先の展開がアレがアレしてアレなので、この先数話分はあまり間隔を置かずに投稿したいと考えていたら難産になりました。
特に防壁や逆探知といった抵抗を受けることなく、獄門疆『裏』を媒介に表門の位置を特定することに成功した。場所は東京国際空港、しかも位置的に滑走路。明らかに誘っている。
現場に着けば、既に異常が感じられた。
滑走路にも搭乗口にも、飛行機が一機も無い。人の気配もしない。バスなどの交通機関も止まっている。
もう隠す気も無いようだ。
「先に言っておくけど。これから貴方達は私に勝手についてきて、勝手に死ぬんだ。私は決して助けない。弔いさえしてあげない。護衛を自称する癖に私を恨むなんて事をしたら、嗤ってあげるよ」
ぞろぞろと後をついてきた修道服共を背に、吐き捨てる。
……まるで言い訳しているみたいだが、罪悪感とか倫理観とか、そういうものから口にした言葉じゃないのは自分で分かる。
多分これは、苛立ちだ。何にかは分からない。
「構いませんとも。我ら御身の矛となり盾となり、この命捧げましょうぞ」
得意げに胸を張って宣誓する新隊長の声が煩わしい。
無視して、滑走路に侵入する。その際、障害物はネコ科動物以上の跳躍力を発揮して乗り越えた。
後ろからついてくる奴らは壊して通るらしい。私の責任じゃないので好きにすればいい。どうせ収拾が付かないレベルで国中パニック状態なのだから、誤差の範囲か?
まあ、その気になれば後でいくらでも直せるからこうしているのだろうけれど。
「全く、傍迷惑な場所を選んでくれたね」
「見晴らしが良かろう?」
滑走路のど真ん中に、燕尾服の集団が立っていた。
サンジェルマン。
獄門疆の反応は確かに彼らの中から発している。
何故サンジェルマンがこの世界にいるのか、聞きたいことは山ほどある。しかし原作でのこの状態の彼と言葉を交わす無意味さを私は知っていたので、問答は無用だった。
「サンジェルマン。あなたの存在は嫌いじゃないけど、耳を貸すつもりはない。言うこと為すこと嘘だらけ。まともに取り合う方が馬鹿を見る。私は亡霊の心に寄り添ってあげるほどお人良しじゃない」
右手を翳すと、私の肩口から赤い腕が現出する。
聖なる右。
これを前に、亜光速で回避しようが無限の壁で防御しようが意味は無い。
あらゆる障害を無視して必中。腕が振るわれた時にはもう終わっている。
余りにもシンプルで面白味は無いが、兵器としては完成形。『幻想殺し』などのパーツが足りていないがために未完成品ではあるが。
第三の腕から放たれたであろう必要十分な一撃は、しかし地面から生えた植物の壁に弾かれた。自称とはいえ仮にも薔薇十字の魔術師が、雑魚狩り魔術でくたばる訳もない。
反撃とばかりに放たれたダイアモンド含有の炭汁ジェット噴射がまき散らされる。有象無象の
「
聖なる右は確かに強い。科学で喩えるならば、衛星軌道上から地上の標的に無数の核を撃ち込むくらいには強い。戦闘に入る前には既に照準に捉えており、相手の攻撃前に必中必殺の一撃を当てられる。正に戦略の窮極と言えるだろう。しかしその程度、ある一定のレベルを越えた魔術師ならばデフォルトで持ち合わせている。
オシリスの
「フ、フフ。フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ」
何が可笑しいのか、サンジェルマンは嗤う。その声色は、途中から機械的だった。
「私のことを知っているのならば、分かるだろう。禁書目録、私に欺瞞は隠し通せんよ」
欺瞞?
何を言っているのか分からない。
大方、嘘つきに嘘は通じないという意味なのだろうが、しかし彼の前で嘘をついた覚えなどない。
いや、耳を貸すな。自分の記憶を捏造し、たった1分で100年の恨みさえ醸造する奴の言葉に意味は無い。惑わすことこそがこいつの狙いなのだ。
「君の魔法名のことだよ。『
それ以上の言葉は待たなかった。
片手は何かを掴むように前に。もう片手は何かを摘まむように後ろに引き、放すように開く。
両手から淡い光の粒子が舞い、数価を象る。同時に、劈くような甲高い音。
瞬間、サンジェルマンの群れと私は濃紺の世界に誘われる。
ともすれば、そこは光が射さない深海のようだった。しかし不思議と暗くはない。望遠鏡で覗く宇宙が星々の放つ光によって明るいように、この背景そのものが仄かに光っている。
激しい海流に攫われるように我々の傍を漂流していくのは、無数の書物。
「精神世界の現実への投射って、結構大胆な事するよね、
「イメージの具現化など錬金術師の領分ではないかね?」
「それとはちょっと違うよ。考えていることをそのまま映し出す脳内世界は時々刻々と移り変わるけど、精神世界はそう簡単に変わったりなんてしない。思考はころころ変わっても記憶は積み重ねるものでしょ? 貴方は違うみたいだけど」
するとサンジェルマンは癇に障ったのか、ポーカーフェイスのまま少し口をつぐむ。
そして、捻りだす。
「……これは彼らの言う所の『領域展開』とは別だろう」
呪術師ならば領域展開と誤認してくれるかもしれないが、魔術師には通じない。
勿論、これは呪術ではない。まして、領域展開などではない。
この結界の組成には呪力など皆無だし、彼らの言う所の『術式』が無い私には、呪術など扱えない。
そもそもこれは結界ですらない。
これは原作で闇咲逢魔がインデックスの魔道書を狙った時に使用した『梓弓』と呼ばれる魔術だ。
本来は相手の頭の中を覗くための魔術なのだが、出力を誤ると自分の心が相手に流れ込んでしまう。
私は、それを意図的に引き起こした。
彼ら呪術師のような精神世界を外界に流出させるという方法は、私にとっては費用対効果が見合っていない。
殺傷目的にせよ、無駄にリスクが大きすぎる。何かの拍子に結界を破られた場合、そのまま垂れ流しになって深刻なミーム汚染が発生しかねない。最悪の場合、生きた情報とでもいうべき魔道書が現実を汚染する可能性すらある。
とはいえ、精神世界の利用という発想は参考になった。10万3000冊の魔道書の知識を態と曝露するという攻撃手段は、正直端から考慮にも入れていなかった。それがこうして役に立つ時が来たというわけだ。
原作でインデックスがサンジェルマンのネットワークを壊滅させた歌による手法――儀式魔術における『気付け』は、今回は使えない。
何故なら、呪詛師という協力者がいるからだ。『気付け』はネットワークに繋がっている状態のサンジェルマン、すなわち今現在感染しているサンジェルマンウイルスにしか効かない。ある種の休眠状態にある、丸薬に含まれるサンジェルマンまでは影響を及ぼせない。一時的にサンジェルマンを撲滅することはできても、呪詛師達がまた丸薬を飲めば復活する。根治するには、丸薬状態のウイルスも含めて一斉に浄化しなければならない。
どこにあるのかも分からない物を一斉に攻撃する方法。それにはやはり、呪術師にも馴染み深い『感染魔術』が適している。とは言っても、憑依体の肉体の一部では意味が無い。あくまでも憑依体の血肉はサンジェルマンとは元々関係のなかった物。サンジェルマンの技量なら肉片を通して『感染魔術』で呪われても、攻撃を受けた個体のウイルスを不活性化したり、自己相似で照応先を肉片自身にさせることで呪詛を押し付けるなりして逃れられる。
だから『感染魔術』で攻撃するにしても、そういう小手先のテクニックで逃れられない程に、より相手と本質的に結びついている物である必要がある。
そう、例えばサンジェルマンウイルスそのものである丸薬。サンジェルマン達が持ち合わせていた丸薬を通して、地球上の不活性状態のサンジェルマンウイルスも纏めて根絶させる。丁寧に、依り代にはダメージを与えないように。
原作ではインデックスは魔力を使えないがためにああいう方法を取ったのであって、魔力がある私なら他にいくらでもやりようはあるのだ。
「私は人間だよ。誰よりも、そう心掛けてるんだ」
私は己に言い聞かせるように、そう溢す。それは先刻、サンジェルマンが放った言葉への返答でもあった。
返事はない。一斉に倒れ伏したサンジェルマン達はもはや反応を示さない。
終わってみれば呆気なかった。
薔薇十字といえど所詮は亜流傍流の類。それさえ自称の疑惑があるのだから、しぶとさを除けば危険度は低い。あれがこの世界に存在しているという事だけが唯一の懸念事項。原作にはない隠し玉の可能性を私は警戒していたのだが。
「さて、お使いも済ませないとね」
気絶したサンジェルマンの依り代から、獄門疆を取り上げようと近づく。
「聖人様。ご無事でしたか」
そう言って駆けよって来たのは、新護衛隊長。
「……いたね、そういえば」
嘘だった。私に限って、忘れる筈もない。忘れたくても忘れられないというのは難儀なものだ。
「それにしても、流石は聖人様。私はあのような下衆に負ける筈が無いと信じておりましたぞ」
あれだけ豪語しておきながら肉壁にもならなかった分際で、その面の皮の厚さは感心する。だが他の取り巻きは起き上がってこないのを見ると、これでも優秀な方なのだろうか。
おべっかを聞き流していると、開けた滑走路に新たな足音が現れる。
それは黒い修道服を着た金髪の女性だった。
見間違えようもない、彼女は。
「マリー? どうしてここに――」
「離れて下さい! そいつは御身を売った裏切り者です!」
よく見れば、彼女は傷だらけで、修道服があちこち破けてボロボロになっている。
息を切らしたマリーが、ハルバードを新護衛隊長へ向けて構える。
「勝手に戻ってきたと思えば、妄言を吐くとはな。異動の当てつけとは見苦しいぞ」
私を挟んで、二人は睨み合う。うーん、状況が読めない。
彼の予想では、私からもっと信頼されていると思っていたらしい。私から期待していた反応を得られなかった彼は、今度は少し焦りを滲ませながら語った。
「お考え下さい、聖人様。武力で成り上がっただけの庶民の出と、由緒正しい貴族の血を引く敬虔な信者。どちらが信用ならないかなど自明ですぞ」
口を開く程、私の目が冷たくなっていくのに気づけないのだろうか。
こんな奴よりマリーを信じるに決まっている。
こいつに何かできるとも思えないが、念のため離れておこうと後退る。
ドス、と。背後から突き飛ばされるような衝撃。一瞬の浮遊感。
熱湯を冷まさず飲んだ時のように、体の中心から熱が広がる。
「……………………え?」
見下ろせば、私の胸から見覚えのある槍斧が突き出ていた。
「やっと、隙を見せて下さいましたね」