「………」
闘技場の中心に、無慙は立ち尽くしている。灰色の一陣の風が駆け抜けるも、静寂以外何も齎さない。今まで途轍もない益荒男達と殺陣を織り成してきた場だが、今回は何とも静かなのだろう。故にふと、己の過去を振り返ってみることにした。
かつて悪を喰らう悪の楽土であった第二神座、堕天の園。それに終止符を打ったのは明星ことネロス・サタナイルの来訪によって五千年の歴史は終わったのだ。だが、その以前は?混濁する外装の記憶の中、かつて訪れた者との記憶を振り返る。
はるか昔、堕天奈落の理が座を覆い尽くした果てに王冠の独裁者の無尽の殺意による理から数多の命が溢れた。禁断の果実を喰らい原罪を得て、裡に秘めた獣の本能のまま邁進する人類。罪を犯し、命を奪い、そこに恥も悔いも無い無慙無愧の民草が跳梁跋扈を繰り広げる。人が言語を得るようになってから、この世界を作った神を憎む者もいれば、救世主の如く讃える集団や国家も出てきた。
だが、天地開闢の始まりから数百年、栄華を極めた摩天楼に常勝の男が現れた。その男は初めは犯罪集団のリーダーだったが、組織が肥大化したことでマフィア化し、遂には星間の争いにすら身を乗り出すほどとなった。
(もう直ぐだ、もう直ぐ終わる……)
男の武器は拳、だがそれは壊れず折れず朽ちぬ生まれつきの神器。炎で炙られようが鉱物の挟み撃ちだろうが、果てには放射能を浴びようが血の一滴すら漏れない不変なる神の拳であった。その異常性に多くの人々は畏れ、たとえそれは生みの親にして先代リーダーである彼の父親すら例外ではない。男がまだ幼い子供であったとき、寝込みを襲われる。死にそうなところ生存本能のまま拳の突き出した暁に父親の心臓を穿つ結果となる。その日以降、彼が組織の頂点となった。加えてこの神拳と触れ合いをしたものは、この堕天の園において異常現象を見せたのだ。
まず、野獣の如く男を憎んでた女を抱きしめられば、その野獣性が消えて和解し結ばれた。次いで裏切り暗殺をしようとした親友を殴り飛ばせば、己の過ちを認めて涙を流した。そして女との間に生まれた子供からは今まで見たことのないようなまるで罪から解放されたような穏やかさを感じさせた。どれもこれも、神拳の織りなす覇者の奇跡、いつしか男が奇跡を成しこの奈落の世界から解放してくれるかもしれないと夢を見たのだ。そして彼の覇業に魅せられたものは男をこう呼んだ……
「グァッ……」
「ここだ、この先に王冠が待っている……」
「愚か、モノが……身の程を弁えろ反逆者めが。我らの神の裁きを受け、愚かさを自覚しながら、あの世で後悔するが良い……」
銀河を支配していた宗教国家の総裁の心臓が、拳の一撃で穿たれた。男が数多の犠牲を超えて星々を掌握し、遂に最も王冠に近い場所へと辿り着く。その門番である総裁を殺せば、いよいよ本丸へと乗り出せる。後は穴を開けるだけだ。
それは単なる物理的な移動法では到達できない。次元の違う場所へ行くためならば、世界そのものに特異点という穴を開けなければならない。その様な無茶、どうやって押し通すかなどと問うことは今更無粋だろう。数多の奇跡を起こしたこの拳、それ一つで実現できると信じて疑わない。ならば、後は実行に移すだけ。
「行くぞォォォォッ!」
拳を振り上げ、そして突き出した。狙いは王冠……及び世界の深淵そのもの。硝子を突き破った様な音を響かせながら、遂に目指していた場所へと辿り着いた。
其処には……彼にとって全ての元凶であるこの世全ての悪が座して彼を持っていた。無尽なる殺意、並のものであれば視線を交えるだけで絶命しかねない圧倒的な存在感がこの場を支配していた。
「ようこそ、リカルド・マノデ・ディオス。お前のことはよく知っている……俺は無慙。お前達の祖にあたる者だ。」
無慙、それこそが王冠の独裁者の神名だ。そして男……リカルドと呼ばれた男は緊張感を感じさせない口調で言葉を紡ぐ。
「オッス、神様。俺もアンタに会いたくてたまらなかったぜ……全てを終わらせるためにな。」
「ほう、意気込みがいいのは大いに結構。ならばこれ以上の語らいは無粋だな、始めるとしよう。」
その言葉を最後に、遂に王冠をかけた決戦が開始した。まず、王冠より放たれる殺意、滅殺意思がリカルドへと叩きつけられる。資格無き者が直撃すれば、痕跡すら残さず消滅する必滅の審判。
だが、ここに自力で来るとはそういうこと。言うまでもなく資格は既に有しており、必滅の審判を押し除ける様に覇道を広げた。その名は……
「
迸る黄金の神気が宇宙空間に響き渡る。それが必滅の審判を押し除け、リカルドの覇道が万象を染め上げていく。それは神拳に魅入られたものを染め上げ、そして新たなる神話を作り上げていく宇宙。拳一つであらゆる困難を踏破したいという祈りを軸にした異界である。
それを見届ける無慙は、目を細めながら言い放つ。
「知ってはいたことだが、拳一つで全てを支配する覇道とはな。単純故にそれを成すのは簡単ではないだろう。」
「かもしれねェな、だがオレはこうしてここまで来たんだ。後はアンタを倒し、散っていったみんなの無念を晴らすまでだ。」
そして拳と剣、両者共に獲物を相手をと矛先を向けながら視線を交える。そして同時に疾走し、大激突を果たした。
衝突する神拳と神剣、その余波が銀河を攪拌させて粉砕し、その果てに己の覇道へと染め上げる。両者共に支配領域は互角……否、祖たる無慙が一方先を行ってた。何故なら……
「鈍い」
次の刹那に無慙が下方から放った斬撃を、リカルドは認識できてない。何故なら隙の概念を挟まれた一撃であり、それ自体を認識できなければ回避も防御もできない。無防備なまま、致命傷を棒立ちで受けることとなる。
加えて、無慙は堕天奈落の宇宙を始めた祖としてこの時代のすべての歴史を掌握し、理解し尽くしている。故にリカルドの人生も全て理解し尽くしており、殺すための刃が研ぎ澄まされていることは語るまでもないだろう。故に弱点が剥き出しとなったリカルドは、それを抉られて絶命する運命となる‥‥はずだった。
「そう勝負を急ぐなよ、始祖様よ。まだ始まったばかりなんだからさ。」
「……ほう。」
リカルドは目の焦点を神剣に向けることのないまま、まるで回し受けで攻撃を受け流した。そしてそのまま肘打ちを無慙の胸部へと叩き込んだ。
だが、無慙はそれすら想定のうちであるかな様に開いた腕の掌でしっかりとガードしていた。一筋縄では済ませられない、それほどの強敵だとリカルドは、感心さと苛立ちのどちらも含めた様な舌打ちを漏らした。反面、無慙は冷徹さを一貫させながら口を開く。
「気の察知か。」
「流石、知ってたんだな。拳一つであの過酷な環境を生き残るには、気の流れを読まねェと話にならねェ。それはたとえ狙撃だろうと暗殺だろうと同じことだ、俺に隙を突いた闇討ちは通じねェぞ。」
などと、リカルドは不適な笑みを浮かべながらそう言い放った。だが、その内心は決して穏やかではなかった。
(なんて言ったが、スピードもパワーも向こうのほうが上だ。安易にアイツの一発をまともに受ければ多分死ねる、自慢の拳で防ぐにも限度ってもんがあるぞ……流石はかの王冠の独裁者様だ、さてどうしたもんか。だけど……)
リカルドの身が震え出す、それは果たして恐怖によるものか。それも確かにあるのかもしれない、だがそれ以上の感情を彼は自覚していた。
(怖い以上に、ワクワクするぜ。間違いなく今まで俺が戦ってきた敵の中で最強だ。もしも叶うなら、敵討ちだのそんな細かいことを抜きにして闘いたかったものだが仕方ない。アイツらの無念を晴らすためにも、新時代を開くためにもコイツを早くぶっ殺す!)
そう決意したリカルドは、両手を胸元に近付けてまるで仏像の様に手で円を作った。するとそこに神気の塊ができあがれば、それを瞬時に無慙の方へと押し出す。
「ハアァァァッ!」
気合一閃、彗星の様に宙を駆けるリカルドの神気。星を弾き、銀河を押し除けて神拳の覇道を拡大していく一撃。直撃すれば破壊だけでなく、破壊された者らを魅了しリカルドの覇道へ染まっていく。
それを前に迎撃せんと動き出す無慙、同時に彼の覇道を象徴する地獄の業火が具現化する。
「腐れ落ちろ。」
巨悪という極大の汚濁が天を握れば、その下にある者らも腐るのも道理である。それを具現化する無価値の炎を纏った神剣の刺突が、迫る神気を刺突一閃で気そのものを腐敗させていく。慙愧の無いこの炎は、物質のみでなく光の様な流動体や空気といった目に見えない概念、果てには万象そのものへと干渉する域に達している。ならば、神気をも腐敗させることが可能なのは当然だろう。
だが、その程度はこの王冠の座へ挑戦する前からリカルドは想定していた。ならば、次なる一手を考えるよりも先に無意識に体が動いている。思考の全てを戦闘に割いた極限の集中力、それが無駄がない最善の行動を取らせる。
「フン!」
突き出された腐敗の神剣、その下を流れる様にスレスレで避けながら無慙の顎を跳ね上げる黄金の神気を纏ったアッパーカットを繰り出す。人間であれば、脳が急激に縦に揺れて殴られたことに数秒気付けず混乱を招くだろう。
しかし、無慙の身体は無の概念そのもの。その手の常識的な隙は生まれないしそんなことは本人が許さない。
「死ね、その呼吸が気に食わん。」
顎が上がりながらも視線は閉じない。反吐が出ると言わんばかりに言葉を吐き捨てながら、横薙ぎの一閃をリカルドの首に狙いを定めながら放つ。しかし、リカルドはその剣戟を目に捉えることなく、まるで人混みでも抜けるかの様に荒さを感じさせない流麗な動きで無慙の攻撃を回避する。
「ッ!?」
「空気くらい俺の好きに吸わせろよ、そのくらいの自由はあっても良いだろう?」
回避、それ同時に無慙の体から殴られた痛みが生じた。その軌道を捉えることができない、何故ならそれはリカルドの回避と攻撃のどれもが時間軸を超越した行動であるがために。
リカルドの生きた動乱の世界、神拳がどれだけ不変の輝きを持とうともそれだけで生き抜けるほど容易い世界ではない。故に彼は万象に生じる気の流れ、生命エネルギーのコントロールを鍛え上げた。それは自分自身から生じるものはもちろん、他者から生じるエネルギーの流れをも正確に補足できるほどまでに。手刀で水を切り、光を掌に納めて握る、という奇跡をこれまで成してきた。それらを本能のままに可能とした暁には、無意識のまま気の流れを捉えて脅威から避け、同時に脅威を押し除けるために必要なパワーを絞り出して急所へと最短ルートで撃ち込むことを可能とする。コレこそが不変なる拳を持つリカルドの体現した神業である。
「ッ!」
リカルドの足元から生じる黒炎の壁、それを拳の振り下ろしで鎮圧する。だが即座に無慙な距離を詰め、斬撃による暗黒の檻を作り上げた。
それをリカルドは、そのまま拳のラッシュで全て迎撃する。パワーで押されてるものの焦りは見せず、無理な衝突はしないように冷静に見据える。無理矢理突破するなんて真似はせず針に糸を通すかの様に綺麗なカウンターを時折決めて無慙の進撃を止めた。
(行ける、このまま圧倒すれば勝てるぞ!)
「オォォォッ!」
ラッシュがぶつかり合う神拳と神剣、ほぼ互角に見えるものの均衡は拳の方が優位へと傾いていた。拳に魅入られた堕天奈落の総軍は、カウンターが決まる度に次第に減ってきておりこの状態が長引けば0となり無慙は袋小路となるだろう。
だが、無慙の閉じぬ瞳がリカルドの瞳と線を交えた直後に彼は言葉を漏らした。今こそ狙い目と確信したかの様に、まさに悪魔の様な冷酷な口調で言葉を発す。
「……その拳で俺を殺せば、全てが報われるとお前は思ってるわけだな?」
「ああ、その通りだ。俺の人生は、全てはこのためにあったんだ。」
「なら、お前の抱えた罪はそれで帳消しとなると思ってるのかよ?随分とおめでたい頭をしているな。」
「罪、だと?……それは一体……」
「お前が生まれ持った原罪を教えてやる、その名は“貪欲”だ。そこから生じた身勝手さを克服しない限り、お前は俺の掌から脱せない。」
「っ!?」
刹那、リカルドは胸に生じた熱さを自覚した。そして自分の胸元を見下ろせば、そこには無慙の神剣が突き刺さっていた。何故避けられなかったのか、その答えは即座に理解した。いつのまにか自身の周囲を囲む無価値の炎、退路が閉ざされ磔に近い状況になってたのだ。ならば避けられないのは道理である。
「が、アァッ……アァァァッ!?」
「俺が万象に広げた罪はまだ、正確な形を成してない。その内型に嵌める奴が生まれるだろうが、お前の様に先駆けて無意識に宿しながら邁進する奴が出てくるの想定内だ。故に、その程度の覚醒ではまだ届かんのだよ、若造が。」
痛みを自覚して苦悶の声をあげるリカルド、その一方で冷徹に言葉を紡ぐ無慙。それはまるで、罪人に罰を与える死刑執行者との構図を連想させるだろう。
その最中、リカルドは己の人生を改めて振り返るのであった。
というわけで、オリジナルで作り上げた覇道神との戦闘を書いてみました。もしもサタさん以外の覇道神が出たら、無慙はこんな感じに対応するんじゃないかなってイメージで書きました。
ちなみにモデルはDBのカカロットこと孫悟空ですが、後半でちょっとオリキャラらしく特殊な要素を出す予定です。