天高く、ウマ娘肥ゆる秋―
おいしい食事と過ごしやすい気候につい食べ過ぎて体重計の上で悲鳴を上げ、レースに向けての体重管理で更に悲鳴を上げる二重奏はトレセン学園の風物詩。
おや、どこからかターフの名優と日本総大将の絶望したような声が聞こえてきますね。
さて、そんな悲鳴を上げさせる側のトレーナー達が普段仕事をしているチームルーム、その一室から何やら困ったような声が……おや、なんだか甘い匂いがしますね?
さてその名は禁断の果実 著:嵐山三太夫
「いや、確かに旨いのは知ってるけど限度ってものがあるだろ!? こんな山のように送られたって困るって!」
『いーじゃないの、ウマ娘さんや他のトレーナーさんに配るの前提で送ったんだから。きちんと管理すれば 1 か月くらいもつのは知ってるでしょ』
「だからって段ボールの山ができる量はやりすぎだろ! ……あ、くそ切りやがった」
普段はレースの資料映像やトレーニング教本、ウマ娘工学の研究書やホワイトボードが置かれているチームルームですが、今日はどこからか送られてきた段ボールがいっぱいのようです。
「はぁ、一体どれだけ送ってきたんだよ……しかもご丁寧にあれこれ他の種類も混ざってるし」
ひとまず箱を開けて中身を確認しつつ、中身を取り出すと──そこにはつやつやとしたりんご!
どうやら、ここに積まれた段ボールの中身は全てりんごのようですね。
「あー、こっちのは早めに食ったほうが良さそうだな。……おい、なんで菓子用のやつがこんなにあるんだよ」
箱を開けながら中身を改め、一つずつりんごを取り出すトレーナー。……おや、色が違うものや大きさが違うものもありますね?
とその時、コンコンと控えめなノックの音。
そしてドアから小柄で豊かな黒髪とおしゃれな帽子を被ったウマ娘が顔を覗かせました。
「こんにちは、お兄様。入っても大丈夫?」
「おお、いらっしゃいライス。大丈夫だよ、すこし狭くなってて悪いね」
入ってきたのはトレーナーの担当ウマ娘にして愛バ、ライスシャワーでした。
彼女は秋の天皇賞はやや短いためジャパンカップから有馬記念を目標として調整中。
今日はトレーニングは休みで疲労と筋肉の損傷を回復させる予定でしたが、レース映像の確認か勉強に来たようですね。
「わ、段ボールがいっぱい……お兄様、これどうしたの? ……りんごの匂い?」
「流石にこれだけあったら分かるか……うちの親から知り合いに配る分込みで君にプレゼント、だそうだ」
「わあ、本当!? えへへ、嬉しいな……」
何を隠そう、りんごが大好きなライスシャワー。目が途端にきらきらし始めました。
「……配る前にりんごの出来をを確認したいから、試食に付き合ってくれるかい」
「うんっ、お兄様!」
元気に頷くライスの前に、箱から取り出して洗ったりんごを並べていきながらほほを緩めるトレーナーでした。
※以降、筆者による各りんごの印象が含まれます。
「まずはこいつからだな。このりんごは知り合いの農家の人が作ってるんだが、皮ごと食べられるからせっかくだから皮つきで食べてみてくれ」
「うんっ、いただきます! ……ん、ちょっとすっぱいけどおいしいね!」
「こいつは良く熟さないとかなりすっぱいんだが……お、しっかり甘いな」
嚙み締めればしゃくりと軽い感覚、そして爽やかな甘酸っぱいりんごの風味。
「甘酸っぱくておいしいね、お兄様っ」
「そうそう、『ジョナゴールド』ってのはきちんと甘くて甘酸っぱいのがいいのさ」
ジョナゴールド……「紅玉」という品種から生まれた品種で 10 月からのりんごの主力が一つ。
紅玉譲りの強めの酸味と、それを補う十分な甘さでさっぱりとした味わいのりんご。
良く育てば結構大ぶりにになることも。
「さて、次はこいつだ。これは今が一番おいしい時期のりんごだな。はい、ライス」
「ふえっ!? あ、あーん……? はむっ」
トレーナーが次に手に取ったのは、大ぶりのつやつやと光沢のある真っ赤なりんご。
手際よく包丁で割っていき、切ったものを『あーん』しています。おや、ライスシャワーのほっぺたもりんごのようになってしまいましたね。
「お味はいかが?」
「……さっきのよりもっと甘くておいしいけど、恥ずかしいよぉ……」
「ははは、ライスも日に照らされて真っ赤になったかな。……うん、このいくらでも食べたくなるおいしさこそ、『陽光』の良いところだよな」
陽光……その名のごとく日光に良く照らされれば鮮やかな光沢のある赤になるりんご。
くどすぎない甘味と酸味のバランスの取れた美味しさ。歯ごたえ、風味とも良好な優等生。
群馬県で自然交雑して生まれた品種のためか、群馬県の主力りんごの一つになっている。
「さて、こいつは……うん?」
「あれ? このりんご、赤じゃなくて黄色だね」
「こいつは初めて見るな……(シャクリ)あー、結構甘い寄りのりんごだなこれ。はい、ライス」
「あ、あむっ……ほんとだ、すごく甘いね……あぅ」
(照れてるライスもかわいいなぁ)
はてさて、2 人が感じている甘さはりんごの味わいだけなのやら。濃い緑茶が一杯欲しくなりますね。
トキ……外見は淡い黄色。親である「王林」という品種の独特な香味としっかりした甘味をそのままに口当たりを良くした。
とても甘めで肉質は普通やや粉っぽさを感じるソフトさ。このあたりは親の王林からの特徴か。
「お次は……うわ、どっちも似てるな」
「あ、じゃあ二つとも切って味見しよ、お兄様っ」
「よし、それじゃそうするか。まずはこっちからだな」
トレーナーが切ったのは真っ赤になった大ぶりのりんご。
成人男性の手に余るほどの大きさのそれを切り分けてかじり付けば、さわやかな甘みと酸味!
「ほー、さっぱり系か。これも良いな」
「うん、いっぱい食べられそうだよお兄様!」
大紅栄(だいこうえい)……艶々とした濃い赤の外見。しっかりとした歯ごたえ、ジューシーな果汁、大振りの実。
甘さは控えめだがそこまで酸っぱくはない、さっぱりとしたバランスの取れた味わい。
「さて、もう一つは……おお、こりゃ良いな」
もう片方のりんごを割ってみると、真ん中の芯の周りには半透明の黄色になった部分が。
「見てみなライス、『蜜』入りだぞ」
「ほんと!? わぁ、きれい……!」
良く熟したりんごの果実の中に飽和して溜まった糖分、それが『蜜』と言われるもの。
それが多いりんごはより甘く、完熟しているという証明でもあります。
「おお、思った通りの甘さだな」
「ライスはこれくらい甘い方が好きかも、えへへ」
北紅(きたくれない)……これまた濃い紅色になる、りんごらしいりんご。蜜が入りやすいらしく試しに買ったものも多量の蜜入り。
そのため味はかなり甘めより。食感や果汁は普通のりんごらしいりんごといったところ。
陽光やよりは甘さに寄っているので、甘いのが好きならこちらがよりおすすめ。
「はっ、なんだか呼ばれた気がする!?」
「キタちゃん落ち着いて、それ絶対気のせいだよ……!」
※番外編……ちょっと変わり種のりんごたち
「さて、こいつは普通お菓子用に使われるりんごなんだが……よくよく大切にされるとほら、この通り」
そう言って少し小玉で深い赤色のりんごをトレーナーが半分に切ると、そこには半分近くが『蜜』に変わった中身が!
「本来はすっぱさの方が強いからそのままでは食べないんだが……ここまで蜜が入るとそのまま食べられるんだよな」
「んん……! ちょっとすっぱいけど、これもおいしいよ!」
「それは良かった。とはいっても基本はお菓子用だから、ジャムやパイにするのが良いんだけどね」
紅玉……アメリカで生まれ、日本に持ち込まれた品種。品種としてはかなり古い。
酸味が強くそのままではやや食べづらいため、基本はお菓子用だが蜜を多量に含んだものは生食可能。
調理し熱を通すことで甘味が増す。
「あれ、このりんご他のより小さい……」
「小さくてもおいしいぞー。小さい分食べやすいし、持ち歩きもしやすいんだ」
2 人の手の中にあるのは普通のりんごより小さく楕円形のりんご。ライスシャワーの手の中にすっぽりと納まるくらいの大きさのそれに、2 人はそのままかじりつきます。
「ん……! ちっちゃいけど甘くておいしいね!」
「な、おいしいだろ。……なぜか扱ってるところあんまり見ないんだけどな、もったいないと思うんだけど」
スリムレッド……変わり種。楕円形ながら姫リンゴことアルプス乙女をスケールアップしたくらいのちょうど良い大きさで十二分な甘さとほのかな酸味が美味しい。かぶりついておやつにするにはちょうどいい大きさ。
因みになんとこの品種、群馬県発祥で極一部でしか栽培されてないらしい。そりゃ道理で見かけないわけだ。
「さて、こいつはさっきのとは違って大物だぞ」
「わ、おっきいね!? ほとんど緑色だけど……」
「こいつはこの色が普通なんだ。収穫前に袋をかぶせると普通のりんごみたいになるんだけどな……ほら」
「あーむっ……おいしいけどなんだか、薄めの味だね」
「この『陸奥』ってりんごはもうかなり古い品種だからな。たっぷりの食いごたえと引き換えにやや薄味なのは否めないな」
陸奥……品種としては紅玉と同じく古いりんご。品種登録した頃イギリスの品種品評会でking of apples と評された実は凄い品種。
外見は淡い緑、日に良く照らされてようやくうっすらと赤みが付く。収穫前まで袋を被せ1 週間ほど日光に当てると真っ赤になるという変わりモノ。
なんといっても特徴はその大きさ。デカイ。とにかくデカイ。成人男性の手に余裕で余るほどのデカさで場合によっては 1kg(!)を超えるとか。
肝心の味は……かなり淡白。ほんのりとした甘味酸味とその大きさと多量の水気による食いっぷりが武器のため、ボケる(収穫後の時間経過で内部の果肉が粉っぽくなり風味触感が劣化する)と途端にダメダメになってしまう。買ったら早めに食べよう。
さて、2 人とも結構たくさんのりんごを食べてきましたね。そのおかげで味見用のりんごも残り少なくなってきました。
「はぅ……結構食べちゃったね……」
「はは、だけど本命はここからだぞ。さあ、まずはこいつだ」
そう言ってトレーナーが手に取ったのは……黒みを帯びたとても深い赤色のりんご!
「わぁ、きれい……! つやつやだぁ!」
その黒みはよくよく日に照らされた証。しっかりとした歯ごたえの中にバランスの取れた甘みと酸味
「見てよし、味わってよし。こいつが『秋映』さ」
秋映(あきばえ)……長野の誇る「りんご三兄弟」の先鋒。品種の登録は現代ながら、市場に出回り始めるやいなやあっという間に勢力を確立してしまった。
旬の時期が 9 月下旬からという、早生りんごとその後の品種の端境期を埋めながら、その歯ごたえと味わいでそれまでの早生りんごが一体なんだったのかと思わされるほどの衝撃を与えてくれたりんご。
外見は日に良く照らされると艶やかな光沢を持った赤黒に染まる。程よい酸味とくどすぎない程度にしっかりした甘味、しっかりとした食感。日持ちもなかなか。
「さて、こっちはかなり甘いぞ」
「あーん……ん-っ、すごく甘いね!」
「これは本当にそのままでお菓子みたいな甘さだからなぁ、名前通りというかなんというか」
秋映とは違い、普通のりんごらしい赤色のそのりんごは甘さに振り切った一点特化。
『シナノスイート』の名に恥じない甘さでありました。
シナノスイート……長野の誇る「りんご三兄弟」の中堅。秋映と違い、こちらは普通のりんごらしい赤み。時期的にはやや秋映と被る。
スイートの名に恥じず、まるでりんご菓子かと思うほどに甘い。が、あまりにも甘いため好みが別れるところではありそう。
口当たりは秋映より柔らかめ。
「さあ、こいつがラストだ」
そして最後に残されたのは……黄金ともいえるほどの濃い山吹色を纏ったりんご!
「わあ、きれい!」
「ただきれいなだけじゃないぞ、はい」
「あーん……んーっ、おいしい!」
一口噛み締めればじゅわりと湧き出す果汁、さわやかな風味、しっかりとした甘さ。その美味しさたるや、黄金の色に恥じぬ逸品!
「これぞ今出回ってるりんごの中では最もおいしいかもしれない品種、『シナノゴールド』
だ。……初めて食べた時の衝撃は忘れられないなぁ」
シナノゴールド……長野の誇る「りんご三兄弟」、その大将。良く熟したものは本当の意味で金色といえる程の濃い黄色の外見が特徴。
秋映以上のシャッキリとした歯ごたえ、瑞々しい水気、くどくない甘さ、爽やかな後味。
それでありながらかなり日持ちするという、欠点がまるで見当たらない逸品。
これを超える味わいの品種は当分現れないのではないだろうか。
さすがウマ娘というべきか、1 個ずつとはいえあれだけあったりんごはきれいにライスシャワーとトレーナーのお腹に納まりました。よく食べましたね。
「ごちそうさまでした。……ふぇぇ、お腹いっぱい……」
「いやあよく食べたねライス。夕飯食べられるかい?」
「……お兄様、今から「お休みにならなくなるからダメ」あぅぅ……次のトレーニングは強めにしなくちゃ」
いっぱいになったお腹を撫でながら、ちょっと後悔気味のライスシャワーなのでした。
食欲の秋とはいえ、食べすぎには皆様くれぐれもご用心を!
※おまけ
──後日、シンボリルドルフの担当トレーナー室にて。
「おや? トレーナー君、そのりんごはどうしたんだい?」
「やあルドルフ。ライスシャワーのトレーナーからおすそ分けされてね。食べるかい?」
そう言って、シンボリルドルフのトレーナーは切り分けられたりんごの載った皿を差し出します。
「そうだね、頂こう。……ん、この味は」
「どこからか、君がこれを好きだってことを聞きつけたみたいでね。特別にちょっと多めにもらってきたよ」
「はは……それは少し恥ずかしいな」
少し照れながらも、噛み締めた味は慣れ親しんだ甘さと風味。
日本を代表する品種、『ふじ』の味でした。
ふじ……言わずと知れた日本のりんごの代表格。
かの『皇帝』シンボリルドルフの好物であり、りんごについてはこの品種しか食べなかったとか。
時期的にほとんどの品種が旬の時期を終えるため、品種としてはかなり古いにも関わらず冬の時期は今なおこのりんごが勢力を保っている。
日本でりんごと言えば大体このりんごが思い浮かべられるはず。