闘技場に、扉が一つ現れた、その扉が開かれて、現れたのは黒い帽子に黒いコートと、全身黒ずくめの男がそこから現れた。
男がクスリと笑みを浮かべれば、目線を防止の割れ目越しから合わせながら挨拶を始めた。
「これはどうも、初めまして。私は運び屋の赤屍蔵人と申します。」
「........」
「初対面で申し訳ないですが、貴方はとても強そうですので興味が湧きました。なので、どうかお手合わせを……願わくば、その過程を楽しめればよいのですがねぇ....」
「....俺との殺し合いが仕事だと?それも楽しみたいなどと、くだらん寝言をほざきよって。良いだろう、殺してくれてやる。」
「その言葉、同意とみて解釈させてもらいます。では始めましょうか、その勢いのままお願いします。」
涼しい顔を浮かべながら微笑む赤屍に対し、剣吞な雰囲気を纏う無慙と対照的な二人の対決が始まった。堕天の曼陀羅が広がり、それに合わせて
第二神座の滅殺意思が赤屍へと向けられる。避けようのない必滅の審判を前に赤屍は....
「クス…心地いい殺意ですね、これくらいはしてもらえないと困ります。」
それを受けながらも、微塵も脅威に感じていない。笑みを浮かべながら掌からメスを5本握り、無慙に向けて投擲した。煌めく堕天の曼荼羅に赤屍が舞う。銀の閃きを放つメスが迫るが、それを無慙は難なく回避して進む。
だが、直後に鋭利な旋風が巻き起こった。無慙の周囲を囲むように、無数のメスが旋回し退路を絶たんと円陣を描く。
「
「阿呆が。」
そして迫る鮮血のメス、だがそれを無慙は稲妻の軌道を描きながら突破した。だが、その直後……
「
「ッ!?」
「おや、どうやら貴方の体はまともな人体ではない様ですね。ならば、それはそれでやりようがある。」
突如頭上から落ちてきた雨が、無慙の体へと刺さった。恐らくメスの嵐を囮にして、無慙の退路先を想定して先に飛ばしていたのだろう。その光景を見て、赤屍はか細く笑いながらそう言い放った。無慙の様子を見て、元医者としての勘が働いたのか、彼が無の体をしていることを即座に理解した。
だが、その直後に損傷なぞ知らぬと言わんばかりに無慙は前進する。
「この程度で俺が止まると思うか?」
「
お返しとばかりに無慙は赤屍の体の中心に向けて、刺突を放つ。それを防ぐべく、赤屍は血から剣を作り出して刺突の矛先を逸らす。
そして直後に刺突、斬撃を曼荼羅を裂きながら無慙へと放ちこむ。赤屍は超越者という万象の理から逸脱した存在であり、通常の時間軸からも乖離することが可能である。故に時空を超えた攻防を行なっている。無論、無慙もかつて万象を鏖殺する最中で同様の行動をおこなっており、そうした意味では二人は同じ次元の攻防を繰り広げているのだ。もしもここに常人がいれば、そこから見える景色は日常風景のままで、そしてその認識のまま二人の戦闘の余波に巻き込まれて痛みも感じることなく死ぬだろう。
「どうしました?貴方の攻撃は実に単調だ、読み易い。パワーは確かに私より上ですが、その剣筋は実に雑だ。」
「……」
だが……無慙からの攻撃が当たらない、それは端的に言えば大きく大雑把な攻撃だからだ。確かに途轍もない威力と時間軸を超えた速さを持っているが、前者は第一戒律で実現してるものの、速度に関しては赤屍も同様である。対して赤屍の攻撃はほぼ無駄がなく、名医が患部へと触れるが如く繊細かつ効果的な攻撃を繰り広げている。
一方で無慙の大振りを赤屍は
「連撃ですね。」
「……」
「大砲を当てるには、速さと正確さに長けた連撃で相手を怯ませ隙を作る必要があります。上位者同士の戦いでは、火力の低い連撃で勝負は決まりません。ですが、大砲だけで決まるほど現実は甘くはない。だが……」
「……下らん。」
「えぇ……貴方にそうした技巧は困難なようで…‥残念ですね。」
そう、無慙はそうしたテクニックは扱えない。正確には第三戒律の縛りによって、そうした技巧は使えないのだ。詳しい理屈は知らないものの、そうしたものを扱えないと赤屍も察していた。
故にここまで、そう判断して空いた掌を無慙の顔に向ける。そこから赤い十字架の閃光が爆ぜた。
「
無慙に刻まれるであろう大きな十字傷、だがこれはあくまで目眩し程度。本命は剣による心臓の串刺し、それを目眩しの隙に穿たんと放ちこんだ。
「……1ナノメートル届いてない、と言ったところか?」
「ッ!?グゥッ……」
だが、それはほんの僅か届かなかった。光が晴れた頃には、いつの間にか赤屍の右肩が無慙の剣によって貫かれてた。そして無慙の顔のそばには左手が握りしめられていた。
この結果の大きな要因は、赤い十字架は無慙の左手によって空間の概念ごと潰されていたことにある。左手で赤い十字架を握りつぶしたこときよって距離の概念ごと僅かに消滅した。それによって生じた距離感のブレによってタイミングを狂わされ、加えて勝利を確信している赤屍の思考の隙を突いたのだ。これも無慙の決して隙を見逃さない第二戒律が為せる技と言えるだろう。
「グゥッ……いやはや、これ程とは……」
「死ね。」
「ですが……
赤屍がそう言い放ちながら距離を取るも穿たれた肩から追撃の振り下ろしが刻まれ、赤屍の上半身から血が溢れかえる。だが、発生した血飛沫からメスが発生し、それがカウンターの様に無慙の目を潰さんへと飛来する。無論、至近距離で飛来するメスを無慙は超速反応としか思えない様な挙動で回避する。
だが、それだけでも充分。その隙に肩から生じた血飛沫が周囲を染め上げ、その血が形を成していく。
「
瞬間、姿形が全く同じ赤屍の分身が血飛沫より発生した。劣化的な様子はなく、全てが本体である赤屍と同じ力量を持った存在であり、それがまずは無慙の見える範囲を埋め尽くす。これを放っておけば、この堕天の曼荼羅を分身で埋め尽くしていくだろう。事実、赤屍の分身たちが放つ斬撃が、堕天の曼荼羅の総軍を確実に削っていってる。
無論、それを無慙が放っておくわけもなく……
「上等だ、殺し尽くしてやる。」
爆ぜる堕天の覇道、それを象徴せし“無価値の炎”が発生した。それが赤屍の分身を腐敗させていく。
だが、それでも地獄の業火を押し除けて無慙へと襲いかかる個体が現れる。
「臭いぞ、貴様ら屑が呼吸しているのも許さん。」
それらを見過ごすわけもなく、首を狩り、胴を裂き、心臓を穿ち殺していく。そうして確実に分身を鏖殺していく最中、無慙の影に一滴の血が垂れた。
その直後、その血から赤屍が現れる。その現象に即座に気付いたものの、分身を相手にしているタイムラグは避けられない。
「
赤屍が無慙へと手を伸ばせば、血液でできた影が迫り襲いかかって来た。それを無慙は咄嗟に避けるものの、頬に掠って弾け飛んだ。
そして、赤屍は追撃と言わんばかりにメスを握りながら言い放つ。
「殺すとおっしゃいますが……生憎と、想像できないのですよ。私が、私自身の死を。」
「……ほう、故に自分の死は起こり得ないと?まるで、他人事のように言うものだな。」
「ええ、実際のところ他人事ですから。摂理とはそう言うものです。“
まるで世間話でもする様に、赤屍はそう言い切った。そして同時にメスを矢のように鋭く飛ばし、そして周囲を埋め尽くす様に残っていた分身で無慙へと襲い掛かる。事実、赤屍に真実の死は訪れない。万象の理を凌駕した超越者として、量子力学の如く認識できないものは存在できない現象として成立できてしまうのだから。故に無慙が赤屍を殺すことはできないこととなり、それでは永遠に勝利へと近づけないことになるのだろう。
だが次の瞬間、無慙が体を振るわせていた。それは恐怖によるものではなく、笑いによるものだ。
「ク、ククク……他人事だと?」
「?……何がおかしいのですか。」
「なぁオイ、それはお前が真実救いたかった命を救えなかったことへの言い訳だろう?この、医者擬き風情が。」
「ッ!?」
無慙の言葉の刃に、赤屍は致命を負った様に体に衝撃が走った。その間隙を逃すわけもなく、無慙は覇道を拡大させて一気に分身とメスを腐敗させて本体の赤屍へと接近する。
そして振り下ろされる一閃、赤屍は咄嗟に剣で受け止めるもの大きく弾け飛び腐炎が魂をも蹂躙する様に痛みを与える。まるで、罰を与えれかの様に。
「グゥッ!」
「お前が医者だったのは、メスを扱ったり俺の身体を触診する様な動きから考えれば想像に難しくない。」
「はァ……だから、なんです?」
激痛に身を捩らせながらも、赤屍は微笑を浮かべながら無慙と視線を交わす。それでも傲岸な雰囲気を晒しながら、無慙は言葉を続ける。
「だが、医者が死に対して他人事などと無頓着なのは本末転倒だろう。医者という概念は死から生をもたらすのが本分だ、戦に身を投じて楽しみたいだけなら、軍人にでもなれば良いだろう。だのに、まだ医者の名残が残ってるのは、救えなかった命に対しての後悔だろう。それをきっかけに、死というわかりきった結果ばかりの世界に絶望したとな。」
「……なんと、貴方にそこまで言われるとは。こんな事、今までありませんでしたよ。」
赤屍に刻まれた傷は殆どが無くなっているものの、反面に浮かび上がる表情は過去にないほどにどこか儚さを感じさせていた。それはまるで勝手に記憶、救えなかった少年を抱えていた己を浮かびあげているのだろう。
だが、それを振り払う様に剣を一閃横薙ぎに振るう。それによって自身を蝕んでいた腐炎を振り払い無慙と向き合う。
「それでも……私は私です。今更己のあり方を捻じ曲げるなんてことはできませんし、結果を軽んじるわけではありませんが過程を如何に楽しめるか重きに考える性分なのです。」
「……ならば、どうするのだ?」
「当然、このままこの戦闘を続けさせてもらいます。確かに貴方のいう通り私は救えなかった命に後悔を覚えてますが、これとそれは別。今都合よく殺さずに転じる気はありませんし、貴方との決着をつけるまでどこまで戦えるのか、興味があるのですから。」
「……言っておくが、お前と違って俺は闘うことが好きなわけではないぞ。」
「ですが、私を殺したいという気持ちはあるのでしょう?」
「当然だ。」
「ならば、やることは一つですね。」
直後、同意するかの様に互いの矛先が向けられた。そして炸裂した爆発音と共に剣戟がぶつかり合って空間が歪曲する。繰り広げられる戦況は、手数の赤屍に対して重い一撃を繰り返す無慙という図になった。速度は当初は互角だったものの、徐々にだが無慙の方が速くなっていた。
赤屍の真実に到達したことによって、殺戮への特攻力が磨かれている。それを察した赤屍は、迫り来る死の緊張感からか汗が流れる。だが反面、どこか心地よさを感じるかの様に笑みが浮かびがった。
「これは……今までにない体験ですね。」
そしてついに、赤屍であろうとも困難な領域の戦闘速度へと到達した。まず肩が裂かれた、次に片腕が跳ねられ、そして最後に、赤屍の脳裡に再び死んだ少年が連想される。それと同時にその隙を穿たんと無慙が体を入れ替える様に、すれ違いと同時に剣と腰を両断された。
「俺の勝ちだ、お前は死ななくても負けないとは限らない。」
「クス……えぇ、おっしゃる通りです。
無慙の言葉を肯定すれば、赤屍はゆっくりと地面に倒れたのだった。負けが必ず死亡に繋がるとは限らず、その逆もまた然りである。その理屈を確かなものとし、無慙は赤屍へと勝利を掴んだのだった。
だが、地面に倒れる赤屍の顔は充実感に満ちたものだった。
「いやはや、実に良い時間となりました。楽しませてくれたこと感謝しますよ。」
「まるで俺がお前を楽しませるために力を注いだかのような、気色悪いこと抜かすな。更に殺されたいのかよ、貴様。」
「そう言われても、本音なのですがね。これまた一つの奇妙な縁とでも思ってくださいよ。さて、それではまた……」
そう言い残して赤屍は、全身から大きな血飛沫を撒き散らしたかと思えば彼の体はもうそこにはなかった。
果たして本当に死んだのか、それとも一時的な死で別世界へと飛んだのかは……流石の無慙でもわからない。それこそ本人のみぞ知るということなのかもしれないだろう……そんな赤屍の荒唐無稽さに、無慙は呆れた様に息を吐くだけだった。
赤屍さんは技が豊富なので、使ってて楽しかったです。スピンオフとかでないですかね……