三冠バのライバル   作:懐古おじさん

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本編から少し時が進んでいますが主人公が出てこないため閑話としました。
次回は多分本編、のはず…。


【閑話】快挙後の騒動 記者会見と騒動後

一斉に焚かれる光の嵐。眼の前で大量のカメラフラッシュを浴びせられて、まともに目を開けていられない。

目を潰す光と数の暴力のそれらを浴びて、水ノ上美心は少し竦んだ。

聞いていたよりも遥かに人間が駆けつけており、会場がすし詰め状態だ。トレーナー側と記者側で段が異なっており仕切の代わりとなっているがため、押しつぶされる事は心配せずに済んだ。ただし今回の記者会見の会場としてはどう見てもキャパオーバーで、もう少し大きなところを選ぶべきだったのだろう。選定はURA側に一任していたため彼女は一切関わっておらず、どうすることもできなかった事項ではあるが。

「質問よろしいでしょうか!?」

開始直後開始の口火を切るように、了解の意を聞いてきた。いや、ただの合図であり、こちらの返答すら求めていなのだろう。すでに会場の熱気は最高潮に達しつつある。

ジャパンカップを日本のウマ娘が制したその記者会見。一番にゴールを駆け抜けて制覇したパッセリヴァルの姿はなく、トレーナーとして正装を身にまとい背筋を伸ばす美心の姿があった。

「パッセリヴァルさんの状態はいかがでしょうか」

「言い忘れていましたが各社名乗ってくださいね。質問は各社順番に、ひとりずつお願いいたします」

美子の隣から、静止が呼びかけられる。ニコニコという擬音が似合う笑顔を浮かべたその声には、会場の喧騒を沈静化させる力があった。

世間はこの騒動に関して一刻も早い会見に望んでいる。しかし当事者パッセリヴァルは現在病院にて絶対安静となっていて、しばらく会見には出れそうもない状態だ。早急な会見をする場合にはトレーナー一人で挑むことになる。世間の威を借り集中砲火を浴びせようとしているマスコミ各社の暴走を危惧したトレセン学園とURAは、急ぎ対策会議を行った。

会見を開くべきか、パッセリヴァルの復帰を待つべきか。URA側はパッセリヴァルの復帰を待つべきと主張したが、学園側と美心が反対した。病み上がりの状態で、興味本位でこちらの事情を考慮することなく蹂躙してくるマスコミの対応をさせ心身を披露させたくなかった。そのため、主賓であるウマ娘欠席で会見を開くことを決め、関係者として学園長秘書をねじ込んで開くことに決定した。

駿川たづな。美心と違いフラッシュを焚かれても怯むことなく真直ぐ前を見つめ続けた彼女の前に、記者たちは従わざるを得なかった。

最も学園側と美心も同一の意見というわけではなく、美心は単独で火の海に飛び込もうとしていた。これに対してトレセン学園・URA双方が止めに入った。

このまま記者会見を開催するとなれば大炎上することは間違い無しで、彼女のみならずURAの方まで飛び火する可能性があったため、座視できなかったのだ。散々もめたが、利益調整者でなおかつ都合の良い人物ということで美心と個人的に親交のあり適任とされたたづなを派遣するという手だったというわけだ。

ありがとう。マイクが入っているため声に出せないため、口パクで伝えた。目尻を細めてたづなが答える。どうやら伝わったようだ。

「月刊工業新聞です。再度お尋ねしますが、パッセリヴァルさんの状態はいかがでしょうか」

好き勝手に奔放な記事を捏造する週刊誌ではない、真面目な新聞社のスーツをバッチリ着こなした記者の質問だ。全くウマ娘に関係ない製造業関係のニュースを報道をする会社でほとんどスポーツ面などを掲載しないはずだが、このような会社まで詰めかけるほど今回の件の関心が高まったいるのだろうと美心は理解した。

たづなを見てこくんと一度うなずく。最終確認の意だが、たづなは首を横には振らなかった。

「パッセリヴァルの状態ですが、残念ながらよくありません。レース中の無理が祟ったせいか、現在絶対安静で病院に入院中のため、この会見には来ておりません。今後ですが、絶対安静が明けてから復帰を目指してリハビリを開始することになります」

騒然となる会場。当然だ。今まで情報が遮断され、パッセリヴァルの状態はよくわかっていなかった。予後不良レベルの怪我でもう競技に復帰できない、骨折でしばらく安静、疲労のためベットで寝ているだけですぐにトゥインクルシリーズに復帰できる、真偽不明な情報が次々と飛び交い錯綜していたのだ。どれが正確な情報かわからず週刊誌・スポーツ新聞などが面白おかしく書き連ねて更に混乱を招く始末だった。

そこにいてのトレーナーからの重症報告。盛り上がらないはずもなかった。

フラッシュの勢いが更に増していく。先程の光量を上回る勢いに、目をつぶって耐える。

「絶対安静とのことですが、復帰の目安などは立っていますでしょうか」

「復帰までの道のりは険しく、現在目処は立っておりません」

更にざわつく会場。最高潮になるフラッシュ。

それでも、ここで怯んでいるわけにはいかなかった。勝手に閉じるまぶたに喝を入れて、前方をにらみつける。

「怪我をするリスクがあるにも関わらず走らせるのはトレーナーとしてどうなんですか!?」

「怪我をしていたにも関わらずウイニングライブを強行した意味は?」

「怪我のリスクが高いウマ娘のパッセリヴァルさんを中1週の強硬策を強いたのはなぜですか?」

「パッセリヴァルさんがチームに馴染めてるというのは本当ですか?」

「G1ウマ娘を怪我をさせたのは責任はどう感じておられますか?」

質問を終えて下がった記者を引き継ぐべく、ルール無視で雪崩のごとく質問が押し寄せる。質問だけを聞くと前調べをしているところやそもそもよく理解していないところ、関心事だけ一方的に聞いてくるところなどで混沌としている。各社言質を取って一面にすべくの行動なのは理解はできるが、やられた方としては溜まったものではない。隣から静止がかかる。

「繰り返しますが各社名乗ってくださいね。順番は一社ずつどうぞ」

「月刊ターフです。質問よろしいでしょうか」

天井に向けてまっすぐ手を上げ、空気を読まず月刊ターフの記者が名乗りを怒鳴る勢いで上げた。眉をひそめるたづなを振り切って、意気揚々と発言する。

「パッセリヴァルさんの状態についてお伺いいたします」

「どうぞ」

「先程水ノ上トレーナーは絶対安静と言われましたが、具体的にどのような症状でそうなったのでしょうか」

この質問に答えるかどうかは悩んだ。素直に言えばパッセリヴァルが戻って来る困難さが浮き彫りになる。あくまで関係者だけにとどめているのと全国に知れ渡ること。この意味合いの差は大きい。

「症状といえば左脚の骨折ですが、開放骨折です。緊急手術により急ぎ除去・固定をしました。ほとんど治癒した前例がなく、担当医師でもそもそも歩けるようになるかもわからないという判断でした。医師いわく、”仮に”無事に走れるようになったとしても、ジャパンカップのパフォーマンスを発揮することは難しいでしょうとのことでした」

事実上のお手上げ宣言だ。以前にパッセリヴァルに確認を何度も取ったが、自身の状態を余すことなく伝えてほしいと望んでいた。

現在の状態を知れば一時的にはバッシングを受けることになるが、戻ってきた時にURA・トレセン学園・トレーナーすべての関係者にとって朗報に反転する。必ず戻って来ることを条件にそれらを素直に伝えてほしいと。

世間を知らない無知な子供のわがままといえばそうだろう。会見を開く方は復帰できる見込みがないのに、なぜそれほどまでに追い込んだという追求に答えのない回答を迫られる。

パッセヴァルの意見にURAとしては貴重な意見だと明確な否定こそしなかったが、美心に決心を翻すように再考を迫っていた。迫っていたどころか直々に上層部からメールとお手紙が来る形で、事実上の否定をさせようとしていた。

戻れる保証がどこにもない、現実の厳しさを理解していない子供の出した空手形。そんなものに価値を見出すことは難しく、世間にとても公表できない。URAとしては現実路線に立たざるをえないというのは美心には理解できた。

理性的な意見というのは理解できる。理解できるが、賛同することはできなかった。当事者である彼女が願ったのだ。復帰するから、わがままを認めてほしいと。

ジャパンカップの日に、美心は栄光と挫折を味わった。重賞を勝ったこともないトレーナーが重賞を飛び越えてG1トレーナーの称号を得て、それをもたらしたウマ娘を永遠と失う事になった。いや永遠と失うと決まったわけではないが、今までの歴史を紐解くとおそらくそうなるだろうということは想像に難くない。

パッセリヴァルの激走で、美心には全く縁のなかった栄光をつかむことができたのだ。それは誰がなんと言おうとも、パッセリヴァルの功績なのだ。URAでもトレセン学園でも美心自身の力でもない、パッセリヴァルがもたらしてくれたのだ。

自身に栄光をもたらしたウマ娘のわがまま。それを叶えられずに何がトレーナーか。もともとどうせだめだったら責任を取って中央トレーナーを辞める覚悟だったのだ。今更罪が一つ二つ増えようが、世間からどうバッシングされようが関係がなかった。

美心は折れなかった。学園長に叱責されようが、URA理事長に罵声を浴びせられようが決して意見は変えなかった。URA・トレセン学園の重鎮が集まる会議で叱責され続けても最後まで抵抗を続け、逆にURA・学園側を折らせて会見で発言することを承認させた。たづなの後押しがあったこともあったが、そもそもこのような隠し事はどのように厳密に蓋をしたつもりでもどうせそのうち情報がどこからか漏れるものだという認識があった。初めから落とし所を決めて衝撃を和らげる以外に選択肢などないのだ。いつ発覚するかということで、どのみちいつか爆発する。それなら傷の浅い内に処理してしまおう。美心の熱意に根負けし、会見で早々に暴露することに決めた。

ジャパンカップに臨む際に書いた辞表に書類をもう追加で懐に一枚忍ばせて、美心は会見に挑んだ。気分は戦場に向かう足軽の気持ちだった。

不器用で大した実績もないトレーナーである美心にできるのはパッセリヴァルを信じることだけ。トレーニングの最中に決して文句も弱音も言わない強い娘を、裏切らない真っ直ぐな娘を心から信じて支えるだけだ。

パッセリヴァルがいったのだ。私は必ずターフに帰る。未だついていないライバルとの決着を、トゥインクルシリーズでつけると。

シンボリルドルフがどう思っていようと、パセリヴァルは彼女をずっと意識していた。それこそG1ウマ娘となる前からルドルフのみに注目していた。その思いはついこの間まで片思いだったが、それはジャパンカップで実った。中途半端なまま、覚悟を決めたウマ娘が黙っているはずがないはずだ。

「少なくともレース後には症状が何らか出ていたのではないでしょうか? それがわかっていながらウイニングライブを強行させた理由を教えてください! おかしいでしょう! あなた本当に中央のトレーナーなんですか!?」

それ見たことかと月刊ターフの記者が鼻息荒く詰め寄ってくる。たしかに、ウイニングライブの強行には反対だった。脚が折れているのは確実で、すぐにでも病院に駆けつける必要があった。

常識的なトレーナーならすぐにウイニングライブの中止をURAに訴えて病院に駆け込んでいただろう。よく出来たトレーナーなら走り終わった瞬間にレース場から連れ出していたかもしれない。

そういう意味では確かに彼女は中央トレーナー落第と言うのは間違っていなかった。パッセリヴァルの言葉を聞いて、その真摯な思いと覚悟を見て、自分が貶められても彼女の決意と覚悟を守りたいと。守れるならばどんな屈辱も受け入れる覚悟を決め、ウイニングライブに望ませたのだ。

美心は中央のトレーナーの決意を翻させるパッセリヴァルの言葉が。トゥインクルシリーズの、ウマ娘のファンに届くはずだと信じていた。

「パッセリヴァルは言いました。初めて日本のウマ娘が勝ったウイニングライブを残念なものにしたくないと。本来いるべきはずのセンターがおらず、代わりとして二着にも関わらずセンターに先輩を立たせる卑怯者をになりたくないと。せっかく初めて訪れた日本ウマ娘によるジャパンカップ制覇という偉業に、ウイニングライブ中止というケチを付けたくないと。栄光の舞台に一着を掴み取った責任が、私にはあると。レース中の怪我はウイニングライブを踊らない理由にならないと。その言葉を聞いて、私は彼女が踊りきれるよう可能な限りのケアをすることに決めました」

「中央のトレーナー失格じゃないですか!? 担当するウマ娘の今後をなんだと思っているんですか? G1トレーナーの名誉のための消耗品ですか!? パッセリヴァルさんを都合よく扱えて満足ですか!? 騙しやすそうなウマ娘に見えますよね?」 

月刊ターフの記者はいってはならないことをいった。興奮しているようで気がついていないが、たづなの目が座った。最初に質問した月刊工業新聞の記者は青い顔をして背筋を丸めて耳をふさいだ。空気の変わったことを察した記者の一部はその場から離れて後ろに下がり、席に座った。

「私がなんと言われようとも構いません」

大人しく座っていた彼女は静かに立ち上がった。愛想笑いを浮かべながら。

「所詮中央の落ちこぼれです。どのように書いてもらっても構いません。無能・無知・傲慢・世間知らず・常識はずれ。お好きにどうぞ」

小さな背を伸ばし、ターフの記者をまっすぐに見据えた。

「それでも結果を残し、全力で自身の任務を遂行して見事完遂し立派に務めを果たしてみせた私のウマ娘を貶めることは決して許しません。私や自身が悪く言われることを覚悟の上戦いに望み、並み居る強豪を打倒し、ほとんどの人が信じていなかった日本のウマ娘によるジャパンカップを制覇を成し遂げました。失敗すればただ無謀な挑戦をして怪我をした馬鹿なウマ娘とトレーナーと言われかねないのを知って、その恐怖を糧に戦い勝ってみせた自慢のウマ娘です」

「そんな彼女がいったのです、トレーナーには迷惑ばかりかけて申し訳ないと」

「自身の言われること、立場。全部覚悟してウイニングライブに出ると。全部全部全部背負い込んで覚悟決めて初代ジャパンカップウマ娘になった彼女に、あなたは今の質問をできますか」

まるで質問に答える気のない問答に、慌てて隣のたづなが止めに入った。自身の座っていた椅子を蹴り飛ばし、タックルするように懐に入る。

前進開始。さほど力のないはずの彼女が、静止するたづなを押しのけてターフの記者に詰め寄る。瞳には炎が灯っている。

「それでも彼女は言いました」

「申し訳ないけど怪我を押してライブに出るわがままを聞いてほしい」

「また必ずターフに、レース場に戻るから踊らせてほしいと」

「みこ抑えて!」

たづなの悲鳴をマイクが拾い、ハウリング。力では敵わないはずのたづなを引きずって、ターフの記者の眼前まで詰め寄る。美心は止まらない。業火が宿った眼で睨みつけ、月刊ターフの記者の襟首をつかんだ。

全国に報道されている中でのこの出来事に一部の記者は沸き立ち、カメラマンを含めた大半の人間が震えた。どうしてこんなことになるんだと月刊工業新聞の記者はうめいていた。

”放送事故だ、これ。全国放送なのにどうしよう”

”月刊ターフが悪い、そういうことにしよう。記事タイトルは極悪非道記者に立ち向かう熱血トレーナーで行こう、うん…”

”こんなに激高するなんて聞いてないけど。穏やかな人って話じゃなかったのかよ…”

周りの雑談に目もくれず、声を張り上げる。怒鳴るような音量ではないが、真の通った透き通った鈴のようにひびいいた。

「あなたにパッセリヴァルの何がわかるんですか!」

襟首を抑えられてもなおも食ってかかろうとする月刊ターフの記者に対して、警備員がストップを掛ける。ひとりが腕を固めてマイクを奪取し美心の腕を外す。その隙に二人で横を固めて強制連行。事実上の退場処分だ。

「そういって無知なウマ娘に漬け込んで、つくづくパッセリヴァルも運がない。だからあんなことになったんだ、かわいそうに。もう二度と戻ってこれないだろうに!」

マイクを奪われてもなお怒鳴り続ける自身に酔いしれたその失態に、会場が凍りつく。

”え、後30分くらいあるのにどうするの”

”グリーンチャンネルの上の人達やばいでしょこれ…。連帯責任で下手すると飛ぶぞ”

最高潮のボルテージから一転、会場は誰も言葉を発さず静まり返った。先程の騒動で腕を外された美心はすでに指定の席に着座していた。

誰か質問してくれないかな。他人任せな雰囲気の中、すっと手が伸ばされる。

「どうぞ」

「月刊トゥインクルの乙名史です。今回の件、パッセリヴァルさんと水ノ上トレーナーは相当な覚悟を持たれてジャパンカップに挑まれたと思います。今回のレース展開と対応についてはレース前にどのように相談されていたのでしょうか」

流れを変える質問でちょうどいいといえばちょうどいい。ただし内容については作戦を明かさないトレーナーもいるため、有効とならない場合が多い。今回の場合は言いづらい内容でも雰囲気的に答えざるを得ない。やりての聞き方だった。

どうします、と隣をみたたづなは眼を丸くした。美心が微笑んでいたからだ。

「回答いたします。今回のレースではカツラギエースを中心に回るだろうと予測しておりました。他に前に出るウマ娘がいないため、逃げもできる彼女が行くだろうというのは想像に難くないと思います。その彼女の勝ち筋を考えると、今回の破滅的な追い込みは博打でした」

「つまりスローペースになる可能性が高いと見ていたわけですね。それならば前目につけて仕掛けタイミングを図る従来の脚質のほうが向いていると思うのですが」

そのよみでは皇帝シンボリルドルフに勝てないでしょう、と美心は簡潔に言いきった。相変わらず薄く微笑んでいる。乙名史記者からの、理解している立場からくる問答を楽しんでいるようだ。

「シンボリルドルフはレースを支配します。自身の統制下に置き、時折望んだ展開するために他のウマ娘に圧力をかけて行動させる・行動を制限をすることができる、やり口がうまいウマ娘です。レース中の読み合いでは彼女に勝てるウマ娘はおらず、前目につけていては利用されてシンボリルドルフの補助輪になるだけです」

「つまり初めからパッセリヴァルさんには後方から強襲する以外の選択肢は残されていなかったと」

「はい。私達が勝つためには後方から追い込む他なく、展開はスローペースになる。そのため前半で全力でサボりマークを外し、後半のウマ娘の眼の届かない範囲から一気呵成で加速して抜き去る。それしか取れませんでした。だからいつものごとく絶好のスタートを切っても減速せざるを得ず、前半でかなり離される展開でした。いつもと違う作戦で戸惑いもあったと思いますが、先頭からあれだけ離されていたカツラギエースに最後よく追いついてくれました。後半のペースなら間違いなく2400mの歴代最速のタイムだ、とゴールの際には確信していました」

秘匿しておきたいだろう展開と行動原理を余すことなく開示する。レースをわかっている同士の会話に、周りの記者たちのペンが走る。

「実際の想定との誤算はありましたか」

「ミスターシービーが来なかった点ですね。もともとの計画では彼女と同時に追い込んでともに競り合って加速をして、二番手集団のシンボリルドルフとベットタイムを抜い抜く。そのまま競り合いを続けてカツラギエースを捉えて最後頭差ミスターシービーに先着する計画でした。そういう意味ではミスターシービーは来てほしかったと思いますし、マークを振り切ってパッセリヴァルについてきてくれると思ったのですが」

そういうアドリブが効く娘ですから多少の誤算は心配していませんでした、と言うと乙名史記者は固まった。

「す、」

「素晴らしいですっ! みなさんが裏切られた予想を前提として、各ウマ娘それぞれの特徴とレースの出方。頭に入れながらも勝ち筋を描き出した中の大誤算。それらを持ってしても担当であれば大丈夫という信頼関係のもと見事前評判を打ち砕いて勝利するウマ娘とトレーナー。

そしてレース後に言われるであろう罵声や批判にも自身の担当ウマ娘のためであれば、たとえどれだけ批判されても正面から受け止めて耐えるその覚悟がおありになるとか。素晴らしいですっ!」

興奮したのか、それ以降素晴らしいを唱える機械になってしまった乙名史記者を、先程月刊ターフの記者を連れて行った警備員たちが手を引いて出口へ連れ出していった。退場二人目ではあるが、先程とは違い和やかな雰囲気での一幕だった。

それを皮切りに空気が緩んだのか、次々と記者団から手が上がり始める。それをスラスラとよどみなく無難な回答で美心がこなしていく。

どうにかなった。知らず入っていた肩の力を抜いて、隣にバレないように息をついた。

脚が軽く蹴られた。どうやらバレていたらしい。たづなは再び息を吐いた。

 

 

 

「流石にヒヤヒヤしましたよ。。本当に演技してたんですよね…?」

「そりゃ少しは腹立たしいところもありましたけど、全部が全部本気だったわけじゃないですよ。最後の捨て台詞は許せませんが、まあ月刊ターフには想定通りに尊い犠牲になってもらうということで」

あれだけ大言壮語したんですから、と舌を出した美心は、年齢を感じさせない無邪気さだ。少しアルコールが回ってきて酔っているのだろう。普段服装・身だしなみを整えて隙のない立ち居振る舞いをする姿からは脱線しつつある。

URA悲願とも言える日本のウマ娘のジャパンカップ制覇。欧米に劣っていた国内環境を整え、世界に通用するレースを開催すべく創設された国際招待のレースだ。

賞金が高いとは言え、遠い日本にわざわざ海外の一流ウマ娘がやってくるわけもなく。初回は世界の中では一流届かない二流とも言えるメンツを招待しての開催だった。

世界基準とは差があることを開催を決定したURAでさえも認識していたが、二流ならばなんとか。そのURAの認識さえも甘く、現実を理解させられた。

世に名が知られていないウマ娘に、日本代表が惨敗。全く良いところを見せることもできず、蹂躙される2分半。初回の雪辱を晴らすべく代表メンバーを毎回選出し日本代表を宛がうも、海外招待勢に惨敗を繰り返すばかり。それが今の今まで続いていたのだ。

その状態からの悲願の初制覇、競技直後の故障判明、故障中でのウイニングライブ強行。いかに理由があろうとも批判が殺到するのは必然だった。トレーナーである美心のみならずトレセン学園・URAに取っても吉報と凶報の同時の押し寄せだ。そして対処を誤ると盛大に火が付き、トゥインクルシリーズやドリームトロフィーシリーズにも影響を及ぼしかねない大爆弾。絶対にハンドリングを間違えられない事案だった。

そこでトレーナーである美心・URA・トレセン学園が一計を案じ、わざわざ月刊ターフを報道陣に加えて発言させたのだ。わざわざ生贄になるとも知らず発言権を付与され、失態を演じさせることによって批判の矛先を変えさせる。姑息とも言える手段で全て帳消しになる訳では無いが、大炎上している現状を変える手立てとして有効と判断したのだ。通例だったら締め出されているだろう三流月刊誌の三流記者が、野放しにされて静止もされずに質問できた裏話だ。

批判を覚悟の上、真っ向から受けとめて担当ウマ娘の思いを言葉に変えて真摯に訴えるトレーナー。一方ゴシップ記事を中心に面白おかしく記事がかけて購買層に届けばいいだけの三流新聞社。どちらの意見を受け入れるかは視聴者層の好みだが、月刊ターフの支持が過半数になることは到底ないと見込んでことだった。

結果だけ見れば、その後今回の一件を擁護した月刊トゥインクルに同調する形で一般新聞社・スポーツ新聞社の大半が社説を書くことになった。それら多くの目に止める媒体をで好意的な意見をもらい、徐々に理解者が増えていった。ファン層の多くに支持されれば万々歳といったところだったが、一般紙の至る所の社説に載ったせいで一般層にも展開されていった。経済紙や一般紙が月刊ターフと一緒にされてはたまらないと名指しでの社説批判が載ることとなり、結果当初の想定よりも批判が圧倒的に少なく、支持者が増えて問題は大事化する前に沈静化していった。月刊ターフを始め一部では批判の論調を唱えてURA・トレセン学園・美心を強く避難しているが、会場での月刊ターフの失態を挽回できず支持が広がらなかった。今回の件では沈静化してしまった一件を再点火させることはほとんど不可能だろうという見込みだ。

それがここ数日の騒動の一件であり、彼女たちの睡眠時間を含めた自由時間が消えていった一騒動だった。それも落ち着きつつあり、こうしてねぎらいの意味を込めて馴染みの店にやってきたのだ。

アルコールの力と、本当に疲れているのもあり、美心は行儀悪く腕を枕にしたままテーブルに顔を埋めて動かなくなった。パッセリヴァルを含めて世の中にお見せできないだらしのない姿を晒している。

「パッセリヴァルさんに幻滅されますよ?」

「そこで世の中とか男性とか言わないあたり微妙に優しさ混ぜるのはなんでですか…。パッセリヴァルには会見の後の面会で泣かれたのでこれ以上失点してももう誤差ですよ誤差。なんてフォローしよう…」

彼女の一生に一度あるかないかの大舞台の記者会見潰したのは本当に悪かったと思ってますよ、と顔をうつ伏せたまま。本当に後悔しているのか、先程よりも力がなかった。多分泣かれたのはそういうところではないと思うが、たづなはあえて言わなかった。

「32歳の振る舞いとは思えませんね…」

「そこで年齢のことを言うのは反則じゃないですか? たづなさん」

たまには浸らせてくださいよー、と顔を上げて絡む姿からは先日の記者会見の剣幕からは想像できない緩みがあった。その後もうにゃうにゃ言葉にならない何かを発しながら、グラスを煽る。

残っていた30mlほどの液体を一息で開け、更に注文。マスターは苦笑いをしながら彼女の次の相棒を作る。顔には出ていないが相当酔っているにも関わらず、彼女の飲み方にも文句を言わず黙々とお酒を作るマスターも相当人ができていた。

「言い切ったけど、パッセリヴァルは次のレースに出れるかもわからない状態。仮に出れたとしてもジャパンカップのパフォーマンスを出すのは難しい現実は変わらないのよね。

チームのメンバーも勢いづいているから彼女だけを見ている訳にはいかないですし」

怪我に関しては彼女も思うこともあるのだろう。もともと出走においては大反対をしていたのは知っている。出走前にもケアを怠らずにしながら、何度も何度も決意を翻さないかとほのめかしていた。

中央トレーナーの中で、担当ウマ娘が大怪我する確率がもっと低いトレーナー。それが水ノ上美心だった。

大怪我する確率云々というよりも、今回のパッセリヴァルの大怪我が初となった。小さいアクシデントには見舞われるものの、トレーニング後のケアや普段の体調管理はチーム員全員に決して怠らず、小さな異常をすぐ発見しては原因を潰していた。もともとトレーニングでウマ娘を強く鍛えて、オープン・重賞をどんどんと取り、G1に手を伸ばすという点においては縁がなかった。中央で上澄みが競う一流の舞台でも、主な勝鞍がないトレーナーの彼女がそこそこの地位を確立できたのもその才覚と気配り・努力によるところが大きかった。

無理なトレーニングをすればもしかしたらもっと上の舞台でも輝けるかも知れない。でも彼女たちの人生は数年間のトゥインクルシリーズのその先も続いているし、そちらのほうが圧倒的に長い。そんな将来のある彼女たちに僅かな栄光のため、負担を押し付けて故障させ、その後の日常に影響が出るなんてことはさせたくない。

彼女の優しさと思いではあるが、中央では相性が悪かった。水ノ上美心の無理をしない方針の下では彼女の門戸を叩くのは未勝利戦を勝てるか勝てないか、のギリギリを行くウマ娘が圧倒的に多かった。そういった層を有力ウマ娘がいない空きレースを狙って勝たせていたため、比較的下位層には受けが良かったものの、G1レースや重賞を取っていく・取る素質のあるトップ層には全くと行っていいほど人気がなかった。持っていた素質+αでオープンレースを勝利するウマ娘を何人か排出したが、今の今までG1レースどころか重賞レースにさえ手が届かなかった。

そういった中でのパッセリヴァルの快挙と挫折である。彼女の根本である方針を揺るがし、動揺させたことは想像に容易かった。

才能はある。うまくトレーニングさせれば三冠やその他レース、海外だって狙えるかもしれない。

そういった褒め言葉の先の但書が、トレーナーたちを幻滅させた。パッセリヴァルの素質を開花させるには、彼女の身体が脆すぎて耐えられない。デビューさえも怪しいだろうと言う書面上の教官からの評価を見て、ほとんどのトレーナーが匙を投げた。

通常デビュー前のウマ娘が軽くこなせるトレーニングメニューさえ消化することが困難だった。アップの段階で脚が炎症を起こす、トレーニング開始数分で痙攣一歩手前まで追い込まれる。他のウマ娘との併走などもってのほかで、取り扱いには最新の注意をされたし。その評価を知りつつ、美心はパッセリヴァルを受け入れた。

実際に引き受けてからも上げればキリがない故障の症状に対し、特別メニューを考え状態を決して悪化させることなくデビューにこぎつけた。通常のトレーナーだったら諦めてのほかチームへの転籍やデビュー前で故障させ引退を余儀なくさせていただろうということを考えると、彼女の調整での力量は数々のトレーナーを見てきたたづなでさえ尊敬の念を抱くほどだ。

細心の注意を取り払い、自身の考え・思いに蓋をしてのぞんだジャパンカップでの栄光と挫折。担当ウマ娘の思いを汲み取り批判を全てその身に背負い込んで前に進むひたむきさ。責任を取るための辞表を胸に抱えジャパンカップに挑んだ彼女の並々ならぬ苦労と覚悟を思うと、トレセン学園に所属する立場でありながら、応援せずに入られなかった。

本当は個人のトレーナーに肩入れするのはだめなんですけど、こんなときぐらいは多少羽目を外してもいいでしょう。たづなは身体が後2つくらいほしいーと再び自身の腕の中に潰れながらうめいている彼女を見て、自身の空いたグラスをマスターに差し出す。ため息を疲れながらも差し出された違う種類の酒を喉に流し込むとかすかに喉から食道にかけて燃え上がるような熱さを感じた。もう一杯と絡むその隣で潰れかけに見える二人という、典型的な酔っぱらいたちの姿がそこにはあった。

今日に限らずではあるが、水ノ上トレーナーの酒の飲み方は荒く、飲み始めてほんの1時間ほどでだらしが無い格好でくつろぎはじめる。今回の騒動で顔が割れて有名になってきた彼女のそんな飲み方のため、大衆居酒屋などに行くことはは難しかった。条件を満たす飲みに行ける店が殆どなく、行きつけになっていたこの店に来たのだった。

これで潰れて介抱が必要な状況であれば付き合い方も考える必要があるが、どういう手品か店を出た瞬間普段の彼女に戻るのだ。彼女なりのストレス発散と人への甘え方なのだと少し前に気がついた。

年齢も、立場も、飲み方も、嗜好も何もかもが違う。それでも彼女たちは友人と言えた。

ウマ娘のことになるといつまでも語っていられる。時間を忘れて、閉店時間と追い出された後に24時間営業の居酒屋やどちらかの部屋に退避し朝まで語りうこともある。一度飲み始めればウマ娘のことで話題は尽きない。

その夜もそうして語り合い、店が締まるタイミングで解散となった。

「こんな時間までありがとうございます。付き合わせてしまって申し訳ないです」

店を出た瞬間いつもの姿勢を正した形に戻り、いつの間に服装を整えたのかよそ行きの格好となった。ラストオーダー近辺まで注文を続け、ギリギリまで度数の高いショートカクテルを飲んでいたとは思えない格好だった。

アルコールを煽った匂いの消すためか、口臭対策の錠剤を噛み込んでいた。どういうからくりか服からシワが消えており、凛々しい姿を朝日が照らしていた。

店の中に長時間いたため気がついていなかったが、夜も開けすでに朝日が登っており空が赤くなりだしていた。

「またこんな時間になっちゃいましたね…」

まだまだ体力はあるが、それでも夜通しアルコールを入れ続けたその数時間後に普段どおりの業務をするとなると堪えるものがある。帰宅に要する時間と身支度を考えると仮眠を取れる時間は2時間もないぐらいだった。

「これはまた夜通し勤務ですね。時折とは言え次の機会には気をつけましょう」

過去も繰り返したセリフをまた言い合って。お互い帰宅の途についた。

先程はパフォーマンスと口にしていたが、今回の件が彼女の精神的負担が現在大きくなっているのは間違いない。それが会見で露見したというのもある。URAもトレセン学園も偉業と同時に起こった問題に関して神経を尖らせており、会見後も批判が巻き起こらないよう各訪問への通達とお願い、筋通しに躍起になっている。現在のところは沈静化しつつあるが、パッセリヴァルが復帰できずに引退となれば、今回の件の各方面の判断ミスとの再批判の芽が再度出かねない、危険な状態だ。

たづな自身美心の力になりたい思いはあるが、自身の立場がそれを許さない。もう彼女の管轄における範疇からはとっくに逸脱してしまっていた。

水ノ上トレーナーが再びバッシングの嵐に合わないことを祈る他なかった。

「それにしても、この状態で勤務ですか…」

だがしかし。会見を終わりそのまま流れ込み一晩中手入れをしなかった身だしなみを最低限整えることが今の彼女の最優先事項だった。

少しよれた服装、消えないアルコール臭。この状態で未成年の少女たちが通う学園に我が物顔で出勤するのは問題だ。

大急ぎでタクシーを拾い、自室へと帰参していった。困ったようにつぶやく彼女の頬は、少し緩んでいた。

 

 

 

 




元々の計画
JCの各ウマ娘視点(ルドルフ・シービー・カツラギエース)+トレーナーの会見で7000~8000文字
現実
トレーナーの会見+飲み会で13000字オーバーでJC編全カット
どうしてこうなった…。
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