マグサリオンの殺戮道場   作:ヘル・レーベンシュタイン

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今回、もしもがあったらこんな感じかなーと思いながら書きました。


第三十一陣 この世は総じて紙風船の如く

 

 

 

 

 闘技場に靴の男が響き渡り、一人の男がマグサリオンの前に現れる。長身で燕尾服を着ており、一目見てほとんどの人間であれば執事と分かるだろう。

 事実、マグサリオンもそう認識しており、よく似た人物としてムンサラートを連想している。

 

「………」

 

 男の名は幽雫宗冬、かつてこの場に現れた甘粕正彦と同じ世界にいた人物である。そして、同じく邯鄲に触れた人物であるが、決して彼のような根っから軍人でもなければ戦狂いでもない。

 そもそも彼は、邯鄲によって人生を破滅へと導かれたのだから好んで使うような人物でもないが……

 

「何故死亡した私が、そして甘粕も敗北したと言うのに邯鄲が宿ってるのか不思議だったが。せっかくの機会ならば、試す価値はあると思ってるようだ。貴方は、私がみた誰よりも強いようですね。察するに、信じられませんが甘粕に勝ったと?」

「……ほう、あれとの顔見知りか。ああ、殺したのは事実だがつまり貴様。戦いは好みではないのに、己の力がどこまで通じるか試してみたいと?」

「ええ、どうやら死んだことでしがらみから解放されてつい、そんな衝動が出てしまったようで。一人の男として、何処まで届くか試してみたくなった。お嬢様がこの場にいれば、それこそ嘲笑されそうですが、察するに居ないようなので思い切りできそうだ。」

「いいだろう、その愚かさに付き合ってやるよ。」

「感謝いたします、私のような愚物の我儘に付き合っていただいて。では、是非ともお手合わせをお願いします。」

 

 そして幽雫が右手で剣を引き抜き、開戦となった。

 

 

 

 

 激しい轟音と共に、マグサリオンが床を踏み飛ばして接近する。それを前に幽雫は流麗な動きで後退しつつ、柔軟性を感じさせる剣筋でマグサリオンの猛攻を捌く。

 

「ッ!?」

 

 しかし、たった一度。右手が伝わる衝撃、それだけで幽雫は表情を歪める。まるで剣先が岩肌に引っかかったかの様に、大きく体勢が揺れてしまう。同時にそれ程までに彼我の火力さを実感したのだった。

 そして、その隙をマグサリオンが見逃すわけもない。続けて二撃目が彼の首元を、不可避の域で迫り来る。

 

「破段-顕象」

 

 その窮地を前に、己の邯鄲を展開する。それは幽雫を周囲にある物体を紙風船の如く軽くするというもの。一目すればあまり脅威には感じられないかもしれない。しかしその本質は即ち、物量戦において圧倒的優位を齎すことが可能である。

 

「……ほう。」

 

 そして、必殺の運命にあったはずの局面を首の皮一つ繋ぎ止める。軽くなったマグサリオンの一閃を、幽雫はどうにか逸らして回避する。そして逆に、軽くなったマグサリオンの身体に狙いを定めて逆に斬り殺さんと返しの刃を放つ。軽くなるとは攻撃面だけでなく、防御面にも作用する。鋼鉄ほどの重さを持つのならば質量もまた鋼鉄に匹敵する。しかし逆に、軽くなるのならばまるで紙の様に軽く、そして脆くなるに等しい。故に今のマグサリオンは紙面と同等の質量しかない為、幽雫の斬撃を喰らえば容易く引き裂かれるのは自明である。が……

 

「軽くなった“程度”でどうにかなると思ったか?」

「ッ!?」

消し飛ばせ(アラストール)

 

 しかし、その最中に差し込まれたマグサリオンのその言葉と同時に、まるで強制的に先手を奪われたかの様にカウンター返しの一撃が迫まり幽雫に緊張を齎す。そしてそれは気のせいではなく、明らかにギアの上がり質量が急上昇するマグサリオンに恐怖を感じた。直後の一言が放たれたと同時に、まるで海面を縦に割る預言者の如く、マグサリオンの急な火力上昇とそれに伴う突撃が幽雫の破段を押し除ける感触が本人に伝わる。

 見た目はまるで変わってないのに、まるで別人に変わったかの様な変貌を本能的な勘で実感する。

 

「オ、オォォォッ!!」

 

 故に形振り構わず幽雫は、カウンターする考えすら破棄し攻撃を被弾を避けるために大きく背後に飛ぶ。そして振り切られたマグサリオンの一閃は空間を歪曲させ、距離という世界が死滅した。

 故にその分、幽雫が離したはずの距離が縮められて再びマグサリオンの射程へと手繰り寄せられる。

 

「なん、だと……」

「貴様の芯に込められた想いに比べれば、万象は軽いという意思の反映だな。舐められたものだな、俺の殺意を。」

「知った様な、口を……ッ!」

 

 距離を無理矢理狭まれ、畝りを上げる殺意の剣戟。やむを得ず幽雫は咄嗟に防御しつつ、直撃と同時にそのベクトルの先へと大きく飛んだ。

 

「ほう、器用な真似を……」

「ガァアアアアアア!!」

 

 これによって完全な被弾は免れたものの、それでも完全に威力は殺しきれてない。故にまるで全身がミキサーに掛けられたかのような血飛沫が舞い、それは空亡の破壊を超えるものだと悟らずにはいられなかった。

 

「……満足か?」

 

 追撃をせずマグサリオンは、その血塗れな姿を見下ろしながらそう語りかける。すると幽雫は血糊を払いつつ、笑みを浮かべながら応える。

 

「いいえ、生憎とまだ足りないですね……ですが、そろそろ限界なので、あまり使いたくありませんが奥の手を切らせてもらいます。」

「……ほう、察するにそれか。」

 

 マグサリオンはそう言いながら、幽雫の左手を指差した。実のところ彼は、この戦闘が始まってから一貫して左手を使ってない。たとえ防御にもだ。

 側から見れば、格上相手……それも圧倒的戦力差のあるマグサリオン相手に手加減してるとしか思えないだろう。だが、その実情は違う。本人も言った通り、マグサリオンはそれこそが切り札だと見切っている。

 

「ええ、その通り。俺の左手には絶望が纏っている。」

 

 幽雫がついにその真実を肯定し、条件が成立したと確信して左手をかざした。

 

左道大逆魘魅蟲(さどうたいぎゃくえんみのかしり)

 

 かつて生前、幽雫は同じ女を愛した青年との激突でもその力を使った。具現化したのは“愛した女を殺す”事象を具現化するものだった。

 それは確かに幽雫や青年にとって悍ましい光景だが、戦闘論で語るならば同時にあまりに限定的かつ小規模な事柄だろう。切り札というにはあまりに小さいが、あの場においては単純な戦闘とは言えなかったのだから是非もない。しかし、今は目の前にはそうした運命とは無関係なマグサリオンが相手である。ならば幽雫の切り札が、純粋な戦闘に落とし込めばどうなるのか?それが今から具現化する。

 

 

「――急段・顕象――

 

穢跡金剛禁百変法(えしゃくこんごうきんひゃっぺんほう)

 

 直後、闘技場の空間が上塗りされてとある日本の、血塗れな古い校舎の風景へと変わった。加えて、そこには多くの亡者が殺し合っていた。まるで、夢見に酔う哀れな使徒の如く。

 そして、マグサリオンの正面に立つのは……

 

「戦神館特科生総代、幽雫宗冬!推して参るゥゥゥッ!!」

 

 “左手”に獲物を握り、殺意を激らせ決意を咆哮する若い姿へ回帰した幽雫宗冬がそこにいた。

 そして迫り、左の魔腕がマグサリオンへと迫り来る。それを回避すれば、その脇にいて闇討ちしようとした亡者の身体が血を撒き散らしながら引き裂かれていく。

 

「遅い。」

 

 だが、そんな光景は何度も見てきた。故に動揺に値せず、マグサリオンは幽雫の右側へと回り込んで反撃の一撃を腹部へ差し込んだ。

 致命の一撃、これで幽雫の暴走が止まるかと思われた。

 

「忘れない……」

 

 しかし、幽雫は倒れるどころかまるで暴走した人形のように狂気に満ちた瞳をマグサリオンに向ける。

 

「俺は忘れない……忘れない忘れない忘れないィィィィィイイッ!!」

「なッ……」

 

 そして、叫び狂いながら幽雫の左腕から放たれる刺突の一撃。マグサリオンの心臓に向けて放たれるが、咄嗟に体を逸らして直撃を避ける。

 しかし肩の関節に直撃する。しかし、それだけで終わりではなかった。なんと、直撃した箇所から流れるのは血肉ではなく、なんと正体不明の鉱物化が始まったのだ。

 

「な……これは、バカな!?」

 

 流石のマグサリオンも、動揺を漏らさずにはいられなかった。これは異形(ナ■カ)の理であり、当然ながら幽雫がかの事情なんて知るわけもない。故に幽雫がこの異形の理を意図して使うはずもないのだ。

 だが、邯鄲とは無意識の概念に干渉するもの。故にこの空間における絡繰があるとマグサリオンは悟る。

 

「……なるほど、つまりここでは個々人の絶望や脅威が具現化してるわけか。」

 

 つまり、幽雫にとってこの空間そのものが絶望の象徴。かつて邯鄲によって狂った同期達を己の手で殺害した悪夢の再演出。そしてマグサリオンにとっての脅威とは即ち正体不明の異形、それに再び呑まれ取り込まれる理不尽の再演なのだ。故にある種、互いに敗北と絶望に溺れ死ぬ泥沼化と言えるだろう。

 なぜなら……

 

「貴様自身言ってたからな、あまり使いたくないと。」

 

 純潔を穢された乙女が、かつての現場を目の当たりにしただけで恐怖に怯える。それと同じように、この現場が再現されてることが幽雫にとって何よりも屈辱であり恐怖と言えるだろう。

 だからこそ、決して好んで使うような技でもなければ、これで掴み取った勝利なんぞ、幽雫にとって糞便にも劣る価値になるのは言うまでもないことだ。ならばこそ、その象徴となるのは……

 

「その左手を破壊すれば済むだけの話だ。」

 

異形化が右腕に回るよりも早く、放った斬撃が幽雫の左腕を切り飛ばした。左手が絶望の象徴ならば、切り離されれば文字通り“片手落ち”である。

 故にこの悪夢を維持する条件が前提から崩壊され、展開されてた空間も霧散し、異形化も完全に消え去り元の景色へと回帰した。

 

「……なんと、これも通じないとは。参りました、私の負けだ。」

「決まりだな、ではさらばだ。」

「ええ、敗北者は勝者に従うのみです。ですが後悔は無い、出せるもの全てを出し切った上での敗北です。戦士として死ねるならば、それこそ本望。」

「では死ぬが良い。」

 

 苦笑し白旗を上げる幽雫に、容赦なく斬首の一撃を刻みこの勝負の幕は降りたのだった。

 

 

 

 




もしも幽雫くんの急段が、相手を倒すために特化した能力として表現するならこんな感じかなーと思って書きました。
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