蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

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第34話 女神の休日 昼食編

「そろそろお昼にしましょう」

 

 よく遊んだところで、もうすぐ時刻が正午になろうとしている。こいつらも走り回って腹が減っただろうし、昼飯にするとしよう。

 

 俺は、道具袋から四本脚が付いた大型の、炭火焼き用のコンロを取り出した。当然、木炭や金網もバッチリ用意してある。

 それから、町で購入した肉や魚介類、野菜などの食材や、調味料を次々と取り出した。

 

「まずは切り分けます。少しお待ちなさい」

 

「アルティリア様、そのような事は我々が……」

 

「いいから見ていなさい。すぐに終わります」

 

 俺は水着の上からエプロンを着け、包丁を握ってまな板の前に立つ。そして各種食材を適切な大きさに、素早く切り分けていった。

 

「なんて素早い、目にも留まらぬ包丁捌き……! アルティリア様が作られた料理を食べた事はあるが、これほどの腕前とは……」

 

「いえロイド、驚くべき点はそこではありません。切られた食材をよく見なさい」

 

「ルーシー教官、それは一体……ハッ、まさか!?」

 

「そうです。あれほどの早さにもかかわらず、同じ食材は全て、均一な大きさに切り分けられています。恐るべき精密さです」

 

 ロイドとルーシーが後ろでなんかゴチャゴチャ話してて気が散るんだが。

 とにかく、具材の切り分けは完了した。

 

「これから作るのはバーベキューという野外料理です。作るとは言いましたが、何も難しい事はありません。ここにある具材の中から各々、好きな物を選び、鉄串に刺していきます」

 

 俺は見本を見せるために、まずは自分が一本作ってみる。

 牛肉、玉ねぎ、ピーマン、鶏肉、エビと適当に串に刺していった。

 

「選ぶ食材は何でも良いです。自分が食べたい物を、好きな組み合わせで作りなさい。それがこの料理の醍醐味です。そして出来上がったら、これを金網の上で焼きます」

 

 串に刺した具材を、炭火で燻しながら焼く。パチパチと音を立てて具材が焼け、香ばしい匂いが辺りに漂う。

 

「これで完成です。後は好きなように作って食べるといいでしょう。火傷には気をつけるように」

 

 俺がそう言って、出来たバーベキュー串を食べながら離れると、ロイド達は具材に群がっていった。

 彼らが選ぶ具材を見ても、それぞれ個性が出て面白い。

 各種バランス良く食べる物、野菜が多めの者、魚介類を好む者、ひたすら肉肉アンド肉で肉ばかり食う者と様々だ。

 

「ご飯も炊けてますからね。いっぱい食べなさい」

 

 貴重なお米を奮発して炊いた白米だ。

 ロイド達、こちらの大陸の人間にとっては馴染みの無い食材だったようだが、その美味さは既に食わせて教育済みである。

 しかし、そろそろ元々持ってた分の米の備蓄が切れそうなんだよな。

 ルグニカ大陸(むこう)では普通にNPCのショップで市販されていたし、この世界にもある筈なので入手できれば良いんだが。

 そんな風に考えていると、白米を見たルーシーがぽつりと呟いた。

 

「おや……お米ですか? 懐かしいですね。この国では初めて見ましたよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺はシュバババババッ! と一瞬でルーシーの元に駆け寄り、その小さな肩をガシッと掴んだ。

 

「ルーシー、聞きたい事があります」

 

 俺はルーシーに、こっちに米が存在するのかを聞き出した。

 彼女から聞いた話によれば、この国よりずっと南のほうにある、大陸の南東側に位置する別の国では主食として食べられているそうだ。

 南東か……このグランディーノの町が北東の端にある港町だし、船でぐるっと大陸の東側を通って行けば……いけるか?

 とにかく有益な情報を手に入れた。ちょっと勢いよく聞きすぎてビビらせてしまった事のお詫びも含めて、ルーシーには礼をせねばなるまい。

 

「アルティリア様、どちらへ!?」

 

「すぐに戻ります。気にせず食事を続けなさい」

 

 そう言い残して、俺は海に飛び込んだ。

 俺の全LAOプレイヤー中最高の水泳スキルのおかげで、常人の数十倍の速度で水中を泳ぐ事ができる。更にエルフという種族特有の優れた視力のおかげで、水中を時速250km以上の速度で高速移動しながら、目当ての物を見逃さずに探す事が可能だ。

 

「見つけたぞ」

 

 俺は海底で、特徴的な平べったい形をした貝を発見し、それをいくつか纏めて採集して陸に戻った。

 

「戻りました」

 

 俺が海から上がって顔を見せると、ロイド達は一斉にホッとした顔をした。ちょっと海に潜ってきただけなのに、心配性な連中だ。

 

「ルーシーが良い情報をくれて気分が良いので、皆にご褒美をあげましょう」

 

 俺は採ってきたホタテを水洗いして汚れを落とし、貝殻を二つに割ってホタテの身を外し、軽く下処理をした後に、再び貝殻の上に乗せた。

 そして貝の身が乗った貝殻を、丸ごとバーベキュー用の網に乗せる。

 

 単純な料理だが、これがまた美味いんだ。

 今の季節は丁度、夏まっ盛りだ。ホタテの貝柱が丸々と大きく育ち、甘味が強くなって美味しい時期だ。その旬の採れたてのホタテを炭火と網で焼き、バターと醤油を少しだけ加えて味付けする。

 これが美味くない筈があろうか。いや無い(反語)

 

「むむむ……! まさか、この貝がこれほど美味しいものだったとは……」

 

「ありがとうございます、教官!」

 

「しかし、あのように簡単な調理で、これほどの味が出せるとは……」

 

 それを食べた皆も感心しきりである。

 

「難しくて複雑ならば良いという物ではありません。旬の素材の味と、相性の良い調理法や調味料があれば、容易にこれほどの美味が生み出せるのが料理の面白いところです」

 

 俺がそう言ってやると、彼らは「おお……」と感嘆の声を上げた。

 

「なるほど……一見単純に見える事ほど、実は奥が深いということか……」

 

「流石はアルティリア様だ……また一つ世界の真理に近付けた気がする」

 

 何か深読みされている気がするが、まあいいだろう。

 俺も食事をしつつ、折角なので野外で食べられる簡単な料理をこいつらに教える事にした。

 

「これは焼き鳥。鶏肉とネギを串に刺して焼き、塩で味付けをする簡単な料理ですが、具材の大きさや串の打ち方、焼き加減に塩加減など、極めようとすればとても奥深い料理です」

 

「おお……炭火で燻された鶏肉の香ばしさが、なんとも素晴らしいです」

 

「これは……酒にもよく合いそうですなぁ」

 

「その通り、これは主に、麦酒のおつまみとして愛されてきた料理でもあります。ですが午後からも運動をするので、残念ながら今日はお酒はおあずけですよ。子供達も居ますからね」

 

「ううむ、それは残念ですな。仕方がないので今度、酒を飲む時にでも作ってみたいと思います」

 

「それは良い。その時は私も呼ぶように」

 

 ちなみにシェアの名目の下に焼き鳥を串から外して食おうとする輩が居るが、あれは俺からすれば言語道断である。

 これは別にマナーとかの話ではなく、俺が今作ったのもそうだが、焼き鳥は串に刺したまま美味しく食べられるように、具材の大きさや串の打ち方なんかを工夫しているのだ。しかし串から外してバラバラにしてしまうと、そういった美味しく食べるための工夫、ロジックが台無しになってしまうわけだ。

 人様の食い方にケチをつけたいわけではないが、目の前でそういう事をされるのが嫌だったので、日本人男性だった頃の俺は飲み会という物があまり好きではなく、誘われてもほとんど参加する事は無かった。心の狭い奴だと、笑いたければ好きに笑うがいい。

 しかし酒自体は好きだったので、自分でつまみを作って一人で酒を飲むのは日本に居た頃から時々やっていた。

 

「これはお握り。お米を握り固めて表面に塩で味付けをし、焼き海苔を巻いたものです。中に焼いた肉や魚の切身などの好きな具材を入れて、様々な味が楽しめます。お米が主食の地域では、携行食としても愛用されています」

 

「おお、なるほど……冒険に出る時に持っていくのにも良さそうですね!」

 

「うーむ、しかしアルティリア様のように、綺麗な三角形に作るのがなかなか難しいですな」

 

「つーかお前のお握り、なんかグニャグニャ歪んでないか?」

 

「なにぃ!? お前のほうこそ、サイズが異様にデカいじゃないか」

 

 次はお握りの作り方を教えた。気軽に作って素早く食べられるので、仕事で出かける時に弁当として持っていくのもいいだろう。

 ちなみに俺は具材の中では焼き鮭が一番好きだ。しかし梅干しやツナマヨも好きだし、明太子や唐揚げなんかも捨て難い。

 あと、焼きおにぎりとかも良いよな。表面をカリッと焼いて醤油とか味噌を塗ったやつ。丁度ここにバーベキュー用の網があるし作ってみるか。

 

 そんな感じに騎士達と子供達に料理を教えながら食事を取り、お腹いっぱいになったところで海を眺め、波音を聞きながら一休みして、片付けを済ませたところで……

 

「では、午後からは海で泳いでみましょうか」

 

 俺はそう提案した。

 やっぱり俺の信者なら、泳ぎくらいは出来ないといかんでしょ。

 しかし今日は休日の為、本格的な泳ぎのトレーニングではなく、あくまで遊びとして軽く泳ぎを教えてやろうと思った。

 あ、子供達は俺と一緒に浅いところで遊ぼうな。


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