さけかす・ざ・ろっく! 作:おにころ
あ、これだ。
気づけば人生初の筆を取ってた次第です。
「はぁ~~~……」
どうしてこうなった。
今すぐにでも頭を抱えてソファーにでも寝転びたい気分の俺は、足元に転がる人(?)を見下ろしている。
ヨレヨレのキャミソールをこれでもかという程だらしな~く着けて、小紫色の髪をリボンで結ったサイドテールをべしゃりと展開し、履いていたであろう下駄を脱ぎ散らかし、近くに紙パックの
というか二人といてたまるか。
「あの、起きてくださーい」
一言声を掛ける。
…………。
起きない。
「すんませーん」
起きない。
すぅすぅと気持ち良さげな寝息は静かな部屋に良く響く。
「おーい、起きてー」
今度は体をゆっさゆっさしてみる…………が反応は無し。
肩に直接触れて、「もしや死んでいるのでは」と思い体温を確認すると、これがまたビックリするほど温かい。
……というか寝息を立てている時点で死んでいる可能性はゼロでは無いのだが、この世には顔が溶けたりツチノコと化したりする人物が居ることを知っているので、念の為というやつだ。
「……起きろー」
いい加減起きてくれないとこっちが困る。
少し強めの口調で起床を促すが当然の様に反応無し。
むしろ寝息が大きくなった気までする。
さては狸寝入りではあるまいな。
「起きてくださーい、良い酒冷蔵庫で冷えてますよー」
「お酒っ!?」
「あ起きた」
伝家の宝刀『オサケアルヨー』の効果は絶大だった。
眼下のボロ雑巾――――もとい人がガバっと起き上がり、周囲をキョロキョロ。
「酒ェ……酒ェ……」と目から声が漏れている。
……はっきり言ってドン引きする光景だった。
「やっと起きたんすか廣井さん……」
「だ~か~ら~、私の事は『きくり』って呼んでってアレほど言ったのに~……」
「…………年下に下の名前呼び捨てにされるのはどうかと」
「い~じゃ~ん! 私が呼んでって言ったんだからぁ……」
ふらふらと千鳥足で玄関へ向かってきながら下の名前呼びを強要させてくる光景は、控えめに言って高校生に見せる光景ではない。
俺はそう叫んだ。
呂律が回ってないような回っているような、微妙な口調で下の名前呼びを強要させようとしてくる女――――もとい『廣井きくり』はバンドマンである。
酒カスで怠惰で終わっている生活を展開し高校生にご飯を要求するような存在でも、彼女は立派なバンドマンである。
そんな完全に終わってる人を現状養っている(?)俺は、
少し前までは暫定普通の高校生をやっていたが、現在はめでたく酒カスの胃袋を握らされ、普通という地位から転がり落ちた存在が俺だ。
「せーいちくんも飲みなよ~お酒~」
「何サラッと未成年飲酒勧めてるんすか。普通にアウトですからね」
「え~! つれないなーせーいちくんは! おらっ飲めっ」
「人ん家の観葉植物にお酒は呑ませないでください。普通に迷惑です」
「えっ!? せ、せーいちくん葉っぱ生えちゃってるよ!?」
「生えてないです」
――面倒くせぇー……。
内心でそれはそれは大きなため息を吐いた俺は、素直にそう思った。
この酒カスの言動は今に始まった事ではないし、それこそ大分慣れた方だとは思っているが、それでも毎度毎度意味不明な行動を繰り返すのには、飽き飽きとしてくる。
そろそろ心労で胃に穴が空いてしまうかもしれない。
俺も彼女の言う『幸せスパイラル』を行うべきか……?
あーほら、ヨレヨレのキャミソールが肩から支えを失って…………。
「……外れそうっすよ」
「ん? あ……へっ。良いの良いのせーいちくんなら~」
「良くないです。直してください」
「ん~~~いや! めんどくさい!」
「この人…………!」
そう。
そして何よりも俺の心労が貯まる原因は
俺は高校生、女性経験無し、クラスメイトの女子とは普通に会話する以上の関係性は無い。
唯一親しげ(?)に話せるのは同じ高校の
あー……つまり何がどうしてどうなったって感じだろう。
つまりだな、率直に言わせてもらうなら――――目に毒なのだ。
そう、
廣井きくりは無防備過ぎた――!
この一言で俺の心労の七割強を説明できるのがなんとも腹立たしい。
毎晩毎晩俺の住んでるアパートにふらっとやってきたと思ったらソファーにどっかりと座り込み何処からともなく酒を出す――そして飲酒。
常日頃から酔っている癖に俺の家でブーストを掛けるように飲み始め、晩ご飯を食べて帰ったり帰らなかったりして、帰らなかった日は色々と危ない格好でダル絡みしてくる廣井は、想像以上に俺の胃にダメージを与えたのだった。
(あの日適当にオーケーを出した自分を止めたい…………)
正直、高校生になっていきなり一人暮らしを始めて寂しかったのはあるかもしれない。
「ちょーっと役得じゃん?」とか思わなかった訳では無い。
だけどさ、こうなるとは思わないじゃん?
淡い男子高校生が夢見るような理想的展開なんて現実が許すはずもなく…………。
端的に言うと酒カスが家に居着くようになった。
泊めた日に見た朝日へ全力でごめんなさいしたのは今でもフレッシュにフラッシュバック出来る。
朝日が見えて、視界を思いっきり下へシフトさせて、『おにころ』と書かれたパッケージを目に入れながら叫んだのだ。
『ごめんなさい、もう来ないでください』
と。
それはそれは涙ながらに。
その後、
『また食べに来るからね、せーいちくん!』
と言われた時には軽く目眩がした。
そして次の日から、やたらと無防備な格好の酒カスが家に晩餐を漁りに来るようになった。
女性経験ゼロの俺に対するある種の拷問とも呼べる日々が幕を開けたのだ。
勿論その後の学校生活は頭痛と共に送ったのは言うまでもないだろう。
登校して出会ったピンク髪の古馴染に「うぇっ!? えっ、え、え!?」と凄い顔で動揺されたとも言っておく。
多分それほど酷い顔をしていたんだろう、当時の俺は。
「せーいちくーん……」
「はーい、なんすか?」
「ごはんは~?」
「はぁ…………アサリの味噌汁とカツオの炊き込みご飯です。旬なので」
「アサリっ! 炊き込みっ!」
益体の無い回想をしながらすごすごと晩ご飯を用意し始めた俺に、廣井は子どもさながらに問いかけた。
どっちが年上か分からんぞこれ。
まぁもう慣れたものなので(誠に不服だが)一々レスポンスを返すこともない。
「シャワー、浴びてきたらどうです? 酷い寝覚めでしょうし」
「あ~……そうする~」
「シャキッとしてください。バンドマンでしょ、あんた」
「ん~? バンド~~~? ………………っは! ベース! 私のスーパーウルトラ酒呑童子EXは!?」
「…………何故か俺の布団に包まれてた気がします。どういう管理してるんですか……?」
「あっ、そうだ~。布団だった~」
「『布団だった~』じゃなくて、何故俺の布団に包んでるんすか?」
「え~だって~、あそこが一番傷つかないし~」
「そりゃそうっすけど……」
「そ、れ、に~~~?」
「………………なんすか」
「あーいや、やっぱり秘密かな? ひっく」
にへらっと八重歯を見せて笑い掛けてきた。
先の飲酒の影響もあって頬が少し紅潮している様な気がする。
そんな廣井に思わずたじろぎそうになるが、意地でも堪える。
ここで反応を見せたらダル絡みコース確定なのだ。
「……マジでなんなんすか」
しばし台所から、廣井の瞳(心なしかぐるぐる渦を巻いている)を見つめ続ける。
何が『秘密』かは知らないが、意味ありげに見つめてくる廣井に対して俺の方も対抗で見つめ返してやる。
数秒間お互いの視線が交錯して、なんとも形容し難い空気が流れ始めた。
そろそろ俺としてもご飯の準備がしたので、俺の方からふいと視線を外す。
「はい、君の負け」
「………………」
「なーんてね?」
「…………そっすか」
「ぷっ……あっははは! 『そっすか』って!! っはは! お酒呑むー?」
「何が面白いんすか」
「そう、そういう所!」
「…………そっすか」
「っ! っあはは!」
何が彼女のツボにハマったのか、俺には理解できなかった。
右手でこちらを指差して、左手で酒瓶を持つ廣井は、何となく『ダメ人間』って感じがした。
廣井が笑い転げた理由は想像付かないが、何となく酔った人しか分からないノリなのかなーと結論付けることにする。
「あと、お酒は呑みません。廣井さんは早くシャワーを浴びてきてください」
「だっかっらっ! 私のことは『きくり』と呼んでってアレほど……グビッ」
言いたいことがあるなら言い終わる前に酒を呑むな。俺はそう言いたい。
呆れた目線を送ってみるが、知らぬ存ぜぬを貫き通す廣井。
ぐびぐびと凄い飲みっぷりを披露する彼女に、何とも言えない感情が自身に渦巻いた。
はぁ……大丈夫なのか、アレで。
「――――そんなんじゃ婚期逃しますよ」
「え? じゃそんときは貰ってよ」
「――――――はい?」
何言ってんだ……この人。
「……流石に酔い過ぎっすよ」
「え~~~!? 酔って無いし~~~」
「シラフの人はそんな口調で喋らないです」
「私はシラフでこれだよ~?」
「嘘おっしゃい」
一体
本棚にある辞書を早急に引いていただきたい。
俺は本日何度目か分からないため息を吐いた。
「取り敢えず、シャワー浴びてください。これで三度目っすよ」
「はいはい、分かりましたよーだ」
「拗ねないでください。しっかりご飯用意しときますから」
ノロノロと立ち上がった廣井に、片手をひらひらさせて「はよシャワー浴びろ」と言外に促しておく。
流石にこれ以上廣井が粘ることもないだろう。
ようやくご飯の支度が始められる…………
…………と思ったのだが。
「誠一くんはさ、どうするの?」
何故俺の方へ来た――――!?
「どうするって……何がっすか?」
「えー? それ女の口から言わせるんだー?」
「…………知らないっす」
そうぶっきらぼうに返事すると、しばしの静寂が台所を支配した。
普通、こういった沈黙は気まずい筈だが……何故か俺は不快感を覚えることが出来なかった。
しばらく、横にいる廣井と調理器具を持った俺が無言で立ち尽くしている、というシュールな光景が繰り広げられる。
「「………………」」
静寂を保って数十秒――十数秒かもしれない。
取り敢えず、幾分かの空白を置いた後に、
「今日はこれくらいで勘弁してあげる」
「――――そうすか……」
そう言った廣井は、しゅるしゅるといつの間にか肘あたりまで下がっていたキャミソールの紐を肩まで上げた。
何となく、彼女の持つ雰囲気に引かれそうになったが、理性で堪えた俺は偉い。
偉いぞ、俺。
「じゃ、シャワー浴びさせて貰うね~~~」
「…………」
今度は廣井が手をひらひらと振って、風呂場へと歩を進める。
その後ろ姿を何をするでもなくただ眺め続けて、やがて彼女が姿を消すと、今度こそ晩ご飯を作り始めたのだった。
『せーいちくんっ!! お酒! お酒が呑みたい~~~!!』
風呂場から聞こえるアホな声を耳にして、俺はまたもため息をつくことになるのだった。
「酒カスが…………」
廣井さんってこんな感じだよね……?(原作ぺらぺらしながら)
何故か作者の脳内で『廣井さん=関西弁』の方程式が成り立っています。なんなんだろうね。