「トレーナー、バーベキューがやりたいがどうだろうか」
並木の葉も赤く色づきトレセン学園もG1に向けて騒がしくなる秋のこと、突然オグリキャップがそんなことを言い出した。
「バーベキュー?」
「そうだ」
「この間にタイキシャトル主催のバーベキューパーティーに行ってきたばかりじゃないか」
「そうだな。タイキシャトルのバーベキューソースと大きな牛の肉はとても美味しかったからまた行きたい。何か変なことを言っているだろうか?」
首を傾げる彼女のその仕草に思わず笑ってしまう。『芦毛の怪物』『灰被り』『伝説』、さまざまな二つ名で呼ばれる彼女ではあるがその実はお人好しで、少しネジが抜けていて、食べることが大好きな、普通のどこにでもいる女の子だ。きっと何か理由がある。決してただ腹ペコだからという理由で人をたくさん集めるようなイベントをやろうとは言い出さないはずだ。読んでいた競バ新聞を閉じてしっかりとオグリに向き直って彼女の言葉を待つことにした。
「わかった。何が食べたい?」
「そうだな。すぐに聞いてこよう」
「聞いてこよう?」
「そうだ。私が食べたいからバーベキューをしたいわけではないんだ。なんといえばいいのだろうか......」
言葉を探すように悩み始めた彼女を見て、なんとなく彼女のやりたいことは察することができた。新聞を机に置き、携帯電話をポッケに入れ、オグリ用のメモ帳を懐に入れて立ち上がる。
「よし、じゃあ今日の練習メニューはこうしよう。一緒にご飯を食べたい人に、食べたいものを聞いてくる、だ」
「なるほど。まずはタマだな」
「オグリー! クリークが呼んどったでぇ!」
「ちょうど良いところに。タマモクロス、食べたいものはあるか?」
「なんやぁオグリ、ンな急に言われても思いつかんで。というかトレーナーと2人でなにしとるんや?」
「トレーニング中だ」
「どういうこっちゃ......?」
探しに行こうと思った矢先にトレーナー室のドアを半分だけ開けて顔を突っ込んで呼びかけてきたタマモクロス。オグリの言葉足らずな説明に首を傾げる彼女にかくかくしかじかと事情を説明すると、少しだけ腕を組み悩むそぶりを見せたのち天啓を思いついたように突然耳と指をピンと立てた。
「タダ飯食うんやったら高いヤツ、てのは芸もないしオグリのトレーナーさんにも迷惑がかかる。ここはひとつ『秋鮭』でもたらふく食わせてもらおうやないかい!」
「シャケ、か」
「せや。キノコと一緒にホイル焼きにしたり、野菜と味噌で炒めてちゃんちゃん焼きてのもええやろ!食堂に出る塩鮭も美味いけど、折角ならイロイロ食べてみたいわ!」
確かにタマモクロスの言う通りだ。食堂のメニューは千差万別、普通の学校と比較してかなりのメニューが揃っているがそのほとんどが年中固定されていることは案外知られていない。日替わりセットや季節限定メニューなどで幅はあるが、小中学校の給食のように毎日違うメニューを食べられるほどではない。変わったメニューを食べたいというタマモクロスの意見もなかなかに悪くない。オグリも異存はない様子だし、次に行こうと促した。
「次はクリークだな。どこに居るか知らないか、タマ」
「そのクリークが呼んどったんや。案内したるでついて来ぃ」
「ありがとう、タマは優しいな」
「ええてええて、これくらいお安い御用や。トレーナーさんもついてきてくれるんやろ?」
そうだと頷くと、彼女は嬉しそうに頷く。
「おおきに! やぁっと話のわかる大人が見つかったで。これで──」
そう言いながら彼女は自分の服装に目を落とす。白と紫、伝統と格式あるトレセンの制服ではなく、近くにある幼稚園で使われる水色一色のスモッグを見て乾いた笑いを漏らした。
「これで、クリークが止まる......」
「そ、そうだったのか」
「あとイナリも巻き込まれとったし話を聞くんやったらイナリにもやな。運が良かったなオグリ、これで3人や!」
「食べたいもの、ですか?」
うーん、と床にぺたりと座って悩むスーパークリークの膝で気持ち良さそうに耳かきされているオグリはしばらくは戻って来れなさそうなので、こちらから話を切り出した。
「別に私はなんでも構わないですけれど」
「そんなこと言うたら失礼やでクリーク、なんかあげへんと」
「私は、オグリちゃんやみんなが楽しめればそれでいいですから。呼んでいただけるだけありがたいです」
「そのオグリが言い出しっぺなんや」
「オグリちゃんが?」
「せや。なんでも本人もうまく説明できんかったらしいけど、いつもとは違うらしいってトレーナーが言うとるんや。せやからひとつ、乗ってやってくれんかクリーク」
「わかりました。オグリちゃんのためになるなら。そうですねぇ......」
「あ、決める前にイナリ戻しといてくれへんか。イナリも誘いたいねん」
「あら」
「ばぶぅ」
「あかん、本格的に赤ちゃんになってまっとる......!」
「てやんでい酷い目あったで。んでオグリ、用事ってのはなんや?」
「食べたいものはあるか?」
「決まってらい! 秋といえば目黒の秋刀魚、秋刀魚よ!」
オグリより頭ひとつ小さいが、その存在感はオグリに引けを取らないのがイナリワンというウマ娘。江戸っ子気質なのもあってか悩むこともなくあっさり決めてくれた。
「わかった、ありがとう。いつやるか決まったら連絡する」
「オグリお前、ちゃんと携帯使えるんか?」
「安心して欲しい。連絡するのはトレーナーだ」
「それならええんやけど」
「顔に、何かついているだろうか」
「んにゃなんでも無ェ。んで次は誰に聞きに行くんだい?」
「メジロアルダン、ヤエノムテキ、バンブーメモリー、あと笠松のみんなも呼びたいな。あとは、他にも何人か呼びたいな。人数が多い方がきっと楽しい」
「ひー、ふー、みー、随分と多いよけど大丈夫なんか?」
「大丈夫だ、任せて欲しい」
「本当に大丈夫なんかオグリのトレーナーさんよう」
小声でイナリワンがコチラに声をかけてくる。どうやら少しオグリキャップのことが心配な様子。さっきオグリの顔をじっと見ていたし、何か思うところでもあるのだろうか。
「今回のはオグリが率先してやってるみてえだな。普段だったら一緒に話を聞いてやってるってのに、随分と静かじゃねえか。1人でやらせるつもりかい?」
「そうだね」
「言っちゃ悪いがオグリってはのはこんな事には向いてねえと思うぜ。もっとタマモクロスに手伝ってもらうとかした方がいいんじゃねえか。あの様子じゃ手伝ってもらう気はなさそうだろ」
「確かに、そうだね」
「トレーナーさんが支えてやらんとうまくいかん。オグリを悲しませるようなことがあれば、困るで?」
「そうでもないさ」
「ああん?」
機嫌悪そうに耳を絞ったイナリ。けど、彼女だってもう一人前のウマ娘だ。もうそろそろこういうことを任せてみてもいいんじゃないかと思っていたところなんだ。
「オグリが何かいうまで手伝いは控えてやってくれないか。他のみんなにも、そう伝えて欲しい」
「失敗したら、アンタのせいにするからな」
「それでいいよ」
「......わかった」
それから数日間ほどかけて、オグリキャップがバーベキューに呼びたいメンバーに食べたいものの聞き取りを終えた。
メジロアルダンやバンブーメモリー、ヤエノムテキにサクラチヨノオー。同じレースで鉾を交えたり、同じ年にデビューした同期の仲間たちに重点的に声をかけていた。
意外なことといえば、そのトレーナーたちにも声をかけていたことだろうか。オグリから声をかけて欲しいと頼まれたときには思わず驚いてしまったが理由を聞けば納得がいった。
『私がトレーナーのことを大切にしているようにみんなだってトレーナーのことを大切にしたいんじゃないか、と思ったんだ。だからそんな人たちと一緒にご飯が食べられたらいいなって思うんだ』
『一緒にご飯が食べられたら、嬉しいだろう?』
独特の感性ではあるが、オグリはそうやって友情を育んできたんだろう。
『ああ、今一緒にタマと食堂にいるんだ。トレーナーもお昼を一緒に食べないか?』
『クリークにカレーライスをいっぱい作ってもらったんだ。一緒に食べよう』
『イナリにおすすめのうどん屋さんを教えてもらったんだけど、天ぷらがとてもおいしかったんだ。今度一緒に案内してもらおう』
『メジロアルダンにおちゃかい? に呼んでもらったんだ。紅茶もクッキーも美味しかったから少し分けてもらったんだ。トレーナー室で一緒に食べよう』
『チヨノオーにおはぎをもらったんだ! あんこときなこ、トレーナーはどっちが好きなんだ?』
オグリは地方からの転入生で環境の違う場所にたった1人で乗り込んできたウマ娘。シーズンもクラシックに差し掛かる頃合いで、オグリが挑む重賞勝ち負けレベルともなれば1番ギラつく時期でもある。そこでしっかり友達を作って、ライバルも見つけて、良好な関係を築けたのは紛れもなくオグリの努力と人たらしの才能の結果だ。だがオグリから何か働きかけるようなこと、もてなすことは多くなかったように思う。
直感的にオグリはそれを感じ取っていたんだろう。だから、今回言語化できなくても何かしてあげたいと思って行動しているんだ。
何かされたらお礼を言うように、与えられたものには言葉ではなく行動でも恩を返す。
「うーん、うーん......? つうはん? くれじっとかーど? ゆうそう?」
人差し指でぽちぽちとキーボードを押しながら頭から煙を出しているようなオグリに熱いお茶とお茶請けを差し出しながら少しだけアドバイスをする。
当日までまで、あともう少しだ。
◇◇◇
「来たでぇオグリ!」
「わぁ、すごい!」
「準備万端って感じやな! 早く食わせろい!」
「ようこそ。いっぱい食べてくれ!」
「一杯は食えへんけど、楽しませてもらうで」
最終的に、郊外にあるトレセン学園と提携するキャンプ場の一角を貸し切っての数十人単位のパーティになった。
並べられた机や料理、バーベキューコンロも全部前日から今朝にかけてオグリと2人で準備してきた。食材の選定や準備、当日の荷物運びや火おこしまで全部だ。
タマモクロス希望の鮭、スーパークリーク希望のキノコ類、ウマ娘みんなが大好きなニンジンは野菜たっぷりのちゃんちゃん焼きに。イナリワンの秋刀魚は炊き込みご飯と塩焼きの2つ。バンブーメモリー希望の栗はシンプルに焼き栗。メジロアルダン希望のスペアリブ(羊肉)はタイキシャトルから教えてもらった特製ソースに漬け込んで豪快に焼き上げる。
食事終わりのデザートには、メジロアルダン希望のマシュマロやサクラチヨノオー希望のサツマイモで作った焼き芋が待っている。
全員の手に飲み物や取り皿が行き渡ったであろうところで、オグリキャップにマイクを手渡した。
「君が企画したんだ。君から挨拶をしないと」
「そうだな。うん、何も考えていなかったな」
「いや何も考えとらんのかい!?」
「準備で忙しくて。で......」
何を言おうかとオグリが考えているのをみてすっ、と自然和やかな空気が引き締まる。オグリキャップの言葉をこの場の全員が待っているんだ。
「私は、みんなに助けられてばかりだったように思う。だから、どこかで恩返しがしたかったんだ。今日は、いっぱい食べてくれ」
「......」
最前列の面々が顔を見合わせる。するとイナリワンがやれやれと肩をすくめ、タマモクロスががため息をつき、スーパークリークが無言でオグリ分の取り皿と箸を押し付けるように手渡す。
「恩返しなんてそんな大層なこと考えとったんか、通りで辛気臭い顔し取ったわけや」
「らしくないこと考えてると眉間に皺が寄るでオグリ?」
「オグリちゃんは優しいですね。でもオグリちゃんが楽しそうにしてる事が、私たちは1番楽しいんですよ」
「美味い飯なら一緒に食わんとこっちが気分悪いでオグリ」
「一応アタシもメシ持ってきたしな」
「野菜たっぷりのカレーも用意してきましたよ」
「仲間はずれにはしませんよ」
「辛気臭いっスよ! 楽しく食べた方がいいっす!」
「みんな、私はみんなに楽しんでもらいたくて......」
「そんな大層なことは考えんでええねんオグリ」
一緒に笑って美味い飯を食う。お前がしてきたことやろ?
「タマ......」
ぐぅ、と小さくはない腹の音がした。
「......腹は正直やな、オグリ」
「いや、さっきつまみ食いしたから私じゃないぞ」
「じゃあ誰が......」
「オグリ。いただきますの挨拶をしようか」
「そ、そうだな。うん。じゃあ、両手を合わせて!」
「「「「「いただきます!」」」」」」
オグリの元気良い挨拶を合図に、めいめいが出来立ての料理や焼きたての魚や肉にかぶりつく。
それぞれが口いっぱいにお肉を頬張っていたり、歓談しながら配られたお茶を飲んでいたり、いつものように山盛りにご飯を盛っていたり。オグリはつまみ食いと言いながら3人前ほど料理を平らげていたんだけど元気に白米と秋刀魚とちゃんちゃん焼きをかきこんでいる。
いつものオグリが戻ってきたらしいどころか、抱えていたものが取っ払われたせいかいつもの2割マシで元気だ。普段なら明日のトレーニングメニューとかどうしようか、なんて考えたくなってしまうが......
「なあオグリ、たこ焼き焼いてええか?」
「タマのたこ焼きが食べられるのか!」
「任しときバリバリやったるで! トレーナー、鉄板とタコ持ってきてくれ!」
「たこ焼き言うたら揚げ焼きにするやろ、油持ってくるわ!」
「ああん!? 銀◯この揚げ焼きはたこ焼きやないで!」
「ああん!? あのかりふわ食感がたこ焼きやろ!」
「お、お二人ともおちついてください。ここは穏便にしないとクリークさんが」
「喧嘩をするなんて、悪い子たちですね」
「「ウワーッ!?」
「いつも通りというべきかなんと言うべきか」
女子高生らしくやいのやいの騒がそうにしているのを微笑ましくみていると突然固いものが口に突っ込まれる。
「トレーナーもしっかりと食べないと」
「オグリ、ありがとう。けど」
突っ込まれた固いものを抜くと、こんがりと焼けた秋刀魚の頭側だった。それを取り皿に置き直しながら、なんとなくオグリの頭を撫でる。
「オグリ、普通の人は秋刀魚を頭から食べないんだ」
「そうなのか? でも魚の頭は栄養があるから頭から尻尾まで全部食べなさいとお母さんが言っていたぞ」
「顎の力が強くないと無理かな......」
バリバリと頭から秋刀魚を食べているオグリ。たまに変な食べ方をするのが玉に傷というか、なんというか......
「ところでオグリ、あのことは忘れるんだ」
「あのこと?」
「最初のことだよ、お腹のこと」
「お腹......ああ、やえもぐ」
うっかり口走りそうになった口に取り皿の秋刀魚を突っ込んで口を塞ぐ。なんだか赤い顔をしてるけど彼女の沽券のためにこれを広めるわけにはいけないんだ。前にいたオグリキャップと自分にはよく見えていた。誰かのお腹がなった時、自分のお腹を抑えて赤い顔をしていた──ヤエノムテキのことを。
「黙っておこうね」
「もが、もがもが......」