マグサリオンの殺戮道場   作:ヘル・レーベンシュタイン

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今回は知っている人ならわかる、私の推し二人の決戦となります。


第二十二陣 万仙陣 Ⅲ

 宮殿内部に入れば、漆黒の軍服を着た金髪の美女が居た。彼女は聖十郎とは対照的にどこか朗らかさを感じさせる柔らかな表情だった。だが、マグサリオンは眉を少しひそめた。まるで何処か歪さを感じ取ったように。そんなマグサリオンを気にすることない様子で、女は拍手しながら声をかけてきた。

 

「いやはや、予想外だったよ。まさか逆十字の条件にはまりながらも正面から突破するとは。」

「御託は要らん、貴様はなんだ。」

「これは失礼した、私はクリームヒルト・レーベンシュタインという。この万仙陣の元凶を仕留めに来たといえば伝わるかな?」

「なるほどな、つまり横やりに来た俺を止めに来たというわけか。」

 

 歯に布着せぬ物言いをするマグサリオンの指摘に、まるで予想外だったようにクリームヒルトは瞠目した。

 

「なぜそう思った?」

「俺は元々、この糞を散らす現象とは無関係だ。結果として巻き込まれたものの、大筋とは関係なかったはずだ。だが元凶といったお前ならば、どういった経緯のものかはわかるだろう。ならばこうやって俺と対面を果たしたということは……」

「その通り、お察しの通り見定めに来た。とはいえ結構いい男だから良き誤算だったよ。ならば是非とも夫にと思ったが、どうやらそうした関係はお望みではないようだな。夫婦の交じりは、戒律とやらに抵触するのだろう?」

「阿呆が、そうでなくともお断りだ。俺は伴侶なんぞ望まん。」

「では是非もないな。」

 

 クリームヒルトは苦笑を浮かべながら腰から細剣を抜き、マグサリオンも応じるように剣先を向ける。

 

「いざ決闘を始めよう、私の力がどこまで通じるか興味が湧く。」

「元よりそのつもりだ、俺の進む道を阻むものは誰であろうとも殺す。」

 

 

 ここに、殺戮の凶剣と絶死の死神、死をもたらす刃同士の激突が開幕した。

 

 

 

 剣風が舞台を駆け、破壊痕を刻みながら戦場を彩る。凶剣と死神、そのどちらも破壊を散らし、しかして決して被弾は皆無か戦況となっていた。裏を返せば一発でも当たれば勝負の天秤が傾く。これはそうした衝突であり、両者共にその真実を承知の上で闘っている。

 攻撃を放つ、躱わす。反撃を放たれる、躱した。そしてまた攻撃を放つ……という、総じてその繰り返しであり、第三者が見れば飽きるような攻防だろう。しかし一見すれば馬鹿正直な同じ激突に見えても、両者共に彩りが異なる。刃を交えて死を以って舞台を彩る、その両者の性質は類似していながらも対極的な衝突だった。

 

「ッ!」

 

 まず凶剣の剣戟は、苛烈さを齎す動乱な死である。武才を感じさせず、王道さをかなぐり捨てたならず者の剣術。しかしそれでも生涯無敗の戦績であり、下手くそさも極めれば一種の技術となるのだろう。事実獣道のような疾走も全て敵の隙を突いており、僅かな停滞を見せればその刹那に凶剣の冷徹な刃が首を刎ねて決着となるだろう。その全てを捌いている、目の前の女……即ち死神は並大抵では無い。

 

「なるほど、これが戒律による恩恵か。私が力負けするとは未知な経験だ。」

 

 そう吟味しながら死神の振るう剣戟は、静寂さを齎す無情な死であった。放たれる剣戟はどれも機微がなく、全てが最速にして最強の一撃。率直に言えば単調であり実に読みやすい。が、それは理屈上の話であって実戦においては必ずしもそうではない。少なくとも、彼女の放つ攻撃はそれだけの理屈にとどまるようなものではないのだから。

 マグサリオンは不恰好ながらも全霊を以って回避していた、擦りだろうと僅かな被弾すら許さずに。そうしなければ致命になると直感で悟っており、事実として死神の攻撃全てに死の概念が宿っていた。それはマグサリオンの無の身体だろうと同種の概念であるがゆえに致命に繋がるのは死の普遍性(アラヤ)。万物に死という終着点が宿り、たとえ無であろうとも生きているならば必ず殺せるだろう。それを自在に操るこの女はまさに死神の名にふさわしいと言える。そして……

 

「お前もまた、未来(さき)を見ているのか。」

「おや、わかるのか。なるほど……第一盧生(ザ・ファースト)との戦闘経験有り……いや、勝利すらしたのか。お察しの通りだ、そうしなければそちらの攻撃が捉えれないのでな、いやはや恐ろしいよ。」

「はっ、ほざけよ。」

 

 マグサリオンの隙をついた攻撃を回避し続けているのも、そうした理屈。人の代表者たる盧生は、阿頼耶を通して過去現在未来を視認することが可能であり、それでマグサリオンの攻撃の起動を先読みしていた。

 だが、そうした事実を知った上でマグサリオンが死神に向けて言葉を投げる。

 

「随分と厚化粧で誤魔化しているようだが、お前の内に心は無いのだろう?」

「……知ってたのか、別に隠しているつもりはなかったが。」

「心があれば、ある程度は激しい感情の動きがあるものだ。激しく喜んだり深く絶望したり、急な気付きで驚いたりとかな。だが、お前にそうしたものが絶無だ。今もそうだ、俺の指摘に何の反応も示してないだろう。」

 

 死神は答えない、しかし無言は肯定と同意義にもなる。マグサリオンが初対面で得た違和感の正体がそれである。人は経験を重ねることで慣れを覚え、感情の起伏をある程度抑制できるものだ。しかし、それは感情の揺らぎを完全に断ち切ったわけでない。それはマグサリオンが殺したものたちも同様であり、例えばバフラヴァーンやクワルナフ、ナダレやワルフラーン、果てには怒りを封印している真我ですら落ち着いた時や窮地に落ちた時に、感情の揺らぎは常にあった。

 しかし彼女、クリームヒルト・レーベンシュタインには言動や態度、果てには戦闘技巧にそういう機微がない。常に平静、血を流そうとも痛みを感じても感情に揺らぎが起きず、きっと生まれてから一度も泣いたことがないのだろう。マグサリオンの剣閃を前にしても、死や敗北を警戒はすれど恐怖を感じさせる動きが一切無い。例え苦しみや死の間際に立っても、絶望したり助けを乞いたり、後悔を拭うための最後の一言すら残さないだろう。何処までも諸行無常、機械のようにその運命を受け入れるだけだとわかる。そしてそれを自覚しているであろう彼女は、笑みを浮かべながら返答する。この表情の変化も、あくまで他人の真似事だろう。そういうものだと受け入れて、人としての常識に倣ってるだけにすぎない。

 

「察しの通り、私には心が無い。だがそれは何も、珍しく無いと思うけどな。私以外にも、感情の欠落したものは居ただろう。」

「ああ、そういう奴も俺の身内にいた。」

「ならばそれは、あくまで身長の高い低いという個性と大差ないだろう。故に別段異質とは言えまい。」

 

 死神はそう反論しながら、踏み出して逆手に持った細剣でマグサリオンの首筋を狙って振るう。まさにそれは、死神の振るう死鎌の如く。マグサリオンは、それを前に不動だった。先程までの機敏な動きとは実に対照的である。だが、死神との距離が縮まった刹那、閉ざさぬ瞳が翡翠の瞳と交わる。

 

「……ふ、笑わせるなよ。」

「……なんだと?」

「本来は、その突き出しすぎた個性を削ぐのがお前の齎す死なのだろう?自分の論で自分の首を絞めて、自殺でもお望みかよお前。」

「___」

 

 その言葉の直後に、凶剣から不意な剣風が放たれる。阿頼耶を通してその未来は見えてる、だが対応が困難になっていた。まるで本の端についたシミが気になって、次の文が読めなくなってるかのように。

 が、咄嗟に認識を立て直して強引に身を引く。僅かに肩に刃が掠ったものの、傷が浅かったため幸い高い再生能力で癒すことができた。しかし相当な綱渡りであり、反撃もできなかったこの事態がクリームヒルトにとって異常を示している。そして、眉を顰めながらマグサリオンへ問い掛ける。

 

「何が言いたいんだ?」

「要は、お前はモノの作りの乱れが気になって仕方ないんだろう?心というものは人の行動の燃料にもなるが、同時に限度の過ぎた行いを自制する抑止力にもなる。つまり水の流れを制するダムのような役割だが、お前はそれを持ち合わせてないわけだ。ならばどうなるか簡単だ、理屈的に正しいなら疑うことなく行動に出れる。例えば財産を独占する支配者、生きる意味を感じさせない落伍者などなど……生態系の図において上にも下に“無駄”に突出したとしか思えない奴は殺処分するのが一番といった具合にな。お前が振るいあげる死の行動原理とは、詰まるところそうしたものだろう?」

「……そうだな、その通りだ。だが、私はそれだけの女ではないぞ。」

 

 図星、そのことを隠すことなくクリームヒルトは答えた。だがデスマスクの笑みはまだ拭えていない。再び踏み込んで、死の大海嘯を齎す。並みのものであれば、一発受けるだけでも死に陥る。仮に一発二発をやりすごしても、無尽に感じる光の洪水を連想させるラッシュを前に圧し潰される。第三盧生、クリームヒルト・ヘルヘイム・レーベンシュタインは歴代の盧生において、白兵戦最強なのはそうした頂上的で卓越した身体能力によるものなのだろう。

 しかし、やはりマグサリオンは殺し合いにおいては百戦錬磨。光すら追い越し、真正面から打ち砕くことすら可能である。故に眼前に迫る光の洪水すら、一つ一つをさばいて砕き、更には返しの刃でクリームヒルトの体に傷を負わす。再生をするが、それよりも一歩ずつ早く。最早回復が追い付かない領域へと達した。焦る感情をもち合わせていないが、死の危機に達した体から、危険な域に達したと示すように、心臓の鼓動が早くなり、汗がしたたり落ちる。その様子を見据えながら、更に追撃のごとくマグサリオンは言葉の刃を差し込む。まるで、更なる深淵をもう見切ってると言わんばかりに。

 

「だろうな、それだけならば安い正義に酔って暴れ狂う屑と大差ない。お前も大概馬鹿ではあるが、無能ではないことは分かっている。ああ、随分と動きに長けているようだが、その体は余分に燃料を溶かしているだろう?」

「というと?」

「お前の体は、何もしなくても筋肉が余分にエネルギーを消費する。つまり、一食抜かしただけでも死ぬのだろう?お前常に生を食らわねば死んでしまう。そんな様で死神気取りとは笑わせる。」

「やれやれ…そこまで指摘するとは、ヨシヤにもされなかったぞ。とはいえ、乙女の隠し事を晒したからには、罰を与えねばなるまい。女の嗜みとは、そういうものだろう?」

「心を持たんお前が、女を語るとかどんな茶番だよ。」

 

 はにかむ様な表情をしながら、クリームヒルトは距離をとってそう言い放つ。マグサリオンは、そんな一種のシュールさを感じさせる光景にあきれたように息を吐きながらそう言い放つ。直後、死神から放射状にかつてない程に純度の高い死が溢れ出た。それを殺意と共に滾る魔道で押し除け、その深淵から出る者へと視線を向ける。

 

富は滅び(Deyr fé,)親しき者は死に絶え(deyja frændr,)いずれは己も死に至る(deyr sjalfr it sama)

 

 それは生きとし生けるもの全ては、いずれ必ず死に絶えるという真理の歌い上げ。ならばこれは死に対する絶望の鎮魂歌か?否、違う。マグサリオンはそう確信していた。

 

終段顕象(Dags ansuz)ーー高き者の箴言(Hávamál)

 

 現れたのはマグサリオンとよく似た、漆黒の鎧を身に纏う鋼の戦神。まさに死の概念そのものの大神であり、絶死の真理を必然的に連想させる神格だった。

 その死神がクリームヒルトの意思を己の元掬い上げ、大神の槍(グングニル)が投擲された。伝承の通り、投擲された槍はあらゆる道理を超越して必ず狙った獲物に命中し、そして如何なる防壁をも貫き殺す神威を有している。その齎す死は破壊ではなく静寂を広げ、静かに跡形もなく死に染まって消え去るのみである。その神威がマグサリオンへと迫り、そのまま直撃すれば死に絶える運命だろう。

 

「お前の見出した正義(悟り)を答えようか?」

「……何だと?」

「もう己の手で誰も殺さない、そうだろう?」

「っ!?」

 

 その運命に争わんと、凶剣の牙が鳴り響く。その指摘と共に疾走する、死の大海原へと真正面から突き進んでいく。心のないはずの死神に悪寒が走り、生命反応の如く身体が硬直する。その隙を見極め、死線を描く。その軌跡はまるで時を凌駕したかの如く、死すらも殺さんと剣筋を空間に突き立て、死の大槍を斬り裂き、そしてそのまま鋼の戦神をあっさりと両断する。

 そのダメージが全てクリームヒルトへと跳ね返り、血飛沫を上げながら地へと伏せていった。だがそこに恥や後悔、情けなさを感じさせない表情をしていた。心が無いゆえにといえばそれまでだろうが……

 

「よくわかったな、私の悟りを……」

「予想外だったのか?舐めるな、簡単な話だろう。図に乗れば死神に魅入られる知世は、確かに人類の暴走に対する抑止力になるだろう。だがな、それだけで御せるほど人間というのは単純では無い。それでも生きる、何を犠牲にしても己の野望を成就させる。そんな勢いある奴が、必ず生まれるだろうよ。それこそ病まみれのあの男みたいにな……ならばこそ、逆説的に全体図だけではなく、個々人を意識するような意識の改革に目覚めるのは自然な話だろう。まあもっとも、俺のような人の種から逸脱した存在を殺す分には誓いを破ることにはならんだろうがな。そうでなければ他生物を殺すことすら禁止となる。それでは生きることすらままならん。矛盾、不整合こそが人の本質。一枚岩の理屈にとどまらない、そういう悟りを見出しお前は殺率衝動を制御するためそうした悟りを見出した。」

「ああ……なるほどな、逆十字からヒントを得たわけか。いやはや、私の真実を短時間でここまで丸裸にするとはな……認めよう、私の負けだ。」

 

 クリームヒルトは己の敗北を認めた。だが後悔の様子はなく、むしろ清々しさを感じさせるような穏やかさを感じさせた顔をしている。

 

「さて、このままジンロンに突撃するのだろう?ならば、私からの置き土産を……」

「要らん、奴は俺自身の手で暴く。」

 

 退場間際、クリームヒルトはマグサリオンへ何かを伝えようとした。だが直後、背中越しにその提案を一刀両断する。

 あくまで己の手で始末をつける、その姿で最奥の玉座へと視線を向けていた。それを見て、クリームヒルトは流石と言わんばかりに笑みを浮かべその姿が溶け始める。

 

「やれやれ、もう既に次の一手へと伸ばすとはな。ならば是非もないか、では行ってきてくれ。」

「言われるまでもない、気になるならば勝手に見届けておけ。」

「相わかった、ではその様に。」

 

 そう言い残してクリームヒルトの姿は消え、残るは万仙陣を司る夢想の王との決戦のみだった、

 




次回、最終決戦です。
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