さけかす・ざ・ろっく! 作:おにころ
ぐるぐるお目々が人々を狂わせるのだ…………。
「…………」
『えへへ〜』
――どうして真っ昼間から来るんだ……!
そんな質問が喉から飛び出しそうになるが、ぐっと堪える。よせ、酒カスに何を言っても無駄なんだ。納得するしかない。
今日は日曜日、学校は勿論休みで、部活動もやっていない俺にとって丸一日休日のはず――――だったのだが。
『あけてよ〜』
「……鍵、渡したはずっすよね?」
『ん? あぁ〜』
なぜか俺の家に居着くようになった酒カス――――もとい廣井きくりは、バンドマンである。
毎晩のように晩餐を漁りに来ることで有名な彼女だが、今日は何の因果か昼間に出没した。
インターホンで応答すると、開口一番は「どうも」でも無く「廣井です」でも無く「えへへ~」である彼女は頭がおかしい。
本当は家に上げるのを躊躇うべきなのだろうが、このまま放置すると家に上げるよりも面倒くさい事案を引き起こしそうなのは目に見えて明らかなので、無駄な会話を極力省いて俺は玄関を開けることにした。
「いや~、やっぱりここが落ち着くね~。定住したいくらい。ありがとう代としてお酒飲む~?」
「いくらなんでも出来上がりすぎじゃないっすか……?」
「お酒は~友達~! 友達といるのは当たり前でしょ~? あ、ハッピバースデー歌おっか! はっぴば~すで~とぅ~ゆ~~~」
「…………そっすか」
一瞬扉を開けたことを後悔しそうになったが、「慣れた方が後のためだ。耐えるんだ俺」と内なる
どうせ来るなと言っても来るのが廣井きくりという人物なのだろうし、なんかもう色々と諦めてきた俺は彼女を邪険にする気力すら起きなくなっていた。
――――(正面から)受けるな、慣れよ。
これが彼女の正しい扱い方だと思っている。
とにかく扉を開けたものは仕方ないので、そそくさと彼女に背を向けリビングの方へと戻ることにした。
廣井さんの方は「んひ~幸せ~」だの「今日はインフィニティースパイラルだ~!」だの聞こえてくるがフル無視だ。
もうどうにでもなってくれ。
そして、そのままリビングのソファーにどっかり座り込んだ俺は、妙に疲労感のある体に呆れながら「多分休日が休日じゃ無くなるんだろうな」とか考えていた。
案の定、中々リビングまで来ない廣井さんの様子を確認するために廊下へ出ると玄関で倒れていた。
口の端からお酒をダバダバ垂らしていて、家の玄関マットは酷い惨状を晒している。
……いつもの事と言えばいつもの事なのだが。
大変か? と聞かれれば「慣れた」、と答える自分と、「大変だった」と答える自分が
っていうかこの女いつまで俺の後ろで寝てる気だ。玄関からリビングまでおんぶで運んでソファーまで連れてきてやったと言うのに依然として降りようとしない。
あーいや、寝てるから当然なのか?
と思った俺は、すぅすぅ寝息を立てやがっている廣井さんに声を掛けてみた…………が失敗。
起きない。デジャブを感じるのは気の所為だろう。
「はぁ………………」
仕方ないので、疲れるがしゃがんでソファーに降ろすことにした。
スクワットの要領で体を下げて廣井さんが上手くソファーに寝るような形で外してやる。再びよだれかお酒か分からないナニカが口から溢れていたのでティッシュで拭き取って、ゴミ箱へぽいした。投げたティッシュが綺麗な放物運動を描いてゴールイン、疲れがちょっと取れた気がする。
と、スタジャンを着させたまま寝かせるというのもアレなので手早く脱がせ、キャミソール一枚の彼女にそのまま布団代わりに掛けてやれば仕事完了だ。
廣井さんの起きる気配は無し。
彼女が無事に寝てくれれば部屋の被害は最小限で済むと考えた俺の完璧な作戦勝ちである。
小さくガッツポーズを一つ、俺は意気揚々とスマホを手にして――――
(――――待てよ?)
そういえば、廣井さん“鍵”に対しての返答、おかしくなかったか……?
そもそも鍵があれば俺がわざわざ『玄関を開ける』なんて行為をする必要なんて無くて……。
「まさか――――!」
脳裏によぎる
「ひ、廣井さん! 起きてください!!」
「……なに? 私頭痛くて……うぅ、お酒ぇ……」
「おっお酒の前に! 鍵! 鍵っどうしました!?」
「…………んぇ? 鍵ぃ~~~?」
寝ぼけているのかお酒が足りないかは知らないが、上手く会話が成立してない。
ぽけ~~~っと虚空を見つめながら、腋をポリポリと掻いている。
女の人なんだから自覚をだな…………じゃなくて!
「もしかして『無くした』とか言わないでしょうね!?」
「え〜? そんな訳…………んーーー、わかんない!!」
キャミソールやらスタジャンをごそごそすること数秒ほど、出てきた答えにブチギレそうになる俺をもう一人の俺が賢明に抑え込む。
鎮まれ、抑えよ。相手は酒カスを地で行く酒カスなんだぞ――!!
…………かくなる上は俺自ら探してやる。
「……ちょーっと失礼しますね」
「あ! 積極的だねせーいちくん! 色を知る年頃なんだね!? めでたい! お酒呑む~? あ、やっぱりハッピバースデーなんだね!?」
「馬鹿言わないでください。こっちは
「鍵なんてい~じゃ~ん。どーせ入った所でなんにも無いでしょー?」
「いやありますけど!? 高校生でも一人暮らししてるんすからね俺!」
「んえ? あーそうだっけ?」
「そうっすよ!? っていうか、一人暮らしじゃなきゃ廣井さんが色々ヤバい人になりますからね?」
元からヤバい人だが。
「あーでもダイジョブダイジョブ~」
「…………何がですか」
「――――鍵、無くすわけ無いじゃん」
こくりと首を傾げる動作に気を取られた俺を尻目に、どこからともなく廣井さんは家の鍵を取り出した。…………なんか一緒に紙パックの某が出てきたのは敢えて考えないものとする。
取り出された鍵は、ガチャガチャから出てきそうなストラップをいつの間にか装着させられていて、俺が渡した時より実用的……と言えば良いのだろうか。言語化が難しいが、何となく
「見て見て~、指輪~」
「あーはいはい、指輪っすね~」
阿呆な声を聞いてため息一つ、廣井さんはストラップの留め具に指を嵌めて遊んでた。子どもかあんたは。
無くしたフリと良い、お酒が入ると妙に子どもっぽくなるのは廣井さん限定だと思いたい。
こんな人が街中に溢れかえっていたらと考えると…………うぅ。
チャリンチャリンと小気味良い金属音を鳴らす廣井さんに、段々毒気が抜かれていく感じがした。
言い換えれば『どうでも良くなってきた』とも言う。物は良いようなのだ。偉い人も言っていた気がする。
「はぁ……取り敢えず無くしてないようで良かったっす」
そしてまたため息をついた俺に、彼女はむっとした様な顔を見せる。
もしかして、これは無くしたフリに気づかなかった俺が悪いのか……?
いやでも鍵無くされると困るしな…………。
「……ほんとに鍵無くさないでくださいね?」
「くどいよ誠一くん。私は無くさないよ」
「さいですか。それは良かったっす」
「本当だからね~? っしゃー追い酒追い酒~!」
「本当かなぁ?!」
念を押して確認するが早いか、直ぐ様『おにころ』を取り出してちゅーちゅー飲み始める廣井さんに、俺は軽い恐怖を覚えた。慣れているからか知らないが、歴戦の兵士のリロードの様にストローを指した廣井さんはある意味で猛者と呼べる人なのかもしれない。
日曜日、それも真っ昼間から高校生の家のソファーでお酒をぢゅーぢゅー吸ってる社会人を、俺は知らない。
知りたくもない。
(大丈夫なのかこの人…………)
無論、多分な意味を含める。
「…………そんなに飲んで大丈夫なんすか?」
取り敢えず前々から思っていた事を口に聞いてみた。色々思うところはあるが、せっかく他人が居るのだから適当に談笑することにしよう。
「え~? 大丈夫って何が~?」
「だからお酒っすよお酒。肝臓、大丈夫なんすか?」
「さぁね~~~」
「あ、また一パック開けた」
「これこそ幸せスパイラル~~~不安なんて忘れちゃえ~~~」
「………………マジで心配っすよ、俺」
っていうか今自分で不安って言ったじゃん。やっぱり酒カスでも気にしてるのかもしれない。
俺は廣井さんの評価を見直す準備をしようかな、なんてのんびり考えながら話を続けた。
「っていうか前々から気になってたんすけど、『幸せスパイラル』ってなんなんです? いや出会って今まで数週間くらい経って聞くのもアレなんすけど」
「幸せスパイラルってゆーのわぁ~、不安をお酒で塗りつぶそーっ!ってかんじぃ~?」
「アル中じゃないっすか!!!」
察してたけど。
「お酒は良いよ~せーいちくん。やなことぜーんぶ忘れられちゃうからね~~~」
「…………肝臓代償にソレは結構マズイ気がするんすけど」
「良いの良いの肝臓なんて。肝臓の不安は~~~アルコールで流しちゃおうっ!」
「…………それで早死にしちゃったら元も子もないと思いますよ」
「……………………へぇ」
思ったことをそのまま返すと、廣井さんは興味深そうな声を漏らした。
俺の言った言葉の何に興味を持ったのかは分からない。普通の事を言ったつもりだったけど、知らないうちに変な事でも口走っていたか?
「あの」
「せーいちくんはさ」
「……?」
「やなことあったら、どーする?」
「…………さぁ」
「私はさ、お酒で流すんだ」
「でもそれって肝臓が――」
「――そうだよ。でもいいの」
――――何がっすか
と。そう返したかったが、何となく俺はそれを飲み込んだ。
多分、この判断は間違っていない。
「お酒で気持ち良くなって、全部忘れて流しちゃって。幸せなスパイラルの中で人生過ごせたら楽しいな~って、そう思わない?」
「………………ぁ」
「刹那的で快楽的でー、そんなロックな生き方も私悪くないと思うな。お酒って凄いよね~」
「……未成年なんで」
「――――じゃあ飲む?」
「……………………」
「私の飲んでたやつ、ちょっと吸ってみるだけでいいよ」
「…………………………おれは」
「一回だけでいいからさ、お試しってヤツ。君に合わなければそれで良いし、合うならもう一口飲めば良い。
――――どうする?」
俺は――――
そう言いかけて、俺は言葉を区切った。これもまた、特に理由なんてものはない。ただ何となく、そうすべきだと……感じたからだ。
何となく、そう――何となくだ。
ああ――ある意味で俺も廣井さんと似ている部分があるのかもしれない。自惚れとか自意識過剰とか言われたら返す句を継げる自信は無いけど、それでも俺は感じてしまった。
性格も、食生活も、年齢も、性別も、全部違ってはいるけれど。
それでもどこか、シンパシーの様なモノを感じてしまったのかもしれない。
廣井さんは適当に生きている。
酷い言い草だが、刹那的で、肝臓――自身の将来のことなんか一切考えず、それすらもお酒で押し流す。考えることを避けている。
しかも、なまじメンタルが弱い節があるせいで、お酒が精神安定剤と化してしまっているのが酒カス化の要因に一役買っているというのがなんとも“アレ”な話だ。
だが、それは俺も同じだ。
『何となく』、ないしは直感で物事を考え行動する。
その行動の結果がどんなものであれ、最後には『何となくでやったしな……』で納得できてしまう。そんな生き方が楽で、俺は何処からか何となくで生きてきた。
考えるのが面倒で、面倒をあまり好まない俺に、最高の言い訳を与えてしまっていたのだった。
(そういうことだったか)
今までずっと疑問に思っていたこと。どうして俺は
その理由が分かったかもしれない。
(結構心配だったのか、俺)
心の何処かで、自分の『何となく』に頼る生き方に対して疑問を抱いていた。
その疑問が『廣井きくりの世話を焼く』という行為で誤魔化していたのだ。
ああ、そうと分かれば答えは早い。
「――俺は飲まないっすよ」
「へぇ……どうして?」
「やっぱり未成年飲酒は肝臓に悪いっす」
「っぷ、あっはは! 本当にそれだけかなー?」
「
「………………ふ~ん」
「で、ここからが味噌なんですが」
俺は言葉を続ける。
「禁酒、いきましょう」
「イヤアアアアアァァァァァァァァァァァァァァアアアア!!!」
廣井さんは発狂した。
♪ ♪ ♪
「と、言ってもっすね」
死んだ魚の目をした髪の長い女を宥めること数分、ようやくイヤイヤ発狂に収束の兆しが見え始めた。
いきなり酒カスに『禁酒』を切り込むのは、我ながら酷い立ち回りだ。
反省する。
「イヤ……禁酒……オニコロ……」
「はぁ……俺が悪かったっす。言い方を変えたほうが良かったっすね。
俺が言いたかったのは禁酒――というよりかは『減酒』っす」
「ゲン……シュ?」
「そう、減酒です減酒。文字通りお酒を減らして貰います」
「っっっ!!! や! いや!!」
減酒、と言った瞬間語彙力ゼロで再び喚き出した廣井きくり。
いつの間にかベースを胸の前に抱きかかえ、首をブンブンと振っている。暫くするともげそうな気がするのでやめさせた。
そして仕方が無いので落ちていた新品の『おにころ』を拾い上げるとストローを指して廣井さんの前に突き出した。
すると予想通りちゅーちゅー吸い出して、顔がいつもの紅潮した顔に戻る。ちなみにさっきまで青かった。ガガーリンもビックリな青さだった。
「あのですね、俺は一つ結論を得ました」
「なになに~? どんなの~?」
「…………廣井さん、俺はあなたに早死にして欲しくはありません」
「…………………………ぇ?」
「なので減酒です。早死になんて許しませんしさせません。あなたは長生きすべきです」
「あ~~~? えと~? その……どゆこと?」
「文字通り。これからあなたには毎日朝飯昼飯晩飯の三食必ず家で食べてもらいます」
「それは、願ったり叶ったり…………で良いのかなホントに」
「減酒は絶対。一日の外出につき廣井さんに持たせる『おにころ』は俺が制限します。
当然ながら現地購入は禁止っす」
「えっ、ちょ、それはお姉さん困っちゃうな~??」
「勿論『酔うな』とは言いません。むしろ酔ってもらって構いません。
廣井さんが酔わないと色々押し潰されそうな気分になるのも知ってますし、そこを治せとは言いません」
「えっとぉ? つまり……?」
「せめて家に居る際は飲酒を控えてください」
結局、出た結論がこれだった。
色々考えて、気持ちの整理をつけてみると、簡単なことだった。
(俺はこの人に長生きして欲しい)
酒カスで怠惰でどうしようも無く終わった人間性の人だけど。それでも俺は生きて欲しいと思った、
そう
「俺は出来る限りフォローはするし、支えにもなります。だからどうか、長生きして欲しいっす」
長いようで短い数週間だったけど、それでも感じた気持ちは嘘じゃない。
真正面に廣井さんの顔を見据えて、そう伝えた。
廣井さんは俯いている。
と、思って伝えること数十秒。沈黙が場を支配していた。
(…………気まずい)
「「………………」」
口を真一文字に結んだ廣井さんが顔を上げた。お互いの視線が絡み合うのが少し恥ずかしい。
まあ俺としては、もうどうとでもなれって感じなのでアレなのだが。
「誠一くん」
「はい」
「お酒、好き?」
「…………未成年なんで」
「えへへ、絶対そう言うと思った」
「……じゃあ、なんすか」
「誠一くんってさ、二十歳まで後何年?」
「……四から三年って所っすかね」
「じゃあ、四年後までかな~~~」
「何がっすか」
「『減酒』」
「………………」
「考えたんだけどさ」
そうして廣井さんは語り出した。
「私って色々考えちゃうタイプなんだ。それこそ、私と関係無さそうな事でも関係有る事でも色々悩んじゃって。それでウジウジ引きずっちゃって、絶望して。
その他にも一杯悩んじゃって、自分にも嫌気が差しちゃって、それでお酒に逃げた。
もう嫌だー! 幸せスパイラルで全部解決ー! って。
でも、それも今日で自重しようと思った。誠一くんのお陰でね」
「そりゃあ、どうも……」
「だけど、私って根は暗いし面倒くさいタイプだから、減酒には誠一くんの協力が必要なんだ」
「――――だからさ」
「お酒の代わり、やってくれる?」
さっきまで俺がしていた様に、今度は廣井さんが真っ直ぐとこちらを見据えている。そこにいつもの酔った廣井さんの雰囲気は無く、素面の彼女が俺を見ていた。
彼女の目は揺れていて、これが廣井きくりの本音だった。
なら、これは考えるまでもない。一択だ。
「……鬼は殺せないっすよ」
「鶴見の日本酒は格別だよね~~~」
「っそすか――」
そう言って俺は笑った。つられたのか廣井さんの方も笑い出した。
そして笑いながら考える。
(四年後まで減酒……ってことは五年目からは今まで通りに戻るじゃん……)
なんともまぁ、彼女らしい約束だと改めて笑った。
こういったお話を書くの(そもそも小説を書くのも)は始めてなので、凄く読みづらいでしょうし拙いと思います。
それでも頑張ってチャレンジしたので良ければ……。
・補足
本作一話は三月下旬で二話(今回)は四月上旬の時間設定になってます。つまりぼざろ本編開始一ヶ月前くらいです。(主人公と廣井さんの邂逅は大体三月中旬くらい)
この期間中に廣井さんは十数回寝泊まりした訳ですので、その度にお酒が切れてる状態の廣井さんを主人公が結構目撃している訳です。
以上、補足という名の本編で書けなかった情報でした。