アルティリア達が目にした魔神将の復活から、少しだけ時を戻そう。
「クソッ! 次から次へと湧いてきやがって! どけ!」
そう叫びながら素早くクロスボウに矢を番え、即座に放ったのはジャンという名の青年だ。彼は羽飾りが付いた、幅広のつばがあって先が尖った緑色の帽子とローブを着用し、背中には楽器ケースを背負った吟遊詩人といった風貌の、明るい金髪と琥珀色の瞳を持つ男だ。ちなみにアルティリアは、心の中で彼の事をスナフキンと呼んでいる。
ジャンという名と吟遊詩人の立場は偽りであり、彼の本名はジュリアン=ド=ローランディアという。このローランド王国の第四王子だ。普段は吟遊詩人として各地をふらふらしながら、たまに王宮に帰ってきては旅先で見聞きした物事を父である国王や、王太子のセシル王子に報告していた。
そんな彼がいつものように旅から戻ったタイミングで、王宮を魔物の大軍が襲ってきたのだ。王子兼吟遊詩人とはいえ、ジャンも様々な土地を渡り歩いてきた熟練の旅人なので、戦いの心得はある。特にクロスボウの腕前に関しては一流といって差し支えないだろう。ろくに狙いも定めずに、装填した直後に放った矢がガーゴイルの眉間に突き刺さった事からも、それは明らかだろう。
しかし、そんな彼でも通路を塞ぐ大勢の魔物には苦戦を強いられていた。クロスボウは普通の弓に比べて、矢の装填に時間がかかり、その間は敵の攻撃に対して無防備になりやすい。一部のトチ狂った廃人のような例外を除けば、
戦況は明らかに不利だ。しかし、ジャンにはどうしてもこの先へと進まなければならない理由はある。なので後退するわけにはいかず、何とかこの通路に陣取る敵を突破しなければならないが、現実的な問題としてそれ以前に、自分の命が危ない状況だ。
八方塞がりの劣悪な状況に陥ったジャンであったが、しかし天は彼を見捨ててはいなかった。
避け損ねた
「確か、ジャン殿でしたか。何故貴方がここに居るのかは分かりませんが、どうにか間に合ったようですね」
そして彼女が右手に持った聖剣を一振りすると、ガーゴイルの石でできた堅い肉体が、まるで熱したバターのようにあっさりと両断された。
この小人族の女騎士こそ、聖剣フラガラッハの継承者にして小人族の王の遺志を継ぐ者。女神アルティリアに仕える聖騎士、ルーシー=マーゼットだ。
「『凍結拡散弾《フローズンブラスト》!』」
ルーシーがガーゴイルを斬り伏せるのと同時に、後方から別の者が魔法を放った。無数の小さな氷の弾丸が魔物の群れに降り注ぎ、氷漬けにする。そうして動きを封じられた魔物は、
「終わりです!
続けてその男が放った水属性の上級魔法によって発生した、渦巻く激流によって一網打尽にされたのだった。
それを放ったのは、法衣を着た柔和な顔立ちの金髪の青年。同じくアルティリアに仕える司祭、クリストフである。
「ジュリアン王子、ご無事ですか!」
「王子はよせと言ってるだろう。ちょっと膝に矢を受けただけだ、大した事はないさ」
ジャンは顔を顰めながら膝に刺さった矢を抜き、駆け寄ってきたクリストフにそう言った。
「いけません! アルティリア様によると、膝に矢を受けた事で再起不能になり、引退する事になった冒険者は多いと聞きます。すぐに治療するので大人しくしていて下さい」
クリストフが回復魔法を唱えると、ジャンが負った傷が癒えていく。それを横目で見ながら、ルーシーが呟いた。
「えっ、王子……とは?」
「「あっ」」
うっかり口を滑らせてしまった事を悟って、クリストフとジャンは二人揃って同じタイミングで、ルーシーから目を逸らした。
「どういう事ですかクリストフさん」
「あーっとお嬢さん、こいつを責めないでやってくれ。俺は普段は吟遊詩人に扮して旅をしてる身でね。身分がバレると色々と面倒な事になるんで口止めしてるんだ」
思わずクリストフを詰問しようとするルーシーを止めたのは、ジャンであった。
「……わかりました。今はそれで納得しておきましょう」
「助かるよ……っと、今はそんな事を言ってる場合じゃあなかった。クリストフ、それとルーシーさんも、手を貸してくれないか?」
いつになく真剣な顔で、ジャンが頼み込む。彼の言葉によると、彼の兄である第二王子サイラスが、謎の黒い鎧を着た騎士達に連れ去られた、との事だ。彼らは第二王子を連れて、この通路の先……城の地下へと向かったそうだ。ジャンは急いでそれを追い、兄を救出しようとしたが、魔物達に行く手を阻まれていた。
彼が口にした黒い鎧を着た騎士というのは、レオニダスやロイドが交戦した闇黒騎士……魔道に堕ちてこの国を、ひいては人間を裏切った近衛騎士達で間違いないだろう。
「私達は一度、サイラス王子の執務室へと向かったのですが、不在だったのはそのような理由からでしたか……。それにしても、王宮の地下ですか……。重罪人を捕らえている地下牢があると聞いた事がありますが……彼らはそんな場所で一体何を?」
「わかりません。しかし、どうせろくでもない事でしょう。急ぐ必要がありそうですね」
クリストフが疑問を浮かべるが、ルーシーはそれを考えるよりも先を急ぐべきだと促した。その言葉にもっともだと頷き、三人は地下への道を進んだ。
道中で待ち受けていた魔物や闇黒騎士を倒しながら、彼らは長い階段を降りて地下牢へと降り立った。
「誰も居ない……いえ、おかしいです。看守や囚人すら一人も居ない!」
「こっちもだ! 牢は全てもぬけの空だ!」
クリストフとジャンが手分けして地下牢の中を探すも、辺りは静まり返っており、鼠一匹すら見つからない。しかし、彼らとは別の方向を探していたルーシーが何かを発見したようだ。
「こっちです! 鍵がかかっている扉がありました!」
「ナイスだ! だが鍵は!?」
「今は緊急事態なので、鍵を探している暇はありません! 突破します!」
ルーシーが聖剣による開錠(物理)を行ない、扉を破る。その先には更に下へと続く階段があり、三人は更に地下深くへと足を踏み入れた。そうして辿り着いた先にあったものは、地面には魔法陣のような模様が描かれ、中央に祭壇が置かれた儀式場のような空間だった。