とある呪術の禁書目録   作:エゴイヒト

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気に食わなくて何度も書き直しました。

オリジナル魔術について描写上必要ない解説を書くべきかどうか問題。
だって考察厨の禁書ファンには伏せた方が寧ろご褒美でしょ(偏見)


自動書記(もう一人のボク)

 少なくとも東京は地図から消えるだろう一撃は、しかし振るわれることはなかった。

 いずれの理由が決定的だったか。

 五条悟の領域展開がそれより早かったこと。

 少女は威嚇のつもりで腕を出しただけで、本気で攻撃する意志は無かったこと。

 あるいは――

 

「無量空処」

 

 今更そんなことを考えたところで詮無きこと。動き出してしまった事態は止まらない。右手で結んだ印も、口を突いて出た言葉も咄嗟の反応。身を守るための防衛本能と町を守る使命感が彼を動かした。

 

 呪力のない修道服の少女を領域に引きずり込んでいく。思わず目を背けるほど、しかし意識から外すことはできない程の莫大なテレズマがあれば目印としては十分だった。

 宇宙空間のような深黒の世界が二人を包む。領域展開より0.2秒。この時点で、彼は自分が何をしているのか分かっていない。

 

 彼の思考は回る。

 

 無量空処は非術師に使えば後遺症が残る――非殺傷任務で使うべき術ではない。

 彼女は異能を使ったのだから呪術師だ――呪力はないのに?

 彼女の修道服が防いでくれる――物理的な攻撃は防いでいたが、これを防げる保障はないのに?

 答え――今すぐ解除しなければ。

 

 一方、彼がその結論に至るまで。

 少女には無限回の知覚と伝達を強制する攻撃が襲い掛かろうとしていた。

 

 まず、『歩く教会』が防御の第一層となった。

 『歩く教会』の効力は物理的な攻撃だけでなく、呪いや高次元からの攻撃といった魔術的・概念的攻撃へも対応している。

 尤も、これと同等かそれ以上の結界を有するウィンザー城の最深部まで『御使堕し(エンゼルフォール)』が貫通したことを鑑みれば、『歩く教会』の万能性を反証しているのか、あるいは相手が悪かったのかという議論もできよう。

 

 『歩く教会』を突破したとて、第二層が待つ。

 『聖母崇拝術式』、あるいはそれを含めた『聖母の慈悲』。本来は『神の右席』と呼ばれる原罪を消去した者達の内、後方を司る『神の力(ガブリエル)』の資質がなければ扱えない術式。

 それは罰を打ち消す魔術。約束・束縛・条件を免れることができるという解釈により、呪詛を無効化、魔術の発動条件を無視できる。

 つまり、今の彼女にはあらゆるデバフが効かない。当然、無量空処の無限回の知覚と伝達を強制するという効果は束縛以外の何物でもない。それ以前に、呪いという(よこしま)な力の時点で弾いてしまう。

 

 これらのファイアウォールは彼女が展開している魔術の表層に過ぎない。彼女に能動的な防御の必要は無い。

 ただし、それは能動的な防御の暇があったということを意味せず。

 

「――警告、第三章第六節。書庫への攻撃を確認。『自動書記(ヨハネのペン)』を強制起動しました」

 

 能動的に防御機構をオフにする暇があったということも意味しない。

 インデックスの主人格は半ば休眠状態(スリープモード)に入り、『自動書記』に取って代わられた。

 現出していた『第三の腕』が当人の制御を離れたことで霧散する。

 幽鬼のように揺らめく少女。暗く沈んだ緑の虹彩には、赤い紋様が浮かび上がる。

 

 単なる物理的な攻撃であれば、瀕死の重傷を負わないかぎり『自動書記(ヨハネのペン)』が起動することはなかっただろう。

 しかし情報攻撃となれば話は別。まして、戦闘状態というステータス下。それで何のダメージも負わなくとも、図書館の扉を少し叩いただけであっても。遠隔制御霊装ではない不正なアクセスを試みる潜在的侵入者として捉え、過敏に反応する。

 

 禁書目録は侵入者を迎撃すべく、機械のように敵性術式を分析する。

 呪術と魔術は異なる理。五条悟の六眼は力が見えるだけで、理解はできなかった。

 彼にできなかったからといって、インデックスにできない理由にはならない。

 その差を生んだのは、異界の法則に触れることに慣れているかどうかが大きい。

 勿論、さしものインデックスといえども相対しただけで呪術の全てを100%理解できるわけもない。だがそれで構わない。

 禁書目録は一から推論を導き出す解析法でなく、辞書型の解析を行う。該当する要素から書庫を検索し、ヒットした中から尤度の高いものを相手の術式と仮定。その対抗術式を組み上げる。故に速い。

 

「――警告、第十三章第三十六節。敵性術式の逆算に成功しました。隠世を模倣した結界を限定的に形成したものと判明」

 

 弱点とは欠陥であり、それを逆手にとるには相手の術式の仕様を正確に把握している必要がある。

 例えば『絶対に貫けない盾』があったとしよう。対抗策は大抵その盾が出てくる伝承に答えがあったりする。が、敵対する魔術師を迎撃できればそれでいいのだから、わざわざ用意された(・・・・・)弱点を突く必要などない。

 その盾が出てくる神話を調べ上げる必要などない。別の神話から『絶対に貫けない盾を貫いた矛』を探して来れば良い。語源通り矛盾しているように思えて『非論理的』と反論したくもなるだろう。しかしそれはこの例えだからこそ働く先入観とも言える。

 世の中には、『不死殺し』などという矛盾した概念が平気で登場する神話がありふれている。そも、そういう『非論理的』なのが宗教や神話であって、それを参照し扱う魔術もまた人の理解を超えている。

 

 この手法の素晴らしい点は、防御側に依存せず弱点を攻撃側が創れることにある。

 いや、弱点を創るという表現は厳密には違う。これだと防御側に何か細工をするように聞こえてしまうが、実際は特攻効果を攻撃側が得ていると表現する方が近い。

 原因療法ではなく対症療法――というとこれも少し違うが、病原菌ではなく症状への特攻と言えばいいだろうか。病理が分からなくとも結果に作用すれば病原菌ごと抹消できるような夢のような療法。

 

 つまり、この長い前置きが語ろうとする所は。

 呪術に対抗するために中身の仕組みを知る必要などなく。

 その呪術と似た魔術への対抗策がそのまま当てはめられる、ということだ。

 

「主人格より獲得した『法の書』の解読法より、ハディトとの類似性を照合。対テレマ用術式の構築を開始します」

 

 まずその魔術の神話・伝承に基づいた弱点を検討し、無ければ他から持ってくる。これは禁書目録に限らず魔術戦の基本である。

 とはいえ、言うは易く行うは難し。超一流の魔術師以外にとっては机上の空論である。

 『自動書記(ヨハネのペン)』を起動した禁書目録が魔神の領域に足を踏み入れているとさえ称される片鱗が、どんな魔術を相手にしてもこの手法を行えるだけの10万3000冊の魔道書という圧倒的な知識を有していることと、その速さに垣間見える。

 

「命名、『主よ、どこへいかれるのですか(ドミネ・クォ・ヴァディス)*1発動準備完了。即時実行します」

 

 領域が破られる。ガラスが砕け散るように崩れ、溶け行くように消え去る。

 

「結界の破壊を確認。有効と判断」

 

 領域を破壊したところで、『自動書記』は止まらない。目前の脅威に対処した次は、侵入者の排除に移行する。

 

 領域を解除する結論に至った五条は、直後に少女が領域の中で動いていることを認識していた。認識していて、彼女のするがままを見届けた。

 彼はインデックスに触れていない。領域内に引きずり込んだ相手が動くという初めての事態への混乱が、今しがたの決意を行動に移すことを妨げたのだ。だがそれも仕方がないこと。領域解除は彼女の身を案じたためであり、その前提が崩れたかもしれないのだから。

 しかし領域を解除しなかったとて、どうするか。予定通り彼女を無力化するにしても、あの状況から打てる手はどれも致命の一撃。彼女に効く効かないの問題ではなく、相手の防御力の仕組みが分からない以上、もし殺してしまったらを考えると取れない選択だ。傍観という手が、唯一取れる正しい選択だった。

 

「――警告、第二十二章第一節。密教のモチーフ、帝釈天印を確認。中枢年代は7世紀。言語系統は上代・中古日本語に現代日本語を混成。上記の術式に対し最も有効な術式の構築を開始します。

『ドゥルヴァーサの呪い』*2――完全発動まで二秒」

 

 インド神話に於いて最も強いのは誰か?

 答えは神とは限らない。

 面白いことに、ヨーガの修行を積んだ人間が神々すら抗えない力を持っていたりする。

 賢者(リシ)と呼ばれる彼らの一人ドゥルヴァーサは、呪いによって古代インド文学を引っ掻き回した。一部の文献においては、彼の呪いによりインドラ含む神々が力を奪われたことが、ヒンドゥー教における天地創造神話である乳海攪拌の引き金になっている。

 

 その伝承を元に組み上げた魔術が、領域展開後で生得術式がショートしている五条に襲い掛かろうとする。

 術式がなかろうと、呪力だけでも戦うことはできる。インデックスを相手にそれは厳しいかもしれないが、要は離脱するか術式が回復するまで時間を稼げれば良い。

 五条はそう決意し――

 

 

 少女が突如として倒れた。

 

「えっ」

 

 気絶しているのかアスファルトにうつ伏せになる修道服の少女。

 それを身構えたまま黙って見つめる成人男性。

 

 しばしの静寂を破ったのは、遠くで意識を取り戻した呪詛師が周囲の惨状を見て上げた悲鳴と、逃げ出す足音だった。

 

 何故だか分からないがひとまず脅威が去ったらしい、ということなど頭には入ってこなかった。

 ゲームの途中で、突然電源ごと落ちたような。

 今しがたの決意が空振りに終わったことに対する、煮え切らない気持ちでいっぱいになる。

 

「おのれペンデックス、勝手にエネルギー持っていきおって……」

 

 ようやく意識を取り戻した少女から発せられたのは、先程までの冷酷さが嘘のような間の抜けた声。五条は拍子抜けのあまり眩暈がした。

 呻く少女であったが、彼女の言とは裏腹に魔力・テレズマともに翳りは見えない。

 

 時に、インデックスがはらぺこシスターと呼ばれるほどに食欲旺盛である原因は、完全記憶能力の影響で脳が大量のエネルギーを必要としているという説がある。

 

 つまり、魔道書をフル活用したインデックスは広大な図書館を走り回ったようなものであり。

 

「お、お腹空いた……」

 

 人気のない交差点に、腹の音が響いた。

 それはもう、ホラー映画さえほのぼの日常系ギャグ漫画に空気を変えてしまうほどの。

 

「もう三時間も何も食べてないんです。お腹一杯ご飯を食べさせてくれると、嬉しいな」

 

 にこやかな笑顔の裏には、先の霊装代と言わんばかりの圧が含まれていた。

 乞食をするのは仏教じゃなかったっけ、という思わず五条の口から出そうになった突っ込みは、少女の開いた口から覗く白く尖った犬歯が咎めた。

 

 

 


 

 

 

 あー、死ぬかと思った。腹減るとこっちもきついんだっつの(一方通行並感)。

 

「それどこに消えてんの?」

 

 ファミレスの店内。テーブル席に向かい会って座る私達の間には、互いの顔を確認することができないほどの皿の山が積み上げられていた。

 私は五条悟なる呪術師に、こうなるに至った経緯を語りながら食事をしていた。

 

 私が日本についてからのことを話そう。

 最初にぶち当たった問題は金だ。

 実のところ、イギリスから日本に渡航する上で金は殆ど持ち込んでいない。教会からお小遣いという名の給金を貰ってはいたが、大半が霊装代か食費か食費か食費に消えた。

 端的に言えば、無一文だった。

 日本に降り立った私――推定14歳身元偽装修道服の少女に金を稼ぐ真っ当な手段などある筈もない。

 ただ、その点は人に暗示を掛けたり書類偽装すればある程度クリアできなくもない。当初はそれでバイトでもして凌ごうと考えていたのだが、甘かった。

 今の私は追われる身。流石にイギリスの呪術師が日本で暴れるのは問題があるようだが、代わりとばかりに日本の呪術師が私の元へ送り込まれてきた。

 街中で呪術師に攻撃されてはおちおち仕事もしてられない。度重なる妨害を受けていよいよこちらから打って出ようと決心した私は、奴らを纏めて撃退すべく『天罰術式』を起動することにした。

 この術式は対象を選べず無差別に機能してしまう。この先ちょっとした諍いやトラブルで私に敵意を向ける民間人が出ないとも限らない。どのみちずっと発動するわけにもいかないので、私にちょっかいを出せばどうなるかを知らしめるだけだ。

 となると、できれば相手をおびき寄せてから発動することでこれが私の仕業なのだとはっきりさせておきたい。呪術師は地脈や龍脈は感知できずともそれが及ぼす影響の不自然さには敏感なようで、『人払い』をすると見事に呪術師だけが釣れる。

 後は私が発動した途端に蚊取り線香のようにバタバタ倒れていく。

 

「はふはっはんはへほ、ははははへっはひはっは(はずだったんだけど、あなたは例外だった)」

「食べるか喋るかどっちかにしてくんない?」

 

 この青年、五条悟はどういうわけか私に悪意は抱いていなかった。

 その後はお互い知っての通り。戦闘で十字架が壊れて、『第三の腕』を出した。

 霊装の恨みでちょっと脅かしただけなのに、謎の結界攻撃を食らって『自動書記(ヨハネのペン)』が発動してしまった。

 ああなるとしばらく私には制御が利かなくなる。

 『自動書記』は非常事態のための安全機構であるために、簡単に本人の意志でオフにできたら却って危険だ。

 制御を取り戻すには寝ぼけた頭で煩わしい目覚ましのアラームを切るような、あるいは眠気に抗って起き上がるような気力を必要とした。

 

「魔術、ねぇ」

 

 顎に手を当てて考え込む素振りを見せる両目眼帯男。

 それはどうやって外を認識しているんだろう。呪術とやらだろうか。

 さっき戦ってた時は外してたし、魔眼の封印具のようなものなのか。

 『魔眼』の検索結果、『バロルの目』他数千件以上が見つかりました――10万3000冊の魔道書が要らない情報を勝手に提示する。

 

「ようし分かった。そういうことならお兄さんに任せなさーい!」

 

 何だろう、凄く信用ならない。動作とかが妙に子供っぽいんだよな、この人。

 あと、任せるも何も呪術師には今回の件で警告になったと思うんだが。

 

「あ、もしもし? うん、そうそう。その件なんだけどさ」

 

 懐からスマホを取り出し、どこかへ電話をかける五条青年。

 

「ごめん、負けちゃった♪」

 

 ヘラヘラ笑う五条。通話越しの相手にもその軽薄さが分かるくらいのトーンで、そう言った。

 しばらく彼は黙る。相手の話を聞いているというよりは、相手が話すのを待っている感じだ。

 数秒経って通話の向こうの人間とのやりとりを再開する。

 

「冗談じゃねーよ」

 

 陽気なお兄さんはどこへいったのか、急にドスの効いた声に変わる。

 通話越し、しかも対面の席にいる私にも届く大きな声で、怒りなのか驚愕なのか判別つかない絶叫が聞こえてきた。

 

「だーから、無駄だって。僕が勝てない相手に勝てるわけないでしょ~?」

 

 その後も何度かやり取りをした後、通話を切った。

 

「それじゃ、交渉といこう」

「交渉?」

 

 彼は器用に皿の山を掻き分けて、ずずいっと体を乗り出す。

 話がおかしな方向へ転がっている気がする。任せてとは何だったのか。そもそも私は何を任せたんだ?

 

「今すぐイギリスに帰る気はある?」

「ない」

 

 即答。当たりまえだ、何のためにわざわざ国外逃亡したのか。

 

「じゃ、ここで暮らすわけだ」

「そうだけど」

「金はどうするの?」

「バイトで稼ぐよ」

「その食いっぷりで食費を賄えるの?」

「うっ」

 

 痛い所を突かれた。事実、こんなに食べたのは渡航以来初めてだ。

 

「物は相談なんだけどさ、君」

 

 猛烈に嫌な予感がする。

 

 

 

「――僕のペットにならない?」

 

 

*1
拙作のオリジナル魔術。『ヨハネによる福音書』第十三章第三十六節。

*2
拙作のオリジナル魔術。




『後方のアックア』
聖母崇拝術式の使い手。呪術廻戦に一番居ちゃいけない奴。
身の丈より大きい武器を持ち超音速で跳び回る筋肉モリモリマッチョマンの変態(偏向報道)。
純粋な武力で上条をボコボコにした二重聖人。なんだこのオッサン!?

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