アンチスキル(教員免許無し)
それはぬいぐるみというには余りにも大きすぎた。
大きく、分厚く、重く。
そしてモノクロだった。
それはまさに毛塊だった。
「……ゴーレム?」
「パンダだ」
キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!
「というわけで、僕が調伏した使い魔ちゃんでーす!!」
白い眼帯――よく見ればそれは幾重にも巻かれた包帯である――で両目を塞いだ青年、五条悟が両手を広げて壇上の少女を迎え入れる。
「おーい、そいつ固まってんぞ」
「」
東京都立呪術高等専門学校。生徒四名、教師一名の1年生の教室に新顔がやってきた。
それは純白の修道服に身を包んだシスターであった。
勝手にアガシオン扱いされた少女は平静であれば文句の一つも言っていただろうが、今は意識を天へ飛ばしていた。
「脳幹先生、いつの間にパンダに……」
「で、こいつも転校生か?」
乙骨憂太からようやく転校生という肩書きが取れたと思ったら、また増えた。
おかわりなんて頼んでないのに、まさかわんこそば方式で増えるんじゃなかろうな、と内心苛立つ真希。
「いや、彼女は僕の教師補佐という扱いだよ」
「は、あんたにそんなの必要なの? 何級よ? どう見ても中学生じゃん。てか外国人?」
本当に聞く気があるのか怪しくなる質問攻めを繰り出す。実際、興味深々というよりは自棄が入っている。
「先に名前を聞くべきじゃないのかな……」
「しゃけ」
無秩序な顔合わせを修正しようと試みるのは乙骨憂太。
頷きから辛うじて肯定の意を汲めるだけで解読不能な言語を操るのは狗巻棘。
「Index-Librorum-Prohibitorumです。インデックスと呼んでください」
「ファーストネームからして人名とは思えないな」
お前は人ですらないだろ、と突っ込みが入りそうなのはパンダ。文字通りパンダ。容貌も名前もパンダ。似ているとかではなくパンダそのもの。
「右から狗巻棘、禪院真希、パンダ、乙骨憂太だよ」
五条が教室の面々を一挙に紹介する。ナチュラルにパンダが混ざっていることはもう誰も気にしない。
「イギリスから来ました。書類上の年齢は14ですが、学校には通っていません。級って何ですか?」
インデックスは一人一人の顔を確認して名前と結びつけ
「何って言われても、級は級だろ」
「呪術師や呪霊の強さの指標みたいな? 下から4・3・準2・2・準1・1・特級って感じ」
五条に説明されて虚空を見つめながら意味を咀嚼するインデックス。
そんなのも知らねえのかよ、と真希は呆れ顔だった。イギリス呪術界ではこういう階級付けは無いのだとしても、外見や年下というバイアスで下に見てしまう。
この時点で、彼女はインデックスのことを補助監督以下のお手伝いさんとして認識していた。イギリスから日本の呪術界を学びに来た留学生のようなものだろう、と。敵愾心が湧くわけではないが、興味も無い。少なくとも初期の乙骨のような足手纏いにならなければなんでもいい。
その考えはすぐに改められることになる。
発端は、五条が教師を交えた実践訓練をすると言い始めたことだ。
交流会とか何とか言っていたが、どこに親睦を深めるために殴り合う学校があるというのか。比較的まともな感性を持つインデックスと乙骨を除いた他3名は何を言っても無駄だと知っているため、困惑はしなかった。
何処の学校の敷地にもある運動場――建前だけで、実際は戦闘訓練にばかり用いられる――で、新任の教師補佐という名目のインデックス対生徒4名の組手が行われた。五条は見学。彼のことだ、外野から野次を飛ばして観戦しようとしているのは見え見えである。
武器も持たず、動きにくい修道服。歩法や立ち振る舞いからして、明らかに戦闘慣れしていない素人同然。
4人で囲んで袋叩きにするのは流石に良心が咎めたのか、各々がバラバラな位置関係にある。それもあってか、何時始めてよいのか、どのように加減すればよいのかを考えてまごつく。そのなかで唯一、血気盛んで誰が相手だろうと遠慮しない真希が先んじて竹刀を振るった。
渾身の力を込めてとまではいかないが、それでも避けも受けもさせるつもりはない当てること第一の袈裟斬り。
「は?」
空振り。避ける前兆はおろか、動作さえ見えなかった。振ったと思ったら、初めからそこにはいなかったかのように斬撃の軌道から数cmずれている。
向きになって速さ・力を一切緩めず何度も角度を変え斬りかかったが、全てギリギリの位置で躱される。
「おいおいおい、なんだよこいつ」
カラクリは単純。超音速機動を可能とする聖人の身体能力に100%依存した、力任せで技術の欠片もない回避。
初速は音速ほど出なかったとしても、ピストル弾よりは速い。日本の警察が使用するような遅めの拳銃弾ですら200~300m/sは出る。曳光弾であれば軌道が見えるということもあろうが、これは人間。精々が移動の際の土煙がどの方向へ行ったか事後的に教えてくれるのみ。もしこのスピードで突進されたとして数百m以上離れた距離からなら躱すこともできるだろうが、数cm程度では人間の動体視力や反応速度では捉えきれない。
生徒達が認識を改める。もしやこの子は本当に教師なのでは、と。少なくとも真希では一撃当てることすら難しいということはハッキリしている。
里香を出さなければ乙骨は戦力にならないどころか、寧ろ起点にされかねない。攻撃の連携は3人で行い、近距離戦闘が向かない狗巻の傍について彼を守るのが最善の戦略。
合図をせずとも三人はそれを分かっている。
「こんぶ」
狗巻が乙骨を手で制して、彼を自身の傍に留めさせた。目つきを変えた彼らは三方を固めてにじり寄る。まず、一番体格の大きいパンダが跳びかかった。これで彼の方角の90度以上は塞いで移動先として封じられた。
パンダがインデックスに肉薄するのと同時、そちらに注意が向いた彼女の8時の方角から真希が攻める。広く範囲を取った左からの横薙ぎ。これをインデックスは跳躍して躱す。
そのまま宙返りして着地しようとするが、その回避コースは狗巻・乙骨ペアが待ち受ける方角。
「『堕ちろ』」
滞空するインデックスを地へと叩き落す呪言を発する。獲った、と確信した四人。
「効いてない!?」
が、呪言は効力を発揮しなかった。
「『
「もう一度やんぞ、何でもいいから今度は確実に決まる言葉を使え」
インデックスはそのまま狗巻ら二人の頭上を跳び越え、着地する。足を止め、今しがたの狗巻の呪術について考察する。『黄金錬成』は言葉ではなく思考を現実にするものだし、まさか本気で候補に挙げた訳ではない。そこまでの力であればそもそも影響を受けなかった方がおかしい。
呪術相手に『
呪言は諸々の術式によってオート防御してくれるので相手にする必要はなく。組手としては全ての攻撃に完璧に対処すべきなのだろうが、彼女にはそこまで付き合ってやる理由もない。
呪言師以外の3人は近接戦闘メイン。『強制詠唱』自体、この集団戦での対処法として効率的とは言えない。
「『動くな』」
二度目の呪言も、効果はなかった。隙を作ることはできなかったが、攻撃は既に始まっている。パンダと真希の二人がインデックスに再度迫る。狗巻が戦力にならないことを悟ってか乙骨も前に出た。このまま一方向がフリーになるよりはマシだと判断して、狗巻は止めなかった。
「
これをインデックスは即席の魔術を構築して対応した。*1
日本においては『人を呪わば穴二つ』が近いだろうか、古今東西に見られる因果応報の教訓・ジンクスを基軸にした魔術。
武器による攻撃の照準を乱して自滅させる術式であるが、大抵の魔術師は物理武器に頼らないので使いどころが無い。魔術師であればすぐに対応策を講じられるレベルであり、相手の攻撃タイミングとほぼ同時に詠唱して一度きりの策として使えるかどうかと言ったところ。しかもその武器が霊装であれば、素人でもない限りある程度の魔術的ハッキングに対する防御は備えている。
「なんっ!?」
勿論、セキュリティという概念すらない呪術師相手にはモロに効く。
真希と乙骨の手から竹刀がすっぽ抜ける。決して握力を弱めていたわけでもないのに、手と竹刀の間の摩擦がなくなったかのように不思議な力で制御を離れた。
そのままお互いを目掛けて飛んでいく。インデックスへ向かって猪突猛進に走る二人が回避行動を取れるはずもなく、両者の頭に激突する。
「がっ!?」
「痛たっ」
跳ね返った竹刀がインデックスを襲うが、左右から飛来するそれらに両手を翳して手刀を振るう。今度は肉眼でも捉えられる速度で。
「優先する。――人体を上位に、竹刀を下位に」
それでもナイフでバターを切るように滑らかに、綺麗な断面で切断した。力任せに叩き割れば破片が飛び散ってこうはならなかっただろう。
だが、パンダは二人に注意が向いたこの隙を逃がさなかった。跳びかかりによる攻撃は完全に背後を取る。
「あれ、なんか硬い……いや、柔らかい?」
背中を突いた拳は、ぽす、というクッションを殴ったかのような音と共に威力を全て吸収された。
銃弾にさえ反応する聖人の反射神経も、視界に捉えていなければ発揮されない。訓練すれば空気の動きや音で反応することもできるだろうが、インデックスは武道を習っていたわけでもなければ近接戦闘の経験など無い。戦闘機を子供が操縦しているような宝の持ち腐れである。
「えっと、触れられたから負けでいいのかな?」
「あー、決めてなかった。終わりでいいよ」
彼女は五条に確認を取る。組手をやれと言い始めたのは彼自身にも拘わらず投げやりな口調に、生徒達は顔をしかめた。
「けど、これで分かったでしょ。教師として不足はないってさ」
確かに、彼我の力量差はハッキリしている。特に2級術師の狗巻の呪言を微塵も受けなかった時点で特級相当の戦力はあると推察しても構わないだろう。
元からこれが目的だったのだろう。インデックスを教師として見れず疑いの目を向けていた生徒達の視線はすっかり変わっている。
「まあでも呪術や呪術界の常識はからっきしだから、戦闘訓練以外ではむしろ君たちから教わる方が多いと思うけど」
「どういう知識の偏りしてんだよ……」
解散ムードを醸し出したところでそうそう、と五条が手を叩く。
「ところでインデックスちゃんは、呪霊を祓ったことってある?」
「私はこういう体質なので、そもそも遭遇したことがないんですよね」
そう言うと、彼女から規格外な量の正の力が溢れだした。
「!?」
蓄えた分を放出したのではなく、無理矢理体内に抑え込んで隠していた余剰分を垂れ流しただけ。それでも生徒達の目を剥くには十分すぎる量だった。彼らは祈本里香という特殊な例を除いて特級呪霊と実際に対面したことはない。それでもそれに相当するだろうと思われる禍々しさを、そのまま神聖さにひっくり返したかのような印象を受けた。
思わず背筋が伸びる。ここが教会や神殿であったなら、後光が差しているような錯覚すら覚えただろう。こんなものを常に放っていたら低級呪霊は尻尾を巻いて逃げ出すし、なんなら近づく前に蒸発するかもしれない。
イギリスという呪霊が弱く少ない環境下では、狙って探そうとしても遭遇確率をますます下げる要因となったことは想像に容易い。
「じゃあ丁度いいや、ソレを抑えて棘と憂太の二人についていってくれる?」
僕今回は引率できないから代わりの随伴教師役よろしく~と説明もおざなりに新任教師に仕事を丸投げする様は、これぞジャパニーズパワハラであった。
『光の処刑』
左方のテッラの術式。
ありとあらゆる概念の優先順位・強弱を変更する。