三冠バのライバル   作:懐古おじさん

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時系列がほとんど進んでないんですが主人公視点…閑話のような本編のような微妙なラインの話です。
一応本編としておきます。


【本編】復帰への課程 つかの間のひととき

「奇跡の復帰、自立歩行を祝って、乾杯!」

「乾杯!」

チームコンルバの久々の全員揃っての集会が開催されていた。パッセリヴァルの退院、起立・歩行可能を祝ってのパーティーであった。

「本当に大変だったね。おめでとう」

美心はそのねぎらいを改めてパッセリヴァルにかけていた。病院から退院する際も何度も祝ってもらった。そのたびにまたかと思いもしたが、嬉しい気持ちは少しも変わらなかった。

何度も止められたし、結局それ以上に心配をかけた。はじめのうちはパッセリヴァルがリハビリで倒れたと聞いて予定をキャンセルして病院に駆けつけていたぐらいだった。それだけ心配してくれるトレーナーだからこそ、心労をかけることが申し訳なく、祝われることが嬉しかった。

「うりうり~。もうちょっと嬉しそうにしたらどうだ~。全然顔が笑ってないぞ~」

「じゃあ先輩ここ奢ってください。そしたらすぐに笑顔になれます」

「生意気言うやつはこうだ~」

うりうりうりと両頬を何度もつままれ、変顔を何度も作らされる。

右に左に頬をつままれてまともに喋れない。抗議しようにもうめき声にしかならなかった。今自分はひどい顔を晒しているのだろうと、パッセリヴァルは悟った。会場が貸し切りで良かったと心の底から思った。マスコミに撮られ復帰のニュースと同時に全国へ変顔を届けると思ったら顔から火が出る騒ぎでは収まらなかった。

ジャパンカップを勝ったらおごりね。昨年の試合前のたわいない約束が果たされていた。

トレセン学園よりやや距離のある、普段だったら絶対よりつく訳もない焼肉店だ。やや気構えのする看板をくぐると広々とした空間が出迎えてくれる。貸し切りのための特別レイアウトということでこのような形式となっているが、普段はもう少しテーブルが並んでいるようだ。一般人が飲食するだけで1番大きな札束が軽々飛んでいく店を予約して見せたのは彼女のトレーナーだった。食欲旺盛なウマ娘集団の全力とはこれ如何に。いくらかかるのか想像もつかなかった。

味は保証するよ。おめでたい日だからたんと祝おうねと満面の笑みで言われたため、それ以上言い返すことができなかった。

普段滅多に使うことのない金の出しどころか。そう割り切って、彼女自身も楽しむことにした。白い煙をあげている肉を適当に一掴み、口に放り込む。

焼く前に見た時は普段お目にかかることがない、赤身の肉の間に透き通った脂身の糸が絶妙なバランスで引いている肉だったのを覚えている。きちんと焼けた肉は口に入れた瞬間に溶け出し、ほとんど咀嚼することなく味わうことが可能なほどだった。溶け出すほどに旨味が充満するあぶらを感じても、顔を顰めるくどさを感じさせない絶妙な味わいだ。

何枚でも食べれそう。金額を頭の片隅に押し込み、焼けてそうな肉を次々と確保して次々食べる。

何度も口の中に入れているが、全く飽きがこない。白米と共に喉を潤す。いくらでも食べられてしまいそうだった。

これ会計いくらするんだろうか。押し込んだ懸念が再び頭をもたげてくるくらい、大皿がそのあたりに散らばっていた。たわいない約束だったが、消化されていく肉のペースを考えると段々と不安になってきた。

「本当に良かったぜ。パッセリヴァルは無事復帰の一歩を踏み出せ、チームコンルバの成績は絶好調。エースに引き続きリーダーが重賞ウマ娘になって、副リーダーは重賞戦線で連続掲示板。みんな勝ち上がって離脱者ゼロ。正しく復活だな! コンルバの復活の意味がようやく活きてきたって感じだな!」

「躍進のほうが正しいのでは? 去年までのうちらなんてほぼ無名で知られてないから復活も何もなにそれ? からのスタートですし。パッセリヴァルは復活でもいいかもしれないけど」

あっちでパクパク。こっちでパクパク。恐ろしい勢いで消化されていった。絶品の肉を前にして、今まであった確執はどこへやら、みんな笑顔で褒め称えながら肉に舌鼓をうっている。

パッセリヴァルが普段食い意地が貼っていると思っていた面々が切らさないように次々焼き続け、自分の分を確保しながらみんなに肉を配布している姿が印象的だった。

復活めでてえ! 口を開けて肉を噛み締めながら肩を組んできた先達の姿に苦笑した。

まだ復活というには早すぎた。ようやく徐々にトレーニングをできるようになる段階まできただけだ。当然まだ満足に走れる状態ではない。

「私だってまだ復活じゃないですよ。ようやく歩けるようになっただけで、こんなに脚細く衰えちゃいましたし。頼れる相棒だったのに、こんなにやつれて…。

まぁ復活の軌跡はここからですよ。G1レースを勝って全国ニュースにパッセリヴァル復活の祝砲を打ち込んであげますよ」

「ここまで最速で駆け抜けてきたんだからみんな心配してねえよ。

それにしても言うじゃねーかエース様。いやあカッコいいねえ、トレセン学園1のイケメンウマ娘はやっぱりちげーわ」

頼もしいチームコンルバのエース様帰還だぜぇ! とにぎやかさで隣の卓に突撃していった。いつのまにか組んだ肩が外れていた。

あまりの速さに呆然としていると数秒後にはリーダーが先程さっそうと連れて行ったムードメーカーをロックして、こちらにずるずる引っ張ってきた。監視のためかついてきた副リーダーには青筋が浮かんでいた。

「復帰間もない怪我明けの後輩にパワハラ仕掛けてるろくでなしがいると聞いてね? 一体誰のことか聞いて犯人を引っ張ってきたんだ。そういうろくでもないことを働く輩には熱々の野菜の処理をしてもらおうと思うんだけど、どう思う?」

「そんな悪い人にはちょうどよく萌愛型こっちの野菜などはいかがですか?」

「悪い子はここだな。これでもくらえ、えいえいえい!」

両肩を固められて動けないムードメーカーの姿を察知して、続々とメンバーが集まってきた。

熱々の野菜を押し付けるように口に詰め込むもの、詰め込んだ野菜の数をカウントするもの、ぐるぐる周囲で回りながら歌い煽るものを騒がしくなってきた。

野菜とかいらんわー! と最初に嘆いていた勢いは何処へやら、次々と野菜を詰められてどんどんおとなしくなっていった。

「悪は滅んだね! わははははは!」

野菜を詰められすぎてギブアップ宣言をしたムードメーカーを尻目に、なぜか万歳三唱するチームコンルバの面々。遠目で写真撮影していたトレーナーにそれでいいのかと思いながら、結局パッセリヴァルは万歳の輪に加わった。

そういえばいつもみんなを引っ張り回すムードメーカーがやられていてるのは珍しいと思った。なるほど、普段の仕返しか。因果応報ということに気がついたため、同情するのをやめた。

もうギブだって、野菜勘弁してくれよと情けなく崩れ落ちるムードメーカーの姿を見ながら、ほっと一息ついた。

思えばこうやってふざけあうのはいつぶりだろうと。馬の時はいつも敵ばかりで、世話をしてくれる人間はこういったじゃれ合いをするのに不適格だった。人間の時も毎年毎回勝負がかかっていた管理馬の世話に精一杯で、友人や知人と親交を深めた時間の記憶がなかった。

なんでだっけ、いつから私はこんな風になったんだ…?

ふと闇に沈み込みそうになったその瞬間、肩を叩かれた。

「リヴァル~、違う部位だって~。これ美味しいよぉ~?」

振り向いた瞬間、えい、と可愛らしい掛け声とともに口の中に焼けた肉が放り込まれる。

先程よりやや脂身が少なく、噛みごたえがある肉だった。さっぱりしていて食べやすいが、噛む力を要求されるせいかなかなか飲み込めなかった。

先ほどの肉と違い、赤みらしい肉肉しい味と歯応えを味わっているとどんどんその肉が口に入れられていった。

えいえいえいと掛け声がするたびに一枚ずつ放られ、二枚三枚四枚と比較的厚めの肉が増えていき、口の中が中でいっぱいになった。

先ほどの肉と比べて歯応えがあるだけで、硬いというほど食感があるわけではない。しかし柔らかいとは言え咀嚼するのに難儀する肉が大量詰められ、顎が疲れてきた。

鬱々とした気分は吹き飛んだが、こうも立て続けに食感のある肉を噛み切る時間もなく詰め込まれるのは辛い。誰か助けてくれないかな、とキョロキョロと周りを見渡した。

パッセリヴァルの助けを求める視線を目ざとくムードメーカーが発見した。きらっと目が光ったような錯覚を残し、一目散に駆け込んできた。

「あー!!! リーダーが自分の好きじゃない肉をパッセリヴァルに次々押しつけていじめてるぞー、者共かかれー、救出しろー!」

「ち、違うよー。パッセリヴァルが同じ肉ばっかり食べてるから別のものおすすめしようと思って…」

「リーダー様には特別に大量のかぼちゃを選定しんぜようじゃないか、ほら食え食え」

「悪いことするおててには、めっ! ですね」

「えっ、ちょっとまてって…ふぉれしゃしゃへへへえほ」

「何言ってるかわかりませえーん。抗議は日本語でお願いしまーす」

「あこんなところにちょうどいい具合焼けたかぼちゃがー。リーダー、はいどうぞ」

「あふいあふいふぉんふぉういはっていはいいはいひふひふ!」

わいわいがやがや。病院にも増してやかましくなるそれらを見ていると、過去軋轢があったことが信じられない。

軋轢というよりは、パッセリヴァル自身が勝手に壁を作っていただけの話なのかもしれない。今更ながらに振り返った。

トレーナーに熱烈にアプローチされ、どうせデビューが敵わないだろうと言われていた体質の弱さ絡繰るあまりに生ぬるい練習メニューの数々。傍から見たらサボっているようにしか感じられないそれらを適当にこなし、休憩しているかもしくはトレーニングに参加しない姿を見ていれば、誰だって思うところは出てくるだろう。

今でこそ笑い話だが、デビュー前にリーダーから厳しく追求されたことがある。

「本当にトレーナーからのメニューこなしているの? 遊んでいるかサボっているようにしか見えないけど…」

当時から体質の強いウマ娘が多く、比較的体力がないとされるメンバーでもレース前の仕上げを数週間行ってレースを出て中1週で出場できていたことを考えると、異常なまでの練習量の少なさと言えた。

それらが当たり前の立場からすると、遊んでいると言われていても仕方がない部分はあった。

パッセリヴァルがどんなに望んでも手に入らない、体質の強さ、身体の頑丈さ。それらを当たり前に持っていることが羨ましくなかったといえば嘘だったし、自身に縁のないものというのもわかっていた。まともにトレーニングできず故障したら終わりという立場なんて想像したこともないだろうというのも予測がついた。

彼女自身が大人であれば、今までの経験があれば流せただろう軽い誹りだ。ウマ娘担った影響か、はたまた競走馬になった因果か、

「全力で練習をしても勝てないのに、頑張る理由がよくわかりません。

この世界は初戦は結果が全てです。努力しましたアピールをするのはいいですけど、結局無駄と言われます。ご自身を納得させるための理由づくりなら止めはしませんけど」

体質の弱さ故にまともなトレーニングを詰めないといえばよかったのだろう。ただ、彼女はそれを言い訳にはしなかった。

競走馬でもウマ娘でも根本は変わらない。結果が全てで、1着を取れなければ負けなのだ。いくら努力をしようが、1レースに勝つウマ娘は同着という例外を除けばただ1人。

最強に簡単に蹴散らされ、噛み締めたあの苦い味はいつまでたっても忘れることはない。才能の差という絶対的で手の届かない隔絶された違いを理解させられ、挑むたびに苦汁をなめ続けさせられたその味を忘れることなどできなかった。

それと比較したら、彼女らの覚悟ややり方のなんとぬるいことか。当時のパッセリヴァルは間違いなくコンルバの面々のそういう部分を軽蔑していた。

「なんて言ったんだい」

「聞いたままだと思いますが」

「無駄だって? 努力が…私達の努力が。

取り消してよ。そうでもしないとやってられない娘だっているんだよ」

その言葉にはYesとはいえなかった。努力は認められるかもしれないが、美心のメニューや方針を無視した日効率的なメニューややり方で否定しておいて結果を出せていないのだ。中央のトレーナー資格を得た人間の方針に反旗を翻す冒とく的なやり口には彼女自身強い怒りを覚えていた。

自己満足で自分勝手にやっておきながら努力しましたと言い訳をして自身の責任をトレーナーや環境に転嫁する。そんな甘えた姿を晒しておきながら、堂々とそれを顕示する。醜態以外の何物でもない。そしてそれがまるまるトレーナーの評判にかかわるのだから、何もしない以上にたちが悪い。

「ごっこ遊びや私可愛そうでしょならほかでやってほしいものです。

勝つための努力を放棄して勝手に自滅していく、いい迷惑です。私はあなた方とは違います。

遊んでいるウマ娘に負ける気持ちはいかがです?」

売り言葉に買い言葉だ。それでも間違いなく彼女の本心だった。勝手をしておいて同情しろというのは虫が良すぎるし、全て段取りを組んで計画をしていたものを根本から崩された美心への侮辱だ。関係ない部分で勝手にやって自滅する分にはどうでもいいが、こちらに迷惑をかけるならば話は別であった。

うわさ話ほど、水ノ上美心は無能ではなかった。むしろ素質を見出しそれぞれにあった管理方法で怪我させずにトレーニング経験を積み重ねさせるその手腕は神がかりと言ってもいいと感じていた。生まれた時から病弱と付き合い組み上げてきたメニューよりも負荷のかからない方法で何倍もの効果を実感させるその手腕と一人ひとりチーム員に自身の時間を犠牲にして真摯に向き合うその姿勢に尊敬の念を抱いていた。

それを無に帰す暴挙を肯定する気は、パッセリヴァルには更々なかった。

憤怒を宿したパッセリヴァルの目に、一瞬リーダーが竦んだ。それも一瞬のことで、額をぶつけ牙をむき出しにした。

「取り消せよ!

デビュー前のひよっこに何がわかるんだ。未勝利の苦しみが。期待されながらも伸びずにもがいてどうしようもなくなる辛さが。

その苦しみを、血と汗の結晶無駄だって。ふざけるな!」

「知りませんよそんな自業自得な敗北者の戯言なんか。

負けることの意味合いを自身のものでしか考えられない自己中な絞り粕のことなんて」

「このXXXXウマ娘が!」

 

 

「そういえばこうやって首根っこ掴まれて恫喝されたのを思い出しました」

「…リーダー???」

ふと過去のことを思い出し懐かしげに語ると、その場に集まっていた面々の目が座っていた。

今でこそ懐かしい思い出で語れるが、当時は美心が仲裁に入り大慌てで止めざるを得なくなったほどの取っ組み合いであった。

「違う冤罪だよいやたしかにやったけどさ。デビュー前当時のほとんど面識のない時の話だよ!

そりゃ練習しないウマ娘がいるとその理由を聞きに行った時に言われたのが未勝利バのしている努力が無駄だって言うんだよ! そんなの怒るじゃん!」

「えぇ…。ちょっと尖っている新入りウマ娘のかわいい毒舌になんでマジレスしてるんすか…?

あーつまりリーダー首根っこつかんで恫喝したのは否定しないと。そしてあまつさえ首根っこつかんで体罰の方向まで持っていったと。あーあこれはギルティです。

そして当初から体質が弱いから特別練習メニューになるって聞いてましたよね? それで絡みに行って撃沈して逆ギレとかもう許されざるですよ。あまつさえ暴力とか先輩ウマ娘の自覚ないんですかぁ? さいてー。

はー、これは今日のお会計はリーダー支払いですね。ありがとうございますご馳走様です」

いやー助かるわー遠慮せずにもっといっぱいお肉食べられるね、と満面の笑みを浮かべて店員に追加のオーダーを入れていた。

その笑顔を受けて、副リーダーが追加援護を行った。

「そもそも言ってること間違ってないんだが? 確かに苦労している面はあっただろうか、禁止されていた過度な自主練やトレーニングメニューの無視、あまつさえ外部の人間に教えを請いにいく連中の方を持つ? ねえだろ、水ノ上トレーナーに対する侮辱だろそれは。運が悪いウマ娘だっているけどさ、厳しい言い方をすればあの子達は自業自得そのものだった。

パッセリヴァルに瑕疵はねえよ。そしてパッセリヴァルは現にその後のデビュー戦とかオープン戦で勝って魅せてたよな?

当時ほとんど勝ち星が挙げられずにほぼ最下位に沈んでて意味のない自主練とか効率の悪いトレーニングをトレーナーに黙って試していた低迷して迷惑掛けてたあたしらに文句言う資格も権利もねえよな? おかしいよなぁ? あたしの言ってること間違ってるか?

それ新人に指摘されて逆ギレで恫喝ってどうかしてるぜ…終わってるのはどっちだってんだよ」

たちまちボロボロにされて、リーダーの目が潤んでいた。これ以上言えばその雫が地面に垂れてしまうかもしれない。それでもパッセリヴァルは追撃の手を緩めなかった。

「私も若かったのは間違いないですが、今でも間違ってなかったと思いますよ」

味方からグサグサ刺されて瀕死のリーダーが、うがー! と突然咆哮した。

もう我慢ならん! と涙を一瞬で引っ込めた。先程の殊勝で泣きそうなウマ娘はどこを見ても存在しなかった。

「味方がいない…おかしい! こんなことは許されない!

だいたいあのときだって君らがサボっている娘がいるから注意してくれって頼んだんだろうよ! 私に言ってくるのは筋違いだろうよ!」

責任押し付け合いの泥試合の様相を呈してきた。こっちに振られてはたまらないとムードメーカーが押し返した。

「そんなこと全くこれっぽっちも頼んでませんが! 

それに仮に注意を頼んでとして誰がデビュー前の後輩に対して恫喝をするんですか?  ちょっとおかしいんじゃないんですか? 次から気をつけるぐらいに普通とどめますよね? キメすぎて言っていいラインと言っちゃいけないラインわからなくなっちゃいました???」

「言いすぎだよそれは! ライン超えだよー! やるかこらー!

誰が薬キメてるじゃおらー! キメてたらもっと足が速くなっとるわボケー!」

殊勝な反省会からいつの間にかいつものショートコントになっていた。

こういう決してシリアスになりきらず、冗談めかして軽い空気にして笑いを誘う振る舞いに、何度助けられたかわからない。

このメンバーでなければ、パッセリヴァルは本当に成績だけを追い求める嫌味なウマ娘になっていただろうことは想像に難くない。今のように怪我をしたら応援されることもなく、自意識過剰なウマ娘が栄光のためにむちゃをして自爆したと冷笑されていただろう。

このチームで、コンルバ所属で良かったと。トレーナーだけでなくメンバーにもいたく感謝していた。パッセリヴァルはハトのマークが書かれたワッペンをきゅっと握りしめた。

捕まらないようにぎゃー汚らしい悲鳴を上げながら机と机の合間をきれいに逃げるムードメーカーの首根っこを捕まえんと、リーダーが鬼気迫る迫真の表情でぐるぐる走る。副リーダーはいつの間にか離脱しており、焼けた肉を頬張りながら野次を飛ばしていた。副リーダーに続くように、それぞれのメンバーが思いの丈をぶつけて逃げ切るかもしくは捕まえるかのアンケートを取っておりなにかの掛けをしていた。

場にそぐわない行動で通常営業であれば間違いなく出入り禁止間違い無しのやり取りに、美心が天を仰いでいた。ただでさえ高級料理店での大暴れになんの対象か不明な賭け事が開催されていた。関係者に見られたら出禁どころかチーム解散待ったなしの光景だった。

普段以上に張り切って盛り上げてくれるのはありがたいが、流石にこの大騒動は説明しにいかない訳にはいかないと唸った。厨房の方へお伺いを立てるべく近づくと、笑顔のスタッフが出迎えてくれた。

説明したところ、別に他の客がいるわけでもなく、出された食材はきちんと食べ切り何かを破損させるわけでもないため問題ないという見解のようだった。賭け事についても自分は見ていないと両目を塞ぐジェスチャー。目をつむってくれるとのことだった。ぱっと手を話しておちゃめなウインクをする姿に、ほっと息が漏れた。

この間のジャパンカップを見ていましたよ、と小さな皿を差し出された。

「復帰に向けての決起集会に貸し切りであなたのチームを招待できたことは何よりも誇らしいことです。

今まで辛酸をなめ続けさせられてきた海外勢をまとめて薙ぎ払うあの末脚は、何度見ても目頭が熱くなりますよ。怪我をされて走れないと言われいましたが、復帰への決起集会と言うことで私自身がやらせてもらえないかと水ノ上さんに頼んだんですよ。まさか受けてもらえるとは全く思いませんでしたが。

それと後で写真をとっても良いですか? 店の何処かに飾るか、難しいようであれば家で家宝にします」

それとこれは私の自信作ですので、よろしければいかがですかと差し出されては、食べる他なかった。

焼肉店の自信作という言葉で出てきたのは上に卵が乗ったポテトサラダであった。これが自信作…? と首を傾げた。通常のものよりも黄色がかった芋は大きめにカットされており形を残していた。全体にマヨネーズが描かれており、唐辛子に見える赤い粉が振りかけられており、その上から散らすように緑の乾物が掛けられていた。芋の上に乗った半分にカットされた卵の存在感が凄い。

今まで余り見たことのないたぐいのポテトサラダであった。聞かなければなんの料理ですか聞いていたかもしれないそれを、こわごわと口に運ぶ。

「…おいしいですこれ。ピリッとしているのがいいアクセントですね。唐辛子かなと思ったんですけど、からしですか…? あんまり自信ないですけど、見た目ほどの辛さがないので実は唐辛子を使ってなくてパプリカパウダーがかかってるんでしょうか?

上のゆで玉子だと思ったら揚げてあるんですね。なんか思っていたのと違う感じで、なんと言っていいかわからないんですけどとにかくおいしいです。

トレーナーの許可さえあれば私自身に異論はありません。サインとか書いたほうがいいですか…?」

全く食レポできない自身の語彙力のなさには彼女自身かなり失望したが、ニコニコと顔を崩すことなくしっかり聞いてくれたシェフのおかげで最低限のプライドは守られた。

厨房の壁をひらりと乗り越えて、パッセリヴァルの両手を握ってきた。少し驚いて体を震わせたが、悪意が全くといいほど見当たらなかったため備えることもないと力を抜いた。

慌ててシェフが手を離した。笑顔から一点、恐縮そうな顔になった。

「申し訳ない。ちょっと興奮しすぎました。もしお嫌でなければ、サインを頂けると助かります。

いやぁこんなところでサインなんていただけるとは思いませんでした。オフなのに申し訳ないです」

ペコペコと何度も頭を下げながら謝られると、先程のことも悪い気はしなかった。突然握られてびっくりしただけで、それ以外の感想はなかった。

競走馬時代、自身にファンはいたがもっぱらガラの悪い中高年の男性が多かった。ライバルが話題をかっさらったためブームが起きた反動で現れた女性を中心とした比較的若年代層のにわかのファンだったが、彼だった時代は昔ながらのオールドファンが大半だった。ライバルの対抗として持ち上げられたのも有るし、自身の血統が当時の流行から全く外れた絶滅危惧種のようなものだったのも作用していたのもあったのだろう。

そういう意味では競馬場に来るファンというのにあまりいい思い出はなかった。だみ声でライバルに勝てと怒鳴られる、フラッシュを焚いたカメラを向けられる、しょっちゅう野次を飛ばされると言った形で競馬場に行くのが一時期憂鬱になるほどだった。

それと比較すれば、目の前のシェフを筆頭したこの世界のウマ娘のファンというのは統制されたクリーン極まりない集団だ。本当に大違いすぎて、時々信じられなくなる。

応援してくれるファンを大事にしなければならないという建前があったため我慢して愛想を振りまいていた前世と違い、無理する必要がない。こういう悪意のない真摯なファン対応には多少愛想を振りまいたほうがいいだろう。

シェフが慌てて離した両手をしっかりと握り込み、目を合わせてはにかんだ。

「サインぐらいであればいくらでも。転売とかされると利権の関係上ちょっと困っちゃうので、名前を入れさせて頂く形になりますが。

お名前を伺っても?」

失礼のないようにゆっくりと両手を離し、ペンどこだっけな、と探している内に見つけたが目の前の男性から返答がなかった。

顔を覗き込むと、フリーズしていた。どうやら心ここにあらずらしい。

「サインを書くために、お名前を教えてほしいんですけど?

そのまま答えないとこの店のシェフの名無しの権兵衛さんになっちゃいますよ?」

その言葉に再起動したのか、アワアワと聞き取れない単語を発していた。ちょっと顔を赤くしているのは、きっと照れているのだろうと思った。

それじゃあ聞こえませんよ、と言うと今度は喋ることなくさっと名刺が差し出されてきた。まっすぐ差し出されたそれを両手で、文字を隠さないように端をつまみ頂戴した。

「松内博章さん、ですね。わかりました。じゃあ食べ終わったらみんなで撮影して、写真とは別にサインも書きますので適当なものを持ってきてください。できれば書きやすいものでお願いしたいです…」

大型家電なんて持ってこられても困りますという言葉を聞き取り、分かりましたと大きな声で返事で松内シェフ何処かへ駆け出していった。

あまりの速さに、ただ呆然と見送る他なかった。他のシェフが出てきて、補足した。

「松内さんパッセリヴァルさんの大ファンなんですよ。この間から必死に現地記念グッズが出てないか休みのたびにオークションサイトとにらめっこしているみたいです。

今度出るというぱかプチも上限いっぱいまでゲットするって言ってました。

だからちょっとテンション上がっちゃって…悪い人じゃないし暴走しているだけだからできれば気持ち悪がらないでもらえると助かるかな…」

眉を下げて年下の少女に謝るシェフたちというのは随分外聞が悪くないだろうか。本当に貸し切りでいろいろな人が助かっているなと実感した。

「構いませんよ。あれだけ熱心に応援していただけると嬉しいです。

松内さんに悪意がないのはわかっていますから大丈夫ですよ」

だから心配しないでくださいと、両手を握り込むと咳払いをしてやんわりと手を振りほどかれた。

何度か咳払いを繰り返し、顔を赤らめながら注意された。

「女の子、特にスターウマ娘が気軽にそんなはしたないことをしてはだめだよ。

なるほど、この破壊力に松内さんは耐えられなくなったのか…

みんながみんなおとなしいファンじゃないからね、気をつけるに越したことはないよ。

この子の無自覚な破壊力おかしいよ…。ウマ娘なんてほとんど興味なかったのにファンになっちゃうよ…

また違うお肉や料理が出ているから言っておいで、と言われて後ろ髪を引かれる思いながらにチームに合流した。途中で後ろを振り返ると、すでに姿がなかった。

 

 

楽しい時間はあっという間だ。心ゆくまで堪能したチームコンルバの面々が店の外でお腹を擦っているのを確認し、会計へと向かった。

美心もついてきており、少し話をしながら歩いているとあっという間に玄関についた。

「…あれ、レジは?」

「この店にはないよ。基本的に席で会計の店だから私がさっき払っておいたよ」

聞いていた話と違う。私が払うつもりだったんですがといったところ、丸めた紙で頭を叩かれた。

「こらこら。主役が自分の復帰祝にお金出してどうするの…。

おおよそこの間のジャパンカップの賞金の一部をチームのために使おうって考えたと思うんだけど…それは将来のために取っておいて」

大体学生相手に大人が奢らせるわけないでしょ…と呆れたように美心がつぶやいていた。最もなことだった。

あの店予約したの私だしね、とここで終われば美談だったのだが…。

「元々松内オーナーとは知り合いでね。ウマ娘のレースを見るのが好きなんだけど、何を考えてか追込ウマ娘が好きなんだって。

それも名門出身のウマ娘は嫌だっていう、超偏食主義者なんだよ。

お眼鏡にかなう叶うウマ娘がいないっていうのが何よりの口癖で、なんとか自分の好みのウマ娘を見つけるためにメイクデビューさえ見るくらいには熱心でね。

最近ミスターシービーが出てきて盛り上がっていたところにあなたがあんな勝ち方でジャパンカップを制覇したものだからもう大騒ぎ。勉強させてもらうし貸し切りで腕を振る舞ってやるからパッセリヴァルを連れてこいって凄い催促受けちゃって…ちょうどいい機会だから利用させてもらったよ。

最初の方は何人かでお肉焼いてたけど、途中から勝手に出てきたでしょ? 元々あの店はサーブする方式でね。そういう対応含めて色々便宜を図ってもらったんだよ。

パッセリヴァル、あなたのファンサービスが直撃してこっちが止めるぐらいの値段になっちゃったんだけどね…」

普段懇意にして通っている人たちに絶対怒られるよあれ…と呆れたようにつぶやいた美心に向かって、パッセリヴァルはあれはそういう意図ではなかったと弁明した。

元々自身がいいだしたことだし、適正価格で支払うつもりであったこと。値引きを引き出すためにサインを書いたり写真撮影に応じたわけではないこと。

弁明しなければ悪女扱いになると慌てて理由を説明するパッセリヴァルを美心は静止した。

それは知っているよ、と。

「それをわかっていてオーナーは好意でやってくれたんだよ。

どうしても申し訳ないと思う気持ちがあるなら、今度あった時にお礼をするなり手紙でも書けばいいと思うよ」

謝られるよりそっちのほうがよっぽど嬉しいはずだよという言葉に、パッセリヴァルは恥じた。最もなことだった。

最近ご無沙汰だが、手紙でも書いてみよう。あまりにも膨大過ぎて返信を諦めたファンレターをなかったコトにして、何を書こうか悩みだした。

美心は最後に小言をつけるのを忘れていなかった。

「それはそうと今後のファン対応の方法は問題だよ。

みんながみんな松内オーナーみたいな人たちばかりじゃないから、きっちりお勉強してもらうよ」

はーい、と落ち込んだように返事をしたパッセリヴァルの髪を美心は手で梳いていた。

 

 

つかの間の休息。この復帰集会を経て、パッセリヴァルは心身ともにようやくトゥインクルシリーズ復帰への具体策を練り始めた。

まだ強度を上げることはできない。ジョギングの速度からはじめ、レースに耐えうる身体と体力を初めから作り直さなければならない。

道半ばどころかようやくスターラインに立てたという段階。それでも、歩けないと言われた段階からここまで到達することができたことが、美心とパッセリヴァルの自信となっていた。

無理無茶無謀と言われたが、トゥインクルシリーズへの復帰は決して無理な挑戦などではない。

ここからは身体を酷使する時間の始まりだ。早急に最低限の体力と筋力をつけ、レース感覚を取り戻しながら仕上げなければいけない。

それらをまとめて行える絶好の機会は、すぐ近づいていた。コルンバの夏合宿だった。

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