蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

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第44話 当時ちょっと話題になった変人初心者エルフ

 アレックスから話を聞いて、俺は呆れていた。

 いや、あのアホは一体何をやってんだ一体……。神は俗世の事に関わるのを禁止されてるんじゃなかったのか。いや、あくまで自粛だったか?

 

 ああそうそう、気になっていたキングの正体だが、ネプチューンと同じで元々この世界に居た神の一柱だと、俺は睨んでいる。

 根拠は幾つかあるが、まずネプチューンと一緒に俺の精神世界に介入してきて力を与えたり、アレックスの夢に入り込んできたりと、LAOというゲームのアバターを通してこちらの世界に干渉してきているのは明白だ。

 明らかに普通のプレイヤーが持つ能力を超越しており、何らかの特異な能力を所有・行使している事は疑いようがない。

 この時点でまあ、ヤツが普通の人間じゃない事は確定だ。

 

 次の根拠だが、それは元々この世界に居たという神々の事だ。

 大昔に、神は地上から去った。そして今となっては、ごく一部を除いて神の名前や姿は、地上の人間達には伝わっていない。

 その神々だが……果たして彼らは、どこへ消えたのだろうか。

 LAOや過去に発売されたロストアルカディアシリーズに登場した天空神ジュピターや海神ネプチューン、冥王プルートといった神たちのように、天界や海底、冥界といった各々のテリトリーに引き篭って、訪ねて来た人間に試練と力を与えてくれる連中も居るが、かつて存在した神々の大部分は、影も形も、彼らが居たという痕跡すら見つからない。

 その理由について考えた時、俺は一つの仮説に思い至った。

 

 恐らく神々は、別の世界へと旅立ったのだ。

 それによって世界との繋がりが断たれた為、この世界の住人達は誰も、彼らの名前や姿を知らないのだろう。

 

 その根拠は他ならぬ俺自身だ。この俺自身が、かつて地球で日本人男性として過ごしていた自分自身の名前や姿、どういう人生を送ってきたかという記憶を、思い出す事が出来なくなっているからだ。

 鮮明に思い出す事が出来るのは、この世界に強く関係している……つまりLAOやロストアルカディアシリーズというゲームに関する事のみで、それ以外の事は記憶にもやがかかったように、断片的にしか思い出す事が出来ない。

 そして恐らく……いや、ほぼ確実に、地球側でも俺が居たという記憶や記録、痕跡は消えていると思われる。世界との繋がりが切れるというのは、そういう事なのだろう。

 今は仕方が無い事だと受け入れているが、最初にその事に気が付いた時はそれなりにショックを受けたものだ。

 今もクロノやバルバロッサ、ギルドメンバーにフレンド達も皆、俺の事をもう覚えていないのだと考えると、やはり心が痛む。

 しかしキングだけは俺の事をしっかり覚えており、そして接触してきたという事は、奴は今もこちらの世界との繋がりを、そして地球からLAOを通じてこちらに干渉する力を持っているという事に他ならない。

 

 では、そのような力を持つ存在とは何か……と考えた時、俺は奴の正体に思い至ったわけだ。

 キング……奴はかつてこの世界にいた神の一柱であり、この世界を去って地球に辿り着いた存在である……というのが俺の推理だ。それも地球に行ってなおこの世界にある程度干渉出来ている事から考えて、かなり位の高い神だと考えられる。

 ついでにロストアルカディアシリーズを作った奴も、間違いなくこの世界出身の神かそれに類する存在に違いない。開発スタッフの中にどれくらい紛れ込んでるかは分からんが、少なくとも中心には間違いなく居るはずだ。

 俺がLAOで使っていたアルティリアという人物(キャラクター)になって、この世界に来たのもそいつらの仕込みなのか、それとも奴らにとっても想定外の事態なのか……前者であるなら一体何の為にそんな事をしているのだろうか。また、俺以外にも地球からこっちの世界に来た奴は居るのか?

 そのような思考に没頭していると、ふと体を揺さぶられる感覚を覚えて、俺はふと我に返った。

 

「ははうえ、だいじょうぶか?」

 

「アルティリア様……お返事をなさらないので心配しました……」

 

 アレックスとルーシーが心配そうに俺を見上げており、周りを見れば他の神殿騎士達も集まって、こちらに注目していた。

 

「ああ……心配をかけてごめんなさい。少し考え事をしていました」

 

 ちょっと色々と考えを纏めていたら、周りが見えなくなっていたようだ。一人の時ならともかく、周りに人が居る時にやる事じゃなかったな。反省しよう。

 

「アレックスが言っていた、キングなる人物についてですか? アレックスは夢で会ったなどと言っていましたが……」

 

 俺の返答に、ルーシーがそう言及する。夢の件については、俺が思考に没頭している間にアレックスから聞いたのだろう。

 

「確かにそうですが、彼については私の友人なので心配には及びません。アレックスに接触してきた事に関しては、理由はよくわかりませんが……」

 

「アルティリア様のご友人……では、その方も神様なのですか!?」

 

 その質問に対しては、そうだともそうでないとも答えづらいので、俺は質問をはぐらかす意味も込めて、あの男の事をこの場に居る神殿騎士達に教えてやる事にした。

 

「では、その男について少し語るとしましょう。私が彼と出会ったのは、私がまだ未熟な、ただの旅人だった頃の事でした……」

 

 そう、俺が奴と出会ったのは、俺がまだ初心者プレイヤーだった頃だ。

 当時の俺は、ごく普通のエルフの精霊術師(エレメンタラー)だった。当時はキャラクリに使えるパーツが今よりだいぶ少なく、ゲームを始めたばかりで自由度も低かった為、今みたいなむちむちドスケベボディの絶世の美女という訳ではなく、普通にそこそこ胸がでかい美少女エルフといった感じの見た目だった。

 そんな俺は森の中にあるエルフの村を旅立ち、ルグニカ大陸の半分以上を占める大国、ルグニカ王国の首都である王都ミルディンを目指していた。

 キャラクターを作成し、ゲームを開始した際のスタート位置は種族によって異なり、各プレイヤーはそこから王都ミルディンを目指し、そこで合流する事になる。そこまでがチュートリアルで、王都に辿り着いてからが本格的なゲームのスタートになる訳なのだが……

 

 俺はその時、王都に辿り着く前に、道に迷った。

 普通に街道に沿って進めば問題なく王都に辿り着き、迷う要素など無い筈なのだが、その道の途中で、あるクエストが発生した。

 道中には大河と、それを渡る為の巨大な橋があったのだが、どうやら橋の途中に魔物が居座っており、橋が渡れなくなっているとの事だった。

 そこでプレイヤーは往来を邪魔している魔物に挑み、それを打ち破るというクエストだったのだが、そこで突然、こんな考えが浮かんだ。

 

「あれ、この河泳いで渡ったらどうなるんだ?」

 

 LAOでは川や海を泳いで進む事ができ、生活スキルの中に水泳スキルがあり、それを鍛える事で泳ぐ速度が上昇する事は、ゲーム開始時に受ける事が出来るチュートリアルで教わって、既に知っていた。

 

「なら、どうとでもなるはずだ!」

 

 やってみせろよアルティー!

 俺は意を決して、大河に飛び込んだ。

 

 ……それから数日が経過し、俺はまだ河を泳いでいた。

 結論から言えば、初心者の水泳スキルや貧弱なスタミナでは、大河を渡りきる事は到底できなかった。

 水泳スキルが低い段階では、思うように進む事が出来ず、途中で力尽きて溺れて死に、セーブ位置に死に戻りする羽目になった。

 普通はそこで諦めてクエストを進めそうなものだが、俺は逆に意固地になって、どうあってもこの河を泳いで突破してやろうと無駄に闘志を燃やした。

 

 攻略wikiを調べたところ、水着系の服はその大半が水泳スキルにプラス補正がかかるという事で、俺が最初にやったのは近くの町に戻り、裁縫スキルを鍛えて水着を自作するところからだった。

 また、同じように水泳スキルに補正がかかるアクセサリを作る為に装飾細工スキルも集中して鍛えた。

 それによって手に入れた水泳装備は、今の俺からしたら鼻で笑うような低品質の品ではあるが、俺の原点であり思い出の品なので、今も捨てずに道具袋の中に仕舞っておいていたりする。

 そんな装備を手にした俺は、再び河へと戻り、ひたすら泳ぎ続けて水泳スキルを鍛える事にした。

 

 水着姿で延々と泳ぎ続けている俺を見て、何やってんのお前と話しかけてきたプレイヤーも結構居た。そいつらに泳いで河を渡ろうとしていると答えたら大いに笑われたが、一週間くらいログイン中にひたすら泳ぎ続けて水泳スキルを鍛え上げ、遂に河を渡り切った時には盛大に祝福してくれた。

 

 さて、無事に河を渡ったところで、次に俺がやったのは王都を目指す事ではなく、

 

「このまま泳いで行けるところまで行ってみるか」

 

 であった。

 俺は再び河へと飛び込み、そのまま下流に向かって適度に休憩を取りながら、ひたすら泳ぎ続け……やがて、終着点である河口へと辿り着いた。

 この先は海だ。視界一面が青に染まり、遥か彼方には水平線が広がっている。その光景に俺は魅せられた。

 

「行ってみるかぁ!」

 

 大海原を見てみれば、かなり遠くに島が見えた。

 まずはあの島を目指してみようかと、俺は波をかき分けて海を進んだ。

 それから数分後、俺は……

 

「ぎゃああああこっち来んなああああ! 待って速い速い!」

 

 数匹の人食い鮫に追いかけ回されていた。

 当時の俺は初心者の魔法職だった為、鮫に噛まれれば1~2発でお陀仏だ。しかもこの鮫がなかなかレベルの高いモンスターで、今の俺ならワンパンで倒せるが、当時の俺にとっては勝ち目がないレベルの強敵だった。

 河にはモンスターが居なかった為、まさかこんなのが居るとは思わなかった俺は必死に泳いで逃げるが、やがて追いつかれて噛まれそうになった、その時だった。

 

 ズドドド! ドゴンッ!

 轟音と共に、海が爆発した。

 俺を狙っていた鮫の群れが吹き飛ばされた後に、腹を見せて海面に浮かぶ。どうやら死んだようだ。

 

 何事かと思い周囲を見回せば、近くに一隻の船があった。

 船の側面には何門かの大砲が取り付けられており、砲門からは白い煙が上がっていた。先ほどの攻撃がこの船によるものだという事は疑いようがない。

 そして、船は俺の近くまでやって来てその動きを止め、やがて一人の男が甲板上から声をかけてきた。

 

「そこのエルフ、このあたりの海はアクティブモンスターが居て危ないぞ! 陸まで送ってやるから乗りなぁ!」

 

 それが長く続く、うみきんぐという男との腐れ縁の始まりだった。


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