蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

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第71話 少年冒険団、出航!※

 クロード=ミュラーは、海上警備隊に所属する一等警備士である。一等警備士は、軍でいえば大尉に相当する。二十歳を少し過ぎたくらいの若さでこの地位にあるという事から、彼が優秀な警備隊員であり、将来を嘱望されている若手である事が伺えるだろう。

 それに加えて長身で、体つきはやや痩せ型だが無駄なく鍛えられており、短い白銀色の髪が特徴的なイケメンだ。昔から女によくモテていたが、残念ながら彼は女性が苦手である。決して嫌いなわけではないが、初心で同年代の女性に近付かれるとすぐに赤面し、身動きが取れなくなるような有様である。例外は姉や妹と、長い付き合いの同僚であるアイリス=バーンスタインくらいであろう。

 アイリスは、上司であり海上警備隊の副長、グレイグ=バーンスタインの娘だ。容姿は母親似だが、髪の色と戦士としての才能は父親譲りの才媛だ。

 

 そのアイリスを含めた十数名の海上警備隊員と共に、クロードは船を操り、海を進んでいた。

 操縦する船は、少し前に建造された最新型の戦闘艦だ。速度、耐久力、火力……その全てが従来の艦と比べて、大きく向上している。それによって、より広い範囲で活動する事が出来るようになり、海の魔物や海賊との戦いも楽に、そして安全に行なえるようになった。素晴らしい事だ。クロードはそんな新型艦の内の、一艦の運用を任されていた。

 陸地で活発化していた魔物の動きは、女神(アルティリア)が魔神将を討伐した事で、ある程度鎮静化されたが……海では相変わらず危険な魔物の出現が確認されている。

 それを討伐するのがクロード達の仕事であり、今日もグランディーノの北にある海域を見回りながら、魔物を見つけ次第攻撃を行ない、これを撃破している。

 

「艦長、2時の方角に船を発見しました」

 

 操舵室で舵を取っていたクロードの下に、見張り員がやってきてそのような報告をしてくる。海上なので船があるのは何もおかしくはないが、問題はその船がどこの所属なのかという点だ。貿易船や漁船ならば良いが、海賊船や他国の軍艦であれば大問題だ。

 

「どこの船だ? 紋章などはあったか?」

 

 大抵の船は帆や船体の側面などに、その船がどこの所属で、どういった目的で運用されているのかを示すエンブレムが表示されている。

 国軍が所有する軍艦であれば国旗、貴族の持つ領邦軍の軍艦であれば、その貴族の紋章が。海賊船なら、帆に髑髏マークをモチーフにした、その海賊団固有の紋章が描かれている事が多い。

 見張り員が発見した船も例に漏れず、帆に紋章が描かれていた。それは……

 

「帆に王冠を頭に載せた、鮫の絵が描かれています」

 

「見た事の無い紋章だな……一体どこの船だ?」

 

 クロードは見張り員と共に甲板に出ると双眼鏡を取り出して、その船をよく見てみる事にした。

 小型の帆船だ。小さいがしっかりとした作りで、しかも普通の木造船ではなく、船体は装甲で覆われていた。明らかに普通の商船や漁船にはありえない特徴だ。

 

「どうします?」

 

「気になるな。接近してみよう」

 

 操舵室に戻ったクロードは、謎の船の方に向かって舵を切る。その船は幸いにも停泊中のようで、すぐに追いつくことが出来た。

 果たして、その船に乗っていたのは……

 

「あ、海上警備隊の人だ!」

 

「こんにちはー!」

 

 船に乗っていた者達が、元気よく挨拶をしてくる。彼らは、グランディーノの町や、その近隣の村に住む子供達だった。その中にはアレックスの姿もある。

 

「あー……君達、こんな所で何をしているのかな……?」

 

「つり」

 

 まさか子供達だけで船に乗っているとは思わなかったクロードが訊ねると、アレックスが簡潔に一言で答えた。

 見れば、彼らはそれぞれ釣り竿を手に持っていた。

 

「どうして、わざわざこんな所まで?」

 

「マグロをつりにきた」

 

「そ、そうか……ところで、この船はどうしたんだい?」

 

「おれたちがつくった」

 

「作った!?」

 

 正確に言えば全て一から作ったわけではないが、子供達は自分達で採集した素材を使って素材を作ったり、魔物退治や依頼(クエスト)で得たお金で素材を買ったり、船大工を雇ったりしながら地道に船作りを進めていた。

 また、アルティリアや周りの大人達が多少の援助をしたのは確かだが、それでも子供達が自分達の努力で船を造ったのは確かである。

 ちなみに船の図面はアルティリアが書いた。ギルド『OceanRoad』で運用しているスタンダードモデルの小型帆船を、子供達でも作成・運用できるようにデチューンした廉価版モデルだ。それでも十分に高い性能は保持しているのだが。

 

「しかし、子供達だけで海に出るのは危なくないかい……?」

 

「だいじょうぶだ。じゅんびはしてきた」

 

 心配するクロードに、アレックスは鞄から様々なアイテムを取り出して見せた。

 海図やコンパス、水筒、携帯食料、治療薬(ポーション)や各種水薬、それに魔法の巻物(スクロール)や、帰還(リターン・ホーム)の魔法が込められた魔石など、様々な便利アイテムが鞄に詰め込まれていた。それはクロードの目から見ても、不足の無いラインナップだった。

 

「なるほど、準備はしっかりして来ているみたいだね。偉いぞ。だけどこのあたりには魔物も出るから、もうちょっと陸に近い場所で釣りをしたほうが……」

 

「モンスターならたおしたぞ」

 

「……えっ」

 

「たおした」

 

 アレックスが指差す方を見ると、そこには甲板の上に横たわる、人喰い鮫(キラー・シャーク)の死体があった。

 

「さっきおそってきた。ぶんなぐったらしんだ」

 

「なー、大した事なかったよなー!」

 

「この間倒した巨大猪(ラージ・ワイルドボア)の方がまだ手応えがあったぜ!」

 

「えぇぇぇぇ……」

 

 子供達が事も無げに魔物を倒したという事実と、その証拠を前にしたクロードがドン引きするが、そこで甲板に居た一人の少年が声を張り上げた。

 

「かかった! この手応えでかいぞ!」

 

 すると、子供達は一斉に彼の所に集まって、釣り竿を引くのを手伝い始めた。

 

「重い!」

 

「マグロか!?」

 

「そうかも!」

 

 喜び勇んで釣り竿に群がる子供達。アレックスとクロードもそこに合流する。

 

「はなしはあとだ。いまはマグロだ」

 

 まだマグロがかかったと決まったわけではないが、アレックスも他の少年達と一緒に竿を引く。

 

「なら、折角だから手伝うとしようか」

 

「あんた、釣りはできるのか?」

 

「僕はグランディーノ生まれの海上警備隊員。海で育った男だぞ。釣りは勿論得意だとも」

 

「なら、たのむ!」

 

 こうしてクロードや海上警備隊員も加わって、釣り竿にかかった大物を引き上げるのだが……

 

「何だ、この手応えは……? 確かに重さは巨大魚のようだが、暴れる様子や動きが感じられない……本当に魚か、これは?」

 

 釣り上げている最中に、釣りに慣れ親しんだクロードは、竿から感じる感覚に違和感を覚えた。

 その感覚は正しかった。数十分後、全員の力を合わせて釣り上げたのは、魚ではなかった。その正体は……

 

「た、宝箱だー!?」

 

 そう、それはダンジョン最深部の報酬部屋に出てくるような宝箱だった。元は光り輝く豪華な箱であっただろうそれは、長年海水に晒されたせいで表面がボロボロになっていた。

 丁度、鍵穴のところに釣り針が引っ掛かっていたようだ。

 その大きさは、縦横がそれぞれ1メートル弱程度、高さがその半分くらいの結構な巨大さだ。

 箱には鍵がかけられていた為、残念ながら開けて中を見るのは不可能かと思われていたが……

 

水精霊(ウンディーネ)、いるかー?」

 

 アレックスが海に向かって呼びかけると、水中から蒼い水でできた体を持つ少女が顔を出した。

 

「アレックス様、お呼びでしょうか」

 

 彼女は言うまでもなく、アルティリアが召喚・使役している水精霊の内の一体だ。アレックスや子供達に万が一の事があった時の備えとして着いてきており、普段は目立たないように水中に待機している。

 

「この箱、あけられるか?」

 

「可能でございます。それでは失礼して、船に上がらせていただきますね」

 

 水精霊が船上に姿を現した。体が水で出来た人外とはいえ、一糸纏わぬ姿の美少女なのは確かであり、幼さを残す顔立ちでありながら主人に似たのか、女性らしい豊かなプロポーションを誇る水精霊の姿に、クロードをはじめとする海上警備隊の男達は目のやり場に困った。

 そんな彼らの思惑をよそに、水精霊は呪文を唱える。

 

「『開錠(アンロック)』」

 

 鍵開けの魔法により、閉ざされていた宝箱の蓋が開かれた。

 その中に入っていたのは、大量の金貨や宝石類だった。

 

「おぉー!」

 

「すげぇ! お宝だ!」

 

 目当てのマグロは釣れなかったが、予想だにしなかった収穫に子供達が沸いた。

 

 宝箱はそのまま持ち帰って、子供達がその中身を山分けする事になった。子供達は最初、釣り上げるのを手伝ったクロードや海上警備隊員達にも分け前を与えようとしていたが、自分達はあくまで手伝っただけだし、任務外の事で報酬を貰うわけにはいかないと固辞した。

 

「……ところで、この宝箱は一体どこから来たのだろうか」

 

 クロードは、ふと浮かんだ疑問を口に出した。宝箱が魚みたいに、意味もなく海を泳いでいるなんて事はありえない話だ。必ず出所があるはずだ。

 その疑問に答えたのは水精霊だった。

 

「先ほど海中を探査したところ、海底に沈没した船がございました。恐らくはその船の積み荷が外に投げ出され、海中を漂っていたものと思われます」

 

 水精霊の話によれば、船は結構な大きさの、恐らく貿易船だったそうだ。

 そして、お宝とその話を持ち帰った結果、

 

「よし、冒険だ。宝探しに行くぞ!」

 

 更なるお宝の匂いに冒険心を擽られたアルティリアが、再び海に出る事になった。


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