蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

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第122話 小さな王の物語(2)※

 マナナンがレグルスと出会ってから一週間が経過した。その間、レグルスは森に入って木を伐採し、船の修理を行ないながら、マナナンに旅の間に見てきた様々な物や出来事について話していた。

 物心ついた時から旅を続け、大陸全土を渡り歩いて更には大洋を小舟一艘で超えてきた彼の冒険譚は、マナナンにとっても興味深いものだった。

 そんな日々はあっという間に過ぎ去って、そして今日、ようやく船の修復が完了したところだ。

 

「じゃあ神様、俺は一旦故郷に戻るぜ! 次に来る時は同胞達も連れてくるから、よろしくな!」

 

 そう言って船に飛び乗るレグルスを、マナナンは呼び止めた。

 

「待てレグルス。帰る前に、これを持っていけ」

 

 そう言って手渡したのは、中心に深い蒼色の宝石が埋め込まれた首飾りだった。

 

「神様、こいつは?」

 

「それは俺の力が込められたアクセサリーだ。それを装着していれば、嵐の結界に阻まれる事なく、この島に出入りできるだろう。貴重な物だから無くしたりするなよ」

 

「おおっ、そいつはありがてえ! 大事にするよ!」

 

「それと、航海の加護を与えておこう。これで今までよりも、ずっと楽に海を渡る事が出来るはずだ」

 

「何から何まですまねえな神様! 何か礼がしたいところだが、生憎今の俺には支払える物が何も無いから、出世払いって事にしといてくれ!」

 

「構わん。この一週間、お前と共に過ごせて楽しかった。これはその礼だと思ってくれ。……ではな、レグルス。いつかお前の夢が叶う事を、俺も願っている」

 

「ありがとう、神様。それじゃ、行ってくるぜ!」

 

 そうして、レグルスは船に乗って去っていった。それを見送って、マナナンはぽつりと呟いた。

 

「やれやれ、島が静かになるな。いや、やかましい妖精達が居るからそう変わらないか……? まあ、これでようやくのんびり過ごせるというものだ……」

 

 どことなくつまらなそうにそう言って、マナナンは浜辺を後にするのだった。

 

 そして、それから一月ほどが経過した。その間は特に何事もなく、退屈だが平和な日々が過ぎていったが、そんなある日の朝の事だった。

 

「かみさまー! またへんなのがきたー!」

 

「こんどはいっぱいきたのー!」

 

 以前と同じように、妖精達がやかましく喚きながら纏わりついてくるのを宥めながら砂浜へと向かうと、そこにはレグルスの姿があった。

 

「よう神様、一ヶ月ぶりだな! 元気だったか!?」

 

 片手を挙げて、笑顔を浮かべたレグルスが挨拶をしてくる。その直後、彼の頭が後ろから強く叩かれた。

 

「ちょっとレグルス! 神様相手に失礼でしょ!」

 

 レグルスの頭を叩いて叱りつけたのは、小人族の女であった。亜麻色の長い髪に、青い瞳の美少女だ。小人族らしく背が低く、幼い顔立ちをしているが、服の上からでもしっかりと胸部の膨らみが分かる、女性らしい体型をしている。

 

「おいおい、いってーなジゼル……別にいいだろ、俺と神様の仲だぜ? あ、神様これお土産な。大陸から持ってきた酒」

 

 レグルスは、ジゼルと呼ばれた女を軽くあしらいながら、マナナンに近付くと酒の入った瓶を手渡してきた。

 

「有難くいただいておこう。それにしても、今回はまた大勢で来たものだな」

 

 見れば今回、レグルスはジゼルの他にも、多くの小人族を引き連れて来訪していた。彼が連れてきた小人族は総勢30名ほどで、船も前回の小舟ではなく、もっと立派な帆船に乗ってきていたようだ。

 

「ああ。俺の考えに同意してくれた仲間達さ。まだ数は少ないけど、俺が将来作る国の、大事な民だ!」

 

「そうか。彼らもこの島に滞在するのか?」

 

「ああ、そのつもりだけど構わないかな? 神様に迷惑はかけないようにするからさ」

 

「島の中心に近付かず、騒がしくし過ぎなければ構わん。好きにするといい。……ところで、あれはどうしたのだ?」

 

 浜辺に係留されている船のすぐ側には、全長15メートル程もある巨大なサメのような魔物が浮かんでいた。全身に切り傷が刻まれており、頭に剣が突き刺さっており動く気配は無い。どうやら既に死んでいるようだ。

 

「近くで俺達の船に襲いかかってきたから返り討ちにしてやったんだ。流石にデカ過ぎて一刀両断とはいかなかったけどな。ところで神様、あいつって食えるかな?」

 

「身は一応食えるが、丁寧な下処理が必要で、そのまま食すのには向かんだろう。しかしヒレは乾燥させると高級食材になるし、鋭く堅固な牙は貴重な武器の素材として重宝されている」

 

「そっか。それなら解体してみるよ。おーい皆、このデカブツを引き上げるから手伝ってくれ!」

 

 レグルスは他の小人族と共に、魔物の死体のほうへと走っていった。その背中を見送って、マナナンは呟いた。

 

「……海上でメガロドンを討伐し、あの様子では大した傷を負った様子も無いか。やはりレグルス……あの者は相当な強者のようだな」

 

 その言葉に、近くに居た小人族の女、ジゼルが相槌を打つ。

 

「レグルスは、昔から同族に対する仲間意識が強くて。私たち小人族は弱いから、そんな同族を護る為に、剣聖と呼ばれる人間に弟子入りをしたり、強い魔物がたくさん生息する地域を旅したりして、必死に腕を磨いてきたんです」

 

「そうか。仲間想いなのは知っていたが……奴がそこまでする程に、小人族の状況は良くないのか?」

 

「はい……。元々、小人族は身体が小さくて弱いので、旅の途中で魔物にやられて命を落とす者は少なくなかったのですが、故郷にある人間が作った大国が、人間以外の異種族に対する差別を強めるようになってからは、ますます生き辛くなりました」

 

 この時代、ルグニカ大陸はそのほぼ全土を、人間至上主義を掲げる超大国、神聖ルグニカ帝国に支配されつつあった。それによって小人族だけではなく、巨人族やエルフ、ダークエルフ、ドワーフ、鬼人族、龍人族……と、様々な亜人と呼ばれる種族は迫害され、殺されたり奴隷にされたりといった、過酷な目に遭っていた。

 そんな彼らにとっての冬の時代は、神聖ルグニカ帝国が滅びるまで長らく続く事になるのだった。そして、そんな巨大帝国が滅びた後も、人間達は複数の国に分かれて争う事を止めず。

 ルグニカ大陸に平和が訪れ、人間と異種族が手を取り合うのには、長い長い年月を経た果てに、一人の英雄が現れるのを待つ必要があるのだった。

 

「だから、レグルスは新天地に、私達が安心して暮らせる国を作ろうとしてるんです。あんまり、無茶はしてほしくないんですけど」

 

 心配と親愛が入り混じった目で、ジゼルはレグルスを見つめていた。人の感情の機微に疎いマナナンにも、彼の事を大切に思っているのだという事は確信できた。

 

 

 それから、小人族は浜辺に小さな港を作り、そこを拠点にして新天地を探す為の航海へと出発していった。

 一月か、二月ほど旅をした後に戻ってきては、レグルスは旅先で見つけた珍しい物を土産として渡しながら、マナナンに旅の話をするのだった。

 

「……とまあ、そんな訳で今回は南のほうに行ってみたんだけどさ。大陸は見つからなかったけど、小さい島は幾つかあったぜ。その内のひとつに拠点を作ってきたから、次はそこを中継してもっと遠くまで行ってみるつもりなんだ。あ、ところでこの木の実はその島で見つけた物なんだけどさ、めちゃくちゃ硬くて食えたもんじゃないんだけど、中に詰まってる汁が甘くて美味いんだよ。神様も飲んでみようぜ」

 

「ふっ……そうか。それは楽しみだな」

 

 そんな日々が何年も続いた。レグルスの新天地探しは難航していたが、少しずつ遠くまで航海する事が可能になっていき、また故郷のルグニカ大陸からはレグルスを慕う者や、故郷で行き場所を無くした小人族が何人も付いてくるようになって、彼が率いる集団はより大規模になっていった。

 

 そしてある日、レグルスが率いる小人族の船団は、遂にエリュシオン島より遥か南方にある大陸へと辿り着いたのだった。

 彼らが辿り着いたのは、海沿いにある小さな漁村であった。そこはこれよりずっと未来に、グランディーノという都市になる場所でもあった。

 

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