蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

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第6話 海上警備隊本部にて ※

 ローランド王国は、広大な大陸の北東部に位置する国家である。その最北端にある港町の名を、グランディーノという。

 大陸の北に広がるトゥーベ海域に面するグランディーノは古くから漁港・貿易港として栄え、ローランド王国の海の玄関口として、大きな存在感を誇っていた。

 そのような理由で王都から遠く離れた辺境の町ながらも、それなりに規模の大きい港町であり、グランディーノの港は今日も、漁船や貿易船で賑わっていた。

 大半はそのような一般の船だが、中には厚い装甲と大砲で武装した、大型の戦闘艦の姿も見える。それらは海の治安維持や港の防衛に努める、海上警備隊が所有するものだ。

 

 そんなグランディーノの港に、一隻の船が現れたのは、ある日の夕方の事だ。

 その船は海賊船だったが、海賊旗の代わりに白旗を掲げており、そして驚くべき事に、巨大な魔物の死体を牽引していた。

 

「そこの船、止まって下さい!貴方達と、その魔物について説明を求めます!」

 

 いち早くそれに気付いた、海上警備隊の船がその海賊船へと近付き、甲板上から警備隊の隊員であろう、鎧を着た銀髪の若い青年がそう声をかけた。

 

 魔物を牽引する海賊船の舵を握る、茶色い髪の屈強な男――ロイド=アストレアは、その指示に従って船を停止させると、警備隊の船に向かって敬礼をする。

 元軍人だけあって、ロイドの敬礼は堂に入った見事なものだった。

 

「海上警備隊の方々ですね?自分は代表のロイド=アストレアと申します!」

 

 ロイドに倣い、彼の部下の海賊達も、不格好ながら敬礼をする。それを見た青年以下、海上警備隊の隊員達は面食らいながらも、慌てて敬礼を返した。

 

「こちらは海上警備隊所属、一等海上警備士クロード=ミュラーであります!」

 

 青年の名乗りに、ロイドは驚愕した。彼の階級である一等海上警備士といえば、軍で言ったら大尉に相当する。

 まだ二十歳ほどの若さでその階級とは、よほど有能な男なのだろう。ロイドは気を引き締め直しながら口を開く。

 

「こちらの魔物について、説明をさせていただきます。見ての通り、こちらはクラーケンの死体です。今から四時間ほど前に、ラメク海域で遭遇したものです」

 

「はぁっ!?ラメク海域!?」

 

「馬鹿なっ、そんな近海にクラーケンの成体が!?」

 

 ロイドの説明を聞いた警備隊員達が、その異常事態に恐れ(おのの)く。

 ロイド達がクラーケンと遭遇したラメク海域は、この港町グランディーノが面するトゥーベ海域を超えた先にある場所だ。

 昼間にクラーケンや、それを倒した変なエルフもどきと遭遇したロイド達が、クラーケンを引っ張りながら夕方にはここに来る事が出来ている事を考えれば、そう離れていない事が分かるだろう。

 

「静かに!……失礼しました。それで、そのクラーケンは貴方達が討伐を?」

 

 そう訊ねながら、クロードはとても彼らがクラーケンを倒したようには思えなかった。彼らの乗る船や、装備している武器を見れば、クラーケンを倒せるような戦力を持っていない事は明らかだ。

 

「いえ、クラーケンを討伐したのは、我々ではなく別の御方です。その御方はすぐに立ち去られた為、我々が代わりに報告に参りました」

 

 ロイドの報告を聞き、クロードは驚きに目を見開いた。彼の口ぶりでは、クラーケンを討伐したのは個人であるかのようだったからだ。

 クラーケンの成体といえば、精鋭部隊が操る複数の戦闘艦が同時にかかって、ようやく討伐できるような相手だ。

 それを単体で撃破できるような人物が存在する?一体どのような……?

 疑問が次々と湧きあがるが、クロードは職務のために一旦それを振り払う。

 

「わかりました。詳しい話は後程聞かせていただきますが、まずは我々に続いて入港してください」

 

「承知いたしました」

 

 ロイドは警備隊の船に続いて入港し、船を停泊させた。そしてそのまま港のすぐそばにある、警備隊本部へと案内された。

 会議室と思われる、大きな円形のテーブルと、それを囲む椅子が置かれた部屋へと通され、しばらく待たされる。

 その間に部屋を見回すと、壁には周辺海域の地図や巡回の当番表のような書類が貼られているのが見えた。

 

(あまり部外者がじろじろと見るべきじゃないな)

 

 そこから目を逸らすと、別方向の壁には一本の槍が掛けられていた。

 その槍が見事な造りの業物だという事は見てとれるが、女神が持つ神器を見た後では、それもみすぼらしく見えた。

 

 そうして待っていると、複数の者達が部屋へと入ってきた。

 まず先頭が、背が高く体格の良い、赤い髪の中年男性だ。その後ろに先程の若き一等海上警備士のクロードと、更にもう一人、若い女性隊員が続く。

 

「お待たせして申し訳ない。海上警備隊副長、グレイグ=バーンスタインです」

 

 赤毛の男が敬礼をして、名乗りを上げる。

 だが名乗られるまでもなく、ロイドは彼の名を知っていた。

 

(『赤毛のグレイグ』、『海獣狩りのバーンスタイン』と呼ばれる、海洋モンスター狩りのスペシャリストにして海上警備隊のナンバー2!こいつぁ、凄ぇ大物が出てきやがったな……)

 

「先程はどうも。改めまして、一等海上警備士、クロード=ミュラーです」

「同じく一等海上警備士、アイリス=バーンスタインと申します」

 

 クレイグに続いて、後ろの若い二人も敬礼をしながら名乗る。

 女性の隊員、アイリスの名を聞き、ロイドは思わず驚きを口に出した。

 

「娘さんも警備隊にいらっしゃったのですね」

「ええ。あまり危険な事はして欲しくはなかったので反対したのですが、生憎と頑固で負けず嫌いな所は私に似てしまったようで」

 

 グレイグが苦笑を顔に浮かべながらそう言うと、アイリスは恥ずかしそうに俯いた。

 見れば彼女は、父親と同じ真っ赤な髪の持ち主だ。燃え盛る炎のような明るい髪が、腰のあたりまで伸びている。年齢はクロードと同じで二十歳程度の若さだが、彼と同じで高い地位に就いている。才能のほうも父親譲りという事なのだろう。

 

 それからグレイグはロイドに着席を促し、席に着いた彼らは本題に入る。

 

「それでは早速だが……あのクラーケンについて、詳しい話を聞かせていただけるかな」

 

「わかりました。我々がクラーケンと遭遇したのは本日の正午前頃、場所はラメク海域の西側で……」

 

 ロイドは順番に、その時起こった事について語り始めた。

 彼の話を聞き、グレイグ達海上警備隊の面々は驚きを隠せない様子だ。

 

「神だと……?そのアルティリアという女性は自分がそうだと?」

 

「……いいえ、はっきりとそう言ったわけでは。あの方が名乗ったのは、その名前のみでした。しかしながら流水を自在に操り、空を飛び、水面を歩き、重傷を負った者達を完治させ、半壊した船を一瞬で元通りに修復し、そしてクラーケンを瞬殺する。あれほどの奇跡を、人の身で起こせるとは到底思えません」

 

「むうっ……確かに……」

 

 グレイグは一流の戦士であり、魔法使いの知人や友人も何人か居るが、クラーケンの巨体を押し流すような水魔法の使い手など、今まで会った事がない。癒しの奇跡にしても同様だ。

 

「しかし仮に神だとして、神々は遥か昔に地上を去った筈……どうして今になって……?」

 

 クロードが当然の疑問を口にする。

 この世界では大昔の神話の時代に、神々は一柱残らず地上を去っており、今ではそれらの名が語り継がれるのみである。現在では神官が奇跡を行使したり、古代の遺跡からかつて存在していた神々の痕跡が発見される程度で、神の存在はすっかり遠い物になり果てていた。

 

「長い年月を経て、言い伝えが失われてしまった神も多くいると聞きます。その方もそうである可能性は……。神殿に行けば、何か分かるかもしれませんが」

 

 アイリスがそう提案すると、グレイグも頷き、

 

「そうだな……神の事に関しては、神官に聞けば分かる事があるかもしれん。今日はもう時間が遅いが、明日にでも行ってみるといいだろう」

 

「わかりました。そうします」

 

 話が纏まったところで、クロードがふと、疑問を口にした。

 

「ところでロイドさん、そのアルティリア様の特徴を教えていただけますか?」

 

 その質問を聞き、そういえば彼女の容姿については詳しく話していなかったな、とロイドは反省する。

 

「お?なんだクロード、その女神様が美人かどうかが気になるのか?」

 

 そこでグレイグがニヤリと笑って茶々を入れた。アイリスがむっとした表情でクロードを睨み、それにクロードが慌てて言い訳をする。

 

「ちょっ、違いますよ副長!何を言ってるんですか!僕はただ、偶然その方と会う可能性もあるので、どのような方なのか知っておいたほうが良いと思って……」

 

「ま、確かに一理あるな。どうだろうロイド君、よければ教えて貰えるかな」

 

「わかりました。では……アルティリア様は女性で、髪の色は水色で、長さはそちらのアイリスさんよりも、もう少し長かったです。瞳の色は濃い青で、身長は俺より少し低いくらいでしたね」

 

「なるほど。それくらいだと、女性にしてはかなり高いな」

 

「それから……耳が細長く、尖った形をしていました」

 

「ほほう……それは妖精(フェアリー)のような耳の形か?」

 

 グレイグが立ち上がり、部屋の隅にある本棚から魔物図鑑を取り出し、そのページを捲ると、やがて掌サイズの小さな妖精の絵と、それについての説明が書かれたページが開かれた。

 

「ああ、細かいところは違いますが、こんな感じでしたね。アルティリア様のは、もう少し細長かったです」

 

「そうか……ところで、顔はどうなのだ?美人だったか?」

 

 グレイグが下世話な表情を浮かべて、ロイドににじり寄る。ロイドは警備隊副長の意外に気さくで俗っぽい所に妙な親近感を感じてしまい、苦笑を浮かべて言う。

 

「そりゃあもう、今まで見た事が無いくらいの美形でしたよ。あれこそまさに天上の美!しかも……」

 

「しかも?」

 

「ものすっごい巨乳でした」

 

「何と!どれくらいの巨乳だ?うちの娘くらいか?」

 

「いやいや、アイリス殿もなかなかご立派ですが、もっととんでもない乳でした。大体これくらいで……」

 

「おお……なんという事だ。これは疑いようもなく女神様に違いない」

 

 ロイドは、部下と酒を飲みながら下ネタを話す時のようなノリで、グレイグと盛り上がった。

 だが、そこに冷え切った視線を向ける者がいた。アイリスである。

 

「父上。今の話は母上にご報告します」

 

「なっ……!?ま、待ってくれアイリス!これは違うんだ!」

 

「何が違うというのですか、父上の変態!」

 

 そんな父娘の心温まるコミュニケーション(笑)の横で、クロードがロイドに話しかける。その顔は、火が出るように真っ赤に染まっていた。

 

「あの、ロイドさん。女性の……その、胸の話をそのように口にするのは、あまり良くないと思うのですが……」

 

 この青年ちょっと純情(ピュア)すぎやしないだろうか。ロイドは内心吹き出しそうになりながら、それを必死に堪えた。

 

 ロイドは、彼らの事がいっぺんに好きになった。

 いずれ、クロードを際どい服を着た綺麗な姉ちゃん達が居る酒場にでも連れて行ってやろうと考える。

 あの女神に会う前に、少しは女体に慣れさせたほうが彼にとっても良いだろうし、我ながら悪くない考えだと、ロイドは思った。


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