蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

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第47話 危険な奴ほど味方に付けると頼もしい※

 今、グランディーノの町が熱い。

 そんな噂が王国全土のみならず、近隣の他国でも流れ始めていた。

 

「グランディーノ? どこにある町だったかな……」

 

「おいおい、商人のくせに知らんのか? この国の最北端にある港町だよ」

 

「思いっきり反対側じゃないか! で、その港町がどうしたって?」

 

 グランディーノから遠く離れた、ローランド王国の南側にある町でもそんな噂話をする者達が居るほどだ。酒場のテーブルで話をしているのは、若い商人達だった。

 

「なんでも女神様が降臨されたそうで、そのおかげで急速に発展を遂げているそうだぜ」

 

「ほほう。その女神様ってのは美人なのか?」

 

「どえらい美人で、しかも物凄くオッパイがでかいって聞いたぞ」

 

「道理でお前が食いつくわけだ。しかしわざわざ国の反対側まで拝みに行くのは、流石に無茶じゃないか?」

 

「いやいや、それだけが目当てって訳じゃないさ。さっきも言ったがグランディーノは短期間で大きく発展している。ならば当然、そこには物や人、そして金がどんどん流れ込んでいるという事だ」

 

「なるほど。儲け話の匂いがするな」

 

「俺はこの流れに乗ろうと思っている。お前はどうする?」

 

「愚問だな。行くしかあるまい」

 

 金の匂いを嗅ぎつければ即座に飛びつくのが商人という生き物だ。彼らは大急ぎで出立の準備を整えるべく、席を立った。

 

「だが気をつけろよ。商人は歓迎されているが、不正や禁制品の取り扱いに対しては相当厳しいって話だ。少し前にも自由都市同盟のデカい商会が、女神様に無礼を働いて潰されかけたらしいぞ」

 

 それはあのモグロフが所属していた、ミュロンド商会の事だ。かの商会は元々黒い噂が絶えず、商会というより半分マフィアのような団体だった。

 モグロフの逮捕と積荷が押収された事で、一部の血気盛んな若い衆は王国許すまじと報復を考えた。

 しかしアルティリアをはじめ領主やグランディーノ町長、商人組合、海上警備隊、海神騎士団といった個人・団体……のみならず、ローランド王国王室や法国の中央大神殿からも宣戦布告や破門状じみた抗議文が次々と届いた事で、彼らは震え上がった。

 これはまずいと、商会長自らが首を差し出す覚悟でアルティリアに対して謝罪と賠償を行ない、どうにか首の皮一枚で助かったが、ミュロンド商会はその力を大きく落とした。

 

親分(オヤジ)、ご無事でしたか!」

 

 その日、グランディーノに出向いてアルティリアに部下の不始末を謝罪してきた、恰幅の良い初老の男性が大勢の部下達に出迎えられていた。

 彼の名はダグラス=ミュロンド。ミュロンド商会を一代で作り、育て上げた裏社会の傑物だ。

 

「オウ、今帰ったぜ。許しちゃあ貰えたが、次にヤク持ち込んだら潰すってよ。あと奴隷は全員解放して、食い扶持を与えてやれってよ」

 

「そんな! どっちもうちのメインの商売(シノギ)じゃねえっすか!」

 

「仕方あるめえよ。例の女神様だがな、実際に会ってきたが……ありゃあ、とんでもねえぞ。うちで雇ってるゴロツキや傭兵共が束になっても、万に一つも勝ち目なんか無え。おまけに王国や神殿勢力がバックに付いてんだ。喧嘩したら骨も残らねえぞ」

 

 裏社会で何度も修羅場を潜ってきただけあって、ダグラス会長の人を見る目は確かだった。会長自ら謝罪に赴いたのは、誠意を見せる為だけではなく、彼自身の目でアルティリアを見極める為だった。

 

「汚れ仕事からは足を洗う。これからはクリーンな方法で再起を図るぞ」

 

 親分の鶴の一声に、逆らえる者は居なかった。

 

「わかりやした……しかし、そうなると当分は地道に商売するしかないですか……」

 

 落胆する部下達だったが、それに対してダグラス商会長はニヤリと笑った。

 

「それがそうでも無えのさ。この俺がタダで頭下げてきただけだと思ったか? ちゃんと次の商売の当ては考えてある」

 

 会長は謝罪に赴いた際に、アルティリア本人は勿論、彼女に近しい人間から町民に至るまで様々な人物と会話や聞き込み調査を行なった。

 彼が知りたかったのはただ一点、女神が何を欲しているかという事だった。

 

「南だ。オウカ帝国に米や食材を仕入れに行くぞ。それと向こうの農民を雇って、移住して貰う必要もある。農地用の土地も大量に用意しなければな」

 

 オウカ帝国は大陸の南側にある大国で、中華風の文化を持つ国だ。かの国の主食は米であり、大陸北部に米食文化は根付いていない為、米を仕入れたければオウカ帝国に行くしかない。

 そして女神が一番欲しいと思っているのは、米を中心とした食材だ。会長はそう当たりを付けていた。

 グランディーノに滞在中、その食文化の発展っぷりを見て大層驚かされたのだが、取材の結果、米や一部の食材の量が十分ではないらしく、その調達手段を探している事が判明したのだ。

 

「米や南方の農作物を輸入・生産して、グランディーノに卸す。俺達はこれで再起を図るぞ……!」

 

 こうしてミュロンド商会はオウカ帝国から米や種籾の他、様々な作物やその種を輸入し、また多額の報酬を支払って、かの国の農民を招聘した。

 元々奴隷としていた者達を奴隷の身分から解放した後は、新たに作った農地で農夫として雇い、農業に従事させた。同時に彼らが知る農業のノウハウを吸収し、技術として体系化する事に成功した。

 こうして彼らは大陸北部で、米や南方由来の農作物を生産する事に成功し、それを女神のお膝元であり、大陸屈指の食の都となったグランディーノに輸出する事で、女神とその関係者との関係を改善しつつ太いパイプを築き、再び大商会へと華麗に返り咲いたのであった。

 また、ダグラス商会長はそれと同時に農地の開拓や農業の発展にも力を尽くし、無法都市ダルティや自由都市同盟全体の食糧問題を解決して見せ、表社会でも大きな名声を手に入れるのだった。

 彼の商売のおかげで、まともに食べる事も出来ない貧民街(スラム)の住民達は、十分な食事を取る事が出来、また大規模な農園に雇われる事で、住む場所や仕事を得る事も出来た。感謝の言葉を口にする彼らに対し、ダグラス商会長はこう言った。

 

「俺ぁ女神様のおかげで悪事から足を洗い、生まれ変わったのよ。結果的にお前らに飯や仕事を与える事になったのも、元々は女神様に尽くす為のついでみてぇなモンだ。だから感謝するなら女神様に頼まぁ」

 

 それを聞いた者達は、なんと謙虚な! 信徒の鑑だ! と彼を称賛した。

 後の世に大陸北部の農業を大いに発展させ、食糧問題の解決と食文化の発展、そして貧民層の救済に力を尽くした聖人、(セント)ダグラスと呼ばれた男は、部下達にこう語った。

 

「タダで頭は下げねえ。どう転んでも勝てねえなら、逆に全身全霊で擦り寄って、一番して欲しい事をして差し上げればいいのさ。そうすりゃあ、こっちも美味い目を見れる」

 

 そんな彼に対しての、他者の反応を以下に紹介する。

 

「恩人ですね。あの人が俺達、貧民街のガキ共に農地を貸して、仕事をくれたおかげで、立派に食っていけるようになったんで、感謝しかないです」

(元ストリートチルドレン・現ミュロンド農園従業員・男性)

 

「高い年貢に苦しんで、いよいよ子供を身売りしなければ生きていけないくらいまで追い詰められていた私達を新天地に連れていってくれたあのお方のお陰で、家族が全員揃って健やかに暮らしていけます。新しい土地では農業の指導員として厚遇してくれて、夫や子供達も見違えるくらいに元気になりました。本当に素晴らしいお方です」

(元オウカ帝国の農民・現ミュロンド農園従業員・女性)

 

「劇物だな。危険だが、上手く扱えれば役に立つ。隙を見せずに、良い取引相手であり続ければ良い関係を築けるだろう」

(ローランド王国伯爵・領主・男性)

 

「米の輸入と生産で俺の悩みを解決してくれた凄い爺さん。今度、俺特製のカレーをご馳走するからうちに来いよ」

(海産ドスケベエルフ・女性)


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