闘技場に何者かが歩み寄る音が聞こえる、マグサリオンがそこへと目を向けた。現れた人物はサングラスをかけており、非常に長身かつ大柄でマグサリオンとほぼ同じくらいの大男だった。
「アンタが此処のボスかい?」
「………」
「黙秘かい、まあ良い。俺は戸愚呂という妖怪だ。見て分かる、アンタは相当な強者だ。良ければ手合わせ願いたいねェ。」
そう言いながら上着を脱ぎすて、筋骨隆々とした姿を見せた。そしてサングラスを取り、若干の微笑みを浮かべながら言い放つ。
「刃物を持った相手に、生身だけで挑むなんて無謀とでも言いたげかい?だが生憎と、私ぁ能の無い粗忽者でねェ。」
「くどい、腕力だけで俺と殺し合った奴は何人も居る。」
「ほう、そいつは重畳。なら、手始めに60%から……と、失礼。そんな無粋な真似はしちゃいけないな。」
「……ほう?」
「俺は挑む側、アンタが迎え撃つ側。その関係は弁えるのが作法ってもんだ。だから……最初から100%でやらせてもらおうかあァァァッ!」
そう言い放つと戸愚呂から強烈な覇気………否、妖気が放出した。そこには強烈な攻撃性が帯びており、周囲に漂う“みんな”の中でも弱いものは、まるで酸を浴びたかのように溶けていく。しかし……
「……」
(俺の妖気に屈しないか……やるねェ。)
マグサリオンは妖気による酸化を引き起こさなかった。その様子を見て戸愚呂は内心感心しつつ、その果てに戸愚呂の体が肥大化し、まるで岩肌を無理矢理吸収したような異形な身体となった。その変身を完了すれば、意外にも最初に動かしたのは手。親指を手中に収め、直後に小石でも飛ばすように親指を弾いて。
「くだらん。」
側から見ればまるで何の変化のない光景、しかしマグサリオンは異変に気付き首だけの最小の動きで何かを回避した。
彼の背後、闘技場の壁面がまるで爆弾でも起動したかのような爆破が弾き起きた。
「ほう、初見でこれを認識できるとはね。では、連続ならどうかな?」
戸愚呂はそんな、感心したような言葉を漏らし本人が言ったように連続で親指を弾く。しかし、マグサリオンは呆れたように息を吐く。
「舐めるな、単なる空圧で俺を仕留められると思うなよ。」
そう言い放ち、一発も被弾することなく通り道を見極めて全弾を回避していく。通り抜けていった空圧弾が周囲に散りばり、瓦礫を散らしていく。その最中、マグサリオンが戸愚呂との距離を一気に詰める。
そして振り上げる神剣、狙いは戸愚呂の腕。その刹那に、戸愚呂のうちから悪感が走った。
「ッ!オォォォッ!」
咄嗟に僅かに下がり、両腕を固めて剣戟を防ぐ。結果として肉に刃が食い込んだものの、下がったことで斬り飛ばされずに済んだ。そしてすかさず反撃の一撃を、拳の撃ち下ろしという形で放つ。マグサリオンは回避するものの、拳が地面と激突すれば小規模な地震が発生し、その影響で闘技場が半壊する。
しかし、彼の額から落ちる一雫。それが指し示すのは圧倒的な恐怖だと悟る。
「この俺が寒気を覚えるとは、浦飯との決闘以来だ。この、勝敗の見えぬ戦いこそが俺の望むもの!」
「……呆れた戦狂いだ。」
宙を舞う瓦礫の中から、マグサリオンは凶眼を光らせながら黒い斬撃を戸愚呂に向けてはなった。
「喝!!!」
しかし戸愚呂はその場で、ただの気合い。そこから生じた衝撃波で斬撃を迎え撃った。直後、マグサリオンとの距離を詰めて拳を突き出した。それは回避されるものの、背後の瓦礫、だけに留まらずその先の空間を揺らすほどの衝撃波を発生させた。それを見て、戸愚呂は笑みを浮かべながら言い放った。
「ふふ、そんな呑気に構えてていいのかね?」
すると、戸愚呂の両肩から生えている器官へ何かが吸い込まれた。それは魂、彼らの激突を見ていた誰かの魂が戸愚呂に吸収されていったのだ。それが一つ二つではなく、夥しい数が集まっていく。
「全力の俺は腹が減りやすくてね、弱いものからどんどん吸い取っていくぞ。この闘技場で俺らの戦いを見てみるものを全て吸い取るのに、20分はかからんだろう。」
「……腕力しか能がないのではなかったか?」
「生物ってのは、環境に応じて進化するものだろう?その延長線上みたいなものだよ。くくく……さて、満腹になった俺の攻撃をアンタは耐えれるかなァッ!?」
そう言い放ちながら失踪し、その剛腕をマグサリオンに向けて全力で放ち込んだ。しかし……
「温い。」
「な……に?」
戸愚呂の鉄拳が被弾したかと思えば、迎撃したマグサリオンの剣戟によって彼が気付いた頃には、その腕が頭陀袋のように血塗れとなっていた。
(馬鹿な……満腹になる程エネルギーを吸収したというのに、オレのパワーを上回ってるだと!?いや違う、最初のとは比較にならん……)
「屑共を貪った程度で俺を勝てるなどと、くだらん勘違いしてるんじゃない。」
戸愚呂とマグサリオンの視線が交差する、その刹那に畝りを上げる殺意の死線。会費は間に合わない、故に戸愚呂は無理矢理血塗れの腕を動かし、迫る死の剣戟に向けて強引に叩きつけた。
その果てに、その腕は鈍い音を立てて宙を舞って地面に落ちた。
(この俺が、ほぼ防戦一方だと?この剣士、一体どれだけの修羅場を潜ってきたんだ……)
「どうした、お前は戦いを望んでいるのだろう?戦闘とは、思い通りにならないのが当たり前だ。こうした窮地こそ、お前の望んだものだろうが。」
「ふ、ふふ……確かにそうとも言えるかもしれん。ならば、この俺の全力を以って、お前を越えてみせよう!!」
戸愚呂は血を吐き捨てながらそう言い放てば、更にパワーを引き出しそれに伴ってより全身が歪な形となり始めた。
「フルパワー100%中の100%!!
力を極めるとは即ち、他の余分を全て捨てること!それによって極限なる力を得ることができるのだ!!」
そう言い放ちながら戸愚呂は、その歪な身体そのものを武器と見立てるようにそのまま体当たりを始めた。それに直撃すれば拳の倍以上のダメージを負うのは確実だろう。その一方で……
「余分全てを捨てた果ての力?阿呆、それは単なる力に依存した思考停止だろうが。確かに俺も己の刃を研ぎ澄ますために、戦いに関わりの無いものは破棄してきた。だが、全てでは無い。力だけでは無い俺が目指す先も、ちゃんと見定めている。ああそもそも……」
迎え撃つマグサリオンは、どこまでも冷徹。山そのものが迫るような戸愚呂の威圧に、一向に萎縮する様子を見せない。ゆらりの剣先を向け、そして戸愚呂に向かって地を蹴って距離を詰める。そして互いの攻撃が交差する刹那だった。
「そうやって力に依存する姿勢も、お前が力不足で失った後悔が原因なんだろう?」
「ッ!?」
告げた言葉の刃が戸愚呂に深く突き刺さり、その隙を逃さずマグサリオンの斬撃が戸愚呂の身体を斬り刻んだ。
霧散する異形の筋肉、ゆっくりと地へと倒れる戸愚呂。先程とは一変した細身となるも、その顔はどこか穏やかさに帯びていた。その様をマグサリオンは見下ろしながら歩み寄る。
「どこで知った………なんて、聞くのも無粋か。」
「力に依存した奴は大概そういう考えに辿り着く。少なくとも、俺が見てきた中ではな。」
「なるほど……そういうものか、仕方ないねェ。だが……ようやく俺は、長旅を終えたと実感できたよ……」
「そうか……もう後腐れは無いようだな。」
「当然。」
次第に薄れゆく戸愚呂の身体、それはずっと抱えていた罪が晴れていく様を示しているかのようで朝日のような美しさが帯びていた。その輝きが全身を包みそうな時だった。
「ああ、そうだ……最後に一杯やりたいんで、オレンジジュースください。」
「ここにそんなものある訳ないだろう、向こうで知人にたかりにでも行ってこい。」
「酷いねェ、アンタ案外けちん坊なもんだ……」
「くだらん口を開けんように首を刎ねてやろうか?」
「おお、怖い怖い……臆病な私は、そろそろ退散するか……世話かけた……」
そう飄々とした口調で、贖罪を続けていた妖怪は朝日に溶けるようにこの場から無へと溶けていった。