蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

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第141話 覚醒・炎の守護騎士※

 スカーレットが床に片膝を突く。既に体力・生命力は尽きており、精神力だけで必死に持ち堪えていたが、それにも限度がある。

 とっくに限界を超えていた彼の肉体は、二度目の死を迎えつつあった。

 

「フシュー……全くしつこい人ですねェ。ですがそれもここまでです。無駄な足掻き、ご苦労様!」

 

「まだだ……まだ終わらぬ……!」

 

 既に人の形を留めておらず、毒々しい紫色の有害体液を垂れ流す怪物と化した地獄の道化師666号が嘲笑する。スカーレットは崩れ落ちそうになる体を起き上がらせて、再び大剣を構えるが……その姿から普段の力強さは感じられず、押せば簡単に倒れそうなほどに頼りない。

 

「いいえ、もう終わりですよ」

 

 地獄の道化師666号がそう言った直後、スカーレットの背後の壁を突き破って、一匹の魔物がスカーレットに襲い掛かった。

 薄い紫色をした大型の鳥系モンスター『轟雷鳥(ローリング・サンダーバード)』だ。下位存在の雷鳥(サンダーバード)と同様に、致命的に低い防御力と、それを代償に手にした、極めて高い機動力と攻撃力を併せ持つ厄介な魔物である。

 万全な状態のスカーレットであれば、この程度の奇襲には容易に対処できたであろう。しかし現在の瀕死の彼は、それに気付くのが遅れた。

 自爆特攻めいた轟雷鳥の、紫電を纏った高速突撃を背後からまともに食らったスカーレットに、地獄の道化師666号が襲い掛かる。

 

「かかったな! 死ねぇーい!」

 

 鋭利な先端を持つ極太の触手が、鎧ごとスカーレットの腹部を貫通した。

 

「1対1の決闘だとでも思ったのかぁ、この甘ちゃんがぁ! 何をしようが勝ちゃあ良いんだよ!」

 

「ぐっ……ふ、不覚……!」

 

 致命傷を負ったスカーレットの意識が薄れていく。

 怨敵の嘲笑う耳障りな声を聞きながら、スカーレットの体から力が抜けていき……

 

 そして次の瞬間、気が付けばスカーレットは、周囲に何もない、真っ白な空間に立っていた。

 

「ここは……どこだ? 我は死んだのか……ならばここは死後の世界か……?」

 

 スカーレットが呟いた時だった。その問いに答えを返す者が現れた。

 

「ここは貴様の精神世界。生と死の狭間にある貴様の心が作り出した場所だ」

 

 その声がした瞬間、周りの景色が一面の白から、燃え盛る炎の海へと切り替わった。そして、スカーレットの目の前に、業火を纏った一頭の巨大な豹が姿を現した。

 

「あ、貴方は……フラウロス様!?」

 

 その豹はスカーレットの創造主である、魔神将フラウロスの化身(アバター)の一つだ。

 アルティリアと戦い、滅びた筈の創造主が目の前に現れた事に驚愕するスカーレットに対し、フラウロスは語りかける。

 

「我が本体は既に滅んでおる。今、貴様の前にいる我はその残滓。あの女神が我を斃した際にその身に吸収し、そして貴様を転生させた際に一部を分け与えた、魔神将フラウロスの力の断片に過ぎん」

 

 それが、目の前にいるフラウロスの正体であった。

 

「それにしても、全くなんというザマだ。我が眷属ながら、あの程度の者に負けるなど情けない。最後の不意討ちを防げなかった甘さもさる事ながら、その以前に貴様の戦い方は下手糞すぎて呆れ果てるわ。アルティリアが見ておったら、奴も笑ったであろうよ」

 

 突然出てきたと思ったら辛辣な駄目出しを始めるフラウロス。彼はスカーレットを罵倒しながら、何が悪かったのかを教授する。

 

「そもそも我や貴様の戦い方は、剛腕と圧倒的な火力で押す。何はなくとも渾身の力で押して、押して、押し倒すものだ。我はそれしか出来ぬし、我の眷属である貴様も当然そうだ。だというのに貴様は、相手がちょっと強くてそれが通じないと見るや、勝利を諦めて時間稼ぎに走り、技で受け流すような戦い方に変えたな? だがああいう戦い方はアルティリアや、あのロイドとかいう騎士だからこそ出来る物だ。所詮不器用なパワー馬鹿の貴様がやっても、不格好な劣化コピーにしかならん!」

 

 フラウロスの叱責に、スカーレットは項垂れて反省する。あの状況ではそうするしか無かったのは確かだが、それでも己のやり方を曲げて、付け焼き刃の戦法を採った時点で、僅かにあったかもしれない勝ちの目が消えたのは事実だ。

 

「なっとらん! 良いか、貴様は所詮、相手の攻撃を真正面から受けて、火力でブン殴り返すしか出来ない脳筋だという事を自覚せよ! ジャンケンで言えばグーしか出せんアホじゃ! そんな貴様がパーに勝つ為にやるべき事は、不格好なチョキの真似事をするのではなく、相手パーより百倍でかいグーを叩き付けて、問答無用で粉砕する事よ! 道理なんぞ力で押し退けろ!」

 

 清々しい程の脳筋理論を叩き付けてくるフラウロスに、目を白黒させるスカーレットだった。

 

「まあ良い、分かったら次はもっと上手くやれ……いや違うな。下手でいいから、もっと伸び伸びとパワフルにやれ」

 

「次……と言われましても、我はもう死ぬ筈では……」

 

「フン……我はあんな無様な戦いをした貴様なんぞ、さっさとくたばっちまえと思ったのだがな。どうやら、貴様を見捨てられなかった者もいたようなのでな。そら、貴様に客だぞ」

 

 フラウロスがそう言うと、その場にもう一人、別の人物が現れた。

 女だ。ただし、ただの人間の女性ではない。白い衣服を着て、頭にはヴェールを被った、黒い髪の乙女だ。人間離れした美貌だが、垂れ目で柔和そうな顔つきで、おっとりしている印象を受ける。また、胸はアルティリアに引けを取らないほど豊かであった。

 

「貴女は女神か?」

 

 スカーレットが訊ねると、彼女はこくりと頷いた。

 

「私は、炉の女神ウェスタ。死に瀕している貴方を助ける為に来ました」

 

 ウェスタは大海神(ネプチューン)冥王(プルート)ら六兄弟の長姉であり、炉や竈、そしてそこで燃える聖火を司る女神だ。苛烈な性格で武闘派な問題児だらけの弟妹達とは真逆で、穏やかで貞淑な女性であるため侮られがちだが、その力量は決して彼らに劣らぬ大神だ。

 

「何故、貴女は我を助けようと?」

 

 元は世界の敵である魔神将の眷属だった自身を、見知らぬ女神が助ける理由を尋ねる。

 

「そこの魔神将はああ言っていましたが、私は貴方の行ないに感銘を受けました。仲間の為に己が身を犠牲にして、強敵に立ち向かった貴方の高潔な精神は、決して恥じるものではありません」

 

 そう言ってウェスタが横にいるフラウロスにジト目を向けると、フラウロスは気に入らなさそうに、フン! と鼻を鳴らした。

 やはり女神と魔神将だけあって、相当に仲は悪そうだ。

 

「それと、貴方が仕える女神……アルティリアに対しては、弟達のように手助けをしたいと思っていたのですが、私の能力は彼女とはあまり相性が良くないので、どうしようかと悩んでいたのです。ですが今の貴方ならば、私の力を使いこなす事が出来ると思い、こうして声をかけたのですよ」

 

 そう言うと、ウェスタはスカーレットの前に手を差し出した。その広げた掌の上に、小さく暖かな炎が灯る。

 炉の女神の聖火。邪なものを退け、家庭を守護する聖なる炎が、スカーレットの身体に宿る。その炎は彼の身体を焼き、傷つける事はなく、むしろ優しく包み込むように癒していった。

 

「炎は敵を燃やし、破壊するだけのものではなく、夜の寒さから身を護り、闇を明るく照らして人を導くものであると、私は信じています。どうか貴方も、人々を守護し、夜明けを導く騎士として、これからも正道を歩んでください」

 

 ウェスタがそう告げると、続けてフラウロスが口を開いた。

 

「我は貴様が今後、どのような道を歩もうと興味は無い。もとより、我は既に滅び去った身ゆえ、貴様の未来に対して何かを言う権利などある筈もなし。だが、これだけは言っておく。……いつまでも、あのような三下相手に良いようにさせておくでないぞ。散々無礼(ナメ)た真似をされたのだ、さっさと戻ってブチ殺して来い!」

 

 そして、二人の姿がじょじょに薄れ、消え去っていく。

 それを見送りながら、スカーレットは拳を強く握りしめた。

 

「お二方の教え、この身と魂に、確かに刻み申した!」

 

 そして、彼の意識は現実世界へと戻る。

 次の瞬間、スカーレットの身体から放たれた炎が、地獄の道化師666号の身体を焼いた。

 

「ギャアアアアアアッ! な、なんだこの炎は!? なぜこのワタクシの完全な肉体が燃える!? い、いや違う! これは炎によるダメージではないっ! こ、これは浄化の力……光属性!」

 

 スカーレットを貫いていた触手が全て灰になり、しかも再生できない事に困惑しながらも、その原因をしっかりと分析する地獄の道化師666号。彼の視線の先では、真っ赤な炎に包まれたスカーレットの傷が、みるみるうちに癒えていくのが見えた。

 

「せ、聖なる炎だとぉ~っ!? 馬鹿な、何でキサマがそんなものを使えるんだ!?」

 

「答える必要はない。さあ、続きといこうか……」

 

 ゆらり、と立ち上がったスカーレットが、大剣を大上段に構える。

 

「チィッ、ちょっと新しい力を使えるようになったからといって図に乗るなよ! この圧倒的パゥワァーに太刀打ちできるものかよォーッ!」

 

 勝ち誇る地獄の道化師666号に対して、スカーレットは炎を纏ったまま、まるで火の玉そのものになったかのように、一直線に突っ込んでいった。

 両者が激突する。互いの力と意地を真正面からぶつけ合う、小細工なしの力勝負だ。

 単純なパワーだけなら、地獄の道化師666号のほうが圧倒的に上だ。だからこそスカーレットは力比べを避けていた。しかし……

 

「とにかく押す。ひたすら押す。何も考えずに渾身の力で押す……! 真っ直ぐ行って、相手の百倍でかいグーを叩き付けて、全力で押し潰す……ッ!」

 

「こっ、こいつ、どこにこんな力が……!?」

 

 ただし今のスカーレットは気迫が違う。それしかない、と決めて一切迷う事なく、己の持てる力全てを込めた全身全霊の突進は、地獄の道化師666号との力量差を覆すほどの突破力を秘めていた。

 そして、一切の雑念を切り捨てたスカーレットと違い、地獄の道化師666号は、そこで揺らいで、迷いが生じてしまった。そうなれば、当然のように押し負ける。

 

「押し切る……ッ!」

 

「ぬおおおおおっ……! 馬鹿なああああっ!」

 

 スカーレットの大剣を受け止めながら、ガリガリと足裏で床を削って地獄の道化師666号が後退する。そして遂に壁際まで追い詰められると、そのまま壁を突き破って城の外へと放り出された。

 

「これで……終わりだ!」

 

 スカーレットが炉の女神の聖火を大剣に宿し、一閃する。剣から放たれた聖火は、巨大な豹の姿をとって、地獄の道化師666号へと襲い掛かった。

 

「ウギャアアアアアアアアアアア~ッ!」

 

 聖なる炎による全力の一撃を受けて、地獄の道化師666号は完全に浄化され、この世から消え去ったのだった。

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