蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

129 / 174
第127話 大海の覇者の追憶※

 小人族の冒険者、うみきんぐとしてALOにログインしたマナナンは、その名に相応しく全てのプレイヤーの中で真っ先に船を造って、海へと漕ぎ出した。彼のように海洋コンテンツをメインに活動する、通称海洋民と呼ばれる者達と交流しながら、船を使って港から港へ交易品を運んで利益を上げる海上交易で資金を稼ぎながら、未知の島や航路を発見したり、海に生息する魔物や海賊を討伐して自らを鍛えたりと、充実した冒険の日々を過ごしていた。

 

 そんなある日の事だった。港町で交易品を購入し、出航する準備を整えていたうみきんぐは、港にいた海洋民のプレイヤーに話しかけられた。

 

「ようキング、儲かってるかい?」

 

「ボチボチといったところだな。そっちはどうだ?」

 

「こっちは大赤字だよ。運悪く、交易品を運んでる時にバルバロッサの野郎に襲われてよぉ。積荷は奪われるわ、船は中破して修理代が嵩むわで散々だわ」

 

 バルバロッサは、後にうみきんぐが結成するギルドの主要メンバーとなる赤毛の巨人族だが、この当時はまだ海賊プレイヤーとして活動していた時期である。他のプレイヤーやNPCの船を襲って積荷を略奪する、腕利きの悪名高い海賊として知られていた。

 

「あいつか……。また派手に暴れているようだな。個人的にあいつの事は嫌いではないが、あまりやり過ぎるようなら懲らしめてやる必要があるか」

 

「その時は声かけてくれよ! あの野郎、絶対倍返しにしてやる……!」

 

 バルバロッサにしてやられたそのプレイヤーは、復讐に燃えているようだ。

 

「ところで聞いたか? なんかキングが気に入りそうな、面白い新規が出たって噂になってるんだけど」

 

 その彼が話題を変えた。有望な新規プレイヤーの話題は、古参勢にとってはいつも興味深々の話題である。

 

「ほう? どんな奴なんだ?」

 

「それがな、大橋のメインシナリオを無視して、大河を泳いで渡ろうとしてるらしい。もう何日も、ログインしてる間ずーっと泳いで水泳スキル上げをしてるとか。今頃はもう、泳いで渡りきれるようになってるんじゃねえかな?」

 

「ほう、それは……どうやら見込みのある奴が現れたようだな。その手の馬鹿は好きだ」

 

「ああ。きっと立派な海洋民になるぞ」

 

 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる両者。彼らのように特定のコンテンツに特化した、王道から外れたプレイスタイルの者達は新人が現れると、熱烈歓迎して沼に沈めようとする習性を持つ。

 

「ちなみにエルフの女で、かなりキャラクリのセンスあるみたいで、かなりレベルの高い巨乳美少女だったぜ。キャラクリ&コスプレガチ勢も注目してるみたいだ」

 

「なるほど、なかなか有望そうな奴だ。興味深いな」

 

 うみきんぐはその新規プレイヤーに、強い興味を抱いた。

 

「まあ、そういう奴ならば誘われなくても、自然に海洋民になるんじゃないか? 近いうちに接触する事になるだろうよ」

 

「うむ、そうだな。その時を楽しみにしておくとしよう」

 

 そう結論付けて彼と別れ、うみきんぐは積荷を満載した船に乗って、港を出航した。そして複数の港を巡って交易を行ない、そして元の港に戻ろうと船を操っている時に、彼は先程話題に上がった新人……アルティリアと出会ったのだった。

 

 それ以降、海洋民となったアルティリアとは何かと一緒に行動する機会が増えた。元々ゲームに関する知識やセンスが優れていた事もあって、アルティリアはめきめきと頭角を現し、海洋民の中でも一目置かれる存在になっていった。

 

 その後はアルティリアや他の海洋民達と共にギルドを立ち上げた。ギルド名は、うみきんぐ自身を表す海の王(OceanLord)ではなく、海の道(OceanRoad)。大海原はどこまでも無限に続く道であり、我々はそんな果て無き道を旅する者達という意味を込めた。

 彼らを率いてバルバロッサ率いる海賊連合と、海洋民を二分する大海戦を繰り広げた。両軍合わせて数十隻の船が沈み、被害総額5億ゴールド超えの、ALOの歴史に残る大戦であった。その時の戦場の様子を映した動画は、永久保存版としてALOの公式ホームページに掲載されている。

 後に第一次ルグニカ海戦と呼ばれたその戦いは、うみきんぐ率いるOceanRoad連合が勝利。敗軍の将であるバルバロッサはギルドを解散し、うみきんぐの傘下に入った。

 

 それから、トップギルドの一角である『アブソリュート』が内紛により解散し、その引き金を引いたそのギルドのサブマスターにしてALO最強候補の一角、クロノが新たに仲間に加わり、ギルドOceanRoadは全盛期を迎えた。

 

 かつて己が治めた地であった、エリュシオン島。かの島がこのゲームにも必ず存在する筈だと信じて、大海の果てを目指したりもした。

 その際に、島を囲む嵐の結界を抜ける航路なら完全に頭に入ってるぜガハハと余裕をこいていたら物の見事に難破して、

 

「嵐の結界についてですが、答えを知っている方への対策の為に、あえて正解の航路を元ネタとは異なるように改変を加え、更に難易度を大幅に上方修正しております。

 ズルはいけませんよマナナン様、かつてこの結界を自力で超えた小さな王や旅人のように、己の知恵と力で乗り越えてみせる事を期待しております」

 

 というメッセージを運営チームから直々に送られ、そこまで言われたら己の意地にかけて成し遂げねばなるまいと挑戦を繰り返した。

 

 それから月日は流れ、やがてアルティリアは異世界へと旅立ち、うみきんぐはほんの僅かに残った、大海神マナナン=マク=リールとしての力を使って、陰ながら彼女を見守り、助けてきた。

 共に遊ぶ事が出来なくなったのは寂しいが、それでもかつて自身が旅立ったあの世界で戦う友を、できる限り支えてやりたいと思った。

 そんな中で、残る二人のサブマスター、バルバロッサとクロノもまた、それぞれの事情からログイン率がだんだんと減らすようになってきた。

 バルバロッサは妻子持ちの社会人であり、育ち盛りの子供達を抱え、新たに子供が産まれる事でリアルを優先せざるを得なくなった。

 クロノは、リアルの姿は女子高生であり、人間関係の問題によって、かつては不登校で引きこもりだった。深く傷ついて現実から逃避し、ゲームにのめり込む事で行き場のない思いを発散する日々を過ごしていたが、今では立派に立ち直って、遅れを取り戻そうと勉強に励んでおり、大学受験の為に努力している。

 二人ともそれぞれの人生に対して真剣に向き合っており、それ自体は歓迎すべき事であり、心から応援したいと思っている。

 しかし、やはり友と疎遠になるのは寂しさを感じるのも、また事実であった。

 

 そして、時は現在へと戻る。

 エリュシオン島の、いつもの定位置である大海を一望できる岬の先端にて、うみきんぐはゆっくりと、閉じていた瞳を開いた。

 これまでの己の生を振り返り、見つめ直した彼は、決意を固める。

 

「どんな物も、いずれは終わりを迎える日は来る。わかってはいたが、やはり寂しいものだな」

 

 うみきんぐが決断した事……それは、ギルドOceanRoadを解散するという事であった。

 前述した仲間達のログイン率低下の件も、全く無関係ではないが、最大の理由はそれとはまた別にあった。

 その理由とは、うみきんぐが少し前に気付いた、ある者の存在である。

 

 以前、アルティリアが海上にて討伐した亡霊船長を覚えているだろうか。

 倒された後に、海底へと沈んでいった亡霊船長は、諦め悪く再び復活する事を宣言して沈んでいったが、その後に何者かによって完全に滅びを迎え、魂だけになって冥王が支配する冥界へと下っていった時には、人が変わったかのようにすっかりと怯えきっていたという。

 そして、その後にその海域を調査に向かったグランディーノ海上警備隊の若き士官、クロード=ミュラー。彼はその調査の際に、何かとてつもなく強力で、邪悪な存在が放つ殺気を感じ取った。

 また、その付近に生息する魔物や海洋生物は軒並み姿を消しており、かの海域は生物が住まう事がない、死の領域と化していた。

 

 そして、その海域こそが……遥かな昔、マナナン=マク=リールとレグルスが、魔神将ウェパルと戦った場所だった。

 そして、先日クロードが感じ取った謎の存在が放つ殺気……それは、マナナンにとっては忘れえぬものであった。

 

 そう、その海底に潜む謎の存在の正体こそは、魔神将ウェパル。

 宿敵が生存を確信したからこそ、うみきんぐ……マナナン=マク=リールは、この世界で得た物を全て捨てて、再び自らが戦場に立つ事を決意したのだった。

 

 

 そして、海底。

 ばり、ぼり、ばり……と、暗く濁った水の中で、咀嚼音が響く。

 そこに潜むのは巨大な、腐敗した肉の塊であった。

 跳ね返された自らの呪詛によって、もはや原型を留めてはいないそれは、無数の触手を伸ばして手当たり次第にあらゆる物を捕食し、咀嚼する。腐敗し、欠損した自らの身体を補おうとするかのように。

 

「Regulus……Regulusuuuuuuuuuuuu!!」

 

 かつて魔神将ウェパルであった()()からは、既に理性や知能は失われている。残されているのは無限に続く苦痛と憎しみ。そして、その源となった者の名だけであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。