マグサリンの居る闘技場に、掌が地面につく音が鳴り響く。事実、現れたものは手を使いながら彼の方へと近付いていた。つまり手を使いながら歩いている、そんな奇妙な移動方法をした異形な存在が現れた。
ソレは、毛髪がほぼ禿げた中年男性の頭部、その左右から両腕が伸びているという異形な生命体。端的に言って人として、そして生物としてふざけてるとしか思えない様な存在だった。
「この俺様が、闇の大魔王じゃあァァァッ!」
「………」
そしてその生命体、曰く闇の大魔王の爆発的な自己紹介が炸裂した。しかしそこはマグサリオン、その程度では動揺も困惑もせず黙秘を貫く。
その反応に白けたのか、魔王は鼻を鳴らし……
「なんだつまらん、大抵のやつならば驚いた顔を」
「下らん、死ね。」
そして有無を言わさずマグサリオンの上段からの一撃が魔王に炸裂する。戯れ、諧謔。その程度でマグサリオンの殺陣が停滞するならば、今頃真我の掌から脱せてなかっただろう。故に容赦なく、闇の大魔王は真っ二つに裂かれてしまった。
しかし……
「………オイオイ、話の最中に攻撃とか礼儀に反するだろうがよい。」
闇の大魔王は、真っ二つな状態でも何故か会話ができていた。そう言いながら切断面が一人でに繋がり、ズレている部分を手で杭を打つ様に叩き、元に戻した。並大抵の敵であれば、マグサリオンの第一戒律によって、この場における最強の一撃を喰らえばショック死していてもおかしくない。しかし、魔王からはそんな様子をまるで微塵も感じさせない。まるで『そんな道理を通すのなんぞ無粋』と言わんばかりに。
そして直後、呆れた様に息を吐いて続けて言い放つ。
「俺の最期はワンパンだったからな、その程度と思われてるんだろうが…‥甘いな、ワンパンで終わらせないと危険だったかもしれないと、そんな危機感を持てないのがお前ら人間だよな?」
それは果たしてマグサリオンに対して言ったのか、或いはこの戦場を見ている者。或いは彼を知っている“みんな”に向けてか、それは本人のみしか分からないのかもしれない。
魔王のさっきまでのおどけた様子から一変、その奇妙な体型さと奇しくも相まった残忍さと不気味さを露わにする。
「魅せてやるよ、この闇の大魔王の恐怖を……いや、“力”そのものをな。警官が犯罪を犯す。消防士が放火をする。教師が教え子を裏切る。……本来、人を救う側が牙を剥いたとき、人はどれほど無力になるか。ギャグ補正も同じだ。笑いの力を俺みたいなヴィランが使ったら――“絶望”しかねぇんだよ。」
直後、再びマグサリオンが疾走し剣戟を振るう。しかし魔王は先程切断された部分を敢えて利用し、通り道を作って剣戟を回避する。
そして分離した体が跳躍し、再び合体し直後に目が光る。
「セルフワンを撃ったビームだ。」
両目から放たれた怪光線、二束の光がマグサリオンを襲う。無論、それを回避する。奇天烈だが本質的には直線的な殺意、その程度はマグサリオンは驚かない。
しかし、それだけで終わりではなかった。マグサリオンの閉じぬ瞳の先は自身の背後へと向けられていた。
「チッ」
マグサリオンは振り返りと同時に剣を振る、するとその先にはさっき回避した筈の光線がマグサリオンの背中を狙っていた。
我力の様な必中効果でもあったのだろうか?しかしそうした異能が纏ってる様には見えなかったが、結果はこれだ。即ち……
「なるほど、空想を具現化するか。」
「堅苦しいなぁ、ギャグ補正って言った方がシンプルだろうが。」
マグサリオンの指摘に、魔王は体を愉快に揺らしおどけた口調でそう答える。ギャグ補正、即ちふざけた不条理を実現する力であり、それら本来なら非力な存在を道理を無視して生き残らせたり、或いは無条件な勝利をもたらし、ふざけてるとしか思えない現実を齎す力と言えるだろう。
故にある種、もっとも異能らしい異能と言えるだろう。ふざけた現象もギャグと言えば罷り通り、それはマグサリオンの殺意に対しても例外では無いと言え、力関係すら瞬間的に踏み躙り、物理的な道理を蹂躙するという今まで起こってる現象がそうなのだから。
「ククク…‥わかるか?つまりお前はこの俺様には勝てないんだよ。殺意だろうがなんだろうが好きにしろよ、いずれ完膚なきまでぶちのめして再び俺が魔王として君臨するのだからなァッ!!」
「……」
魔王が悪辣な笑みを浮かべながらそう言い放ち、対してマグサリオンは静寂を貫きながら魔王を見据える。
直後、魔王の体が液体の様に歪んだかと思えば、数秒でこの闘技場よりも、果てには雲すら貫くほどの巨体となる。
「そぉらよォッ!!」
魔王は、まるで羽虫を踏みつけるかの様に手で闘技場ごとマグサリオンを押し潰した。本来、この程度の脅威ではマグサリオンに傷一つ付かないはずだ。
実際、マグサリオンは表面的には血の一滴すら流れていない。しかし魔王の手が上がると、そこには押し花の様にペラペラになったマグサリオンが宙に浮いていた。
「ギャハハハハ!無様な格好だなァッ!」
「吠えるな屑が。」
しかし怒気を込めたマグサリオンは、そう言い放つと同時に元の姿に戻る。そしてすかさず空を蹴り、魔王の顔面に向けて横薙ぎの剣戟を放つ。
「うるせぇな、楽しんでるのに水を差すなよ」
魔王はそれに対して、砕けた闘技場のカケラをチューインガムの様に伸ばしてマグサリオンの剣戟を防いだ。まるでこの場にあるすべてが、魔王に利用される道具と化してるかのような理不尽さである。
更に続けて、魔王は巨大化した腕を風車の様に回して……
「そォら地球割りィ!!」
思いのまま暴虐を振るわんと、その巨腕を地面へと叩きつけた。直後、地割れが地平線の彼方まで伸び、大地震が発生し地響きがどこまでも続いていく。
が、それで終わりではなかった。魔王は両手で地盤を鷲掴みすれば、なんと地面だけでなく二つに割れた地球を持ち上げ始めたのだ。もしもマグサリオンではなく只人がこの場面に直面すれば、僅か数秒で気が付けば自分は崖に落ち始めてるという理解不能にして奇想天外な光景となってるだろう。
「惑星ハエ叩きィ!」
魔王はマグサリオンを、割れた地球で挟み撃ちという最早技と言っていいのか判断に困る攻撃を放った。どこまでもふざけていて、どこまでも悪辣な力。そんな異様な現象がマグサリオンを翻弄し続け、場を制圧していた。
「笑えんな。」
「……あ?」
しかし、不意に差し込むマグサリオンの声。
「貴様のやってるそれはギャグではない。」
「!?」
直後、十字に裁断された地球から暗黒の斬撃が闇の大魔王に刻まれる。マグサリオンが言い放った言葉が魔王と図星を貫き、彼の理解に応じた特攻力によって致命傷が刻まれたのだ。
「ガァっ!?な、何故……俺に、傷が!?」
「ギャグとは即ち、他人を笑かすのが本質だろうが。お前のやってるそれの何処に、見た奴を愉快にする要素があるんだよ。笑えてるのはお前だけだろうが、身勝手な笑いなんぞ三流未満の道化がするものだろうが。」
星のカケラを振り払い、マグサリオンは魔王に向けてそんな言葉の刃を刻む。しかし、魔王はそんなもの知ったことか、と言わんばかりに再び悪辣な笑みを浮かべながら言い放つ。
「ククク……誰かが笑えるだと?そんなもの関係あるか。俺は魔王だぞ?笑えるのは俺だけでいい、まさに魔王らしくて素敵ではないか。ギャグ補正を俺のために使ってこその本懐、ギャグキャラとして貫ければ俺は決して死なないのだ……」
「まだ分からんのかよ間抜けが」
魔王の独白を、これ以上は聞き耐えんと言わんばかりにマグサリオンは呆れた言葉を吐く。そしてその根拠を示されたのだ。
「ギャグキャラとやらを貫きたければ勝手にすればいいが、さっきも言ったがその本質は見る奴が笑えるかが肝だぞ?
つまりだ、他人の笑いのツボにお前の生殺与奪が握られている。ならばお前が負けるのが笑える状況になればお前は死を受け入れなければならんのだぞ。」
「…………………………………ぁ」
「そして今のお前は、自分の無自覚な本質にようやく気付けた間抜けな道化。おあつらえ向きな展開だな?」
今この場において、最も追い詰められてるのは誰か?最早語るまでもないだろう。闇の大魔王は体を揺らしながら言い放った。
「ゆるちて♡」
「死ね屑が。」
有無を言わさず、マグサリオンの剣戟で刻まれる闇の大魔王。
「ほんぎゃああああああああぁぁぁっっっ!!!?」
(そんな、遂に20年ぶりの再登場なのに……せっかく、せっかく!魔王らしく悪辣さを、ギャグキャラらしくギャグ技を……きちんと……)
「格好つけたのにひどいや〜〜〜〜〜ッ!!」
星々の煌めく宇宙空間に、闇の大魔王のそんな嘆きが木霊しながら消滅していった。
補足として、じーさんや某ゴムゴムの実の正体のアレが、ヴィランに使われるようになったらこうなるんだろうなってイメージで闘わせました。