いつのまにか呪術アニメ2期終わってたし、創約9巻出てたし、年越してた。
時間を掛け過ぎた。五条は自身の失態を悔やんだ。
加茂家を出る時に、魔術を使う呪詛師達に想定以上の抵抗に遭ったのは時間のロスだった。だが最も苦戦したのは何らかの力によって目的地へと辿りつけない魔術。
『不思議の国のアリス』のように非ユークリッド空間への遭難、あるいはその幻覚作用を。
『ヘンゼルとグレーテル』のように目印の消失を。
彼と共にインデックスがいれば、それが童話に数多く見られる『迷う』という共通要素を抽出した、一種のパターン魔術*1であると気づいただろう。
そうした背景知識を持たない五条は、基本的にゴリ押しするしかない。日頃からインデックスの魔術を観察することで、六眼を使って術式を解読する暇潰しをしていなければ半日は迷っていたかもしれない。
未だに術式の内容は見たところで微塵も分からないが、インデックスの解説という答えあわせと合わせて勘を養うことで、魔術の痕跡や術式の重要な役割を担う霊装の位置を何となく当て推量できるようにはなった。
そういった経験を活かして、瞬間移動を繰り返すことで全体の構造を効率的にマッピング。空間連続性の破れを見抜いて脱出し、五条が高専に辿り着いた時。
全ては終わっていたのだ。
「こちらも想定より遅かったな」
石畳の上に倒れ伏す夜蛾の傍に、燕尾服を着た気味の悪い男が立っていた。
「誰だお前」
呻き声を上げないが気絶しているわけでもないらしい。呪力が巡っていることからして息はある。
五条は安堵と同時に、亢進する苛立ちを自覚した。
「サンジェルマン。魔術師と言えば分かるかね? ……おっと、今しがた君が蹴散らしてきた素人共と一緒にしてくれるな。教わるがままで神秘の最奥を身に着けられると思っている愚者とは違う。私は授ける側、純正の魔術師だ。君が抱え込んでいる禁書目録と同じだよ」
要するに。
「お前が全部の元凶ってわけか」
そうと分かれば話は早いと身構えた五条を、サンジェルマンが制する。
「一つ忠告しておこう。サンジェルマンという個人が死のうとも、サンジェルマンという思想が潰える事はない」
その言葉が寓する真意を測りかねて眉をひそめる五条に、サンジェルマンは続けて警告する。
「噂はかねがね聞いているとも、五条悟。だが君は最強であっても全能ではない。形ある個には強いが、形無き概念には勝てない。その力を以てしても、呪霊という一つの勢力が未だ根絶されていないのが良い証拠だ」
「要するに何が言いたいんだよ、お前は」
「サンジェルマンとは一つの分類なのだよ、君。呪霊という概念そのものと相対していると思ってくれていい。故に君は私に勝てない。絶対にな」
つまり額面通りに受け取るなら、サンジェルマンとやらは呪霊全て。否、呪霊を生み出す呪いという仕組みそのものに相当することになる。
これは随分と大きく出たものだ。五条は呆れて笑うこともできなかった。法螺を吹くにしても限度がある。
「まともに聞いて損したよ」
そう言うと、五条はサンジェルマンを躊躇うことなく殴り飛ばした。
「シャンボール」
正確には、殴り飛ばそうとした。
拳は、二人の間に入った植物のような何かに命中した。
それは全高2メートル弱、全長4メートル強の、樹木や花弁でできた蠍型の化け物だった。
全力ではないにしても、並みの呪術師なら全治数か月の傷を負わせる威力のつもりだった。それがどうしたことか、負傷どころかまるで動じていない。
その耐久性のカラクリは、細胞壁を持たない動物細胞を植物細胞で置き換えていることにある。植物細胞での各種臓器の作成と最適化により、本来動物が持ち得ない強靭さと植物が持ち得ない運動性能の両方を獲得しているのだ。その植物装甲の堅牢性は、学園都市第4位『
だが一番目につくのは、尻尾の先端に生えているサンジェルマン。外見的ミスマッチというか、植物と人間の融合という光景は悍ましいと言う他無い。
「その見た目で手品師気取るには、品が無さすぎるだろ」
目の前のサンジェルマンが黒幕なのだとしたら、洗いざらい吐かせたい。インデックスに見せれば魔術的な観点で彼の暗躍を解き明かしてくれるだろう――――という殺傷に対する躊躇いを、意識的に捨てる。仮にうっかり殺してしまっても取り敢えず事態を止めることはできるのだから。今は事態の収束が最優先と判断した。
術式順転『蒼』による拳の一撃が、尾に繋がるサンジェルマン諸共砕こうかという威力で植物装甲を貫く。
落雷の如き轟音と、倒木さながらのミシミシと悲鳴のような音が響き渡る。
発生した空間の歪みによってその分子構造までもが本来有り得ない形に曲げられることで、正しい剛性を発揮できなかったのだ。
相手に攻撃を受けたと認識する暇すら与えない。もはや"発射"という言葉で形容するしかない程のスピードで、サンジェルマンは木々の中へぶち込まれた。
五条が生存確認……いや死亡確認をしようと歩みを進めようとして。
足音がした。
現れたのは五体満足、傷一つ無いサンジェルマン。それも複数の。
高専中からぞろぞろと姿を現した燕尾服の集団は、あっという間に五条を包囲した。
「「「無駄な事は止せ。既に君は私に敗北している」」」
この手の分身してくる輩は初見ではない。故に五条はこの程度で驚くこともなかったが、思わず顔を顰めた。この光景を見て、壮観という感想を溢すセンスはしていない。
顔や体格も違うところからして、やはり分身ではないのだろう。かといって五条の眼は、これらがどれも幻影ではなく実体持つ人間であると主張している。無数の気配そのものには高専に辿り着いた時から気づいていた。それらは全て、呪詛師ではなくサンジェルマンだったのだ。
「どういう意味だ?」
「その気になれば日本中に散らばる私が無辜の民を手に掛ける、ということだよ」
壮年のサンジェルマンが彼らを代表して喋る。
発言の意味をまだ咀嚼しきれない五条。確かにサンジェルマンというのが個人ではなく集団であるとするなら、こうしている今もどこかで人質を取ることが可能だ。
ただ、その規模が日本中となると少し信憑性に欠ける。そこまで広範囲に術式の影響を及ぼせるのは、少なくとも呪術界では規格外の存在である天元や天与呪縛を受けたメカ丸くらいだ。
魔術がどうなのかは知らないが、彼の常識に照らし合わせるなら射程距離に制限があるかもしれないという疑いを抱くのは当然だった。
「その言葉がハッタリでないという根拠は?」
「楽観的だな。最後まで希望的観測に縋るかね。望むのなら、被害者は君の身内でも構わんよ」
そう言うと、集団の中から一人の女性型サンジェルマンが現れる。
「真希!?」
その姿は、バニーガールのような恰好をしていても見紛う筈がない。五条の生徒である、禪院真希だった。彼女はサンジェルマン達の一番前まで歩み出ると、糸が切れたように倒れる。数秒の後、体がぴくりと動く。
「あれ、私何してた? いつの間にこんなところに――――て何だこの恰好!?」
まだ意識がはっきりとしないのか地に腰をついたままの真希だったが、自らの姿を見て目が覚めた。
「何見てやがんだ、こっち見んな!」
ともすれば、日常が帰ってきたかのような感覚にも陥るが、五条の顔からは緊張が取れない。それを見て真希も何かがおかしいと感じたのか記憶を探り、周囲を見渡して状況を把握しようとする。そんな彼女を置いて、話は進んでいく。
「見ての通り、私に乗っ取られた元の人間はまだ生きている。つまり私を殺すということは、無関係の人間を殺すということでもある。これで私の言葉が嘘偽りであろうとなかろうと……さあ、理解できたかね?」
『サンジェルマンという個人が死のうとも、サンジェルマンという思想が潰える事はない』。その意味を、五条は漸く理解した。サンジェルマンの力は寄生または憑依であり、しかもそれが意識を共有する群体であるために、肉体をいくら傷つけようと意味はない。それどころか乗っ取った肉体自体が人質となっている。
意識をどこまで共有しているのか分からないが、『無量空処』を使えば廃人化させることはできるかもしれない。だがこの手は、射程距離に限界があるという希望的観測の下でも悪手だ。日本中にサンジェルマンが散らばっているということがなくとも、事前に一般人を乗っ取るくらいはしている筈。というか、真希が乗っ取られていた以上、他の高専メンバーがサンジェルマンに乗っ取られていると考えるのが自然である。
脳に負担のあるダメージを与えれば誰かを傷つけることになる。ある程度の人の死を許容するにしたって、その規模が分からないのでは天秤にかけようがない。
後遺症が残らない程度の時間『無量空処』を浴びせるというのは、更に悪手だ。サンジェルマンはどこに散らばっているかも分からない。一撃で仕留めなければ、相手を刺激するだけで人質の命を危険に晒すことになる。
劣勢というよりこれは……詰んでいる。
「そこでだ、五条悟。私から提案がある」
彼が懐から取り出したのは、表面に賽の目状に眼球が浮かぶ立方体。
特級呪物、獄門疆。
「これは君を封印するために用意された霊装……いや呪物だ。君の封印と引き換えに、私は敵対行動を取らない一般人には手を出さないと約束しよう。無論君のお仲間は解放するし、そちらから向かってこない限りは高専の呪術師にも危害は加えない。信用できないなら、君達呪術師が言う所の縛りとやらを結んでやってもいい」
あくまでも、縛りの対象は五条とサンジェルマンだけ。しかも呪術師と呪詛師の戦いに間接的に力を貸さないとまでは言っていない。人質を取られている以上交換条件は向こう側が優位になるのは当然とはいえ、五条悟という呪術界最大戦力が天秤に掛かっている。
それでも、呪術界を脅かしつつある魔術に通じ一つの分類すら自称するサンジェルマンの理不尽な人質戦法を封じられるのであれば、見合うだけの価値はあるのかもしれない。
「やめろ、悟」
五条を引き留める声。見れば、夜蛾が意識を取り戻していた。
「私の前で恰好つけやがったらぶっ殺すぞ!」
夜蛾と真希が必死の形相で引き留めるが、五条はそちらを見向きもしない。
「ふむ、まだ信用できんか? 君を封印した瞬間、呪詛師や呪霊がこの場の彼らを殺すということもない。私の意思によって起こったかに関わりなく、もし起きれば私は自害する。少なくとも今日一日は命を保証しよう。毒や呪詛といった遅効性の殺傷手段も細工しない。縛りはサンジェルマン全個体に対し適用される。以上、この言葉に嘘は無いと誓う。……と、これも縛りに追加しておこうか」
穴は無いように見える。
いや、誤魔化すな。もう心は決まっている。
「止せ、悟! お前を失えば全てが終わる、
――――君ならできるだろ、悟
「……俺さえいれば何とかなる? インデックスさえいれば何とかなる、の間違いだろ」
口惜しいが、サンジェルマンの言葉は正しい。
五条がいくら強かろうが、この状況は覆せない。五条だけが強くても、誰も助けられない。最強の先にある、無敵の力を手にしなければ。
だが彼女ならば。インデックスさえいれば。
後ろ向きな理由で言えば、魔術に関して知識を持っているのは彼女だけであり、反逆の糸口を持っているとすれば彼女以外に考えられないという面もある。
しかし、それ以上に彼は彼女を信じていた。未だ全容の掴めない力。彼を差し置いて無敵に届くのではないかとすら思える圧倒的な力。
そして何より、安い善に流されず強大な悪に屈しない、『人間』らしさとでも言うべき揺るがぬ精神を。
「いいぜ、お前の提案に乗ってやるよ」
「賢明な判断だ。あれに期待を寄せるのは節穴と言わざるを得ないがね」
「どうかな」
二人は互いを嘲笑するように、含意のある表情を浮かべた。
かつては五条にも自らの隣に肩を並べる友がいた。五条が友を実力の面で突き放した時、友が抱いたのは劣等感だったのかもしれない。だが今、五条は自らの先を行く者に対してそのような感情は抱いていなかった。
実に不思議な気分だ。五条にはこの感情を表す言葉が見つからない。自分以外の誰かに託すことに。それも、自分より
安堵か、信頼か、解放感か。
いっそ快感を覚えているのかもしれない。
五条の情報を処理し持ち運べるようになった獄門疆を手にしたサンジェルマンは、手中のそれに向かって吐き捨てる。
「愚かな男だ。私が何故、禁書目録ではなく君に交渉を持ちかけたのか考えなかったのかね。