蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

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第36話 女神の休日 熱血指導編

 見事、最後尾からのごぼう抜きをかまして一着でゴールしたリンに、優勝のご褒美は何がいいかと聞いたところ、彼女はこう答えた。

 

「さっきの、魔力で水を操って速く泳ぐ方法のような、色んな魔法の使い方をもっと教えて欲しいです! まだまだ魔法について、知らない事がいっぱいある事が実感できました!」

 

 向上心があって大変結構だ。

 ならば、魔法を使った様々なテクニックについて、リンに伝授していこうと思ったが、それをする為には彼女には、色々と不足している物がある。

 まずは、それを身につけさせる必要があるな。

 

「いいでしょう。ですがその前にリン、貴女にはある技術を習得して貰います。それを身につける事ができれば、魔法の扱いももっと上手くなるでしょう」

 

「……! はい、ぜひお願いします!」

 

 俺の言葉に、リンは目を輝かせて大きく頷いた。

 

「では、杖を構えなさい」

 

 そう言いながら、俺も道具袋から愛用の槍を取り出して装備する。俺の槍は杖のような魔法の触媒も兼ねており、神器なので生半可な杖よりも遥かに魔法攻撃力が高い逸品だ。

 

「まずは、魔法で泡を作って浮かべるのです」

 

 俺は魔力で水を操り、中に空気を含んだ、直径20cm程の薄い水の球体を作って、それを自分の頭の上あたりに浮かべた。

 俺がそうしたのを見て、リンも少し手間取りながらも同じようにする。それを見届けた俺は、リンから10m程度の距離を取った。

 

「では、互いに礼を。決闘の前にはお辞儀をするのです。格式ある儀式は守らねばなりません」

 

「は、はい! ……って、決闘!?」

 

 俺が優雅にお辞儀をするのを見て、リンも慌てて頭を下げるが、その途中で俺が口にした決闘という単語に気付き、大層驚いた様子だ。

 

「おっと、ルールの説明がまだでしたね。今から行なうのは『水泡決闘(バブル・デュエル)』。先ほど作って浮かべた、この水の泡……ほんの少しの衝撃で割れてしまいそうなこの泡を、先に割ってしまった方が負けになります。互いに移動や物理攻撃は禁止で、魔法を使って自分の泡を破壊から守りつつ、相手の泡を割るゲームです。ああ、それとプレイヤーへの直接攻撃も禁止としましょうか。あくまで攻撃対象は泡のみとなります」

 

「わ、わかりました……!」

 

「先手は譲りましょう。いつでも来なさい」

 

 俺は自然体で槍を構えて、リンの出方を伺う。

 リンは杖を俺へと向けると、呪文を詠唱し……杖の先から、十数発の水弾(アクア・バレット)を、俺の泡に向かって連続で放ってきた。

 

「甘い」

 

 俺は水弾を一発だけ放ち、リンが放った水弾を纏めて吹き飛ばし、相殺した。

 リンには悪いが、発射速度・威力共に今のリンでは俺の足元にも及ばない。正面からの攻撃は、幾ら撃とうが余裕で相殺可能だ。

 しかしリンも当然、その程度は想定済みだろう。その間にも側面や上空から、次々と水の弾丸が俺の泡に向かって襲いかかる。

 

「狙いはまあ悪くないですが、こうされたらどうしますか?」

 

 俺は泡の外側に、追加で水の防護壁を生成した。こうして全周を覆ってしまえば、どこから攻撃が来ようと同じ事だ。

 

「だったら……『氷塊撃(アイスブロック)』! これでっ!」

 

 なるほど、氷の塊をぶつけて、防壁ごと泡を叩き割ろうという算段か。ならば受けて立とう。俺は防壁に魔力を集中させ、リンが放った氷塊を受け止める。

 

「貫けぇーっ!」

 

 リンが氷塊に魔力を込めて、強引に突破を図る。

 威力は悪くない……が、攻撃に意識を集中し過ぎて、視野狭窄に陥っているのはいただけないな。

 

「そろそろ私も攻めさせてもらいましょうか」

 

「えっ……わわっ!?」

 

 俺は防御をしながら、同時に水弾を数発、連続でリンの泡に向かって放った。リンは慌てて泡を動かして、俺が放った水弾を回避させるが……案の定、攻撃に意識を割き過ぎたせいで反応が遅れたな。俺の反撃を想定していたなら、もっと素早く適切な反応が出来ていた筈だ。

 

「まだまだ行きますよ!」

 

 そして俺が更に連続で攻撃すると、もう防戦一方になり、俺の泡を攻撃していた氷塊は力を失って砕け散ってしまっていた。

 そして防御に専念する事で、何とか泡を守る事は出来ているものの、やはりそれだけに集中しすぎていて、周りが見えていない。なので……

 

「はい、これで終わりです」

 

「あっ……!」

 

 俺が空高く放っていた一つの小さな水弾が、リンの頭上にゆっくりと落ちてきて、彼女の泡に命中して叩き割った。

 それを見届けた俺は構えを解き、敗北に落ち込むリンへと近付き、彼女に話しかけた。

 

「さて……リン、貴女の敗因や足りていない物が分かりましたか?」

 

「うっ……攻撃に集中しすぎて、防御の事を考えていませんでした。それでアルティリア様の反撃に対して、碌に対応できなかったです」

 

「そうですね。他には?」

 

「他には……正面からの攻撃を避けるのに精一杯で、上空からの攻撃に気付く事が出来ませんでした。もっと注意深く観察していれば、気付く事ができたと思います」

 

「その通り。今挙げた敗因はどちらも、一つの事に集中するあまり、その他の事が疎かになってしまった事で起こりました。貴女に足りない物はそれです」

 

 リンは高い魔力と集中力を持ち、後方からの魔法攻撃に専念させれば、今でも十分な戦力になるだろう。

 しかし強敵との戦いは、ただ強力な魔法をぶっぱするだけで勝てる程甘くない。敵のターゲットにならないようにしたり、範囲攻撃に巻き込まれないようにする立ち回りや、大技の妨害や味方の援護、残りMPやCT(クールタイム)の管理、ヘイトコントロール、強化効果(バフ)弱体効果(デバフ)の時間管理、そしてそれらを踏まえて、状況に応じて適切な魔法を選択する判断力が求められる。

 ただ考え無しに攻撃魔法を連発するだけで務まるほど、魔法使いは甘くない。賢く繊細な立ち回りが出来てこその一級廃人だ。

 

 ……まあ、中には出てきてソッコーで超級魔法ぶっぱ→死亡上等なスタイルで火力と詠唱速度だけを追求しまくった結果、(ある意味)最強の魔法使いとして君臨したスーサイド・ディアボロスとかいうクソ馬鹿も居るが、あれは例外中の例外だ。

 俺あいつマジで苦手なんだよな……画面に出たと思ったらほぼ無詠唱で超級魔法ぶっ放して来るから防ぎようがないし。まあ向こうも反動で勝手に死ぬんだけど。

 

 とにかく、まともな魔法使いとして大成したいなら、もっと周りをよく見て、冷静に的確な判断が出来るようになりましょう、という事だ。

 

「集中力が強いのは貴女の長所ではありますが、同時に隙も大きくなります。もっと視野を広く持ち、同時に複数の事を考えられれば、貴女はもっと強くなれるでしょう。このゲームはそういった能力を鍛える訓練になると思うので、時間がある時に他の者ともやっておきなさい」

 

「はいっ! ご指導ありがとうございました!」

 

「我々にとっても大変勉強になりました! アルティリア様、ありがとうございます!」

 

 リンに続いて、ロイド達も一斉に頭を下げてきた。

 ううむ、思わず指導に力が入ってしまったが、休日だというのに結局訓練みたいになってしまったぞ。

 ここは軌道修正をするとしよう。

 

「さて、たくさん泳いで疲れたでしょう。後はのんびりと釣りでもしましょうか」

 

 俺は事前に用意していた、全員分の釣り具一式を道具袋から取り出した。

 そして皆で岩場に移動し、魚を釣った後は、各自、自分が釣った魚を調理して夕飯にした。

 海賊をやっていたロイド達や、旅慣れているルーシーは魚釣りや野外調理もそれなりに経験があるようだったが、リンやクリストフは釣りをするのも初めてだったようで、最初はなかなか苦戦していたが、やがてコツを掴んだようで……

 

「いやあ、魚を釣ったのは初めてですが、これは達成感がありますね」

 

 そう言って笑うクリストフが抱えているのは……1メートル程の大きさの魚だ。これは石垣鯛(イシガキダイ)だな。黒い斑模様が特徴的なので一目で分かる。

 刺身にしても良いし、煮ても焼いても蒸しても美味い。

 初めてでこれとは、こいつ神官よりも漁師のほうが才能あるんじゃなかろうか。

 

 子供達にも釣りや、魚の料理の仕方を教えた。初めて自分で釣った魚を焼いて、上手く出来た子供達の嬉しそうな顔を見ていると、俺も自然に笑顔になるってもんだ。

 

 あと、貯まった信仰ポイントを使って『生活強化:釣り+』の加護を習得しておいたので、今後も釣りを楽しんでほしいところだ。

 

 その後は片付けをして、砂浜を綺麗にした後に、子供達を一人ずつ家に送り届けた。子供達の親からはやたらと頭を下げられたが、こちらこそ大事なお子さんを遅くまで付き合わせてしまい恐縮である。今度改めて、お土産を持ってご挨拶に向かおうと思う。

 

 そして、俺達も神殿へと戻ってきた。もうすぐ日が完全に沈む時間帯だ。

 

「休日はどうでしたか?」

 

 俺はロイドの隣に並び、そう問いかけた。ロイドは俺より背が頭一つ分高いので、見上げる形になった。

 

「楽しかったです。未知の遊びや、初めて食べた料理も素晴らしかったですが、あいつらとこうやって遊ぶなんて事は、今までありませんでしたから……うん、とても……良い休日でした」

 

「ならば良かったです。明日は忙しくなりますから、今日は早く休むように」

 

 そう告げて、俺はロイド達と別れて(神殿)に帰ろうとするが、その前にロイドがこう付け加えた。

 

「それと……アルティリア様とご一緒に遊ぶ事が出来て、なんだかアルティリア様を身近に感じる事が出来て、嬉しかったです。その、不敬かもしれませんが」

 

「ならば、いつでも気が向いた時に誘いに来なさい。それと、もう少し気安く接してくれても不敬だなどとは思わないので、あまり堅苦しく考えなくても良いですよ。それじゃ、おやすみなさい」

 

 そう言って手を振り、俺はロイド達と別れた。

 いや本当に、あまり丁寧にされても逆に疲れるっていうかね。もっと雑に、フランクに接してくれたほうが俺は嬉しいのよね。


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