蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

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第74話 一方その頃、一級廃人共による蹂躙劇(前編)※

 アルティリア達が沈没船を探索していた頃。

 

「ぶぇーっくしょい! ええいチキショーめ、誰か(おい)らの噂でもしてんのかね? ったく、モテる男は辛いぜぇ」

 

 遠く離れたある場所で、大きなクシャミの後で独り言をぼやいているのは、四十歳くらいに見える男だった。黒い髪をオールバックにして、整った髭を生やしたナイスミドルだ。背は高く、がっしりとした体つきのマッチョボディを包むのは、オーダーメイドの高級な黒いスーツである。

 その男の名は、スナイパーおじさん。通称スナおじと呼ばれて親しまれ、あるいは恐れられている。

 そんな彼は突然独り言を止めると、懐に手を入れると拳銃を取り出した。そして素早く振り返りながら、拳銃を背後に向かって突きつけた。

 

 そこには、白い兎の着ぐるみが立っていた。

 「先」「輩」というホログラム文字が浮かんでいる機械球体を顔の近くに浮かべているその人物の名は、兎先輩。

 拳銃を突きつけられた兎先輩は、両手を顔の近くに挙げて降参の意を示した。

 

「誰かと思えば兎先輩じゃねぇの。俺の背後に立つなって言わなかったっけ?」

 

「いやはやお見事。すまないね、つい死角に入って人を驚かせたくなるのが兎先輩の悪い癖でね。おっと、降参するので先輩のプリチーフェイスを撃つのは止めてくれたまえ」

 

 悪びれもせずそんな事を言う兎先輩に毒気を抜かれたのか、スナおじは溜め息をひとつ吐いて、拳銃を下ろした。

 

「それで、何の用だい? まだ銃のメンテが必要な時期じゃあないが」

 

 彼が使う重火器の類は、兎先輩のギルド『兎工房』から購入した物であり、中でもメイン武器の狙撃銃は兎先輩お手製の一点物だ。その為、メンテナンスや改良も兎先輩が直接請け負っている。

 しかし、銃は少し前にメンテナンスをしたばかりである為、それとは別件で訪ねてきたという事になる。一体何の用かと訊いてみれば、

 

PT(パーティー)のお誘いさ。ちょっと先輩達とダンジョンに行ってみないかい?」

 

 と、兎先輩は言った。

 

「わざわざこの俺を誘うってこたぁ、結構な難関ダンジョンが新しく見つかったって事かい?」

 

「うむ。まあ敵の強さ自体は我々から見ればそれなり程度で、そこまで苦戦するような相手ではないのだがね。なにしろ敵の本拠地で、数が多いんだ。先輩一人じゃ全滅させるのに苦労しそうだから、手伝ってくれる腕の立つ人を集めているのさ」

 

「なるほど。で、報酬は? 手伝ってくれっていうなら、タダじゃ動かねぇぜ俺は。なんてったって傭兵だからな」

 

 スナおじは特定のギルドには属さず、必要に応じて様々なギルドに雇われて戦力になる傭兵稼業をしているプレイヤーだ。主にGvG……ギルド間の抗争でその腕を振るっており、その実力は折り紙付きだ。だが対人戦を主戦場としているとはいえ、PvE……対モンスターの戦闘であっても、その実力は超一流である。

 

「銃の改良を無料で請け負おう。もちろん素材も先輩持ちさ」

 

「オーケイ、その話乗った。で、いつ行くんだ?」

 

「それは勿論、今からさ」

 

「ヒューッ、話が早くて良いじゃねぇの。だが40秒だけ待ってくれ、準備をする」

 

 こうして兎先輩に案内され、スナおじはダンジョンの入口へと移動した。するとそこでは、4人の人物が彼らを待っていた。

 

「おぉっと、こいつぁ豪華なメンバーを揃えてきたな」

 

 4人のうちの3人は、ギルド『OceanRoad』のギルドメンバーと幹部……すなわち、うみきんぐ、クロノ、バルバロッサの三名であった。アルティリアの友人であり、同等以上の実力を持つ一級廃人の海洋民だ。

 そして残りの一人は、濃い青色に染められたミリタリーウェア風の衣服に身を包んだ、長身痩躯の若い男だった。髪や瞳の色も、衣服と同じで青色である。

 その男の名は、あるてま。『コンボマスター』『永パのマエストロ』『頭のおかしい魔法戦士』等の異名で呼ばれる一級廃人である。対人ガチ勢である点はスナおじと一緒だが、彼は大規模集団戦も得意ではあるが、主戦場はむしろ1対1での決闘、あるいは少人数同士の対人戦だった。

 

「兎先輩に加えてオーシャンロードのBIG3にあるてま先生、そしてこの俺……とんだ過剰戦力だ。第三次世界大戦でも始める気かい?」

 

 両手を大きく広げ、おどけた様子でそう問いかけるスナおじに、うみきんぐが答えた。

 

「俺らの友達(ダチ)とその娘に上等(ジョートー)くれやがった馬鹿が居るんでな。ちょっと殴りに行くところだ」

 

「なるほど? その馬鹿が何やらかしたのかは知らんが、あんたらを怒らせた事に関しては、まあご愁傷様と言っておこうかね。で、その敵さんの詳細は?」

 

「そいつの名前は『地獄の道化師(ヘルズ・クラウン)』。魔神将の配下で、無数に複製体を作り出す能力と、変身能力の二つを持つ。決して本体は表に出て来ず、複製体を使って神出鬼没に暗躍している。性格は残忍で卑劣な小物。戦闘力自体は俺達から見れば大した事はないが、前述の通り自身と全く同じ能力の複製を作り出す事が出来るので、放置しておくとまずい相手だ。よって、こちらから向こうの本拠地に乗り込んで叩こうと思う」

 

「ほほう。そんな奴が居たとは知らなかったぜ。だがそんな奴の本拠地をよく見つけられたもんだ。本体が表に出てこないって事は、慎重な奴のようだが」

 

「そこは兎先輩が先日、奴の複製体と交戦・捕獲してな。捕獲した複製体を通して逆探知を仕掛け、居場所を特定できたそうだ」

 

「さすが兎先輩だ。じゃあ早速殴りに行くか?」

 

「うむ」

 

「ゆこう」

 

「ゆこう」

 

 そういう事になった。

 

 兎先輩が開けた時空の扉(ワープポータル)を潜った先にあったのは、研究所のような場所だった。広い空間のあちこちには培養液が詰まったカプセルがあり、その中に様々な魔物が浮かんでいるのが見える。そして、そこには一人の男が居た。

 

「ヌッ!? 貴様はあの時の兎!? どうやってここに!?」

 

 その男は勿論、今回の標的である地獄の道化師だ。彼は先頭に立つ兎先輩を見つけ、驚愕と共にそう問いかけてきた。

 

「先輩を付けろデコ助ェ!」

 

 兎先輩に対して先輩を付けない事は最大級の無礼であり、万死に値する。着ぐるみの瞳が剣呑な光を発すると共に、浮遊する二基の先輩玉から怪光線が放たれた。地獄の道化師はそれを、ギリギリ間一髪のところでアクロバティックな宙返りで回避した。

 しかし、空中で二回転して着地した、その瞬間。

 

「おぉっと、足下注意だ」

 

 スナおじがそう呟くと同時に、着地した地獄の道化師の足元で派手な爆発が起きる。地獄の道化師は爆炎に吹き飛ばされ、天井に頭から突き刺さった。

 

「ふっ、スナおじのピンポイント地雷投げは相変わらず芸術的だな」

 

 それを見たうみきんぐが賞賛の声を上げた。スナおじが使用したのは『地雷設置(ランドマイン)』という、すぐ近くに地雷を設置する罠系技能(アビリティ)と、『罠投げ(トラップスロー)』という、罠を投げて離れた場所に設置する技能の組み合わせである。

 この組み合わせによる、敵が回避した先にピンポイントで地雷を設置する百発百中の回避狩りは彼の得意技の一つである。

 

「ぐぐぐ……味な真似を! ええい、ものども、出会え出会えー! 侵入者を排除せよ!」

 

 天井から頭を引き抜き、床に着地した地獄の道化師がそう叫ぶと、施設内にけたたましい警告音が鳴り響き、部屋の四方にある扉が開いて大量の魔物が雪崩れ込んできた。

 現れたのは蜥蜴人(リザードマン)食人鬼(オーガ)小鬼(ゴブリン)のような人型の魔物達だが、それらは通常の個体よりも大幅に強化されているようだった。

 

「あれは……この施設で改造されたものでしょうか」

 

「そうに違いない。敵とはいえ、むごい真似をする。せめて速やかに葬ってやるのが情けというものだろう」

 

 クロノが浮かんだ疑問を口にすると、うみきんぐがそれに答えた。続いて、彼らの友人である巨人族の男が、力強く足を一歩前に踏み出した。

 

「なら、ここは俺に任せてもらおうか! 対集団なら俺の出番だろうよ!」

 

 襲来する魔物の集団に対し、バルバロッサが単身で立ち塞がった。その両手には、それぞれ巨大なガトリングキャノンが握られている。本来であれば両手で扱う筈の大型重火器を、片手で二丁拳銃のように扱う非常識な戦闘スタイル。それがバルバロッサという男の特徴であった。

 

「いくら貴様らが強かろうと、これだけの数の強化魔物を一人で相手にできるものかァーッ! まずはあのデカブツを始末してさしあげなさい!」

 

 地獄の道化師の号令の下、魔物の群れが一斉にバルバロッサへと襲い掛かり……

 

「ガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガト!!」

 

 それに対し、二挺の大型ガトリングキャノンが火を噴いた。凄まじい勢いで大量の、一撃必殺級の銃弾が百発単位でバラ撒かれ、鉄の暴風が吹き荒れる。

 

「ガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガト!! ガトリングゥゥゥ! フィーバァアアアアッ!!」

 

 それが収まった時、既に立っている魔物は存在しなかった。しかし、暴君はまだ止まらない。全弾撃ち尽くしてオーバーキルし、用済みとなったガトリングキャノンを手から離すと、今度は両肩に担いだ折り畳み式の超大型グレネードキャノンを展開し、それを前方に向けて……一切躊躇する事なく、ブッ放した。

 

「グレネードォォォォ! フィニーッシュ!!」

 

 着弾、そして大爆発。強化魔物達は、一匹残らず塵も残さず消滅したのだった。


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