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なんだかおかしい。
過去の話に触れた途端、私の心に強い痛みが走った。
まるで空気が冷たい海になったかのように、重たさと冷たさと息ぐるしさを持ったかのよう。
そう思うのは、私が人魚の特典を得たからであろうか。
苦しい。
「大丈夫か、傑」
「……ごめん。あれ。なんかおかしい。だってあれは、まさか」
それは既に死んだ夏油傑の思い出。私には関係がないはず。
それなのにひどい既視感を感じてしまうのは、思い出したくないと心が叫ぶのは、どうしてだろうか。
まさか、私の中に夏油傑の残滓があるとでも? それとも記憶が思いのほか強烈で私自身が共感してしまった?
転生者としての私が不安を覚える。夏油傑としての私が、悟にだけは知られたくないと叫ぶ。
「天内の依頼か? どうかしたのか」
悟。
勇者悟の事を苦しめる極悪人でテロリストの私を苦しめるのは何も問題がないな!
それに夏油傑はもう死んでいる。五条悟と夏油傑は話すべきだったと転生者の私も言っている。
「い、いや。話を続けるよ」
そうだ。流れてきた記憶で知っている。悟は本当にひどい怪我をして、死ぬ所だったんだ。
そして、理子ちゃんの死。拍手。拍手。拍手!
無知蒙昧、悪逆非道、とにかく怖い……そう、怖い猿ども。私の天敵。
「ごめん。なんか気持ち悪い。今日はこれで休ませてくれ」
「傑。俺は生きて「わかってる。わかってるよ」」
まずいな。今後の事も話しあわないといけないのに。
ただでさえ、私を利用しようとする勢力もあるのに。
レスバトルで勝てるのか……?
掲示板は酷かった。スレ民からも犠牲者が出ている者。
情報というアドバンテージを大幅に失った者。
特級術師でありながらぬいぬいメーカーを討伐しに行かない私を激しく責め立てる者。
もちろん、私を庇う声もあるが、それは血の提供装置と化す事のセットだ。
メロンパンに私の血が渡ったら元も子もないので、簡単に血は渡せないけれども。
誰も彼もが、私にすり潰されろと言う。転生者としての私は知っている。猿も術師も異能者もそれは変わらない。
ならば。ならば、私に安息の地はないのか?
苦しい。苦しい苦しい苦しい。
朝から嘔吐してしまい、私はとても心配された。
でも、この家族にも、情報を流している疑いがある。ぐちゃぐちゃになりそう。
全部が敵に見えて、ダメだそれは終わる。私は一匹狼にはなれない。私の誰かといたいという欲求は強い。
転生者としての私は、自己承認欲求強いもんねと言っている。そう、プライドクソ高い私は、誰かに認められてなでなでされてないと生きていけな……私は何を言っているんだ。
ひとしきり頭の中で、転生者の私と追いかけっこをする。
「大丈夫か、傑」
「いや、でも、話せる事は話すって決まった」
もうこうなれば勇者様に丸投げ案である。私も頑張るけれども。
「また人払いしますか、夏油様」
「いいや、今から話す事は家族には話しておきたい。私から離れるにしても、お願いがあるんだ」
「夏油様から離れないし、お願いもなんだって聴きます!」
「ありがとう、利久」
そうして、私は意を決して水の入ったタライをひっくり返して、びしょ濡れになった。
何かの漫画で見た、ツインテールマーメイド。張り付く布地が気持ち悪い。
あと、半端に濡れた状態でいるのはとても辛いので、乾かすか水の中に入ってしまいたい。
「えええええええええええええ!?」
「ハロウィンの日。呪力由来でない特殊能力が不特定多数に発現した。私に発現したのは人魚。私の血は異能に対する耐性を与える。ぬいぐるみもこれで解除できた。後は、歌で人を惹きつける事ができるらしい。安全は十分に確認できてないけど、悟と家族の皆には私の血を飲んでほしい。それでぬいぐるみ化に、それに他の異能にも抵抗できるようになるから、多分」
「お前何に巻き込まれてんの!?」
「えっと、話せば長くなるんだけど」
「だから全部話せって」
「わかってるよ。話してから戦いに行くよ。話す前に私が死んじゃったら困るだろうからね」
そうして、私はいくつかの実験をお願いして、その後人払いしてまた話を続けた。
憂鬱だが、賽は投げてしまった。もうこのまま全部ゲロッと話すしかない。
夏油傑を殺しちゃったことだけはまだ言えないけれども。いつかは言わないと、なのだろうか。
気が重い。一人は嫌だ。
ポツポツと話を続けていく。
信者達の拍手が怖かったと、つぶやく声は自分でも驚くほど小さく弱々しかった。
悟には知られたくなかった。
でも、言って仕舞えば、ストンと腑に落ちた。
そうだ、私。怖かったんだ。嫌いだったんだ。苦しかったんだ。助けて欲しかったんだ……。
そうだよと、転生者の私は私をぎゅっと抱きしめた。
自分の心を吐き出していく。嫌だと思う心をねじ伏せて。
だって、私は夏油傑じゃない。だから、こんな酷い事を平気でできる。
自分のことだったら、とても言えなかったに違いない。
「は?」
それにしても、他人の記憶でも、こんなに生々しく傷つくものなんだな。
忘れるな。夏油傑は他人だ。他人だ。私の痛みじゃない。だから大丈夫。
なのになぜ。
「何でかな、ごめんね悟。情けない」
あの時新宿であった時の話をしつつ、言うだけ言って少し楽になった私は付け加えた。
「多分、私はあの村で罪を犯してしまって戻れなくなった時、一歩も進めなくなってしまったんだと思う。私ってプライド高いからね。間違ってるなんて認めたくなかったし、認めたくもなかった。今更後悔してって事をなした後でもあるしね。無意味だ。後戻りなんてできないんだから」
そして付け加える。
「そもそも、人の言葉が猿がキイキイ言うみたいに認識できなくなっちゃったしね。今じゃ猿の作った物も着れない食べれないで大変だよ」
ほんとすごいデバフだよな、夏油様。私もそうだったらどうしよう。
記憶がすごく主張してくるぞ夏油様。どうしてくれるんだ夏油様。
その後、現代に時系列が戻り、話すのが楽になったのでささっと内通者のことを告げた。
今もう裏切ってるかどうかはわからないと言葉を添えて。
水を飲む。なんだかとても疲れてしまった。
「少し休憩するよ」
血の投与の実験の結果を聞きに行く。短期的には大丈夫そうだね。
長期的に見るととても不安だけど、既に一回してやられている以上、背に腹は変えられない。
願わくば悟の子供なんかに影響が出ない事を祈る。あと怖い感じに不死になりませんように。
それにしても、私の特典人魚かぁ。人魚かぁ。役立たずな上、くっそ狙われるし意味ないしハズレって思ってたけど、悟と家族の役に立てるならまあいいかな。あとはメロンパンに渡らないように気をつけないと。
「じゃあ、血の投与をさせてもらうよ。それから、明日は討伐に行ってくる」
「俺も行く」
「君は待っててくれないか」
「お前、今の状態で一人で行かせられると思ってんのか」
「選ばれたのは君じゃない。これは私が解決すべきことでもある」
というか、本当は君達の問題を解決させる為の力だったんだけどね。
なんで逆に手を煩わせてしまってるんだろう。人類を救わせるなら、悟みたいに勇者っぽい人間を選んでくれよ。今のところ全力で逆を行っているが。
「はぁ。出たよ選民思想。で? 後どれくらいあるんだよ、話」
「今、大体半分まできたところかな」
あと10巻ほどあるからね。
「マジかよ、今日中に終わる?」
「一番大事な部分は今日中に終わるかな。その後は人に託しておくよ」
もうすぐ渋谷事変。最悪、そこまで話しておければOKだ。
「家族以外? もしかして覚醒者?」
「そ」
「そいつ事情知ってんの」
「そもそもその人からの情報の横流しだよ」
「さっさと話せよ」
血の投与をした後、私は話し始めた。メカ丸の死をさっと終わらせ、本日のメイン。
「そして渋谷事変が起こる」
特に悟が封印される所は、しっかり語った。
転生者の私が言っている。ここが一番の見どころだと。見どころってひどいな!
必死に眠気に抗っていた悟が、飛び起きた。
「は? お前、体奪われんの!?」
そうここ、ほぼ確実にテスト(実戦)に出ますよ。だって私の体便利すぎるからね。私っていうか夏油傑の体だけど。
「そう。参っちゃうよね。人の体で大暴れするんだ、彼。君も封印しちゃうし……。君、私を殺した後、君自身の手で私の死体を処分しておいてくれないかな。ああ、ミゲル。彼、通称メロンパンが子供達に甘言をしてきても、乗らないように見てくれると嬉しい」
「ソンナニコロサレタイカ、夏油」
「死にたくないよ」
これは本音。生き返ったばかりで死にたくない。でも夏油傑も、私も罪人だ。
私だって、夏油傑という人を殺している。
私は、転生特典のチートな人生を悟に譲ろうと思っている。
だって、悟は幸せになるべきだ。
それでも、それでも、それでも。
私は生きたい。生きたい。生きたい。なんで生きてちゃダメなんだろう……。
人魚だから。術師だから。そうなのかな?
やはり猿は嫌いだ。
転生者の私がいう。でも、猿しか呪霊を産まないってありえなくない? 五月蝿いな、それでも私の感情が猿を嫌いだと反射的に感じてしまうんだよ。
「でも、世界と引き換えなんて言われたら、しょうがないよね。世界が滅んだら術師も死んじゃうわけだし」
ひとりぼっちで生きるより、まだ人の為に役立って死んだ方がいいかも。
すりつぶされるのは怖くて痛くて苦しくてしんどくてつらくて本当に嫌だけど。
一人になるのもい「逆だろ」
「え?」
「異能の対策もある。死ぬと死体が乗っ取られるのもある。取り込んだ呪霊が死後どうなるかもわからない。じゃあ、お前は死んじゃダメだろ。日本の為っていうなら、もがいてでも生き延びろよ。というか俺が死なせねーし」
悟は強い口調で言った。
「でも」
「五条悟ノ言ウ通リダ。夏油。俺ハオマエノ理想ヲ望ンデオマエニツイテルンジャナイ。オマエニツイテキタイカラツイテルンダ」
「ミゲル……ごめんね」
悟にも家族に申し訳ない。夏油傑は死んじゃったんだ。私が塗り潰してしまった。本当に申し訳ない。
ありがとう。ごめんね。夏油傑を殺しちゃった贖罪は、必ずするからね。
転生しただけなのに、とは言うまい。だって私、死に際にどんな事をしてでも生きたいって叫んでしまったから。願ってしまったから。
転生者としての私は、本当に弱くて、醜くて、猿みたいで、平和で、輝いていて、羨ましかった。
転生者の私はいう。夏油様も好きだよ。繊細で美しい飴細工みたい。それあっという間に溶けて壊れるじゃないか。だって壊れたでしょ? うるさいな。
「続きを話すよ」
渋谷事変の話は続く。
美々子と菜々子の死を話すのは、心が痛む。でもこれは、殺された未来の物語だから。そして家族の仲間割れ。本当に申し訳ない。新しい未来では仲良くしてほしい。あと、革命はいいけど人類滅亡はやめて。
「私からも話しておくけど、喧嘩しないでくれると嬉しい。いや、私のために争わないでって実際やられると辛いね」
「子供達だけど、呪専で保護させろよ」
「もうちょっと話すとわかるけど、ちょっと事情があってね」
「じゃ、早く話して」
私は渋谷事変とその後を話していく。
そう、呪専、乗っ取りかけられてるから家族をやれないんだよ。参っちゃうよね。
スレ民と悟でなんとか主導権取れたらいいけど、上層部の人保身が強そうなんだよね。
一緒に戦ってくれなそう。
「……」
悟は難しそうな顔で悩んでいる。政治苦手だしね、君。
色々考えることがあって大変だと思う。眠い時に話して本当にごめん。
血の投与、負担でかいよね、ごめん。
「続きは」
ここからは本誌を読んだ人の記憶を頼るしかないので曖昧なんだよね。
「んっとね。死滅回遊は囮でもあって、メロンパンは天元様の元へ。そこでメロンパンの目標が判明する」
「目標?」
「人類の魂全部が交わった呪霊が面白い形だったら笑っちゃうよねって」
「は?」
「愉快犯?」
「はぁ!?」
「いや、他に何かあるのかもしれないけど。この物語はこれで終わり」
「予知を逆手にとることはできなかったのか?」
「私、知っちゃったからね。持ち主の記憶を奪えるのと、悟が記憶を失っちゃったのがあって、もう無理だよねって。そもそも、相手が変わった未来に対応できないとは思えない。未来情報も加味して、家族の中ではミゲルが一番頼れそうだと思ったから、ミゲルにも話させてもらったよ。後は悟とミゲルの判断で話せばいい」
「まだ信じてたのかよ、その設定。大体の記憶は戻ったわ」
「なら、安心して私が無茶できるね。……なんだよ、そのしまったって顔」
何かあっても、悟がいるから大丈夫。
最終防衛線に君を置いて、君に前線を押し下げられないように。
頑張って、戦ってくるよ。
前世の私は、か弱いけど結構強かな女だったんだよ?
夏油傑は殺した。
未来も殺した。
これから、新しい未来を創りにいく。
そうして、私は翌朝、出陣した。
早く夜蛾先生のシーンが書きたーい!
夏油傑を殺しましたカミングアウトのシーンが書きたーい!
察しの良い方はもうこの夏油編で真相に気づいたかと思います。
そういうことです。