蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

60 / 174
第60話 最終決戦中なのに突っ込み所満載

 大地を踏みしめる両足と、突き出した右拳に全ての力を込める。

 魔力は全て注ぎ込んでカラッケツだ。この攻撃を最後に、俺は倒れるだろう。

 この勝負に勝つにしろ、負けるにしろフラウロスを倒す事は出来ない。なので最終的に負けて、死ぬ事は確定しているのだが……そんな事は今更言うまでもない事であり、とっくに覚悟は出来ている。

 

「だったらせめて、最後に一泡吹かせてやらあッッ!!」

 

 残った命も全て注ぎ込む勢いで、俺は右拳から放った水の氣弾に全身全霊の力を込めて、天から落ちてくる、まるで太陽のような炎の塊を押し返した。

 あんな物が地上に落ちれば、全てが終わる。この地は二度と人が生きられなくなる地獄と化すだろう。

 そんな事を許す訳にはいかない。奥歯が砕けるくらいに強く噛みしめ、俺は拳を突き上げた。

 

「消え去れぇぇぇぇぇっ!」

 

 そして長い拮抗の末に、遂に俺はフラウロスが放った最強の火属性魔法『魔神の業火(インフェルノ・ディザスター)』を……完全に消滅させたのだった。

 

 それと同時に、俺の体が遂に限界を迎えた。足に力が入らず、立っているのも困難な状態だ。咄嗟に地面に突き立てていた槍の柄を掴み、体を支えるが……正直それすらキツい。

 できれば今すぐに地面に体を投げ出したいところだが、残念ながらそういう訳にもいかない。

 最期の瞬間がそれじゃあ恰好つかないからな。最後まで意地を張り通して、ファイティングポーズを取ったままでくたばってやる。

 俺は槍を引き抜き、構えながらフラウロスを見上げ、睨みつけた。こちらを見下ろすフラウロスと、視線がかち合う。

 

「………………素晴らしい」

 

 フラウロスが、感嘆の声を上げた。その声色は、一切の偽りなく本気で俺を称賛している物だった。

 

「なんという力強さ、なんという魂の輝き! 感服したぞ、女神アルティリアよ……。強き事は美しいッ! 強き事は素晴らしいッッ! 貴様の強さに我は猛烈に感動しているぞ!!」

 

 フラウロスが大袈裟に俺を褒めちぎる。

 ああ……そうか、こいつはアレか。力こそ正義、強さが全てという価値観の持ち主なんだな。

 だからこそ弱かったり敗北したりすれば部下でも容赦なく切り捨て、強さを認めれば敵でも惜しみない賞賛を浴びせるのだろう。

 そう理解した次の瞬間に、俺はフラウロスが吐いた台詞に度肝を抜かれた。

 

「アルティリアよ、我が妻となれ! 我は貴様が欲しい!」

 

 【悲報】異世界転移して女になったらクソ強いレイドボスにプロポーズされた件

 

 思わずそんなスレッドを立てたくなる程の衝撃であった。あの、俺今まさに死ぬ覚悟してたところなんで、そういう事するの止めてもらっていいですかね。

 

「あのさぁ……ついさっきまで殺し合いしてた相手にそんな事言われて、はいって言う奴が居ると思うか? お前は人類やこの世界の敵で、私はそれを護ろうとしてんの。相容れる訳ないだろうが」

 

「ならばこの世界に手を出すのは止めよう! そうすれば妻になるのだな!?」

 

 なんか変な事言い出したぞこいつ。

 ……いや、しかし待てよ。これはもしかしてチャンス到来というやつではないだろうか。

 こいつの嫁になるのは論外だが、馬鹿の一つ覚えみたいに人類抹殺! 世界滅亡! と好き勝手に暴れまくりの殺しまくりな魔神将が、あろうことかこの世界に手を出すのを止めると譲歩するつもりになった。これは大きいぞ。

 負け確の状況で死を覚悟していたが、上手いこと言いくるめれば切り抜ける事が出来るのでは?

 ……と、そう考えたのは良いのだが、どこを落としどころにした物か。正直、体力も魔力も底を突いているせいで頭が上手く回らない。

 

 目を閉じて、さてどうしたものかと頭を悩ませていると、突然周りの空気が変わった感覚を覚えた。

 肌を焼くような熱さが消えてなくなり、爽やかな潮風や波の音が、俺の嗅覚や聴覚を刺激する。

 まさかと思って目を開くと、そこにはかつて見慣れた風景と、よく見知った人物の姿があった。

 

「何か用か、キング」

 

 俺の目の前に立っていたのは、赤い外套を身に着けた黒い髪の小人族の男……うみきんぐだった。周囲の地形はエリュシオン島のものに間違いない。

 

「うむ。困っているようなので少し助言をと思ってな」

 

「……そりゃあ有難い事だが、助けに来るならもうちょっと早く来てくれても良かったんじゃないか?」

 

「すまんな。しかしこちらの世界からLAOを通してでは、お前達の精神に干渉する程度がやっとでな。俺もかつての力の大部分を失っているし、直接手助けする事は出来ないのだよ」

 

 そう言ってキングは自嘲気味に笑った。

 

「なので俺に出来たのは人間達の精神に語りかけて危機を伝え、安全な逃走ルートや危険そうな場所を教えて避難をさせ、絶望しそうになっている者達をキング演説で励ましてやったくらいだ。無力な俺を許してくれ」

 

 いや大助かりだわ。サンキューキング、フォーエバーキング。

 

「というわけで住民達が全員無事に、ひとまず安全な場所まで避難したのを確認した俺は、熱烈なキングコールを送る人間達に惜しまれながら別れを告げて、お前に必勝の策を授けようと精神に干渉しようとしたのだが、何やら妙な事態になっていたので出るタイミングを見失いかけた」

 

「それは何かすまん。だがあれは俺にとっても予想外なんだわ。それで必勝の策というのはいったい?」

 

「うむ……ではそろそろ本題に入ろう。しかしその前に、お前に一つ言っておく事がある」

 

 キングは右手の人差し指で、俺をビシッ! と指差した。

 

「アルティリア、お前は戦い方を間違えている!」

 

「何……? どういう意味だ、キング!?」

 

「わからんのか。お前があの魔神将を相手にした戦い方は、冒険者(プレイヤー)としての戦い方だ。それはLAOプレイヤーとしてのお前の記憶と、アルティリアという女の肉体に深く馴染んだものではある……が、そのやり方で、単独で魔神将に勝つ事が不可能であるという事は、お前にも分かっている筈!」

 

「うっ、それは……その通りだが……」

 

「強力無比なボスモンスターを相手に、プレイヤーが単独で勝利する事は不可能! お前は勿論、俺にも、クロノやあるてま、兎先輩のようなバグキャラじみた頭のおかしい一級廃人共にも出来ん! かつてこの世界で魔神将を倒した勇者達(原作主人公)ですら、仲間と大勢の人々の助けがあってこそ、それを成し遂げる事が出来たのだ」

 

「分かっているさ、そんな事は! だったらどうすれば良かったって言うんだ!」

 

「ええい、まだわからんのか。そもそも冒険者(プレイヤー)として戦うなと言っておるのだ! アルティリア、お前は何者だ!?」

 

「何者か……だと? それは……」

 

 キングの問いに、思考を巡らせる。

 己はいったい何者か。

 

 俺は……元日本人の男で、LAOというゲームにドハマりしていたプレイヤーで、アルティリアというキャラクターを使っていた。

 独特すぎる構築(ビルド)容姿(キャラデザ)のせいで、LAOプレイヤーの間ではちょっとした有名人で『海産ドスケベエルフ』『水棲エルフモドキ』『LAO最強(ただし水中戦に限る)』『エルフと人魚族(マーメイド)の区別がついてない馬鹿』『頭のおかしい巨乳』等の様々な異名で呼ばれていた。

 そして数ヶ月前に、LAOをプレイ中に突然、愛用しているキャラクターのアルティリアの身体でこちらの世界にやってきた。

 それからすぐにロイド達に出会って、彼らを助けたら何故か女神と勘違いされたと思えば、本当に女神とやらになってしまい、そのままなし崩し的に女神として彼らを導く事になった。

 

 そこまで思い返したところで、俺はようやくキングが何を言いたいか理解した。

 

「ようやく理解したようだな。そうだ、お前は最早プレイヤーではなく、一柱の神である。そして、神には神の戦い方がある」

 

「いや、しかしだなキング……俺だって女神として色々やってはいたんだぜ? 住民達に加護や知識を与えて、戦闘力や文明レベルを底上げする事で、将来起こるであろう戦いに備えてたんだ。……まあ結局、俺の想定以上に敵の動きが早かったせいで、まったく間に合わなかったけどさ……」

 

 正直、俺の計画はかなり長期的な目標に基づいた物であり、これからようやく本格的に稼働するところだったのだ。

 しかし魔神将とその配下達は、俺がこっちに来るよりもずっと前から計画を練っていたようで、俺が来た時には既に最終局面が近付いていた。

 俺の登場により、ある程度奴等の企みを妨害する事は出来たようだが……俺の立てた戦略は、そもそも前提から間違っていたようだ。

 俺達には、そもそも時間が足りなさ過ぎたのだ。必要だったのは早急な対策だった。

 しかし、仮にそうだと分かっていたとしても、果たして有効な手が打てただろうか? あの時点ですぐに魔神将に対抗できる戦力を早急に用意する事など、不可能だと判断した為、俺は長期的な戦略を立てたのだから……

 俺が思考の堂々巡りに陥っていると……

 

「馬鹿、頭固いんだよお前は。もっと柔らかくなれ、このおっぱいのように」

 

 キングがそう言って、俺の乳を指で突いてきた。

 反射的に右ストレートで顔面を思いっきり殴り飛ばしたが、俺の拳にはまるで空振りでもしたかのように、何の手応えも感じられなかった。

 そして俺に殴られた筈のキングは、まるで羽毛のように軽やかに宙を舞って一回転すると、音もなく静かに着地した。

 

「なんだ今のは」

 

消力(シャオリー)だ。簡単に言えば、究極の脱力によってあらゆる打撃を受け流し、無力化する中国拳法の秘技だ」

 

「どうやって身に付けたんだそんな物」

 

「キングだからだ!!!」

 

 もうやだこいつ。突っ込み役(クロノ)早く来てくれ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。