インデックスを五条の補佐とするには、上層部の説得という関門があった。
「君が預かるだと? 馬鹿を言うな。事は呪術界に留まらず、もはや日本とイギリスという国家間の問題なのだ」
「でも本人が帰らないっていってるんだから仕方がないでしょう」
呪詛師や呪霊を殺せというなら、日本呪術界も街や一般市民の被害を顧みずに総出で実行するという奥の手がある。だが捕まえろとなるとなりふり構わずとはいかない。虎の子の五条悟が失敗したことで、誰にも手がつけられないということは総監部の御歴々も認めざるを得ない。
五条を疎ましくあるいは妬ましく思う者達は失敗した彼を嘲る一方で、彼が私的な理由でわざと手を抜いたのではないかと疑い、腹を立ててもいた。
特に彼がインデックスを預かるなどと言ったことで、一同の疑心はますます膨れ上がった。
「これはあなたがたのことを思って提案しているんです。日本呪術界の面子を保ち、彼女という未知数な危険因子を手元に置いておくには絶好の手でしょう?」
老い耄れ共を説得するためとはいえ、彼女を危険因子呼ばわりすることには負い目を感じるところもある。
それでもこの言葉は保身と見栄に固執する彼らには効くだろう。
インデックスの捕獲に失敗するということは、イギリス呪術界の術師一人に日本呪術界が負けたということを意味する。それは日本呪術界が大したことはないと喧伝するようなもの。
捕獲ではなく交渉によって身柄は取り敢えず目の届く所に確保することで、イギリス呪術界との軋轢をほんの少しでも抑えつつ、こちらの面目は潰さずに済む。どの口がと言われることは間違いないが、少女の自由意志を侵害して強制送還することは人道に悖るとでも言っておけばいい。政治家のような、如何にも彼らに相応しい言い訳も立つ。
「ぬぅ……」
思わず唸る老人達。五条の言葉には一理ある。それだけに彼らも頭ごなしに否定できない。ここで勢いで否定したとしても、後で同じ結論に至るかもしれないと思わせるだけの説得力があった。
「君がそう言うのであれば仕方がない。だがもし何か問題が起きたら、君の責任になるということを忘れるな」
それはそれとして、五条に言い負かされるのも気に食わないのが彼らである。いざという時のために、言い出しっぺに責任を擦り付けておくことにした。
尤も実際に有事が発生した場合、日本国内での責任追及の声は五条を盾にできても、イギリスからの糾弾はどうにもならないのだが。インデックスをその目で見た事のない彼らは彼女の異常性・価値を知らないが故に、第三次世界大戦の引き金になりかねないとまでは考えが及ばなかった。
精々がイギリスのどこぞの貴族の子女程度の影響力しかないと見誤った彼らの明日はどっちだ。
「帳を下ろします、ご武運を」
前髪を中央で左右に分けたスーツの男。伊地知と名乗った補助監督はそう言って私達を送り出した。
シャッター街と化した商店街が暗闇に包まれる。
「これ、星辰まで再現できたら便利だね」
「?」
気の小さそうな乙骨君が発言の意味を図りかねて困惑の表情を浮かべる。
呪霊を祓う時に周囲を一般人の目から隠す、誰にでも使える基礎的な呪術らしい。
『人払い』と似たようなものだが、これは別の用途にも使えそうだ。局所的だが疑似的に夜を模した空間を作れるのであれば、占星術の儀式場作りが捗る。出力が大幅に落ちはするだろうが、この黒い天球に星を点灯させることができれば夜にしか使えない魔術も使えるかもしれない。
帳を指先で軽く突いて触感を確認してみると、壁から静電気のように呪力が弾けた。
「それ、呪霊の逃げ道を塞ぐ目的もあって中からはまず壊せないらしいです。僕もよく知らないんですけどね、あはは……」
私が呪術に疎いことを知らされているからか、親切にも乙骨君が説明してくれる。
「じゃあ、私は少し離れた位置からついていくね」
私を置いて乙骨、狗巻が先に進む。
私はあくまで付き添い。緊急時以外は手を出さないようにと言い含められている。
十数メートル程先の彼らが止まる。
遠目だが、虫?魚?のような黒い靄が群れをなしている。二人の行く手を阻むように集り始める。
あれが呪霊。結構グロいというか、悪趣味なデザインをしている。もしかしてホラゲー世界だったりする?
狗巻の『爆ぜろ』と言う声とともに、そいつらは爆発した。
「これで終わり?」
低級の呪霊と言っていたし弱いのだろうが、あまりにも呆気ない。
来た道を振り返ると、帳はまだ上がっていない。
……これ、外の人たちは中の様子分かるんだろうか?
帳を解除するには呪霊を祓ったことを外の人間が確認しなければいけない。
予め解除する時間を指定しておく方法もあるが、伊地知さんは何も言っていなかった。20分経ったら解除して確認するのが常識とかで、わざわざ言わなかった可能性もありえなくはないが。
他に考えられるのは、呪術師ならば中からでも破壊ではなく解除できる手段を持っているのかもしれない。ただ高位の呪霊は知性を持つと言うし、真似されて解除されることも考えるとその可能性は薄そうだ。
「あ、携帯なら連絡ついたりするのかな」
人や呪霊が通れないからと言って、電波が届かないとは限らない。何故この方法が先に思いつかなかったのか。まさかこの体、機械音痴まで再現しつつあるのか?
生憎私は携帯を持っていないので二人に頼むしかない。そう思って振り返ると、二人はいなかった。
「あれー……」
もしかしなくても、はぐれた?
私の方が年下ではあるけれど、一応引率の先生ということになっている。いざという時は責任持って守らなければならない。こんなので減給とかされたらたまったものではない。私の食費が掛かっているのだ。
伊地知さんは、ここは大型ショッピングモールに改装される予定と言っていた。その土地として選ばれる程度には広さはある。一番大きいこの通りから見えないということは、どこかの路地か建物へ移動したというところまでは絞られる。
振り子と地図があればダウジングもできるが、流石にそこまでする程広くはない。呼びかけながら歩いていれば会えるだろう。
「やぁ」
そうして歩き始めようとした瞬間。住職のような恰好をした、しかし坊主ではない男が私の前に降ってきた。
「悟が拾ってきたって噂は聞いてるよ」
帳の中に残っているということは呪術師なのだろう。風貌からして既に怪しい男だ。
「こうして実際に見てみると、興味深い体質をしているね。君は猿なのか? 呪術師なのか?」
この人は人間を猿と呼称するのだろうか。随分と愉快な感性をしている。
体質とはテレズマのことだろう。人目に付かない時以外はテレズマは体内に抑え込んでいる。この状態で外から認識できるのは今まで会った人では五条悟だけだった。敵の持っている呪力だけで居場所を探知できる人もいるそうなので、恐らくその応用なのだろう。少なくとも生徒の皆より呪術師として腕が立つのは間違いない。
「魔術師です」
「海外だとSorcererって呼ぶのかな。確かに魔術師とも訳せるけど」
うーん……シスターと和尚で聖職者がダブってしまった。
二大宗教の信徒が対面する異質な空間が出来上がる。なお片方は似非で信仰心は無い模様。
謎の男はげとーすぐる(漢字が分からない)と名乗ると、徐に呪霊を懐から取り出した。一瞬身構えたが、ペットのように躾されている。
「私の術式は『呪霊操術』と言って、この通り倒した呪霊を仲間にできるんだ」
なんと じゅれい がおきあがり
なかまに なりたそうに こちらをみている!
……冗談抜きで考察すると、『
倒した異形を調伏するなんて古今東西の神話伝承にありふれているし、そのへんを引っ張ってこればもっと近い術式を構築できそうだ。
「君はどういう術式を使うんだい?」
「よ・く・ぞ聞いてくれました!」
私のお気に入り魔術を紹介しよう。
まずは通常攻撃が必中一撃必殺、開幕10割の『聖なる右』。お客様、台パンはご遠慮下さい。
続いて説明できない力で分からん殺しする『
パ〇プンテ枠を『
人間やめましたシリーズその1『霊的蹴たぐり』。理屈は単純だが技術が再現不能で使いこなせる気がしない。パントマイムで航空支援式ビッグバン爆弾とか表現できるわけないだろいい加減にしろ!!
人間やめましたシリーズその2『薔薇の術式』。面白いけど理屈が難解&応用性が広すぎて使いこなせる気がしない。100万通り以上とかカスタム性充実させすぎて他が疎かで売れないゲームみたい(辛辣)。
「分かった分かった、分かったから」
宣教師気取りで『とある』を布教してみたのだが、途中で止められてしまった。
む、全然信用されてない気がする。妄想を垂れ流す痛い中学生を見る目だ。よろしい、ならば実演だ。
彼ならどうにかして外に出る方法を知っているかも知れないが、当初の予定を前倒しして『ゴリ押し』を決行する。
肩口から第三の腕を出す。赤黒いその腕を横薙ぎに振るうだけで、帳を『倒す』のに過不足ない力が放たれた。
腕から放たれた光の奔流が闇の天蓋に突き刺さると、一瞬にして瓦解する。出力された威力を見るに、耐久力はそこまでではなかったようだ。
「これだけの力を放っているのに呪力を感じられない……君は暫定『宇宙人』とでもしておくよ」
魔術師です(本日二回目)。
「ところで、getterさんは何故ここに?」
その意趣返しは絶対ワザとだろう、というジト目を頂く。ワタシニホンゴワカリマセン。
「悪いけど、用があるのは乙骨君の方なんだ。君が来たのはイレギュラーだったけど、せっかくだから挨拶するのが礼儀ってものだろう?」
「呪術高専の人ですか?」
「元生徒だよ」
五条や乙骨君のことを知っているようだし、現地に応援に駆け付けた呪術師だろうか。五条もそれならそうと言ってくれればいいのに。私がちゃんと引率できてるか見張りを立てていたな?
「悟の下で働く理由は私には分からないけど、呪術高専は窮屈だろう。私たちと一緒にこないか?」
ペロッ、これは派閥闘争!!
イギリスでこの手の勧誘は散々されてきたので分かる。私を担ぎ上げて組織内で発言力を強めようとする輩のソレに似ている。日本の呪術師にも派閥とかあるのだろうか。本能で魔術をひけらかしてしまったのはやっぱり失敗だったかもしれない。
「おっと、意外と早く戻ってきちゃったな。続きはまた会った時に詳しく話そう」
結局何がしたかったのか、それだけ言い残して路地の方へ消える。掴みどころのない人だ。
彼の言葉通り、間もなく負傷した二人と再会した。
五条によると、夏油傑という男は界隈では有名な呪詛師らしい。彼が私に接触したのは時間稼ぎだったのだろう。人柄の良さに騙されてしまった。こちらに核心的な質問をする暇を与えない話術といい、間違いない。奴は詐欺師だ。
「酷い言われようだけど、一応僕の旧友だよ」
類は友を呼ぶってやつか……。
「何を吹き込まれたか知らないけど、耳を貸さない方がいい」
「多分宗教勧誘されました。呪術師の仏教徒は修道服着てる相手に改宗を持ちかけるの?」
「面白いからこのままにしとこ」
『
オッレルスの術式。
多分手加減されてるけど、オティヌスと正面から撃ち合った実績あり。
魔神になり損ねただけのことはある。
『霊的蹴たぐり』
アレイスター=クロウリーとアラン=ベネットの術式。
お前はこれから「できるわけがない」という台詞を4回だけ言っていい。
①パントマイムで武器とその威力のイメージを伝えると、その相手にのみ実際にあるものとして働きそれ以外には一切影響を齎さない。
②魔術の威力を標的の想像の10倍に増幅する『衝撃の杖』と相性がいい。無理矢理イメージを送り付けるので威力が標的の想像に依存するという弱点をカバーできる。
③イメージさえ与えられれば、ガンマナイフや航空支援式ビッグバン爆弾といった複雑なものや存在しない武器も出現させられる。
④あれいすたんをすこれ。
『薔薇の術式』
アンナ=シュプレンゲルの術式。
指を五大属性と対応させて世界の全てを表現できるらしい。