蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

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第67話 玉兎の拳 ~異世界先輩伝説~※

 トランプ兵に案内され、ニーナは城内へと足を踏み入れた。魔物は城門付近で待機しており、ついて来てはいない。入城を許されたのはニーナだけであり、魔物を城内に入れる事は流石に許されなかったからだ。

 

「こちらで女王様がお待ちです」

 

 先導するトランプ兵により、城内の一室へと案内されたニーナを出迎えたのは、この城の主であるハートの女王だった。

 妙齢の、妖艶な美女であった。豊満な肢体を豪華なドレスに包み、金色の長い髪の上には、色とりどりの宝石をあしらった王冠が載せられていた。

 椅子に腰かけ、テーブルを挟んでニーナと向かい合った女王は、着席を促した。ニーナが女王の対面にある椅子に座ると、控えていたトランプ兵が空のティーカップに紅茶を注いだ。

 

「我が居城へようこそ、小さなお客人よ。妾がハートの女王である」

 

「ニーナ、です。おまねきありがとうございます」

 

 ニーナがぺこりと頭を下げると、女王は薄っすらとした笑みを口元に浮かべた。

 

「さて、いきなり本題に入るのも無粋であろう。まずはお茶会を楽しもうではないか」

 

 女王に促され、ニーナは目の前のテーブルの上に置かれたティーカップに目をやれば、先ほど注がれた琥珀色のお茶が湯気を出している。テーブル全体を観察してみれば、花瓶に活けられた赤い薔薇の花や、クッキーやケーキといった洋菓子が皿に乗っているのが見える。

 女王は人畜無害な穏やかな笑みを浮かべており、こちらに悪意があるようには見えない。勧められた物に手をつけないのも失礼と思い、ニーナは紅茶の入ったカップに手を伸ばし、それを口元へと運び、カップの縁に唇をつける。

 

 その瞬間、ニーナは首筋に、ぞくりとした寒気を感じた。まるで冷たく光る刃を首筋に押し付けられたような、濃密な死の気配に猫耳と尻尾が逆立った。

 飲む寸前だったティーカップを慌ててテーブルに戻し、女王の顔に視線を送る。するとそこにあったのは、さっきまでの人の好さそうな笑顔とは違う、口が三日月のように大きく耳の近くまで裂けた、悪意に満ちた醜悪な笑みであった。

 

「おっと」

 

 ニーナの視線に気付くと、女王は頬に手をやり、表情を元の笑顔へと戻した。あっという間に少し前と同じ、上品な美女の顔へと戻ったが、ニーナにとってはその変わりようが一層恐ろしい物に見えた。

 

 もはや疑いようがない。目の前にいるのは、こちらに悪意を持った敵だ。ニーナは椅子を蹴り倒すくらいの勢いで立ち上がり、女王から距離を取った。

 

「おやおや、ばれてしまいましたか。いけませんね、どうも。あと少しで目的が達成できると思ったら、どうにも堪えきれませんでした。これはうっかり」

 

 無機質な声で、先ほどまでとは違った口調でニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら、女王はニーナのティーカップを手にとり、少女が飲まなかった紅茶を一気に飲み干す。ちなみに飲んだのは、ニーナが口を付けたのと同じところからだ。

 

「フゥ~、やはり麻痺毒入りの紅茶の味は格別ですなァ~。舌がピリピリ痺れて実にデリシャス!」

 

 ゲラゲラと笑うハートの女王を怯えた目で見ていると、突然その場に現れた存在があった。それは、ニーナが追いかけていた、燕尾服を着た兎であった。

 その兎は突然現れると、フレンドリーにハートの女王へと話しかけるのだった。

 

「やれやれ、計画に失敗した癖に随分と良いご身分ですな。ワタクシを差し置いて一人で猫耳幼女との間接チッス付きの毒入り紅茶を楽しむとは」

 

「おや、これは失礼。代わりにこちらの毒入りケーキはいかがかな?」

 

「では有難くいただきましょう。びゃあああうまいいいいい」

 

 兎は勧められた毒入りケーキを手掴みで下品に貪り、歓声を上げた。そして女王と共にゲラゲラと哄笑を上げる。

 ひとしきり笑った後に、一人と一匹は同じタイミングで笑うのを止め、同時に怯えるニーナに顔を向けた。

 姿や声こそ違うが、口調や動きが全く同じで、感じる気配も同じ。まるで同一人物のような印象を受ける。

 

「さて、もう茶番はよろしいでしょう」

 

 兎が言うと、女王もそれに同意する。

 

「そうですな。なかなか楽しかったので、もう少し続けたい気持ちもありますが……目的を優先させるといたしましょうか」

 

 そして、彼らの姿が変化する。鏡合わせのように同じポーズを取った兎と女王の姿が、黒い燕尾服とシルクハットを着て、顔に仮面を付けた長身痩躯の男へと変わった。

 仮面は兎だったほうが笑った顔で、女王だったほうが泣き顔の物を付けていた。それぞれ額の部分にCXⅢとLⅡという文字が書かれている。

 

「改めてご挨拶いたしましょう、ハートの女王改め地獄の道化師(ヘルズ・クラウン)52号!」

 

「そしてワタクシが、白ウサギ改め地獄の道化師113号!」

 

 彼らの正体は、かつてアルティリアに敗北し、グランディーノの住民達によってボコボコにされて死んだ地獄の道化師……その分身体であった。

 彼らの目的はただ一つ、憎き女神への復讐である。そんな彼らが目を付けたのが、アルティリアの養子であり、無力な幼い子供にすぎないアレックスとニーナであった。清々しいまでのゲス野郎である。

 

「ところで、兄のほうを誘拐しに行った34号がやられたようですな」

 

「どうやらガキと精霊と冒険者達に集団でボコられて死んだようですな。なんと情けない。しかし奴は我々の中でも一番の小物」

 

「感覚の共有をOFFにする術を身に付けた我々は痛くも痒くもありません。ゆえに全く問題なし! しかし同胞がやられた恨みを、この少女にぶつけて晴らすべきでは?」

 

「おやおや、それはいけませんよ52号。どうせやるなら痛めつけるのはあの女神の前でやるべきです。どうも貴方はせっかちでいけませんね」

 

「そうでしたね。これは失礼」

 

 再び顔を見合わせてゲラゲラ笑う二人の道化師。その隙にニーナは彼らに背を向け、部屋から脱出しようとするが……

 

「あかない!?」

 

 扉は施錠されており、開かなかった。それならばと小さな体で体当たりをして扉を破ろうとするが、びくともしない。

 

「おっと逃がしませんよ。その扉は魔法でロックしてあります。そもそもここはワタクシが作った迷宮(ダンジョン)の中ですので、大抵の事はワタクシの思い通りになるのですよ。ほら、このように」

 

 地獄の道化師52号がそう言って指を鳴らすと、床を突き破って植物のツタが何本も伸びてきて、ニーナの手足に巻き付いた。

 ニーナはじたばたと暴れて拘束を解こうとするが、非力な少女の細腕ではそれは叶わなかった。

 

 もはやこれまでかと思った、その時だった!

 

 ガシャーン! と、大きな音をたてて窓ガラスを突き破り、乱入してきた人物が居た。

 

「ヌッ!?」

 

「何者!?」

 

 突然の乱入者に、二人の道化師が全く同じタイミングで振り返る。ニーナも同じように、その者へと視線を向けた。

 

 窓ガラスをブチ破り、その勢いのままテーブルを引っ繰り返したその人物が、ゆっくりと立ち上がり、その姿があらわになる。

 

 まさか、あの女神が来たのかと地獄の道化師達は警戒し、ニーナは母が来てくれたのかと期待していたが、その人物はアルティリアではなかった。

 

 それは、兎であった。いや、より正確に言えば、白い兎の着ぐるみを着た人物であった。身長は170センチと少し。直立した長い兎の耳を入れれば180センチほどの、二足歩行するぬいぐるみの兎である。

 その兎の頭の近くには、二つの球体が浮遊していた。SFチックな機械仕掛けの黒い金属球体の表面には、それぞれ「先」「輩」のホログラフィック文字が浮かんでいた。

 

「わたしは兎先輩(ウサギセンパイ)である」

 

 機械合成音声によって、その兎の着ぐるみ……兎先輩が名乗りを上げた。

 

「無垢な少女を攫おうとする不届き者め、義によって成敗いたす」

 

 兎先輩が両手を前に突き出してファイティングポーズを取り、同時にその両脇に浮かぶ機械球体……『先輩玉』がそれぞれ、赤と緑色に発光した。

 

「兎先輩だか何だか知りませんが、あの女神でないなら問題無し!」

 

「いでよトランプ兵! あの妙な着ぐるみ野郎を始末しなさい!」

 

 地獄の道化師52号の号令で、多数のトランプ兵が室内に召喚され、それらが一斉に兎先輩へと襲い掛かった。

 

 ……もしもその光景を、アルティリアや他のLAOプレイヤーが見ていたら、「馬鹿め」と呆れた事だろう。

 この兎先輩という人物は、アルティリアが「無策で正面から殴り合ったら絶対に勝てない相手」の一人に挙げる程の、LAO内でも有数の一級廃人の一人であり、「絶対に敵対してはいけないPCリスト」の筆頭格でもある。

 そして、うみきんぐの要請に応えて、ニーナを救出する為にやってきた者こそが、この兎先輩であった。

 

 多数のトランプ兵が、武器を構えて兎先輩へと殺到する。それを前に、兎先輩はとある技能(アビリティ)を発動させた。

 

「どうだ、たった一人でこの数に勝てるかぁーッ!?」

 

「ならば、こちらも数でお相手しよう」

 

 兎先輩が発動させた技能は、機工師系の最上位職『機工神』の技能『軍団召喚(レギオンコール)』。その効果は、自身が製作した自律兵器の軍団を、その場に召喚するというものだった。

 

「いでよ、機械兎軍団(メカウサ・レギオン)!」

 

 その声と共に、50匹ほどの小さなロボット兎の軍団が、兎先輩の周りに召喚された。

 

「メカウサ!」

 

 そんな鳴き声と共に、機械兎たちが一斉に人参型ミサイルを発射する。それらがトランプ兵に着弾し、爆発。室内は爆炎に包まれた。

 そしてその爆発に紛れ、兎先輩は音もなく一瞬でニーナの元へと移動すると、その拘束を解いて彼女を救出するのだった。

 お姫様抱っこでニーナを抱き上げ、兎先輩は素早く元の位置へと移動した。

 

「もう大丈夫だ。危ないから少し下がっていなさい」

 

 ニーナを優しく床に下ろし、兎先輩はそう告げると地獄の道化師達へと向き直った。その部下であるトランプ兵達は、人参ミサイルによって全滅していた。

 

「あ、ありがとう、うさぎさん!」

 

「どういたしまして。だが私を呼ぶ時は、敬愛を込めて兎先輩と呼びなさい」

 

「うさぎせんぱい!」

 

「うむ。先輩に任せたまえ。後輩を護るのは先輩の役目だからね。さて……」

 

 着ぐるみなので表情は変わらないが、兎先輩が二人の地獄の道化師を睨みつけた……ように見えた。

 

「悪事を働いた後輩を罰するのもまた、先輩の使命である。かかって来るがいい」

 

 それに対し、地獄の道化師達は……

 

「何が先輩だこのウサ公!」

 

「調子に乗るなよ変態着ぐるみ野郎がーッ!」

 

 同時に『短距離転移(ショートテレポート)』を発動し、兎先輩に対して左右から一斉に襲いかかった。その右手には、魔力で作られた鋭い鉤爪が装着されている。並の戦士が相手ならば一瞬でズタズタに切り裂ける程の切れ味を誇るその爪による攻撃は、残念ながら当たる事はなかった。

 

「破ァッ!!」

 

 兎先輩が、気合の入った掛け声を放つと、先輩の左右に浮かんでいた先輩玉が、左右に向かってそれぞれ光線(ビーム)を放った。それが、丁度先輩の左右から襲い掛かろうとしていた地獄の道化師達に命中し、その動きを止める。

 

「「う、動けん!?」」

 

 先輩玉が放った光線は、地獄の道化師の経絡秘孔を機械特有の精密無比なエイミングによって寸分違わず突いており、それによって敵の動きを止め、また次に受けるダメージを倍加させる。

 

「『玉兎(ぎょくと)破岩拳(はがんけん)』!」

 

 そして無力化された地獄の道化師に向かって、兎先輩が左右にそれぞれの腕を振るい、衝撃波を放った。それが正中線へと綺麗に命中すると……

 

「い、痛い! 体が割れるぅぅぅぅっ!?」

 

「ぎゃ、ぎゃあああああっ! い、いだあああああっ!」

 

 地獄の道化師の体に、真ん中からまっぷたつに割れるように、激痛と共に亀裂が走っていった。あまりの痛みに悶えながら、地獄の道化師の体がバラバラになっていく。

 

「げばぼぁっ!」

 

「えびゃおっ!」

 

 断末魔の奇声を発しながら、地獄の道化師52号と113号は絶命した……かと思われたのだが、彼らは死んではいなかった。

 ただし、無事かと言われればそうではない。その姿は、地獄の道化師113号がニーナをこのダンジョンへと誘い込む為に変身した姿……燕尾服を着てシルクハットを被った、小さな白い兎の姿へと変わっていた。

 兎先輩は、兎と化した地獄の道化師達の体を掴み上げ、取り出した小動物用のケージへと入れた。

 

「ま、待て! ワタクシ達をどうするつもりだ!?」

 

 死んだと思ったら突然兎の姿に強制的に変身させられ、任意で変身が解除できなくなっている上に捕獲されて檻に入れられた事で、思わずそう質問する地獄の道化師に対し、兎先輩は言った。

 

「お前達を兎の国に連れていく」

 

 こうして、地獄の道化師の企みは失敗し、自分達が連れ去られる事になった。そして2体の分身体はこの世界から消え去り、代わりに兎の国(?)に兎が2匹増えたのだった。


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