三冠バのライバル   作:懐古おじさん

1 / 6
【本編】初回決戦:ジャパンカップ

三冠馬とは孤高のものだ。

対象クラシックレースを3レース全て勝ち抜き、世代の頂点に立った証。それでも、三冠馬は孤独だ。

世代が弱かった。前後の世代の〇〇という馬が来ていたらきっと三冠はならなかった。同世代に比較するものがないため、その他の世代で比べられるのだ。

そう言って比較され続ける。不名誉な称号を払拭するには自身で証明するほかない。クラシック終了後の古馬にてその実力を知らしめるのだ。証明できなかった場合にあてがわれるのは不名誉な称号”最弱の三冠馬”だ。世代の頂点に立てたのはあくまでマグレである。

今において歴史上8頭しかいない馬たちは、同世代に手に比較が難しいためにそうやって比較され続けた。

それが彼女になる前の彼の中の歴史であり、事実であった。

 

「自分がその立場になってみると、案外くるものだわ」

性別も、時代も、常識も、種族も飛び越えて。

馬がいなくなり、ウマ娘が当たり前となった世界でウマ娘となった彼女自身の世代には、三冠バが存在していた。

”唯一無二にして、絶対の存在”

彼女になる前の歴史では、前後の世代を打ち負かして7冠を打ち立てたシンボリルドルフがいた。二世代連続で三冠馬が誕生したため、前の三冠馬のミスターシービーと比較され続けた。自身の力によって実力を証明してみせたが、世代の評価は低い。G1を勝利するライバルがほとんど存在しなかったためだ。まさに世代の孤高の存在だ。

そんな世代の綺羅星に、無策で立ち向かったわけではない。

皐月賞では逃げを行かせての番手頭を抑えて進出を拒もうとした。ラスト100メートル進路をこじ開けられ1と1/4バ身差をつけられた。

日本ダービーでは皐月賞と逆に二番手集団の後ろにつけて末脚勝負に持ち込んだ。抜け出したあとの根性勝負に勝てず、最後は差を広げられ1と1/2バ身離された。

菊花賞では大胆に先頭を切っての逃げ策を打ってペースを乱す博打に出た。最後まで奮闘したが、力をためた追い込みにラスト20mでかわされて1/2バ身。

いずれも2着。接戦に見えた中でも遊ばれるようにかわされるという力の差を見せつけられる敗戦を喫した。三冠バ達成を阻止できなかった、情けない添え物に成り果てた。

悔しかった。大歓声を飄々と、当然のように駆け抜けるその後姿が憎かった。ゴール後パフォーマンスで一本ずつ増えていく指をただ眺めているだけしかできなかったことが腹立たしかった。

クラシックレース3レースのみならず前後のステップレースを含めた無敗での偉業の前に、世間はルドルフ一色に染まった。日本ウマ娘による宿願のジャパンカップを達成するのをひとつ上の世代の三冠バミスターシービーとどちらが達成するかでお茶の間の話題は持ちきりだ。

シニア期になって力をつけたカツラギエースを押す声もあるが、大部分が”外国のウマ娘に今まで通り蹂躙されるか””三冠バがその驚異をはねのけるか”を予想し、熱狂している。

誰も三冠バのライバルなんてものを意識していない。世代はシンボリルドルフ一強で、その他大勢。シンボリルドルフ以外そもそも興味も持たれていない。

二番手以下の宿命といえばその通りだ。一番にならなければ注目されない。二番ではだめなのだ。

 

生まれつき脚元が弱く、ハードなトレーニングに耐えられない。

一度折れた骨は戻らない。時間をかけてくっつくが、強度がうまく行って前の8~9割程度らしい。そしてそんな負荷に身体が耐えられないと言われた。

一度故障したら二度と走れなくなる。故障を避けるために、彼女は幼少期からギリギリ故障しない範囲を自身で見定めて、限界を見越してトレーニングをせざるを得なかった。レースにおいても決して限界を超えないように、直前で力を振り絞る形でなく徐々に調整し振り絞るスタイルで走る以外の道がなかった。

逃げ、もしくは先行策でルドルフが来るまでは勝ち続けた。その作戦もシンボリルドルフ相手では通用せず、3レース全てで作戦を変更しても勝てなかった。全力が出せない制限ゆえの、最後の一絞りを余した力温存での負けとなった。

全力じゃないから。そうやって負けた理由を探して納得しようとした自身のあまりの情けなさに、菊花賞のあと一晩中泣いた。トレーナーに負担をかけないよう、寮の自室でこっそりと。次の日病欠とし、授業も出なかった。

1度きりで構わないから、シンボリルドルフに勝ちたい。もうごまかすことはできなかった。

これからの競技生活? 知ったものか。勝ちたいのだ、このまま負けっぱなしの全敗では引き下がれない。

三冠バのライバルでありたいから。孤独なままではいさせたくないから。

”世代が弱かったからたまたま三冠になれた”なんて世間に言わせたくないから。

彼女自身世代が力のない世代と言われたくない。自身の関わってきたライバルたちを貶められたくない。

トレーナーに恥をかかせたくない。チームの力を証明したい。

思惑は様々混じったが、シンボリルドルフに勝ちたい理由の補完にしかならなかった。

機会は菊花賞の直後に訪れた。ジャパンカップ。創設してまだ日の浅い海外招待レース。海外ウマ娘と日本のウマ娘がぶつかり合う、国家間の意地のぶつかり合いの開催が迫っていた。

 

「本音を言えば、無理してほしくないよ」

彼女のトレーナーはそうこぼした。当然だ。怪我するのを知っていて、ウマ娘としての競技人生をすべてなげうって走ろうとするのを止めないはずがない。

言葉にしているのでさえ本音ではないのだろう。無理してでも止めたい、出場させたくないと考えているはずだ。

それでも、彼女は送り出してくれた。菊花賞からジャパンカップというわずか2週間という短い期間、つきっきりで指導した。チーム内のウマ娘を利用して、併走トレーニングや本番さながらの模擬レースに明け暮れた。

決して仲が良くなかった彼女とチーム員を取りまとめ、協力させたのだ。

それほど力を尽くしてくれたトレーナーが、担当ウマ娘に勝てないと知りながら無理させた無能トレーナーと罵倒される。脚の状態が芳しくないと知りながら自身のG1トレーナー称号のために使い潰した極悪トレーナーと罵られる。

走り終えたあとに世間から浴びせられるであろう非難の声を思うと、申し訳ない気持ちで胸が詰まる。脚元が弱く無理の効かない、扱いづらいウマ娘にチームトレーナーでありながらメニューを最適化し、時につきっきりで指導してくれた献身的な愛と恩を仇で返すのだ。

今からでも不意にしてしまおうか。そんな考えが頭によぎるが、振り払う。トレーナーが望まない、彼女が望んだレースだからこそ真剣に指導・準備をしてくれたトレーナーに対しての対応としては最低だ。

トレーナーが悪しきように新聞に書かれることが想像できても、彼女自身が選んだのだ。

トレーナーの名誉も自身の競技人生もなげうって、一世一代の大勝負を打つことを。シンボリルドルフに勝つために、全部棒に振ってでも全力を出して戦うことを。

「私のことは気にしなくていいから、全力で走っておいで」

自身を慮る優しい声をかけられ、顔を見れば決意が揺らぎそうだった。もう引き返せない段階まで来たのた。今更やっぱり止めますなんて口にすることは絶対に避けなければいけない。

彼女の喉元を見て、返答を返す。視線の先に、優しい顔が浮かんだが、なぜだかその顔は滲んでいた。

「勝ってきます。あなたをG1トレーナーに、最初の日本出身のジャパンカップウマ娘を育てたトレーナーにしてみせます」

その言葉に喉を震わせていたが、結局トレーナーが返答することはなかった。

言いたいことはたくさんあった。たくさん謝りたかった。もっとたくさん感謝したかった。

もう届かない。背中を翻し、戦場へ向かう。

ジャパンカップの火蓋が切られるまで、あと少し。

 

その日は雲ひとつないとはいえないまでも、晴れていた。馬場状態も良い。

開催レースも最終盤で芝がところどころ荒れているが、想像の下を行くことはない。内側がやや荒れ気味だが、外側は元気に芝が生い茂っている。

深呼吸をして静かにゲートを目指す。格上ばかりの大舞台なのに、程よい緊張感で済んでいた。

彼女が辿った歴史では、カツラギエースのスローペース大逃げを仕掛け、セーフティーリードを守った逃げ切り勝ち。ペースをうまく支配した、策略が光る勝利だった。

この世界でも同様となるとは限らない。しかしそんなことは関係がない。これまでを信じて出し切るだけだ。

話しかけてくるウマ娘はいない。今まで一緒に走ったシンボリルドルフでさえこちらではなく、ミスターシービーやベッドタイムなどを見ている。

集中するにはちょうどよかった。外国のウマ娘の目さえ届かない。注目する価値さえないと思われているらしい。

ただの参加賞を取りに来たウマ娘と思われる屈辱。でもそんなことはどうでも良かった。

今に見ていろ。勝つのは私だ。

ゲートが開く。勝負の幕が開けた。

 

競馬と違い、ウマ娘のレースは孤独だ。

調教師が考案し、調教助手が乗り込み、レース場を騎手と共に駆け抜ける競走馬時代と違い、ひたむきに自分を信じて独りで走る。

最初の頃はパートナーがいないだけでこんなに不安になるとは思わなかった。ペースがわからない。駆け引きの妙が掴めない。騎手に依存していたことに、レースに出て初めて気がついたのだ。

クラシック期のキャリアも駆け抜け、それにもなれた。そうしてペース配分に気を配ったり、他のウマ娘との駆け引きが下手であることに気がついた。

馬の頃は騎手に任せ、そつなくこなしているように見せていただけだ。自身の弱点は、3度の敗戦で浮き彫りになった。想定はすべてシンボリルドルフに見抜かれ、利用された。想定を上回った上に力の差を見せつけられての敗戦は、今でも魂に刷り込まれている。

その敗戦の経験が、自身の勝ち筋を導き出す。

駆け引きはしない、ペース配分も考えない。周りに一切考慮・依存せず、自身の力で走り抜く。

スタート直後に脚を緩め、前半を最後尾で追走する。追走という表現は正しくなく、脚をためるために最後尾の最内、最短距離をダラダラと走っていた。

少し前にはミスターシービーが走っている。しっかりとマークがされ、内側に閉じ込められている。キョロキョロと周りを見渡しているのはラストスパートの進路を探しているためだろうが、あれでは大変そうだ。

自身をマークするウマ娘はいない。海外のウマ娘の目はルドルフとシービーに縫い付けられており、カツラギエースとは先頭と最後尾の違いはあれど、一人旅だ。

そろそろペースがおかしいと気がつくことだろうか。2番手との距離はみるみる開いていき、ひとえに追いつける距離ではない。前世では20馬身と言われていたが、本当にそのぐらい離れていそうだ。カツラギエースが小さく映る。

進路は外側。邪魔が入らないように膨らみ加速をかけていく。

一気に速度を乗せずに、最高速に達する前準備のための加速だ。

「さようならシービー先輩」

バ群を捌けず沈んでいる日本代表の一人をおいて、コーナーで禁断の加速をかける。いつものような溌剌とした姿からは程遠い枯れ際の萎びな花を想像させるその姿は脅威に映らなかった。無視していいだろう。ミスターシービーをマークから外し、前を追った。

そんな速度でも、ミスターシービーは追いついてこなかった。更に加速をかけていき、速度を上げる。

息があがってきた。ちょうど通過して確認できたあと800mの標識で距離を確認する。府中の長い直線のはずなのに、妙に遠い。まだカツラギエースの影はしばらく踏めそうもない。

すでに悲鳴を上げている脚が恨めしい。痛みに気が付かないふりをし、走れと鼓舞する。コーナーで最終盤で更に膨らみながら加速する。進路は空いた。大外で経済コースとはほど遠い、ぶんまわし。ロスの距離は長く惜しいが、その代わりに手に入れた壁が立って脚が余ることはない一人旅の進路。

”ーー”

実況の声が遠い。煩わしい。遠いカツラギエースを追いかけないといけないのに喚くなとひとりごちる。

直線に入った。もう3ハロンもない最後の勝負どころ。

シンボリルドルフはもう捉えている。シービーと同様、こちらもいつもの覇気が見られない。ドロドロ陰鬱な雰囲気を背負い込んだまま、ベットタイムと並んで走っていた。

なんでお前がそこにいるんだ。いつもの余裕はどこにおいていった。

いっぱいいっぱいで他のことなど考えている余裕もないはずなのに、何故か強烈に怒りが湧いてきた。頭が真っ白になるほど加熱され、思わず吐き捨てた。

「そんな走りをするなら、レースに出てくるな。そんな不甲斐ない姿を晒すなら、永遠とそこでもがいていなさい」

レース中に掛ける言葉ではないし、ただの嫌なやつだ。それでも、今まで見てきた神々しいとさえ思えた凛々しい背中を思うと、その冒涜的な姿は許容できなかったのだ。

限界なんて知らない、脚の悲鳴なんて聞かない。逸まで加速したことのないその先へ、更に上げていく。シンボリルドルフが来る気配がない。今までのレースだったらそこから超加速をして翔ぶが如く追いついてきたのに、今日にいたってはその片鱗さえ見えない。

「さよなら、ルドルフ」

シンボリルドルフとベットタイムを抜き去って、ようやく追いついたその影。カツラギエースだ。先頭まで、あと一人。カツラギエースを抜いてゴールを走り抜ければ、念願の一着だ。

脚が熱を持つ。限界を無視して酷使し続けとうとう折れたか、くだけたか。

前進の号令、いくら命じても、前に進んでいかない。

あと少しなのに。ほんの数秒でいいから持って。

その思いも届かない。重くなってペースが落ちる脚。詰まっていたカツラギエースとの距離が空いていく。頭が痛い。眼の前がぼやけて見えない。全身の感覚が曖昧になっておぼつかない。身体が熱い。息が続かない。

ここまでか。

三冠ウマ娘のライバルのなり損ないにはお揃いの結末。無茶なチャレンジの末の、競走中止の末路。一瞬でも見せ場を作って可能性を見せたから、モブとしてはよくやったほうか。

「嫌だ」

無謀な挑戦に、自身の名誉を投げ打つ覚悟をして信じて送り出してくれたトレーナーを嘘つきにしたくない。会見でインタビューをしている記者さえも適当に相手をしているような逆境の最中の、誰も勝つとは信じていない状況で、私のウマ娘が勝つはずだと断言してくれたその姿を覚えている。

「いやだ」

無茶な練習に、うまく付き合えていなかったチームのメンバーが、自身の貴重な練習時間を犠牲にしてくれた献身が幻になるなんて。今までの軋轢を水に流してくれて、勝ったら賞金でおごれよなんて冗談めかして円陣を組んで送り届けてくれたそのぬくもりを。

「かちたい」

スタンドにわずかながら響いている、大した実績のないウマ娘を信じて応援してくれている僅かなファンのために。

「勝ちたい」

今まで自分としのぎを削ってきた、ライバルたちに誇るため。

「勝つんだぁ!」

ぐにっと踏み込んだ右足の芝がめり込む。あまりの痛みに電撃が走る。

それでも。

限界なんて知ったことじゃない。後なんて知らない。今駆けるんだ。

追い込んで、抜かして、ゴール板を先頭で疾り抜けるんだ。

だから動け、走れ。

”ーー”

確かに聞こえた、遅いぞという言葉。この世界では決して見ることはない鹿毛の馬体。馬の影。毎回毎回こちらを無視するように怒涛に追い込んで先着してみせた憎たらしい背中。

言葉にならない。幻にさえおいていかれそうで焦った。おいていくな、私が先だ。幻覚にさえ負けているようでは、1着でゴールなど夢物語だ。

馬時代のかつてのライバルは、3200メートルという超長距離レースで、集団についていくペースを維持しながらラスト3ハロンを33.4というとんでもペースで捲って圧勝を飾った馬だった。下手に競りかけると潰される、暴力的というべき圧倒的な加速力。それを可能にする、裏打ちされたスタミナ。加速を完了したら追いつかせない絶対的な速さ。すべてを持っていた憎きかつての最高の好敵手。彼女はそのライバルだったのだ。

”あいつにできて、私にできない理由はない!”

歴史になぞる超スローペース。通常ペースで追い込んでも勝てない。事実カツラギエースは残り400-200mの距離を足を使って逃げ切った。

破滅の追い込み。それがこのレースに勝つために選んだ戦略だった。

「私が先だ、邪魔をするなぁ!」

背中を追って夢中で走って、走って走って走って。

どれぐらい走っただろうか。口の中の血を噛み締めて、前もよくわからぬままとにかく進んで。

ちょっとだけ幻影より前に出たその瞬間、ころんだ。起き上がろうとしたが、身体が痙攣してうまく立てない。血の味に、土が混じる。ジャリジャリ。

そこでふと気がつく。幻に夢中になっている内にレースはどうなったんだろうかと。

ゴールまで駆け抜けているのだろうか全くわからなかった。

重い身体が持ち上げられる。

ともに走り抜けたライバルにかっこ悪い背中は見せられない。無事ということをアピールするため、拳を振り上げる。精一杯の笑顔に力に込めた。

幻を追っていたらレース結果がわからず、おそらく負けていましたなんてあまりの情けない現実に逆らうために。力を込めなければボロボロ涙を流したみっともない姿を見せるだろうがために、最後の一線で踏ん張る。

どこか遠くで、歓声が湧いた気がした。彼女にはそれが何を意味しているかよく聞き取れなかった。

 

「パッセリヴァル、パッセリヴァルが一着で駆け抜けました。初めて日本のウマ娘が一着でジャパンカップを駆け抜けました。これは歴史的快挙です! 二着はカツラギエース、三着にシンボリルドルフ。123着を日本のウマ娘が独占しました!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。