蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

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第51話 上級魔法ぶっぱは健康に良い

 ブラノ=ホック将軍が名誉の負傷によって一階級特進するトラブルがあった事はさて置いて。

 グランディーノの町から見て西南西の方角に、レンハイムという町がある。

 ここら一帯を治める領主であるケッヘル伯爵が住んでいる町であり、伯爵領の中では最も大きく、栄えている都市だ。日本で言うなら県庁所在地といったところか。

 最近はグランディーノが急激に空前の発展を遂げている為、ナンバー1の座から陥落しつつあるが、それでも辺境基準で言えば大都市である事に違いはない。

 俺も数回、領主に会いに訪れた事がある。

 

 そのレンハイムの町から少し離れた南側には、大きな山がそびえ立っている。

 かつては頻繁に噴火を繰り返していた火山だったそうだが、ここ数百年間は目立った活動が無いようだ。

 

 冒険者達が調査した結果、その火山付近のエリアが異常な高温に包まれている事が判明した。

 必然的に、その近くにあるレンハイムの町も猛暑に襲われており、体調を崩す者が多く出ているようだ。

 その上、その火山付近に魔物の大群が集結しつつある事が報告されている。

 

 グランディーノ周辺でも続いている異様な暑さの原因は、ほぼ間違いなくそこにあると考えていいだろう。

 暑さで弱ったところに、大量の魔物に襲われては住民もたまったものではないだろう。仮にそれでレンハイムの町が魔物によって陥落させられるような事があれば、領内の政治や経済に深刻なダメージを負う事になる。

 よって俺達は住民の救助と、この異常な猛暑の原因究明・解決の為に、レンハイムの町へと向かう事になったのだった。

 

「では、行きましょう。私は空から先行します」

 

 俺は最上位水精霊(アーク・ウンディーネ)の一体を天馬形態に変化させ、それに騎乗した。

 海だと自分で泳ぐか『海渡り』の技能(アビリティ)を使って走ったほうが速いが、水が無い場所だと天馬形態の水精霊に乗って空を移動するのが一番速い。

 神殿騎士達はそれぞれ、自分の馬に乗って街道を走って移動する。手綱を握り、馬を走らせる騎士達を上空から見下ろしながら、俺は最上位水精霊に急ぐように指示した。

 

「なあ、もっとスピード出せないか?」

 

「申し訳ありません。アルティリア様が重いのでこれ以上は無理ですね」

 

 なんだとこの野郎。

 

「重くねぇよ! ……ないよな?」

 

 咄嗟に否定するが、ちょっと不安に駆られてそう聞いてみるが、

 

「いえ重いです。主に乳や尻が大きすぎるのが問題と思われますので、減らす事をお薦めします」

 

 と、即座に否定されてしまった。しかしこいつら本当に俺に対して遠慮とか無くなったな。

 あと、それを減らすなんてとんでもない。

 

「あと足も太いですし」

 

「太くねぇって!」

 

「いえ太いです」

 

 そりゃあ確かに太いか太くないかの二択で言うなら太いだろうが、人をまるでデブみたいに言うのはやめて貰いたい。

 乳や尻を限界まで盛るなら太ももも思いっきりむちむちにするべきだと思ったからそうしただけであって、お腹や腰回りはしっかり絞ってあるんだぞ。

 文句を言ってやろうと口を開こうとしたが、その前に後方から猛スピードで迫ってくる何者かの気配と飛行音に気付いたので、俺は後ろを振り返った。

 すると、そこには見覚えのあるドラゴンの姿があった。うちで飼っている、ニーナによってツナマヨと名付けられた飛竜だ。

 飛行するそのドラゴンの背中には、ニーナとアレックスが乗っていた。どうやら勝手に付いてきてしまったようだ。

 

「二人とも、これから行く所は危険な戦いになる可能性が高いから、帰って家で待っていなさい」

 

 俺は二人にそう告げるが、獣人の兄妹は二人揃って同じタイミングで、首をぶんぶんと横に振った。

 

「おれたちも行くぞ。領主には世話になってるし、カレンも心配だ」

 

「ニーナもママを手伝う」

 

 決心は固いようだ。ちなみにカレンというのは、領主の娘の名前だ。領主が俺を訪ねてくる時に、よく一緒にくっついて来ているのだが、歳が近い事もあってうちの子達や町の子供達と一緒に遊ばせていたら、すぐに仲良くなった。

 

「はぁ……わかった。ただし無理はするんじゃないぞ。自分達の身を守る事を第一に考えて、なるべく私から離れないように」

 

 幼いとはいえ二人共、ゴブリンとかの弱い魔物ならソロで薙ぎ倒せる程度の実力はあるのだが、それでも油断はできない。

 俺は念の為、二人と一匹に防御力強化を中心とした複数の支援魔法をかけた。これで仮に被弾したとしても、大抵の攻撃はシャットアウト出来るだろう。

 

「む、あれは……いかん、もう襲われているか……!」

 

 遠くにレンハイムの町が見えてきたのだが、同時に町の周辺で大規模な戦いが起こっている様子が伺えた。

 どうやら既に戦いが始まってしまっているようだが、幸いな事に開戦からそれほど時間は経っていないようだ。

 魔物と戦っている人間達は領主麾下の領邦軍や、レンハイムの町を拠点にしている傭兵・冒険者達が中心となって、町に攻め入ろうとする魔物を押し返している。

 

「数に押されるな、耐え切るのだ! ここで我らが持ち堪えれば、必ず援軍が来てくれる! それまで何としても生き延びよ!」

 

 街を囲む高い防壁の上に立ち、大声でそう叫び兵士達を鼓舞すると同時に自らも弓を取り、壁の上から眼下の魔物に向かって矢を射掛けているのは、他でもないこの町の主である領主ことケッヘル伯爵だった。

 

「領主様、危険です! お下がりください!」

 

「危険は承知の上! この一大事に、私だけが安全な場所で座して待つなど出来るものか! そんな事を言う暇があったら矢弾を持ってこい!」

 

 執事が静止するのも聞かず、領主は再び弓に矢を番えると、配下のゴブリン達の後ろで呪文を唱えて攻撃魔法を発動しようとしていた食人鬼の術師(オーガ・シャーマン)をヘッドショットで射殺していた。

 シャーマンは普通のオーガと比べると小柄で力や体力が低めだが、それでもオーガという種族なだけあって、人間よりもかなり大きく強靭な体を持つ。そんな敵を眉間への弱点攻撃とはいえ一発で倒すとは、なかなかやるじゃないか。

 指揮官の術師が倒れた事で、前衛のオーガやゴブリン達が浮き足立つ。それとは対照的に、人間達は総大将が活躍した事で盛り上がりを見せる。

 

「おおっ、領主様が目にもの見せたぞ! 我らも続くぞ!」

 

「おう野郎共、俺らの大将は物好きで、後ろに下がるのがお嫌だそうだ。仕方がねぇから、代わりに俺らがもっと前に出るぞ! 突撃、突撃!」

 

 総大将の奮戦っぷりに、軍人や傭兵達もハッスルしている。

 ……だが俺は彼らとは逆に、嫌な予感を覚えていた。このように士気が上がり、さあ反撃だと攻勢に出ようとする時ほど、足下を掬われやすいものだ。

 そして、そのように出鼻を挫かれた時のダメージは、無視できないほど大きい物になる。実際に体に受けるダメージ以上に、心理的な物がだ。

 

「ケェェェェッ!」

 

 ほら、やっぱりな。

 現れたのは、全身に燃え盛る炎を纏った、赤い鴉のような鳥型のモンスター『炎鴉《フレイム・クロウ》』だ。何十羽もの飛行型モンスターが、編隊を組んで高速飛行し、領主に向かって一直線に飛んでいく姿は壮観ですらあるが、同時に大きな脅威でもある。

 

「領主様、お逃げください!」

 

 兵士達が襲ってくる炎鴉を弓や銃で撃ち落とそうとするが、小型で高速で飛び回る上に数が多い為、落とせたのはほんの数体だけだ。勝てると思ったところへの強襲だったせいで、反応が遅れたのも痛い。

 確かあのモンスター、自分も反動ダメージを受ける代わりに威力が高い、自爆じみた体当たり技を使ってくる筈なので、このままでは領主がそれを受けて倒れる可能性が高いと言わざるをえない。そうなってしまえば総大将を失った兵士達の士気が大きく下がり、町の防衛が困難になる事は間違いない。

 

 まあそれも、俺が居なければという無意味な仮定の話だ。

 

「予想通り、そして既にそこは俺の射程内だ」

 

 騎乗している水精霊(天馬形態)を最大速度で移動させ、レンハイム上空へと辿り着いた俺は、無数の『水の弾丸(アクア・バレット)』を上空からバラ撒いて炎鴉どもを葬りながら、水精霊から飛び降りて城壁の上へとまっすぐに降下した。

 降下地点は領主のすぐ隣だ。忍者のように音もなく降り立つと、俺は手にしていた槍を無造作に一振りした。狙いは、死角からこっそりと領主に忍び寄って、彼を暗殺しようとしていたモンスターだ。

 その正体はレッドキャップという、その名の通りに赤い帽子を被ったゴブリンだった。普通のゴブリンよりも素早さを中心としたステータスが大幅に高く、隠れ身(ハイディング)背中刺し(バックスタブ)といった技を使う、ゴブリンの暗殺者だ。

 同格の相手にとっては脅威となり得る能力を持つ厄介なモンスターだが、こいつ程度のハイディングは俺の目には遠くからでもバレバレだ。よって、こうして始末させてもらったという訳だ。

 

「アルティリア様……! 助かりました、まさか敵が潜んでいたとは……」

 

「よく持ち堪えてくれました。ですが脇が甘いですよ伯爵。それに戦いはまだ終わっていません。まずは目の前の敵に集中するように」

 

「はっ、おっしゃる通りでございます」

 

 俺の言葉を聞いて気合を入れ直し、領主は大きく息を吸い込んで、

 

「皆の者、アルティリア様が来てくださったぞ! この戦い、もはや我らの勝利は必然である! しかしながら最後まで油断する事なく、一人も欠けずに生き残り、完全なる勝利を我らが女神に捧げるのだ!」

 

 領主の檄に、兵士達が鬨の声を上げて応えた。

 

「アルティリア様、お子様方が反対側の救援に向かうそうです。私も護衛として同行いたします」

 

 最上位水精霊から念話が入った。見上げれば兄妹を乗せたドラゴンと、天馬形態の最上位水精霊が街の北側に向かって飛んでいくのが見えた。

 

「助かる。二人が無茶をしないように気を付けてやってくれ」

 

 うちの最上位水精霊はレベル100超えてるし、あいつが居れば万が一にも子供達がやられるような事はないだろう。

 それは分かっているが心配なものは心配なので、眼下にウジャウジャとひしめいている雑魚の群れをさっさと片付けて迎えに行こうと思った。

 

「私が片付けます。全員、退きなさい!」

 

 城壁の上から兵士達に指示を出すと、彼らはすぐにそれに従って後退した。

 退いていく彼らを追撃しようとするモンスターも居たが、それらは城壁の上から領主率いる弓兵達が放った矢によって次々と討たれていった。

 上出来だ。これで兵士達と魔物の群れの間には十分な距離ができた為、彼らを巻き込む心配もないだろう。後は、敵軍のちょっと後ろの方を狙って撃つだけだ。

 

「さてモンスターの皆さん、レンハイムの町へようこそ。そしてさようなら」

 

 俺は敵軍の真上、上空80メートルくらいの位置に、直径10メートル程度の巨大な水球を生成し……それを、地面に向かって垂直に落下させた。

 

「『天より堕ちる水球(フォーリングスフィア)』!」

 

 言うなればそれは、水属性版の隕石落下(コメットフォール)のような魔法である。重力に従って落下した巨大水球は、地面に着弾すると同時に破裂し、大量の水を周囲に撒き散らしながら魔物の群れを飲み込んで……

 

「そして『天に還る水柱(ライジングピラー)』!」

 

 その水が、今度は巨大な水柱となって重力に逆らい、渦を巻いて螺旋を描きながら真上に向かい、ぐんぐん空へと昇っていく。周囲の魔物を渦に巻き込みながら。

 この『天に還る水柱』は、『天より堕ちる水球』の発動後にのみ使えるコンボ用の魔法だ。威力もさることながら、範囲引き寄せ&強制打ち上げ効果があるので、これで大量の敵を上空に打ち上げた後に対空技で更にコンボを繋げる事もできる。MP消費がちょっと多めな以外は非常に優秀な魔法だ。

 

 とりあえず、城壁のこちら側に来ていたモンスター達はこれで粗方片付いた。運よく巻き込まれずに済んだ奴らがまだ少し残ってはいるが、それは領主や兵士さん達に任せても大丈夫だろう。

 

 しかし普段は住民達のレベリングの為に、俺が手を出す事は殆ど無かったわけだが、たまにはこうやって自分で戦わないとな。

 練習相手にもならない雑魚の群れが相手なので物足りなくはあるが、そこそこ良い運動にはなった。


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