒達はというと、夜蛾の想定以上に呪阻師の脅威に晒されていた。

 四方を囲む呪詛師達の数は30人は下らない。しかもこの上、倒しても倒しても後続がやって来る。射線が被らないように一斉に襲い掛かってこないことが救いである。

 

 ある一人の呪詛師が短剣を振り回すと、その刃の延長線上に破壊の嵐が巻き起こる。

 襲い掛かる不可視の剣。しかしその凶刃は咄嗟にしゃがみ込んだ真希の首には届かず、僅かな髪を断ち、背後の樹木を浅く傷つけるに留まる。

 

「多分、今の攻撃は鎌鼬みたいなものです!」

 

 襲撃者達が繰り出す攻撃は呪力を用いないために攻撃の内容やタイミングが読み切れず、伏黒達は終始後手に回り続けていた。

 そのためできるだけ距離を取ろうとするのだが、まともな遠距離攻撃ができるのは伏黒と狗巻だけ。しかし前者は威力が乏しく手数に限りがあり、後者はこの攻勢に終わりが見えない以上簡単に切れる手札ではないため、連発できない。

 攻撃を空振りさせることで敵の攻撃を観察。何とかそういう呪術として解釈し、一人一人地道に攻略を進めるしかなかった。

 

「知るかよ、先にぶっ殺せばいいだけだろ!」 

 

 しかし元より特殊な眼鏡が無ければ呪霊も見えない真希にとって、それは平時より少しばかり不便なだけ。蜃気楼のように揺らぐ空気を見ただけで直感的に回避したところからも、培った戦闘センスだけで渡りあえているのが分かる。

 

 彼女が手にする赤い三節棍が呪詛師の胴体に命中すると、動線上の呪詛師を何人か巻き込んで、ピンボールのように彼方へ弾き飛んでいく。対人戦でも呪詛師相手なら、生死などお構い無しだ。

 特級呪具、游雲。掠るだけでも十分な威力を発揮するので、先手を取れずとも返しの一撃で決められる。真希一人で前衛を張れているのは、この得物の存在が大きい。

 

「無茶しないでください真希さん。今のだって、当たってたら怪我じゃ済みませんよ」

「うるせえ、先輩に向かって指図すんな。口より先に手ぇ動かせ」

 

 伏黒とて、何もしていないわけではない。こうしている間にも、目の前で玉犬が呪詛師の喉を嚙み千切って回っている。積極的に他の式神を行使しないのは、奇襲に備えて同時顕現の枠を温存しているためだ。

 

 前衛の真希、後衛の伏黒、切り札の狗巻。では、残りのパンダと釘崎はどこへ行ったのか。

 答えは背後にある。

 

「だぁああこいつらどんだけ湧いてくんだよ! こんな時にうちらの学長は何やってんだ!?」

「救援呼んでくれてるんじゃね、知らんけど」

 

 正門側とは反対の伏黒達の背後は比較的安全。しかし回り込まんとする敵を退ける役割を、二人は担っていた。

 文句を垂れながらも、釘崎とパンダは忙しなく戦い続ける。呪力を込めた鉄釘が射出され下手人共の体に刺さると、次の瞬間にはその肉体は見るも無残に弾け飛んだ。

 その破壊力に驚愕と恐怖で硬直した隙を突いて、パンダが接近し片っ端から倒していく。人間とパンダの体格差から放たれる殴打は、まさに鎧袖一触であった。

 

 この場で迎撃を始めて、既に何分経っただろうか。校舎に撤退して学長との合流や籠城を検討したこともあった。だが呪力で敵の攻撃を予見できない以上、死角の多い校舎に籠城するのはかえって危険だ。伏黒がそう提言したことで、この場に留まっている。

 

「忌庫に避難とかできねぇのかよ!」

「結界緩めた隙を突かれて侵入されかねないし、流石に無理だろぉ」

「しゃけ」

 

 そうこうしている内に、漸く一息つける程度には捌けてきた。数の上では圧倒的不利で防戦一方とはいえ、彼ら高専生はまだ一人残らず健在。想定外の奮闘に遭ったことで、どう攻撃を仕掛けるべきかと二の足を踏む者が現れ、攻め気が失われ始めたのだ。

 

「な、何だよこいつら……話が違えじゃねぇか、魔術なら俺達でも高専の生徒くらい倒せるって言ってたろ!」

「大丈夫だ。こっちにはまだ奥の手がある」

「ああ、いざって時に使えって言われてたな」

 

 呪詛師達は、慌てて懐から何かを取り出す。

 それは四角いピルケースだった。彼らは皆、中から取り出した丸薬を躊躇なく飲み込む。

 

「ドーピングか……?」

 

 不審な動きに伏黒達は警戒を強める。何が狙いにしろ、こちらにとって碌なことにならないのは明白だ。

 

 異変はすぐに起きた。

 彼らの服が、コールタールのような黒い液体に侵食されていく。泥とも言うべきそれが確かな形を得た時には、彼らは揃って燕尾服を着ていた。

 呪術師や補助監督達も学ランやスーツといった統一された制服を着ているが、それはまだ日本中のどこでも見かける恰好だ。比較して、目の前の景色は不気味としか言いようがない。

 

「何だ、こいつら……」

 

 燕尾服に丸眼鏡と帽子、奇術師染みたその風貌。非日常的な服装が彼らの異質さを引き立て、人の形をしていながら人間ではない異形の存在であると印象付け、言葉の通じぬ宇宙人と相対したかのような言い知れぬ不安と恐怖を掻き立てる。

 

「「「ご機嫌よう、呪術師諸君」」」

 

 示し合わせてもいないのにまるで心が通じ合っているかのように、彼らは一斉に口を開いた。

 舞台演劇のような完成された統率に、伏黒達は完全に呑まれてしまう。ただ、これだけははっきりと理解した。彼らが先程までとは全く別の存在に成り果てたのだということを。

 

「私はサンジェルマン。真なる神秘の伝道師である」

 

 初老の男性が、彼らを代表して前に出る。

 

「彼ら呪詛師の要求は一つ。速やかにこの地を明け渡せ」

 

 やはりか、と高専生達の心の声が一致する。

 魔術だけでなく、時折思い出したかのように使う呪術。それは未熟な高専生よりも格下の力量であることを推し測るに十分だった。

 そんな呪詛師達が突然調子付いたように徒党を組んで襲撃をかけてきたのだ。動機はともかく呪詛師達の目的は推理するまでもない。奴らは高専を乗っ取る気でいる。いや、それはあくまでも足掛かり。本当に求めるのは、きっと呪術界そのものだろう。

 

「はっ、答えはこうだ――――くたばれ変態紳士!」

 

 啖呵を切った真希が、先頭に立つサンジェルマンに突貫する。

 手にした三節棍による打擲は、しかし寸前で真希の体ごと大きく軌道をずらされた。

 

「っ!?」

「真希さん!」

 

 単に攻撃を空振りに終わらせるための妨害ではなかった。

 その正体は、蔓のようにしなる樹木。どこからか生えてきたそれが彼女の五体に巻き付き、身動きを封じる。

 強い圧迫と関節を極められたことで腕から力を抜いてしまった真希は、游雲を取り落としてしまった。

 

『待ちくたびれましたよ、サンジェルマン』

 

 聞いたことのない、全く意味を成さない言語だった。なのにどうしてか、理解できない筈のそれが理解できた。脳に直接言葉が流し込まれているような、極めて形容しがたい感覚。

 だがそれよりも、目の前に現れたものに伏黒達の思考は持っていかれた。

 眼前のこれを端的に評するなら、筋肉質で大柄な人型の怪物。こちらはもう、サンジェルマンのような人間にしか見えない何かとは違って、完全なる異形だ。ペンキを塗ったかのように真っ白な肌。眼に相当する部分からは角のような枝が天へ向かって突き出している。

 呪術師である伏黒達には分かる。これは呪霊だ。正体不明のサンジェルマンと違って、こちらはまだ彼らの常識で説明ができる分マシと言ったところだろうか。一方でなまじ理解できるからこそ、その呪力量から存在の格を悟ってしまう。

 特級呪霊。名を花御。

 

「想定より私を頼るのが遅かった。仕方があるまい」

 

 臨戦態勢の高専生を前にして、サンジェルマンと花御は脅威でも何でもないかのように意に介していない。

 

「真希さんを返せ!」

 

 真希の窮地に真っ先に動いたのは釘崎だった。

 彼女はサンジェルマン達の注意が逸れた隙に、蹴散らした時に千切れ飛んだ呪詛師の指を回収していた。

 

「芻霊呪法――共鳴り!」

 

 取り出した藁人形に指を重ね、手にした釘に呪力を流し込んで。

 金槌で、強く打ち込んだ。

 

 

 

 

 だが何も起こらなかった。

 

「な、ん」

 

 指では欠損部位として不足だったのか。実力差が離れすぎていたのか。

 それにしたって、無傷はあり得ない。

 

「呆れたものだ。そんな児戯が、この私に通じるとでも思っていたのか」

 

 サンジェルマンは、軽蔑を通り越して憐れむような眼差しを向ける。

 釘崎の術式は、余りにも単純過ぎた。

 『共鳴り』はまさに魔術における基本、感染魔術の典型。それも何の捻りもない、初歩も初歩の呪い。駆けだしの魔術師でも気づかれれば簡単に対策されてしまう。況やサンジェルマンには釈迦に説法。

 呪術と魔術、異なる異能の法則。しかし相手が持つ概念や属性という根本に対して効力を発揮する方法なら、自分達の世界で如何様にも対策でき、弱点をこちら側で作ってしまうという力技さえも可能。

 位相という数多ある異なる宇宙の法則を現世に適用するのが魔術であり、魔術師同士の戦いにおいては自らの物差しで敵の術式を測れないことなど日常茶飯事。この技術においては、魔術師の方が遥か先にいる。というより、帳などを除くと殆ど生得術式しか扱わない呪術師はスタート地点にすら立てていないかもしれない。

 

 

 足元から捻じれた槍が飛び出し、サンジェルマンの手に収まる。

 

「『ぶっ飛べ』」

シャンボール

 

 ここが使いどころと判断した狗巻が、呪言を発する。対して、サンジェルマンは一切の防御魔術を講じなかった。

 放ったのはカウンターの一撃。槍の穂先から湧き出た墨汁のような液体を、高圧噴射した。極微細なダイヤモンドを含有したその一撃は、触れたものを容赦なく削り取る。

 狗巻の喉元を狙いすました黒い死は、呪力防御なしでまともに喰らえば無事では済まなかったに違いない。後方へ吹き飛び樹木に叩きつけられた狗巻は、呪言の反動と攻撃による負傷で多量の血を吐いた。

 

 他方、呪言を喰らったサンジェルマンもまた、彼方へと吹き飛ばされる。ただし、それは先頭に立っていたサンジェルマンの一人でしかない。攻撃は通りこそしたが、被った損失と与えた損害に釣り合いが取れていない。

 

「諸君が幾許か集った所で、我が結晶構造を打ち砕くには至らん」

 

 無数に佇むサンジェルマンの群れから、新たなサンジェルマンが代表する。

 それは彼我の絶望的な戦力差を淡々と暗示していた。他のサンジェルマンはただ見ていただけだ。本気で戦闘になれば、少なくともこのレベルの攻撃が四方八方から飛んでくる。加えて、協力関係にあるらしい特級呪霊も相手にしなければならない。

 

「君達が抑圧してきた呪詛師が創る新たな秩序。そんなものに興味は無い」

 

 諦めて投降しろ、などと優しい言葉を掛けてもらえると思っていたのなら、想定が甘すぎる。

 既に見ていた筈だ。

 他人を従えるのに脅しは必要ないということを、失念しているのではないか。

 

 サンジェルマンが槍を振るうと、花御が生み出した樹木が動き出す。樹木が真希の口端を引っ張り、無理矢理に丸薬を飲み込ませた。

 

「んぐっ!?」 

 

 樹木が彼女を解放する。

 サンジェルマンウイルス。魔術師が死と共に自らの人格を遺した頭脳侵食細菌が、真希の体を侵していく。

 喉や胸部を掻きむしる必死の抵抗も虚しく、数秒と経たずに効果は現れる。黒い繭が解けた時には、彼女もサンジェルマンに成り果てた。

 先程まで代表していたサンジェルマンの言葉を継いで、真希は口を開いた。

 

「私に教えを乞わぬ呪術師は邪魔なのだよ。呪術と魔術、神秘は二つも必要無い。全ての呪術師を駆除し、我が秘法で世界を満たすのだ」

 

 そしてそれは呪詛師も例外ではない。

 呪詛師達はサンジェルマンに力を求め、サンジェルマンは呪詛師達を利用し呪術を滅亡させる。あくまでも一時的な利用し利用される関係であり、本質的に相容れないのだ。

 

 こうして禁書目録の与り知らぬ所で、自称『薔薇十字』の魔術師は世界に蔓延していく。

 

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