蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

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第125話 小さな王の物語(5)※

 魔神将ウェパルとの戦いは、三日三晩の間続いた。

 マナナンとレグルスはとうに限界を超えながらも、力を合わせて果敢に戦った。

 そして、四日目の未明……遂に彼らは、魔神将ウェパルを討伐したのであった。

 

 しかし、その代償は大きかった。

 最後の最後に、いよいよ追い詰められたウェパルが放った最後の攻撃『腐敗の波動(コラプション・ウェイブ)』。肉体を腐敗させ、魂を堕落させ、尊厳を破壊する最悪の攻撃が、マナナンを襲った。

 既にいつ死んでもおかしくない状態だったマナナンに、それを防ぐ術は無かった。しかし……

 

「やらせるかぁーっ!」

 

 レグルスがマナナンを庇い、フラガラッハの力を限界を超えて引き出し、魔神将が放った最大最強にして最悪の攻撃を、ウェパル本人に向かって跳ね返したのだった。

 

「フラガラッハ、これが最後だ! 俺に力を!」

 

「ば、馬鹿なああああ! 私の、私の身体が腐敗していく!? 嘘だ……私の、私の美しい顔が! 認めん……認められるか、こんな、こんな終わり……がっ、ぎゃああああああああああああっ!」

 

 ぐずぐずとその身を腐らせながら、力尽きたウェパルが海へと沈んでいく。

 

「おのれ……赦さぬ、赦さぬぞ……! レグルス……! レグルスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

 

 怨嗟の声を上げながら、ウェパルは海底に消えた。

 そして、後に残されたのは……

 

「レグルス! おい、しっかりしろ! レグルス!」

 

 力尽きて倒れたレグルスと、その小さな体を抱き上げるマナナンの二人であった。

 

「へへっ……どうよ神様……。魔神将をぶちのめしてやったぜ。しかも、あいつにとって最高に屈辱的な方法でな……」

 

「ああ……ああ! 見事だったぞ! 本当によくやってくれた! だからもう喋るな、すぐに治療を……」

 

「いいんだ……。神様も分かってるだろう……? もう……無理だって……」

 

「…………ッ!」

 

 レグルスの命の灯は、もう消える寸前であった。激戦の中で積み重なったダメージによって、既に何度も死んでいてもおかしくなかったのを、気力だけで持ち堪えていたのだ。

 しかし、最後に人の身の丈を超える奇跡を起こした事、そして戦いが終わった事で、これまでの反動が一気に彼に襲い掛かったのだった。

 

「お別れだ……神様。神様と一緒に過ごした日々は……楽しかったよ。俺の宝物だ……」

 

「馬鹿者が……! 俺の事など放っておけばよかったのだ! 家族や同胞が帰りを待っているのだろう! 国を作るという夢も、まだ果たし終えていないだろうが!」

 

「ああ……そう、だな……。それだけは……無念だ……。俺達の国を……帰る場所を、あいつらに……作ってやりたかった……なぁ……」

 

「くっ……!」

 

 死にゆく友を腕に抱き、マナナンは最後の力を振り絞って立ち上がり、レグルスの小さな体を掲げ、そして張り裂けんばかりに声を上げた。

 

「聞け! 大海を司る神々よ! 精霊よ! この海に住まうあらゆる生命よ! 大海と航海の神、マナナン=マク=リールの名において、ここに宣言する!」

 

「神様……?」

 

「我が持つエリュシオン島と、この大海原の支配権を、全てこのレグルスに与える! この者こそが大海の王であり、大海は全てレグルスの王国、彼の領地である! これは我が全てを懸けた誓いにして、最後の命令である! 何者であろうと逆らう事は許さぬ!」

 

 マナナンが告げると、海が黄金に光り輝き、まるで彼を祝福するかのように、優しい光がレグルスを包んだのだった。

 

「すまぬ。今の俺にはこれくらいしか、お前にしてやれない……」

 

 涙を流しながら言うマナナンに、レグルスはゆっくりと首を横に振った。

 

「十分さ……俺には、過ぎたくらいのご褒美だ……。死ぬ前に、夢が叶えてくれて……ありがとう、神様……」

 

 最後にそう言って……レグルスは静かに、息を引き取った。

 

「さらばだ、友よ……。案ずるな、俺もまた、海へと還る……」

 

 そしてマナナンもまた、とうに限界を超えており、存在を維持する事が出来なくなっていた。

 夜が明け、朝日が昇るのと同時に、彼の命も尽きようとしていた。

 

「美しいな……」

 

 暁に染まる水平線を見つめながら、マナナンの身体がだんだんと透明になっていく。存在自体が、この世界から消えようとしているのだ。

 やがて、マナナンの姿が完全に消滅すると、彼に抱えられていたレグルスの遺体は、海の底へと沈んでいったのだった。

 

 

 ……そして、数年後。

 未来において、グランディーノと呼ばれる地。そこにある小さな村には、小人族の女が暮らしていた。

 彼女の名はジゼル。かつて夫であるレグルスと共に、遠い場所からここまで旅をしてきた。

 数年前に起きた大規模な災厄によって、多くの仲間を失っていた事で悲しみにくれていた彼女は、残された同胞や、生まれたばかりの息子を護る為に、悲しみを堪えながら必死に立ち上がった。

 そして今は、この小さな村で子供を育てながら、夫の帰りをずっと待っている。

 

「お母さん! こっちこっちー!」

 

「こら、待ちなさい。よそ見をしていると転んじゃうわよ」

 

 幼い息子は、父親に似た黒い髪の、元気いっぱいの腕白小僧だ。今日も力いっぱい、砂浜を駆け回る彼を追いかけていると、

 

「あっ! 何か光ったぞ!」

 

 息子が何かを見つけたようで、急いで波打ち際まで駆けていく。それを追っていくと、やがて何かを拾ったらしい息子が、満面の笑みを浮かべてこちらに振り返った。

 その腕に抱えられていた物を見たジゼルの目が、大きく見開かれた。

 

「お母さーん! 何か凄そうな剣があったよ!」

 

 息子が抱えていたのは、かつてその父親……レグルスが大事にしていた、神様に貰った剣であった。

 息子が自慢げに差し出してきた剣を受け取った時、ジゼルはレグルスの身に何が起きたのかを知った。

 

「おかえりなさい……レグルス」

 

 フラガラッハを抱きしめながら、ジゼルは静かに涙を流すのだった。

 

 

 

 そして時は戻り、現代。

 レグルスの人生を追体験したアルティリア達の意識が、現在へと戻ってきた。

 アルティリアに、アレックスとニーナ、海神騎士団のメンバー、そして小人族たち……全員が同じ記憶を共有していた。

 小人族たちが全員、滂沱の涙を流しているのは言うまでもなく、海神騎士団のメンバーも貰い泣きしている者が大勢いる。

 

「初代様……」

 

 そして聖剣フラガラッハの継承者であるルーシーも、聖剣を抱きしめながら涙を流している。その姿は、かつてのジゼルの姿によく似ていた。

 その肩を、アルティリアが優しく叩く。

 

「ルーシー、その剣と彼の想い、それを受け継ぐ覚悟はできたか」

 

「アルティリア様……はい! 私はレグルス様と先人達の想いを背負い、これからも戦い続けます! 我が神と共に!」

 

「よろしい。だが彼のように、私を庇って死ぬような真似は許さんからな。そんな事したら泣くぞ、私は。あと怒るぞ。怒りのあまり小人族の女の胸が未来永劫Aカップより上に成長しない呪いをかけるかもしれん」

 

「かしこまりました。アルティリア様や皆を護るし、私も死にません! どんな困難な戦いでも、必ず皆で生きて帰ると……この剣と、アルティリア様に誓います! ……あと、その呪いは絶対に止めてください。アルティリア様なら本当に出来そうで怖いです」

 

 こうして、小人族の騎士ルーシー=マーゼットは、聖剣の継承者となったのであった。

 

 

 

 ルーシーは『小さな王の聖剣(フラガラッハ・レグルス)』を手に入れた。

 メイン職業(クラス)・最上級職『聖騎士(パラディン)』 Lv1を取得した。

 EX職業(クラス)・『獅子心の騎士(ナイトオブライオンハート)』Lv1を取得した。


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