蒼海のアルティリア   作:山本ゴリラ

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第89話 謎の吟遊詩人、来訪※

 丁度、アルティリア達が海に出ている頃。

 一台の、四頭立ての馬車が駅――現代日本に住む我々が利用する鉄道の駅ではなく、馬車の停車や馬の休憩・交換を行なう施設の事だ――に停まった。

 グランディーノと他の街を行き来する乗り合い馬車だ。従来、馬車は高価な乗り物であり、庶民には乗る機会など無い物だったのだが、女神が降臨して以来、このグランディーノの街とその周辺地域は空前の発展を遂げており、様々な産業が大きく成長した。中でも大きく成長した物の一つが、交通と流通だ。

 自動車や電車、飛行機で簡単に長距離を移動できる我々の世界とは異なり、街から街への移動は時間と体力を大きく消費し、また危険を伴う物だった。それを少しでもマシにする為に、女神とその信奉者たちは空前の好景気によって得た富を活用して、街道の整備や街道周辺の危険の排除、新型馬車の開発と量産、駅の設立、そして決まった時間で一定のルートを往復する乗り合い馬車を作った。

 おかげで、これまでとは比較にならないほど早く安全に移動する事が可能になった。それによって沢山の人が街同士を気軽に行き来するようになった。

 人が行き交えば、同時に物や金も行き交う。交通を便利にする為の公共事業は、地域をますます発展させる為には欠かせない物だった。

 

 さて、そんな乗り合い馬車が停車し、御者が車の扉を開けると、中から何人かの乗客が降りてきた。

 その中に一人、目立つ容姿の男がいた。体型は長身でやや痩せ型、男にしては長めの金髪と、琥珀色の瞳が特徴的な、二十代前半くらいの男性だ。

 服装は、明るい緑色の外套と、同じ色のつばが広く、羽飾りの付いた、先が尖った大きな帽子を被っている。そして背中には、ギターケースのような物を背負っていた。

 

 男はそのまま、グランディーノの方向へと足を進めた。駅から少し歩けば、すぐに街の入口へと辿り着く。

 

「ほーう、久しぶりに来たが……噂に違わぬ、とんでもない発展ぶりじゃあないか。昔もそれなりに賑わってはいたが、それでも今とは比べ物にならんなぁ」

 

 男は街並みと、そこを行き交う人々を観察しながら、街の中心部へと向かった。大通りは清潔で、汚れやゴミは見つからない。また、そこを行く人々も清潔で、上等な作りの衣服を着ており、活力に溢れている。

 

(こりゃ凄い。王都とは大違いだ)

 

 男は普段、自分が暮らす王都……この国の首都であるローランディアの城下町を思い出し、脳内で比較する。大国の首都なだけあって、王都もこの街に負けないほどの賑わいを見せる大都市である事は確かだが、彼が驚いたのは、

 

(これだけ人通りが多く、賑わっているというのに、ここでは清潔さや秩序がしっかりと保たれている。これは凄い事だぞ)

 

 という事であった。為政者や官僚がしっかりと良い仕事をしているだけではなく、住人ひとりひとりが自分達の街を愛し、綺麗に保とうと意識していなければ、とてもこうはならないだろう。

 

(ますます興味深い)

 

 男はその要因となった女神に対する興味を深めながら、大広場へと足を運んだ。

 広場にはたくさんの人だかりがあった。よく見れば、彼らの多くは一列に並んでおり、その先には幾つもの屋台があった。そこで買ったのであろう食べ物を手に、ベンチに座って談笑している者達の姿も多くある。

 

 (そういえば、ずっと馬車に乗っていたから腹が減ったな)

 

 何か食べていくか、と屋台を観察してみるが、そこには男が今まで見た事のない食べ物ばかりが売られていた。

 はて、あれはどういう物なのかと男が考えていると、その背中に声をかけてくる者がいた。

 

「ようアンタ、見ない顔だがグランディーノは初めてかい?」

 

 男が振り返ると、そこには筋骨隆々の、むさくるしい男が立っていた。半袖のシャツと厚手のズボンを着て、背中には巨大な斧を背負っている。

 

「いや、何年か前に来た事はあるが、あまりの変わりように驚いていたところだ。ところで、そういうアンタは?」

 

「おっと、俺はおせっかい焼きのバーツってんだ。見ての通り冒険者さ。最近はよく他の街から来た人が、今のお前さんみたいに突っ立ってる事が多いんでね。そういう奴を見つけたら、案内を買って出てるのさ」

 

 そう言ってニヤリと笑うバーツを見て、男は、

 

(なるほど、人相は悪いが良い奴のようだ)

 

 と胸中で呟いた。

 

「俺はジャン。見ての通りの吟遊詩人さ。あそこで売ってる食べ物を買おうと思ったんだが、見た事のない物ばかりで何を買おうか悩んでいたところでね」

 

「ほほう、成る程なぁ……」

 

 ジャンの言葉を聞いたバーツは、深く二回頷いた後に、広場の中心に顔を向けると、

 

「おうテメェら! 久しぶりにこの街に来てくれた吟遊詩人の旦那が、どれ食ったらいいのかわかんねぇって悩んでいらっしゃるぞ! ちょっとアピール足りてねぇんじゃねーの!?」

 

 と、大声で叫んだ。それを聞いた屋台の店主達が一斉にこちらを向き、その瞳がギラリと光る。

 

「何ィィ!? そいつは聞き捨てならねぇなぁ! おい詩人の兄ちゃん、グランディーノに来たならウチのあんかけ海鮮焼きそばを食わなきゃ始まらねーぜ! お代は要らねぇから持っていきな!」

 

「どけぇい若造! それよりグランディーノの名物といえば、わしの店のカニチャーハンよ! 絶対美味いから食ってみろ!」

 

「引っ込んでろジジイ! ここで一番美味い物は、当店自慢の醤油ラーメンに決まってんだろぉ! 上質なアジの煮干しで出汁を取った、アルティリア様も絶賛の一品だぞ!」

 

「アルティリア様は割と何でも美味いって褒めてくれるだろうがこのスカタン! それより兄ちゃん、この鰯の塩漬けとトマトソースのパスタはどうだい!? 癖になる味だぜ!」

 

「おーっとここで満を持して唐揚げ様のご登場だァ! カラッと揚げたてジューシーな鶏肉に勝てる奴は居ねぇ! 雑魚共は引っ込んでな!」

 

「何ぃぃ! 鶏肉ならそれよりも俺の焼き鳥だろぉぉぉ!」

 

「待ちな! この俺のタコ焼きを忘れて貰っちゃあ困るぜ! 外はカリカリ、中はトロトロ、そしてプリプリのタコ足が織り成す魅惑の食感を味わって貰おうか! もちろん食感だけじゃねぇ、味も最高だぜ!」

 

「いいえ、真に最高なのは、この焼き牡蠣よ! ちょうど今が旬の時期の、殻付きのマガキを網で炭焼きにした物よ。食ってみなさい……飛ぶわよ」

 

「フッ、愚かな……この俺が作ったお好み焼きが最強だという事が、まだ分かっていないようだ……!」

 

 次々と駆け寄って来ては料理を押し付けていく店主達によって、ジャンの目の前に料理の山が出来上がった。

 

「飯が来たな! ヨシ!」

 

「何故こうなったのかサッパリわからんがヨシ!」

 

 ジャンは思考を放棄し、細かい事を考えるのをやめた。

 

「とはいえ一人では食べきれそうにないな。君も手伝ってくれるんだろう?」

 

「おう、その言葉を待っていたぜ」

 

 二人は早速、食事にありつこうとした。その時、広場の中心付近から彼らに近付いてくる者達がいた。

 

「お兄さん達、ビールはいかがですか~?」

 

「グランディーノ名産の生ビールです~。キンキンに冷えてますよ~」

 

 背中にビールサーバーを背負い、ビール販売を行なっている若い女性達だ。

 

「おっ、流石だぜ姉ちゃん達、ナイスタイミングだ。生ビール大を二つくれ!」

 

 バーツはズボンのポケットから革財布を取り出し、代金を売り子に支払ってビールの入ったジョッキを受け取った。

 

「これは麦酒(エール)か?」

 

「似てるが全く違う酒だ。女神様が伝えてくださった新しい醸造法で作られた麦酒で、グランディーノを中心に人気爆発中だぜ。ま、細けぇ事ぁいいじゃねぇか。ほら、カンパーイ!」

 

 掲げたジョッキをぶつけ合って、ビールを口に運び、一気に喉に送ると、ジャンは目を見開いた。

 

「ぷはぁーっ! うまいな、これは!」

 

「だろう!? おっと、飯も食おうぜ。どれも酒に合うぜ。特に揚げ物や焼き鳥はビールとの相性が最高だな」

 

 それから、バーツと意気投合したジャンは存分に飲み食いし、気分が良くなったところで背負っていた楽器入れから、リュートと呼ばれる弦楽器を取り出した。

 

「ではここで、新たな出会いと美味い食事と酒を祝して一曲」

 

「ヒューッ! いいぞー!」

 

 ジャンは激しく盛り上がる曲を選択し、慣れた手つきでリュートをかき鳴らした。彼の吟遊詩人としての腕前は確かなようで、酒に酔っていてもミスをするような事はなく、広場に激しく、しかし美しい旋律が流れ、人々の足を止めた。

 やがて演奏が終わると、周囲の人々から一斉に拍手と共におひねりが投げられた。

 

「やあ、ありがとう。楽しんでいただけたかな?」

 

 ジャンが笑顔を浮かべて観衆に手を振っていると、隣にいたバーツが立ち上がった。

 

「やるじゃねぇかジャン! よっしゃあ、なら次はお前の演奏に合わせて、俺様が歌を……」

 

「Booooo! 引っ込めバーツ!」

 

「詩人の兄ちゃんの演奏が台無しになるだろうが、この音痴!」

 

「何だとてめえらああああ!」

 

「うわぁっ、ゴリラが怒った! 皆逃げろぉ!」

 

「誰がゴリラだオラアアアア! ウホォォォォォォッ!」

 

 ゲラゲラ笑いながら逃げる人々と、そんな彼らをおどけた調子で追いかけ回すバーツの姿を見ながら、ジャンは腹を抱えて笑った。

 

 それから数時間後、時刻は夕方になり、ジャンは一人、街の郊外へと向かって歩いていた。

 郊外の丘の上には、女神アルティリアの住まう立派な神殿が建てられており、その丘のふもとには、ちょっとした要塞のような建物があった。

 

「どうやら、ここのようだな」

 

 その建物、海神騎士団の駐屯基地が、ジャンの目的地であった。ここに住む友人を訪ねるのが、今回の旅の目的の一つであったからだ。しかし、

 

「……どうやら留守のようだな」

 

 門は施錠されており、人の気配も無い。声をかけてみても返事がなかった事から、どうやら騎士団の者達は不在のようだった。

 

「あてが外れたな……しまった、いつ戻ってくるのか、街で聞いておくべきだったか……」

 

 思いの外、楽しい時間を過ごす事が出来たおかげで、すっかりその事を失念していた事に気付いたジャンだったが、後の祭りである。

 

「仕方がない。今日は宿を取るとして、せっかくここまで来たのだ。神殿で礼拝をしていこう」

 

 もしかしたら、噂の女神に会えるかもしれないという期待もあって、ジャンは丘を上って神殿へと向かった。

 

「おお……これは見事な」

 

 神殿に入ると、広い礼拝堂がジャンを待っていた。礼拝堂の奥には、大理石で作られた大きな女神像が立っている。言うまでもなく、アルティリアの姿を模したものだ。三叉槍を掲げた勇ましい姿のドスケベエルフ女神像である。

 更にその両隣には、小さな少年と屈強な壮年の男の像が並んでいた。ジャンはそれらの大理石像へと近付き、像の台座へと目をやった。

 

『アルティリア様 この地に住まう我らの神。大海の女神』

『マナナン=マク=リール様 アルティリア様の御友人にして航海の神』

『ネプチューン様 アルティリア様の師であり深海の聖域に住まう大神』

 

 そこには神の名と共に説明文が書いてあった。どうやら海の三神を祀る神像のようだ。ジャンはそれらの神像の前に跪いて祈りを捧げた。

 

「ううむ、どうやら女神様もご不在のようだな」

 

 騎士団を引き連れて、出陣されたのであろうか。神殿内にも人の気配がしない事から、恐らくはそうなのだろうとジャンは当たりをつけた。

 

「ならば仕方がない、また明日来てみるとしよう……」

 

 そう呟いて神殿を後にしようとするジャンだったが、そこで少々、足がふらついた。

 どうやら長旅の疲れが今になって襲い掛かってきたようで、昼間に飲んだ酒が残っていた事もあって、急激に体が重くなってきた。

 

「おっと、これはいかん……仕方がない、少し座って休むとしよう……」

 

 礼拝堂の長椅子に腰をかけ、少しだけ体を休めようとしたジャンだったが、やがて彼の意識は、ゆっくりと遠のいていった。

 

 ……そして、更に数時間後。

 深夜になって、航海を終えたアルティリアが神殿へと帰ってきた。

 遅い時間の上に長時間の冒険と航海の疲れもあって、アレックスとニーナの兄妹は、それぞれアルティリアの腕の中と背中ですやすやと眠っている。

 小さい子供とはいえ、流石に二人も抱えて丘を上るのはキツいなコンチクショーと呟きながら、神殿に入ったアルティリアが見たものは……

 

「……なんか礼拝堂でスナフキンみたいな奴が寝とる。誰なんだこいつは」

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