蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

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第59話 VSフラウロス

 超広範囲に爆炎を撒き散らす、回避不可能な火属性魔法が放たれた。俺は水属性の上級魔法を精霊と共に連続で放ち、それを相殺しようとした。

 ある程度軽減する事は出来たが、それでも打ち負けてダメージを負う。俺の火属性耐性は、普通の火属性攻撃なら完全に無効化できる程度には高い筈なのだが、それでも相当なダメージを受けたという事は、かなり強力な耐性貫通能力でも持っているのだろう。一定以上の力量を持つモンスターやプレイヤーならば持っていても全く不思議ではない為、想定の範囲内ではある。俺も水耐性貫通の技能は持ってるしな。

 想定外だったのは、奴が放つ攻撃の威力のほうだ。ただの範囲攻撃がこれ程の威力となれば、直撃は何としても避けなければならない。

 

 そう考えたところで、足下の地面が爆発した。

 恐らくは地面指定の範囲攻撃魔法という、種類としてはありふれた物だ。だがその威力は到底ありふれた物とは言い難い代物だった。

 その直撃を受けた俺は、栽培マンの自爆を食らったヤムチャのような恰好でブッ倒れた。即座に最上位水精霊(アーク・ウンディーネ)蘇生魔法(リザレクション)を使って俺を蘇生してくれたおかげで、体中がめちゃくちゃ痛いがどうにか立ち上がる事が出来た。

 

 そこに、フラウロスが燃え盛るぶっとい足で蹴りを放ってきた。足元に落ちている石ころでも蹴っ飛ばすかのような、無造作で洗練されているとは言い難い動きではあるが、全長数十メートルの巨人による蹴りは、その質量という一点だけでとんでもない脅威となる。

 俺は命中の瞬間に、槍で相手の攻撃を弾いて体勢を崩す、よく使っていた防御技『ランスパリィ』を使用して防御を試みた。

 タイミングはバッチリ、完全にジャストガードが決まった。

 LAOでは攻撃が命中する瞬間に防御技を出す事で、その効果を大幅に上げる事ができる。それがジャストガードだ。JGとかジャスガと略される事が多い。

 完全には防げなくても、流石にJG成功すれば一撃死は無いだろうと踏んだが、予想に反して全く効果は無く、俺はギャラクシアンエクスプロージョンを食らった青銅聖闘士のように、空高く吹っ飛ばされた。

 

 血を吐いて宙を舞いながら、俺は戦闘不能時にデスペナ無しで復活する課金アイテム『世界樹(ユグドラシル)(しずく)』を使って復活した。

 

「起き攻めにガー不(防御不可能)技とかやめろよ、犯罪だぞ……!」

 

 どうにか着地しながら、俺はそう悪態をついた。

 しかし、どうしたものか。勝ち目が無いのは覚悟の上だったが、この短時間で蘇生を二回も切らされたのは流石にきつい。

 ゲームならば初見なので、技の性質を把握する為の必要経費と割り切る事もできるのだが、再挑戦が出来ないリアルではそれも難しい。

 

「ええい、それでもやるしかねえ……! かかって来やがれデカブツがぁ!」

 

 さて……MMORPGをプレイした事のある人間にとっては、今更言うまでもない当たり前の事だが、レイドボスというのは一人で勝てるような存在ではない。

 何十人ものプレイヤーが束になって挑み、敵の攻撃目標になってボスの強力な攻撃を受け止める壁役(タンク)、そうやってダメージを受けた壁役のHPを回復させる回復役(ヒーラー)、自慢の攻撃力でボスの莫大なHPを削る攻撃役(ダメージディーラー)を基本とし、そこに味方の強化や敵の妨害をする支援役(バッファー/デバッファー)や、状況に応じて味方の穴を埋め、臨機応変に立ち回る万能選手(オールラウンダー)といった、様々な役割を持ったプレイヤーが一丸となって立ち向かい、初めて対等に戦う事が出来る。それがレイドボスだ。

 ましてやグランドシナリオのトリを飾るワールドレイドボス……魔神将ともなれば、サーバー全体の万を超えるプレイヤーが一致団結して立ち向かうような相手だ。魔神将を相手にする時だけは、普段は顔を合わせれば互いに無言で武器を抜くような、犬猿の仲のギルド同士ですら一時休戦し、共同戦線を張るくらいだ。

 

 そんな相手にソロで挑めばどうなるか。答えは火を見るよりも明らかだ。

 

 戦いが始まってから、結構な時間が経過した。

 日はすっかり沈んでしまったが、目の前に居るデカブツの巨体がメラメラと真っ赤に燃えているおかげで、視界は明るいままである。

 いったい何時間、戦い続けたのだろうか。こっちは全身ボロボロで疲労困憊だというのに、魔神将はまだまだ元気いっぱいな様子だ。俺は忌々しげに豹頭の巨人を見上げた。

 

 幾ら頑張っても、現実的な問題としてプレイヤー単体の火力では、レイドボスのHPを削りきるのは不可能である。ひたすら殴り続ければ、理論上はいつかは莫大なHPを0にする事は出来る筈だが、しかしその前にこちらの体力や魔力が尽きるのは確定的に明らかだ。仮にここに居るのが俺じゃなくて、クロノや他の戦闘ガチ勢な一級廃人でも同じ事だ。

 

 むしろ俺だからこそ、ここまで持ち堪えられていると言える。

 俺は基本的に火力は(一級廃人基準では)控えめな方で、防御力も高くない。そんな俺の取り柄といえば、まずは水中戦に特化した能力だ。魚以上の速度で水中を泳ぎ回って攪乱し、水上/水中専用の様々な技能を駆使する俺が水中で戦えば、大抵のプレイヤー相手に一方的に完封勝ちすることが出来る。

 水中でならクロノを相手にタイマンしても、5割は勝てるくらいだ。

 逆にあいつ何で水中で俺相手に五分の戦いが出来るんだ。おかしいだろ。

 

 話を戻して、もう一つの俺の得意な事というのが、相手の苛烈な攻めをのらりくらりと躱しながら、じわじわと削っていく戦い方だ。

 前述の通り、俺は純粋なダメージディーラー構成ではないので火力は控えめで、後衛寄りのため防御が薄い。そんな俺が勝つ為に身につけたのが、反射や打ち消し、ターゲット強制変更といった妨害系の技や魔法、無敵時間付きの移動技、自己強化や弱体化、DoT(毒や炎上のような、一定時間毎に徐々にダメージを与える効果)等を駆使した長期戦だ。

 そうやって敵の攻めをいなしつつ、動きのパターンや技の性質、癖などを把握して持久戦で徐々に有利を取っていくのが対人戦での俺の勝ちパターンである。今回もそのつもりで、長期戦の構えで戦いに臨んだ。

 序盤に何回か初見の技を食らって死にかけはしたが、一度見た技ならば次回以降は対処は可能だ。直撃を受ける事は減って、代わりにこちらが攻撃する機会が増え、少しずつ有利に戦えてきてはいるのだが……

 

「流石に、そろそろキツいか……いや、まだいけるぞ……!」

 

 俺のリソースは底を突きかけていた。

 桁外れの熱量を持つフラウロスは、近くにいるだけで凄まじい高熱によって、こちらのHPやスタミナが容赦なく削られる。俺が普段から体の周りに展開している水属性のバリアをもってしても、その影響を完全に抑える事は出来なかった。

 削られた体力を小まめに魔法で回復させてはいるが、そうすれば今度はMPの消費量が増大する。おまけに長時間の戦闘のせいで疲労が溜まっている。

 長期戦とはつまるところ、体力や生命力、魔力といったリソースの削り合いだ。その戦いで、それらの総量が圧倒的に少ない俺が勝てる可能性は万に一つも無かった。

 しかしそれでも、時間を稼ぐ事と、奴のリソースを削る事は出来る。後は俺が死ぬまでに、どこまで削れるかの勝負だ。

 それにしても、奴の攻撃が火属性で本当に助かった。仮に雷属性だったらとっくに敗北している。

 

「本当に大したやつだ。その小さな体で、よくもまあここまで我と戦えるものだ」

 

 フラウロスが俺を見下ろして、そう言った。その声には嘲りの色はなく、本当に感心しているような声色だ。

 

「格上相手の持久戦は得意なんだよ……PVPガチ勢なめんなよ」

 

 俺は疲労や痛みを押し隠し、不敵に笑ってそう答えた。

 てか誰が小さいだこの野郎。でっかいお乳が胸に二つも付いとるやろがい。

 

「貴様はよくやった。その力と技は実に見事なものだった。だが、もういいだろう」

 

 フラウロスがそう告げると、この俺ですら立っているのが辛くなるほどの、途轍もない重圧が巨人の内から放たれた。

 

「これから放つのは我が最大の攻撃。これは我にとっても、そう易々と使えるものではない故に、ここで使う予定はなかったが……」

 

 予定通りに引っ込めてくれていいんだが?

 

「貴様の強さへの敬意を込めて……そして、万が一にも生き残る事がないように、確実に抹殺する為に! ここで使う事に決めたぞ」

 

 恐らくは、ボスのHPが残り僅かになった時に使ってくる切り札的な技なのだろう。

 さて、どんな攻撃が来るかと身構えた瞬間だった。夜中だというのに、まるで真っ昼間のように周囲が明るくなった。

 何が起きたと上を向いてみれば、遥か上空には太陽と見間違えるような、煌々と輝く巨大な火の玉が浮かんでいた。

 ただし、フラウロスが生み出したであろうそれは『大火球(グレーター・ファイアボール)』や『隕石召喚(メテオ・ストライク)』、『地獄の業火(インフェルノ)』のような、プレイヤーが使える魔法による物とは大きさ、質量、熱量のどれもが桁違いである。

 

「これが貴様への手向けだ……受けるがいい! 『魔神の業火(インフェルノ・ディザスター)』!」

 

 炎の塊が降ってくる。

 あんな物が直撃すれば、俺が死ぬのは勿論の事、レンハイムの町を含めたここら一帯にある全ての物が一瞬で燃え尽き、草一本も生える事のない死の大地と化すだろう。

 いや……あれほどの大きさや、魔神将の奥の手だという事も考えれば、グランディーノあたりまで……どころか、この国が纏めて吹っ飛ばされたとしても何も不思議じゃない。遥か上空にある筈なのにも関わらず、とんでもない大きさな上に、あれが現れてから感じる熱さが酷いしな……。

 

 とりあえず、ダメ元で『魔法妨害(マジック・ジャマー)』や『指定変更(ミス・ディレクション)』あたりを使ってみるが、当然のように効果は無かった。

 

「打ち消しは無効、対象変更も無理……と来れば、どうにか相殺するしかない訳だが……」

 

 無理は承知の上で、やるしかない。あんな物を地上に落とさせるような真似を許す訳にはいかないのだから。

 ならば、俺が持つ最大の攻撃で迎え撃つしかない。

 

「これより放つは、我が友の奥義……!」

 

 俺は大地を踏みしめ、右拳を強く握りしめる。

 そして俺の残った魔力を全て注ぎ込み、俺の身を守る水の防壁も全て、攻撃の為に使う。それによって全身が高熱に晒され、容赦なく生命力が削られるが構わない。どっちにしろ、あれが着弾すれば死は確実だ。背に腹は代えられない。

 

「大海の覇者が拳、その目に刻め!」

 

 全身全霊を込めて、自分自身と周囲の大自然が持つ『(オーラ)』と『水』を拳に宿して放つ、キングが持つ最大にして一撃必殺の奥義。その名は……

 

「『海王拳』……!」

 

 この世界そのものである大自然が持つエネルギーは、個人のそれを遥かに上回っている。それを取り込む事で、人の限界を超えた威力の攻撃を放つ事のできるこの技の特性、それは……『溜め(チャージ)時間に比例して、どこまでも際限なく威力が上昇する』という、唯一無二のものだった。

 

「100倍だああああああッ!!」

 

 降ってくる火球を限界まで引きつけ、溜めに溜めた攻撃を……フラウロスの『魔神の業火』に比べても見劣りしない程の、巨大な水の氣弾を真正面からブチ当てた。


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