結論から言うと、この世界は『とある魔術の禁書目録』の世界ではない。
学園都市や超能力は存在せず、教会のトップがローラ=スチュアートこと大悪魔コロンゾンや、ダイアン=フォーチュンだったりもしない。
『とある』の魔術は機能するし、テレズマは召喚できる。が、何故か私以外の誰も使わないどころか認知していない。私にしか使えないのか、私がこの世界に転生したことで世界の法則が書き換わったのか。あるいは元からあったが気づかなかっただけか。
最後の説が真だとしたら、それは魔術に代わる異能、呪術の存在が大きいだろう。
呪術は呪力という負の精神エネルギーを糧に発動する、文字通り呪い。『とある』基準なら呪術も魔術の一種ではあるが、それとは原理を異にする。
件の反転術式は呪力から正のエネルギーを生み出す技術のようで、どうやらテレズマとは別のエネルギーらしい。
治療院での回復魔術の後、私は主教や司教といった高位の聖職者達の前に引き合わされた。
使用した魔術について求められるままに説明をしている内に、私達は互いの世界観の相違に気付いた。
その日からというものの、私達は魔術と呪術の交流会を開いている。
私は呪術よりも自分にどんな魔術ができるのかの方が興味があるのだが、向こうは私に興味があるようで、ほぼ強制的だ。世話になっている身で断りづらいのもあるが。
私は魔術を本格的に広めるつもりはなく、広まっても影響の少ない魔術しか教えていない。そろそろ誤魔化すのも苦しくなってきたが。
教会には一般向けの表の顔と、呪術師としての裏の顔が存在する。呪霊と呼ばれる怪物を駆除するのが裏の仕事だ。
呪霊に対抗するためには呪術を使う必要があるが、彼ら聖職者の中には自らの力を呪いと呼称するのに抵抗を持つ者もおり、
前述の通り呪力は負の感情から生まれるものであり、一部の聖職者達は呪術のことを好く思っていないらしい。
この辺は何となく『とある』と通じるところがある。
魔術師を討つためには魔術を調べて対抗策を練る必要がある。しかし穢れた敵を理解すれば心が穢れ、穢れた敵に触れれば体が穢れる。そのための穢れを一手に引き受ける部署が
この国、というか十字教圏では正の力を扱う反転術式こそ至高とする風潮があり、自分の軽い擦り傷程度なら誰でも治せるらしい。大怪我や他人の治療となると数が限られ、それが高位の聖職者になる条件にもなっている。
このままここで一シスターとして暮らすのも悪くないと思っていたのだが、一部の人の私を見る目がヤバい。実験動物のように解剖でもされるかと思っていたら、崇拝されだしている。
体から国中の聖職者を集めても練れないほどの正の力が常に溢れ出し、一挙に十数人を癒す。あまつさえ天使のような何かを召喚する。
テレズマと相殺されるせいで呪力が一切練れない体質。
魔術の行使のために使う魔力は正でも負でもないニュートラルな力。
何もかもが彼らには魅力的で理想的な存在。
実態は魔術より呪術の方がマシだったりするのだが……。
「できた」
鏡の前に立って、私はその出来栄えに満足する。
映っているのは、金の刺繡の入った純白の修道服。
服の形をした教会であり、完璧に計算しつくされた刺繍や縫い方が魔術的意味を持つ霊装。
その防御力は絶対であり、物理・魔術を問わずあらゆるダメージを受け流し吸収する。包丁程度では傷一つつかず、ダメージを与えられるのは『
インデックスの象徴とも言える『歩く教会』。これを着ていなければ始まらない。
転生した時から初期装備ではなかったので、自作するしかなかった。
本来、布地はロンギヌスに貫かれた神の子を包んだトリノ聖骸布を正確にコピーした物でなければならないのだが、そこはテレズマによって強引に解決した。
テレズマは呼び出す段階で属性が決まっており、私の場合は『エーテル』。
エーテルは『万物に似る』という性質があり、これを利用すれば私のテレズマを付加または物質化することで霊装の代替を作れるのではないかと考えた。
本人のチート技量があってこそとはいえ、アレイスターが『霊的蹴たぐり』で霊装を再現できるのだからこれくらいはできるだろう、と。
物質化したテレズマは科学・魔術問わず人間には加工できないので、今回は付与の形をとった。私が着用することで常に体から漏れ出るテレズマが供給されるので、燃料切れの心配もない。
教会で過ごして早1年。今日、私は脱走を決行する。
イギリスから日本への飛行機はロンドンを出発してロシア領空を通過し、羽田空港へと向かう。飛行時間は12時間と丁度半日程要する。
「フンフフン、フンフフン、フンフンフーン」
beef or fish, beef or fish.
鼻歌でさえ聖歌の如く。清廉さを隠しきれない声とは裏腹に、内心は食欲に塗れている。たった数時間前に三人前の料理を食べたばかりだというのに、私の体はもう空腹を訴えていた。
異常な食欲はインデックスボディ最大の弊害である。太らないことより体積を無視したレベルで食べられることの方が不思議だ。
「アーアー、アテンションプリーズ。不法渡航者のインデックスちゃーん、聞こえてる~?」
機内放送がかかる。およそCAや機長といった乗員から出てくるとは思えない言葉に、機内には混乱が満ちる。
追手がついてきたのか。
逃亡時には念のため魔術的隠匿を施しておいた。その筈なのに、どうやってかこの便に私が乗っていることを突き止めたらしい。
呪力自体が感知できないわけではないがなにぶん呪術に関しては素人なので、探知用になにか仕掛けられていても気づけない。
不法渡航者呼ばわりに思わず文句を言いたくなるところだが、魔術を応用して偽造パスポートを用意したり審査官を洗脳したりと違法な手段に及んだことは否定できない。元より身分が曖昧なのでこうする他なかった。
「酷いじゃないか、勝手にイギリスを出ていくなんて。聖ジョージ大聖堂の皆が泣いてるよ?」
その涙は私のことを心配してではなく、損失を考えてのものだろうに。
魔術の有用性と価値を認識した者達がインデックスという存在を放っておくはずもなく。
ご機嫌伺いで取り入ろうとしたり、どこぞのお偉いさんがやってきて命令したりと、私を利用しようとする者は後を絶たなかった。
私が日本へ渡航するのは、そういった自分を利用しようとする者達から身を守るため――実際は大した脅威でもないので単に嫌気が差しただけともいう――もあるが、他にもいくつか理由がある。
中でも最大の理由は、世界と比較して日本の呪霊と呪術師の力が著しく大きいという点に尽きる。
学園都市は無いが、日本だけ呪術が栄えている。何かあると考えるのが自然だろう。それこそここも何らかの創作世界だとするなら、事件は日本で起きるに違いない。
別に地球の裏側の見知らぬ誰かを救いたいとまでは思わないが、世界規模で取り返しのつかない大災害が起きた場合にすぐ対応できる場所に居たい。知らない内に人類滅亡のトリガーが引かれてました、もう何をしようと遅いです、なんてのは御免だ。日本国内で収まる事件や、自分の力が及ばないようなモノなら干渉するつもりはない。
薄情かもしれないが、こちとら似非シスターだ。心までインデックスロールプレイをするつもりはない。
適当に暮らしながら、『禁書』世界の魔術を研究するのが私の目標。
あと……おいしい料理を食べる事。
そう、料理だ。
ウキウキ気分で機内食を待っていたというのに、水を差さないで欲しい。
窓を見ると、箒のような何かに跨った男が空を飛んでいる。身なりからして教会関係者ではなく雇われた野良の呪術師だろうか。
高度10000mの空に生身で晒され高速で移動する飛行機と並列飛行する彼は、極度の低温と強風に煽られている筈だ。にも拘らず寒がる様子は見せず、微塵も姿勢を崩さない。
こちらと目が合うと、ニヤリと笑ってみせた。
別にお前を歓迎なんてしていない。思わず舌打ちや中指を立ててやろうかとも思ったが、踏みとどまる。
ロールプレイはしないが、外見のイメージを著しく損なうことは本意ではない。
機内を見渡すと、奇跡的にも他の乗客の目には映っていない。目撃されていれば大きな騒ぎになる筈だからだ。先の機内放送の方に気がいっているのだろう。目撃される前にサッサと処理するに限る。
「
ノタリコンにより暗号化された呪文を唱える。
空を飛ぶ力を失った彼は、一瞬の内に視界から消え失せた。
今しがた唱えた呪文は、魔術的な力で飛行しているものを墜落させる術式である。
科学的な手段で飛ぶモノには効かないのだが、呪術相手には機能するようだ。この辺が、呪術をどういうカテゴリで分類していいのかイマイチ掴みかねている要因だ。異能であることは間違いないのだが……超能力とも魔術とも言い切れない。
それにしても、この世界では飛行魔術はポピュラーなモノなのだろうか。
というのも、禁書世界ではこの『撃墜術式』の存在によって飛行魔術自体が実質封じられている。
撃墜術式は、初代ローマ教皇であり主より天国の鍵を預かったとされる十二使徒の聖ペテロが、当時ローマ帝国の賓客で敵対関係にあった『悪魔の力を借りて空を飛ぶ魔術師シモン=マグス』を主に祈るだけで撃墜したという伝承に基づく。
シンプル・強力・有名と三拍子揃っており、禁書世界においては魔術師の中では知らぬ者はいない程に広く普及している。
それでも空を飛びたいなら、術式を防ぎきる程の巨大な魔術防壁を用意したり地表すれすれを飛んで"走行"判定で誤魔化したりと涙ぐましい努力が必要になる。
他にも、禁書世界には対飛行用術式がありふれている。同じ十字教なら『ヨハネの迎撃術式』然り、原作には無かったが有名どころで言うと『イカロスの翼』とかも利用できそうだ。
試しに検索をかけた10万3000冊の魔道書の知識によると、かなりの事前準備が必要。有翼に限らず箒でも、物体を用いた飛行手段であればなんでも効くそうだ。……飛行機に使えば翼が熔け堕ちるだろうとも言っている。絶対にやらないけど。
伝承で墜落した魔術師シモンはそのまま絶命したことから、撃墜術式は自由落下以上のダメージを与える。飛行を諦めて呪力なり呪術なりで防御すれば生きて帰れるだろう。
後の事はこちらの知ったことではない。
元凶は片付けたが、機内は依然動揺が広がっている。
何者かに機内放送をジャックされたが運航に支障は無い、と機長がアナウンスする。
当然そんな説明で納得できるはずもなく、騒ぎはさらに大きくなる。
呪術の存在が明るみに出るとは言わないまでも、ニュースで流れるレベルのちょっとした事件になるのは間違いない。いくら私が欲しいとはいえ隠す気ゼロって、それでいいのかイギリスの呪術界。
……これ、私が記憶処理しないといけないのか?
恐らくは管制塔にまで連絡が行っているだろう。迷惑極まりない。何故敵が招いた事態の後処理を私がしなければならないのか。
はぁ、と思わず溜息が出る。
『溜息を吐くと幸せが逃げる』とはただの迷信。しかしその迷信を魔術的記号とするのが魔術師の仕事なだけに、一概に馬鹿にはできない。
尤も、意志を以てこれを魔術としない限りは意味を成さないし、仮に魔術として成立させたとしてもこの程度では誰も気付かないほど小さい影響しか及ぼさない。
そもそも不幸な目に遭ったから溜息をしているのであって、因果が逆なのだが。
この世界に『ブライスロードの秘宝』は無いし、私の右手に『