「神咒神威・無間叫喚」
刹那がその言葉を発し視線を交えた瞬間、無慙の体を始め彼の総軍が時が加速していくかのように腐敗し枯れ落ちていく。
言うなれば腐滅の魔眼、このままでは全てが汚泥の如く汚物へと変わっていくだろう。
「我が民よ、美しく在れ」
しかし、それを前に無慙は一切臆することなく、閉じぬ瞳を腐滅の魔眼と視線を交えながらそう呟いた。
すると、まるで禊が行われたかのように無慙の総軍から穢れが払われていく。ならば清浄なる存在へと変わったか?否、堕天奈落は如何なる時でも不変なる悪として君臨している。あくまで美しき摩天楼を露わにしながらも、絢爛たる悪の楽土が広げられている。無慙という覇道神は、第一神座における究極の悪といえる。当時の知世において悪とは絢爛で美しき存在として定義されていたため、無慙こそが最も美しき存在として君臨していたと言えるだろう。それはまさに、万華鏡めいた色彩を放つ百貌の如く。
「……なるほど、俺たちのように個別の存在として別けるのではなく、あくまで自分の一側面として昇華させた形か。」
面白い、憤怒の念を視線に乗せながらも刹那は口端をあげる。加速し続ける刃翼に腐敗を纏わせ、そして時には拳の一撃と共に無慙に攻撃を放ちこむ。
そしてそれに対して、無慙は剣に魔星の煌めきを纏わせながら腐敗の攻めに抗う。炎、氷、雷撃など数多の輝きが腐敗の進撃と激突する。それはまるで、その星々の輝きは醜い兵器だろうと、美しさを追い求めた不変の輝きを刻むかのようであり、決して無駄な歩みではないと剣戟と共に魅せんと振るわれていた。
「神咒神威・無間焦熱」
これでは不足と判断した刹那は、次いで炎雷を解放した。それは闇夜を照らし、戦場の進むべき道を示す輝きであり、それは無慙の剣から放たれる輝きに匹敵していた。故に押される、魔星の煌めきが腐敗と炎雷、
ならばこそと、無慙はその輝きを直視し更に殺意をたぎらせる。それに応じるように、地獄の業火が全身に帯び始める。
「己が情熱を持って、戦場の闇を祓いたいと望むか。ならば結構、俺は悪を喰らう悪として、お前に立ち塞がる暗君として君臨しよう。」
「ッ!」
「足掻け、慟哭しその輝きで魅せてみろよ。」
頂点が愚かな汚濁、究極の悪であればその傘下も腐っているのは道理である。故に祓うのならば、やってみせろと無慙はいう。
無慙の剣が獄炎を纏いながら振るわれ、刹那の刃翼と激突する。空間そのものを砕き、摩訶不思議な色彩を放ちながら剣戟を閃かせる。しかし、今度は押されているのは刹那の方となる。防ぐたびに、刃に亀裂が少しずつ刻まれるのだ。
「グッ……神咒神威・無間黒縄ッ!」
侵食し足元から伸びる数多の影、それは炎によって生じる僅かな影からすらも発生していた。それと交えれば慟哭する女の声が脳裏に響き渡り、発狂するほどに愛おしい男を求むような声が精神を汚していく。本来であればそれによって進む脚が停止するものだが……
「その影は知っている、故に俺の方が強い」
無慙に精神的揺さぶりが聞く事は滅多になく、それに加えて黄金戦において影による停止は既に経験済み。ならばこそと、闘争の権化となった
その姿は刹那にとって脅威的か、或いは警戒してたからこその想定内か、どちらにせよ遂に彼は切り札を出した。
「神咒神威・無間身洋受苦」
「ッ!?」
それが発動した瞬間、無慙は自身から不意に不快感が発生したのを実感した。それと同時に今までの力強さが土台を崩したように無力感に蝕まれる。
その正体は異能殺し、神殺しである。形はどうあれ無慙も覇道神である以上はその対象内である以上は避けられない脅威であった。
「オォォォッ!」
「グッ、ガァッ!」
単純な膂力で今まで刹那を上回ってたはずが異能殺しによって戒律の加護まで徐々に薄れ、遂には逆に力で圧倒されるほどにまで切れ味が堕ちていた。
そして刹那が隙を見極め、その首を刎ねんと刃に殺意を乗せて振り下ろした。
「……ああ、そうか。それの本質は“神格の否定”というわけか。」
「っ!?」
「奇遇だな、俺も腐った神の全てを殺したいと願っている。神に許可を仰ぎ、頼らねば何もできん世界なんぞ不要だ。俺は俺のためだけに、刃を振り続ける。」
だがその直前に無慙と視線が絡まれば、そのようなセリフが突きつけられた。その直後に異能殺しの空間を押し除け、かつての力を取り戻す……否、失う前を越えるほどまでに存在強度を増した剣戟が刹那の振るう刃を正面から砕いた。
その貌と重なるは、平穏なる日常を愛する聖王の姿であり、その本質は即ち神の
「なればこそ、人は神に頼らず己の脚で歩むべきだ。それは神がいようがいまいが関係なく、己の意思で己の未来へ飛翔する姿こそが人のあるべき姿なのだから。なぁ、お前“達”もそう思うだろう?神の玩具の運命なんぞ、臭すぎて反吐が出る。」
「ああ、全くもってその通りだなクソッタレ!」
そう言い放ちながら無慙は剣を奮い、刹那はそれを回避することに徹していた。悪態を吐きながらも、もはや迎撃すれ余裕は無い。剣を振るわれるたびに領域が奪われ、徐々にだが追い詰められていた。
最早一刻の猶予はなく、刹那は文字通り最後の切り札を突き出した。
「神咒神威・無間黒肚」
「___」
それが発動した時、無慙は言葉を発することすらできなかった。刹那の姿と重なったのは、首無き黒騎士の姿である。虚無、それはそうとしか言い表しようがない。発する至高の死が無慙の全てを飲み込み、回避や離脱といった安易な逃走先を用意する隙も余裕も与えない。
まさに幕引きの境地とも言える鬼札、刹那が最後まで温存していた力によってこの勝負の幕が下された、はずだった。
「…‥ハァ、ハァ………」
「…‥嘘、だろう。」
なんと、堕天の園が死想を払拭した。無慙は片膝を突き、剣を杖代わりのよう支えしなければならないほどの重症ではある。しかし、それはあり得ない結果だ。死そのものに呑まれれば文字通り死ぬ、ましてや刹那が発動したそれはまさに神であろうと殺せる代物である。強度において上回る波旬は例外として、この場に落ちてほぼ互角の無慙が生き残れる道理は無いはずだ。
だが、そんなのは当たり前のことだろう。そう言わんばかりに、口の血を振り払いながら、悪辣な笑みを浮かべながら答えた。これこそが不変の恋慕なのだと、世界に刻み込むかのように。
「お前の発したそれは、確かに最強の一撃だった。それは認める、だがな……俺の背負った
「……なるほど、そういうことか。ああ……その通りだな。」
刹那はかの極奥神座における、井戸端会議でのやり取りを思い出した。戒律に関する話の際に、真我が勝手に語り出した『相手の攻撃を決して避けない』という縛りの事を。無慙はそれに倣った行動をしたのだ。決して無慙の保有する戒律の縛りではないのだろうが、おそらくその戒律を保有するものの存在を忘れていないと証明するために。結果として黄金の望んだ一戦を叶えたことになるのだが、仮にそうだとしても彼は変わらないだろう。どこまでも己のため、それを貫き通し続けるのだ。
そして、無慙の問いかけに対して刹那も頷いて答える。かつてありし日に、恋人たる黄昏共に戦地を駆け抜けた思い出を脳裏に浮かべながら。だが、それでも殺戮の荒野は止まらない、立ち上がって剣の穂先を刹那に向ける。その威力は虚無の一撃を経験した事で、最早無慙本人ですら計り知れない程の領域まで進化している。それが動き出そうとした時だった。
「参った、降参だ。」
「……何?」
無慙の剣が当たるよりも早く、刹那が降参宣言したのだった。
「アンタの強さはよくわかった、戦力としてすごく頼りになると実感したよ。だから、これ以上の流血は無意味だ、戦闘は俺の負けでいい。」
「……随分と簡単に言ってくれるな、負けたら勝者の権利で殺されると考えないのか?」
「それはアンタらの時代の価値観だろう?俺たちの時は、負ける事と死ぬ事は別なんだよ。なんてのは、俺の連れの考えなんだけどな。」
「……俺がそれを振り切って殺しに掛かったらどうする?」
「その時は、何がなんでも生き残ってやる。どんな手を使ってでも、無様さや負け犬として恥をかいてでも、生きていれば負けじゃない。」
「……ふん、あの小僧を相手に耐えるだけあると理解した。ならば好きに足掻くのだな。」
刹那の返答を聞き届ければ、無慙は剣を肩に担いで背中を向けた。殺意はあれど、この場における戦闘を続ける意思は見られない。それを確信すれば、刹那も立ち上がる。
「おう、それじゃあ次会う時はナラカとの決着の時だな。」
「ああ……だが、勘違いはするなよ?俺はナラカとの決戦が終えればお前を含めて神座は全て滅ぼす。それを忘れるなよ。」
「分かってるって、その時は俺も全力で争わせてもらう。まあ、それまではよろしく頼むよ。」
そう言い残して、刹那はこの場から姿を消したのであった。
これで刹那戦は終わりです、あっさりした内容になりましたが蓮なら生き残るためなら勝敗はこだわらないだろうなと思ったので、このようなオチになりました。それほど生きる意思が強くなければ、波旬との鬩ぎ合いはできないと思いますし。
そして今回の無慙の戦法ですが、最初は蓮や獣殿みたいな軍勢変生スタイルも考えたのですが、それだとワルフラーンと被って破戒になると思ったのであくまで踏襲し、無慙なりの戦い方に付随するスタイルが彼らしいと思ったかのような形で表現しました。今後もそんな感じでやっていこうかなと思ってます。