蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

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第73話 沈没船探索開始

 俺が操るグレートエルフ号は、グランディーノ港を出発してから一時間少々の航海で、目的の海域へと辿り着いた。

 他の船なら最低でも倍以上の時間がかかるだろうが、俺の操船スキルと船の性能が合わされば、このくらいは容易い。

 到着後、錨を下ろして船を停泊させると、俺達は装備を整えて甲板に集合した。

 

「それでは、これより沈没船の調査に向かいます。海に潜るので、くれぐれも溺れないように注意しなさい。緊急時は躊躇わずに、先程配った魔石を使うように」

 

 探索メンバーを集めて、そのように指示をする。事前に配っておいたのは、『水中呼吸』と『帰還』の魔法がそれぞれ込められた石だ。

 他にも、魔法が使える者には俺が『水中呼吸』『泡の護り』『人魚の祝福』といった、水中での活動を助ける魔法を伝授しておいた。他にも召喚した水精霊の約半数を緊急時にいつでも動けるように準備させている。これで恐らくは問題ないだろう。

 

 いつになく慎重だが、それには勿論理由がある。普段より大人数での冒険だし、水中での冒険というのはそれだけ危険が多いのだ。

 俺のような例外はあるが、基本的に人間は水中では、地上よりも動きが大きく制限されて、素早く自由に動く事は難しい。その上、魔法や道具による補助がなければ水中で呼吸をする事が出来ず、溺れてしまえばまず助からない。

 そのため、水中での冒険に慣れていない者達を補助する為に、入念な準備をする必要があった。

 装備も防水性が高くて丈夫な、ダイバースーツのような服を着ている者が多い。俺が事前に作っておいた物だ。ちなみに俺は白いビキニの水着の上に水精霊王の羽衣を羽織った、この世界に来たばかりで無人島生活をしていた頃によくしていた服装である。

 

 俺を先頭に甲板から海へと飛び込む。地球でいえば東南アジアくらいの温暖な気候とはいえ、季節は冬のため水はそれなりに冷たい。俺は平気だが、他の者達には少々きついだろうか?

 

「二人とも、大丈夫か?」

 

 俺の右手にはアレックスが、左手にはニーナがそれぞれ手を繋いでいた。二人の体は俺が魔法で生成した泡で覆われており、水中での呼吸を可能にすると共に、海水で濡れる事からも守っていた。

 

「だいじょうぶ」

 

 二人が平気そうなのを確認して、手を引きながらゆっくりと海底に向かって泳ぐ。

 海神騎士団のメンバーは勿論、冒険者や海上警備隊の物達も俺の信者である為、俺の加護のおかげもあって水泳の技術や水への耐性はそこそこ高いようで、問題なく泳げている様子だ。

 

「皆は海中を冒険するのは初めてでしょう。どうです? なかなか新鮮な気分ではありませんか」

 

 先導しつつ彼らに問いかけると、次々に返事が返ってくる。

 

「確かに……最初は不安でしたが、これは素晴らしい景色です」

 

「海底で宝探しなんて、昔は想像もしてなかったですけど、なんだかワクワクしますね」

 

 特に冒険者達は、海中を進む未知のシチュエーションでの冒険や、近くを通り過ぎる魚群、海底に棲息する見慣れぬ生物といった物に目を輝かせている。

 

 やがて俺達は、海底へと辿り着いた。そこにはボロボロになった、一隻の大型船がその体を横たえていた。

 さっそく入ろうと思って近付くと、俺は違和感に気付いた。

 沈没船の周に、うっすらとした膜のような物がある。それが海水の侵入を防ぎ、そして見えない壁となって、俺達の侵入を阻もうとしていた。

 軽く手を触れてみると、バチッという音と共に衝撃が走り、俺の手を弾き返した。どうやら結界が張られているようだ。

 

「アルティリア様、大丈夫ですか!?」

 

「問題ありません。軽く弾かれただけです」

 

 俺は手を魔力で防御しながら再び結界に触れ、干渉する。

 

「……これで大丈夫でしょう」

 

 海水を通さず、人や物は通れるように結界の効果を改変してやった。先に俺が通って確認してみると、結界を通り過ぎて沈没船の甲板に辿り着いた際に、強烈な違和感を感じた。

 

「アルティリア様、この船はもしや、異界化しているのでは?」

 

 俺のすぐ後を追いかけてきたロイドが告げたように、結界内の空気というか、雰囲気は明らかに元の世界とは異なる物だった。

 ロイドは過去に何度か火山のダンジョンに入った事がある為、それに気付く事が出来たのだろう。

 あの洞窟と一緒で、この沈没船もまたダンジョン化し、世界から切り離された空間になっていた。

 

「その通りです。ダンジョン内は元の世界の法則が通用しない場所。気を引き締めていきましょう」

 

 ダンジョン化した沈没船の奥へと向かって足を進めると、何十人も居たはずのメンバーの大半が、その姿を消した。

 残っているのは、入る時に俺のすぐ近くにいたロイド、アレックス、ニーナ、それとアレックスの友人である少年達だけだった。

 

「アルティリア様、皆の姿が!?」

 

「落ち着きなさいロイド。恐らく人数制限に引っ掛かったのだと考えられます。他の者達は別の入り口に転送されただけでしょう」

 

 LAOにおいて、ダンジョンには一度に突入できる人数に制限がかけられている場合が多い。主に、数の暴力による強引なクリアを避ける為だ。

 規定人数を超えるプレイヤーが同時に侵入しようとした場合は、新たにダンジョンエリアが生成され、それに対してメンバーが自動的に振り分けられる。その為、普通はそのような事はせずに、あらかじめ規定人数ギリギリに収まるようにパーティーを組んでから突入するのだ。

 しかし今回はそれを失念しており、自動マッチングでの突入となってしまった。こうなるとパーティーの戦力や、役割(ロール)のバランスが崩れる事になりかねない。これは俺のミスであった。

 

 だが幸い、最大戦力の俺と、だいぶ差はあるとはいえそれに次ぐ強さのロイドが子供達と一緒だというのは助かった。

 

「こうなった以上、各自で奥を目指すしかありません。ロイド、子供達は私が護ります。戦闘や探索は貴方がメインで進めなさい」

 

「はっ!」

 

 折角なのでロイドに前衛を任せ、経験を積ませる事にする。俺も支援はするし、彼のレベルならよほどの相手が来なければ、単騎でも問題なくこなせるだろう。

 

「ははうえ、おれたちも戦うぞ」

 

 しかし、それに異を唱えたのがアレックスだった。見れば、ニーナや他の子供達も武器や道具を手にとり、やる気に満ちた顔をしている。

 

「これはおれたちが始めた冒険だぞ」

 

「そうです! 僕達だって足手まといになる為に来たんじゃない!」

 

「俺達だって戦えます!」

 

「ニーナもがんばる!」

 

 真っ直ぐな目で俺を見上げながら懇願する子供達を見て、これを説得するのは無理だと俺は諦めた。

 

「決して無理はせず、危ないと感じたら後ろに下がる事。それから私とロイドの指示には必ず従う事。守れない場合は船に戻します。いいですね?」

 

 子供達が頷くのを見て、俺はロイドに視線を送った。

 

「そういう訳です。ロイド、貴方にも苦労をかけますが、子供達を一緒に戦わせてあげてください」

 

「問題ありません、アルティリア様。それに彼らはよく我々の訓練や魔物退治に、見習いとして同行しております。足を引っ張る事は無いでしょう」

 

 話は纏まったので、ロイドを先頭に、その後ろに子供達が続き、最後尾は俺というフォーメーションで船内を進んだ。

 所々に穴の開いた床に気をつけながら廊下を進んでいると、前方の左右の壁に並んだ扉が勢いよく開いて、そこから複数の魔物が現れ、俺達に襲い掛かってきた。

 

 現れた魔物は、髑髏マークが描かれたバンダナを頭に巻き、手には曲刀を持った骸骨型の魔物……海賊骸骨(パイレーツスケルトン)だ。その後方には、矢を番えた長弓を構える海賊骸骨の射手(パイレーツスケルトン・アーチャー)の姿もある。

 顎の骨をカタカタと鳴らしながら、海賊骸骨たちが先頭のロイドに襲い掛かった。

 

「遅い! 『螺旋水撃』!」

 

 ロイドが腰の鞘から刀を抜き放つと、刀が閃くと同時に、その刀身から流水が放たれる。それが螺旋の形を描きながら多数の海賊骸骨を巻き込み、バラバラに粉砕した。

 まあ、今更あの程度の魔物じゃロイドの相手にはならんだろうな。

 

 分が悪いと見て、後方の海賊骸骨の射手たちはターゲットを子供達に変更したようだ。奴らが長弓に番えた矢が、一斉に子供達に向かって放たれる。

 

「おれが防ぐ! ハンスを先頭につっこめ!」

 

 放たれた矢に対し、アレックスが前に出ながら床に向かって右拳を叩き付けた。すると、そこから勢いよく水が噴き出して、彼の正面に壁を作った。噴き上がる水の壁によって矢が弾き飛ばされ、無力化された。

 『水氣壁』という、遠距離攻撃を防ぎつつ、近くに居る敵を吹き飛ばしてダメージを与える事ができる防御寄りの必殺技だ。

 アレックスが水氣壁で矢を防いだと同時に、剣と盾を構えた少年、ハンスが一切減速する事なく敵陣に向かって突撃した。アレックスが確実に矢を防いでくれると信頼していたからというのもあるだろうが、全く躊躇わずに突っ込んでいけるあたりは流石の勇敢さと言うべきか。

 ハンスが左手に握った盾を海賊骸骨の射手の頭に叩きつけ、ひるんだところに右手の剣を振るい、首を刎ね飛ばした。

 そのすぐ後に斧を持った少年が別の個体に飛びかかり、頭上から両手で握った斧の厚い刃を振り下ろした。

 彼らの攻撃によって数を減らした海賊骸骨の射手だったが、残った者達が再び矢を番えて、反撃しようと試みる。

 しかし、彼らが番えた矢が突然、次々と弾き飛ばされた。それをやったのはニーナだ。彼女がその手に握っているのは、長くしなる革製の鞭であった。それが敵の手を正確に打ち据え、矢を弾き飛ばしたのだ。

 あまり使う者の居ない珍しい武器ではあるが、魔物調教師(テイマー)は鞭に対して高い適性を持つからな。鞭はニーナにはピッタリの武器だろう。

 

 矢を失ってしまえば、射手など無力なものだ(極一部のやばい例外は除く)。アレックスやロイドも合流し、彼らは残った敵を掃討していった。

 その間にも後ろからこっそり近付いてきた骸骨の暗殺者(スケルトン・アサシン)が、短剣で背後から俺を襲おうとしてきたが、俺は槍を一振りして、そいつを木っ端微塵のオーバーキルしてやった。俺を暗殺したけりゃメイン職業がシーフ系かアサシン系、あるいは超長距離狙撃が可能な一級廃人を連れてこい。

 

 LAO時代はPVPガチ勢として決闘・集団戦問わず色んな相手とバトルしたものだが、俺達レベルの戦いともなると、不意討ちの一撃で勝負が決まるという事は滅多に無い為、先手必勝・奇襲特化型の構成(ビルド)は割と下火ではあった。逆に低レベル帯だと奇襲ワンパンが普通によくある光景だったけどな。

 しかし、そんな環境下でも元気に暗殺構成で頑張ってる連中の実力は正直、侮れる物ではなかった。奴らは様々な制限を乗り越えて、先攻ワンショットキルを成し遂げようとその牙と研いでいたからだ。

 特にスナイパーおじさん(通称スナおじ)というプレイヤーが極悪だった。メイン職業がスナイパーロード、サブ職業にアサシンマスターとトラップマスターという奇襲超特化型の構築で、誰もが「まさか」と思うような絶妙な場所に仕掛けられたトラップコンボによる多重状態異常からの、狙撃銃(スナイパーライフル)による一撃必殺のヘッドショットで多くの廃人が殺されてきた。この俺も何度かやられた事がある。

 この骨共も少しはスナおじを見習うべきだ。何も工夫せずに遠くから矢を撃つだけじゃ、今時通用しないぞ。


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