マグサリオンの殺戮道場   作:ヘル・レーベンシュタイン

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いよいよ最終決戦です


第二十二陣 万仙陣 Ⅳ

 

 

「……」

 

 クリームヒルトが退場し、マグサリオンは最奥の玉座を見据える。虚空を見合えながら笑みを浮かべる夢想の王、黄錦龍が座していた。目算の距離としては数十mであり、現実としてその通りだろう。

 だが、マグサリオンとしてはまるで地上から星空を目指すかの様な、遥か長い道のりに見ていた。事実、あっという間に辿り着けないことを自覚している。だが、それを知った上で彼は突き進む。

 

「貴様は必ず殺す。」

 

 黄錦龍の姿を見据え、一歩踏み出す。同時に全身に激痛が走る。万仙陣は極論として、黄錦龍が流し続ける催眠術であり、夢や願望がある者であれば必ず成立してしまう。

 それはマグサリオンであろうとも例外ではない、何故なら彼は我力で眠らないだけであって眠れないわけではない。故に僅かでも万仙陣の催眠に屈して仕舞えば、もう逃れれない夢幻の回廊へと沈んでいく。

 

「ぐ、おぉ……」

 

 苦悶の声を上げながら、一歩進む。更に生じる痛みと眠気、それを歯を食いしばって耐えていく。黄錦龍に近付けば近付く程に夢への誘惑の力が強くなっていく。

 だが、かと言ってさっさと走れば良いというわけではない。走る分痛みを増すのは当然だが、それだけではない。走れば“さっさとこの苦しみから解放される”という都合の良い想いに傾くリスクもあるのだから。

 

「な、め、るな……」

 

 故に確実に、遅くても一歩ずつ進んでいく。この痛みも眠気も、己のものと強く戒めて。安易な妄想に傾かない、確実に黄錦龍を殺すために。

 そして遂に、剣の間合いまで僅か。玉座の黄錦龍がマグサリオンを見据えるも、それでも万象を慰撫する笑みを絶やさない。それを見据え、玉座へと踏み込めば……

 

「貴様の中に“痛み”は存在しない、そうなのだろうッ!痛みを知らぬ救済なんぞ笑わせるな屑めが、俺を救いたくば糞を撒き散らすお前自身が出張ってこいィッ!」

 

 絶叫と共に放たれる刺突、そして指摘と共に黄錦龍の体の中心に剣先が食い込む。だが、しかし黄錦龍の貌は苦悶や痛みのは無縁の不変のまま。そう、マグサリオンの指摘通り黄錦龍は生まれながらの無痛症。それ故に銃を受けようが、刃物を受けようが笑みを浮かべて阿片による救済の手を伸ばす。それが数多の人々から見て、まるで不死身のモンスターの様に見え、果てに青幇の頂点に座する王へと成った。

 そしてそこに邯鄲の夢が混じれば、まさに黄錦龍は無敵の存在。同じ盧生からの攻撃だろうと、召喚された神々の無条件強力強制による神威だろうと、脅威を脅威として認識せず無傷のまま君臨し続ける。そしてこれはマグサリオンの無人の殺意が齎す攻撃の前だろうと例外なく。だが、その無敵の防壁も痛みの自覚によって崩壊となるだろう。その真実を晒したことで剣先が食い込み、そこから滴りおちる血が痛みを指し示している。ならば、黄錦龍はどう動くか……

 

「これが、痛み………ふはッ!」

 

 痛みを認識すれば、黄錦龍は笑みを浮かべ顔に手を覆った。楯法で胸の傷を癒せば直後に更に万仙陣の流れが激しくなり、その更に深淵に座するものを呼び出そうとしていた。

 

「ふふ、はははは……そうかそうか、そんなに俺に救われたいのか。そんなに厳しく辛そうな顔をしているからなぁ、可哀想に。救ってやろうお前と、お前たち全てを。俺は皆の幸せを、如何なる時も願っている!」

 

 これよりは万象を桃源へと塗り替え、世界を幸福に満たす万仙陣をより広めんと黄錦龍が本格的な行動に出た。

 

「人皆七竅有りて、以って視聴食息す。此れ独り有ること無し

 

太極より両儀に別れ、四象に広がれ万仙の陣

 

終段-顕象

 

四凶渾沌――鴻・鈞・道・人ィィン」

 

 

 顕現せし神は異形なものであり、それはクリームヒルトや甘粕の召喚したものとはかけ離れたおぞましきモノだ。まず目や耳、鼻と口のない無貌な姿であり、数億の触手で形取った翼と獣毛の塊で形成された異形の神だった。それはマグサリオンから見てもその様に認識せずにはいられず、神々の黄昏において召喚された神々すら凌駕する巨体だった。

 だが、わかりやすい脅威を撒き散らす様な真似はしていない。あくまで万仙陣の流出がより加速的に成った以外の変化は特に無い。この黄錦龍も異形の神(鴻鈞道人)も、どちらも破壊を目的としておらず、夢による陶酔の救世こそが目的としているのだから。だが、夢に溺れた衆生はまた別であり……

 

「………」

 

 マグサリオンは、阿片窟となり始めてる万象を閉じぬ瞳で捉える。もはや眼下の星の九割が廃神に溢れかえっており、その数は無限に匹敵する速度で増している。その一つ一つは常人の夢が生み出す劣化品であり、はっきり言ってどれも今のマグサリオンに傷一つ付けられないほどの醜悪な夢だ。

 だが、それでも数があまりに脅威的。一つ一つを殺していたら、百年千年……最悪はかつて行った滅尽行に匹敵するかもしれない。ならば、本丸たる黄錦龍を叩くのが最短のルートであり……

 

「退け。」

 

 殺意に満ちた呟き、その直後に廃神の大群が扉の如く退いた。その先には、笑みを浮かべる黄錦龍が居た。そこに向けて、全力で駆け抜ける。

 その道中で殺意に満ちた廃神が、マグサリオンに向けて襲い掛かる。だが、そんなモノでは止まらない。九頭竜、悪魔、妖怪、誰かのドッペルゲンガー……etc。その全てを見据え、理解し、そして斬り払って進んでいく。そして……

 

「オォォォォォッ!」

 

 黄錦龍との距離を詰めれば剣筋を叩きつける、ではなくなんと“鉄拳”を顔面に叩きつけたのだった。決して剣戟だけでなく、徒手空拳も彼の戦闘の中で行われることは確かにあるが、それを決め手にしたことはまずない。あくまで補助程度であり、彼は敵を必ず斬殺している。

 ならばあくまで怯み狙い、その次に剣戟かと思われたが一発で終わらない。二発、三発、続けて殴っている。何故剣を使わないのか、大抵のものであれば疑問に思うはず。だがそもそも戦う意志のない黄錦龍はゲラゲラと笑いながらマグサリオンのその行動を見ていた。

 

「ふはっ、ははははは!なんだぁ、お前。そんなに俺のことが好きなのか?愛いなぁ、良いぞぉ、そんなに戦う事が好きなら幾らでも繰り返すと良い。お前が幸せになるためならば、幾らでも用を足してやろう。うむうむ、お前はいつもいつも、他の者たちと戦ってるときも幸せそうではなかったからなぁ。辛いだろう、悲しいだろう、ならばお前もまたお前の望む夢を見て幸せになってくれ。」

「ふん……よく喋る屑だ。だがお前の言った通り、俺は戦う事が好きではないのは事実だ。だが、お前の与える幸福感に降る気もないがな。何より……お前は恐怖を抱いている。」

 

 黄錦龍がそう語りかけるも、それを拒絶の言葉と共に鉄拳で殴り続ける。しかし黄錦龍は、殴られた箇所は至って無傷。

 まだ無痛が払拭されてない?否、殴られた直後に即座に回復しているのだ。事実、マグサリオンの拳には血糊が付着しており、それは即ち……

 

「回復の夢を使っているのだろう?痛みに恐怖を抱いている充分な証拠だ!」

「ふはっ、お前がそう思うのならばそうなのだろう、お前の中ではな。」

 

 何度も何度も殴られる、しかしその直後に黄錦龍は回復をして笑い続ける。その繰り返し、なんとも杜撰な戦闘だろう。

 だが、マグサリオンが本質的に無意味な行為をすることはあり得ない。故に黄錦龍の指摘は間違い、彼が彼の中の迷妄な妄想のまま完結することはあり得ないのだから。夢想の王の、自覚なき間隙をその瞳が捉えている。それを暴くべく、言葉の刃がついに放たれた。

 

「貴様の救世は確かに大したものだ、個々人の納得する妄想を具現し昇天させれば確かに九割九分は救われるだろうよ。だがな、人の創り上げるものには必ず綻びが生まれる。例えばそう、現実がどれだけ苦しみに満ちてるとわかっていても、その断崖に向けて飛翔したいと願うが奴が居たりとかな。心当たりあるんじゃないか?」

「…………娘、よ。」

 

 マグサリオンの指摘が届いたのか、直後に黄錦龍の笑みが止まり瞳が揺れた。それは手元から離れてしまった、大事な娘の背を掴もうとする父の姿の如く。

 そう、皮肉というべきかよりにもよって……否、大事な身内、家族だからこそ父の救世を唯一否定した存在が身近に居たのだ。故に彼は、手を伸ばさずにはいられなかった。そしてその隙を、凶剣が逃すはずもなく一度穿たれた傷に、再度剣先が食い込む。

 

「ッ!ギ、イィ……」

 

 胸より込み上がる熱、そして痛覚が黄錦龍の顔を歪ませる。もはやそこに夢想による喜びが消え去り、さっきからずっとマグサリオンに殴られ続けていた痣や傷が浮かび上がる。これこそが真の狙い、黄錦龍に痛みとは苦しく辛いことだと再認識させるがために。

 そう、まるで麻酔がなくなった事で傷を自覚し始めた様で。それを更に強く刻まんと、マグサリオンの口が更に追撃を放つ。

 

現実(そと)の苦しみを知った上で、その繋がりを得たいがために万仙陣(鳥籠)から出たいと願うものもまた居たのだろう?しかもそれが偶然……良いや、必然的に貴様の身内がそれだったわけだ。」

 

 外の広さを知った鳥は、最早安楽の鳥籠の中で止まることはできなくなった。これこそが完全だった楽園の崩壊(パラダイス・ロスト)の兆しだったのだ。

 黄錦龍の中に生じる感情の波濤、痛い、苦しい、悲しい等々。己の意思を無視して肥大化していく。

 

「ッ!〜〜〜〜ッ」

 

 なんだ、なんだ、なんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだこれはァァァァァァ!?

 

 制御出来ない感情の暴走、それは誰の目から見てもわかる表情の変化だった。

 それを見続けていたマグサリオンが、嘲笑う様に言葉を投げれば……

 

「どうした、いつも通り笑ってみろよ屑。」

「うおあがァァァッ!」

 

 気付けば赫怒の咆哮と共に、殺意を纏った拳をマグサリオンの頬にぶつけていた。

 マグサリオンの口より流れる血の一滴、それを拭って嘯く。

 

「感情の制御ができないのは初めてか?だが気にすることはない。誰もが未知の驚愕と直面し、己の弱さや未熟さと戦って生きていく。人生とはそういうものだ。

 お前の桃源郷では決して生まれ出ない概念だ、よく拝んで学べ。」

「〜〜ッ!」

 

 マグサリオンの独白を聞き届ければ、黄錦龍は憤慨の表情と共に再び拳を振り回す。その格好はまさに下手な踊りな様で、研鑽を積み上げたものから見れば失笑を禁じ得ないレベルの形振りだ。

 しかし、威力だけは対人において脅威的なもの。岩をも砕き、鉄板を容易く貫く人間兵器。人体に当たれば致死に至るのは想像に難しくない。だが……

 

「笑えん拙さだ、まだ餓鬼の喧嘩拳法の方がマシだ。」

「黙れェェェッ!!」

 

 相手は殺し合いにおいて百戦錬磨の男、非才さを貫きながらも拳法や剣術の達人などをを乗り越えてきたのだから。

 故に態々素人未満の拳に当たる愚かさを晒すことなく、難なく躱していく。その最中に、二人は言葉を交える。まず初めに口を開いたのは、慟哭を散らす黄錦龍だった。マグサリオンの所業と、そして流れ出した理を体感しそれを認めず否定する言葉を投げた。

 

「やめろやめろォ!こんな醜い現実(モノ)を皆んなに見せるなァァァッ!滅尽?皆殺し?悪を喰らう悪の楽園だと?そんなものはお前の中の楽園に閉ざせ、広めるなァッ!

お前のやってることはどこまでいっても殺戮の正当化だ、我が父のいた世界より穢らわしく度し難い!民の苦痛、悲劇を無くす気概を何故出さない、衆生を救済する姿勢を何故正さない!悪の楽土に花が咲くなど、曰く奇跡、曰く自由。唯の独裁の方便に過ぎん、屑なのはどちらだと言う!貴様の様な者がいるから、人々の争いは絶えんのだろうがァァァ!!」

 

 その嘆きの言葉の直後に、黄錦龍は詠唱を歌い上げる。

 

「天絶、地烈、風吼、寒氷、金光、化血、烈焔、紅水、紅砂、落魂ォォン!

 

終段顕象——十絶の陣ィィンッ!!」

 

 直後、黄錦龍の背後から十柱の仙人が召喚されて数多の死を齎す陣がマグサリオンを包む。そしてそれだけで終わらない。

 

「絶龍嶺——九天応元雷声普化天尊ッ!」

 

 次いで現れたのは、道教における最高位の雷神が現れて世界を射抜く雷霆がマグサリオンに向けて集中的に放たれる。

 だが……

 

「笑わせるな、お前の理想は幸福の絶頂による救世だろうが。戦いの神を出してなんとする。」

 

 その一蹴の言葉と同時に、召喚された神々を斬り飛ばした。その直後に、お返しとばかりにマグサリオンが黄錦龍に向けた言葉を投げ掛ける。

 

「確かに苦痛と悲劇は、人間にとって毒なのは事実。それに対して、お前のやり方で救われる奴も確かに存在するだろうよ。だが、お前の娘のように現実の痛みを知った上で前に進む決意をする者もまた居る。それを無理矢理阿片の香で包んで何とする、臭い物に蓋をする様に無理矢理阿片の幸福へ導くのが父親の愛情とでも?それでいて救世主気取りなどと、笑わせてくれるな。」

「ぐ、ゥウッ……」

 

 マグサリオンの指摘が致命となったのか、黄錦龍は胸の傷を抑えながら唸り声をあげる。指摘の内容に理解を得つつも、納得を出来ずマグサリオンを睨み付ける。

 だが、直後に天空を座する混沌の神が蠢き、触手が黄錦龍に纏わりつき始めた。何が起きているのか理解できず、ただ只管に混乱の言葉が漏れる。

 

「こ、れは……」

「ほう、なるほどな。己の道理から外れれば、その代価を払わされる。」

「そんな、馬鹿なあァァァ……」

 

 黄錦龍の身体がほぼ全てに触手に包まれ、嘆きの声が鳴り響いていく。そして、そんな大きな隙をこの男が見過ごすわけもない。天を、地を裂く凶剣の冷徹な神剣が桃源郷に崩壊を齎す。

 

「精々娘と共に、人との繋がりを学んでこい。」

「お、お、おォォォァァァッ!?」

 

 黄錦龍と鴻鈞道人、そして万仙陣に繋がる眷属諸共に斬り裂かれる。その果てに孤独の荒野が出来上がった。だが、そんなものはこの男にとって慣れたもの。殺意の民を流れ出し、悪の楽土をまた築き上げるだけなのだから。

 

 

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