「……只今。ユージオ、アリス」
半年間の眠りから覚めた剣士はそう二人に恥ずかしげに笑みを浮かべ、次にボロボロの飛竜を見た。キリトは左手を突き出すと二匹の飛竜を二重の虹のシャボン玉のような膜が包む。虹色の球はゆっくりと二人の手の中に舞い降り、そこで不思議な現象を見た。
『きゅるっ』
「あま、より……?」
「滝刳……?」
そこには大きな二つの卵となった二匹の飛竜だった。すると卵はさらに小さくなっていき、手のひらほどの大きさまで縮んでいた。そんな技術がある事にアリス達はキリトの異常性に驚きつつも感謝をした。
「二匹の治療は間に合わないから。こうさせて貰った」
そう言うキリトに少し驚くユージオ。神聖術にこんなものがあったのかと思いつつ、二人はキリトに感謝をした。
「「ありがとう…キリト……」」
「こっちこそ、色々と心配かけたな……二人とも」
「本当…ブレイドも無事だったし…よかった……」
ユージオがあっていた時のブレイドは実は偽物だと言うことをまだ知らないユージオ達に対し若干苦笑してしまうも、キリトはアリス達の追跡者と向き合う。心意同士の撃ち合いが起き、固唾を飲んで見守ると不意に声をかけられる。
「…大丈夫ですよ。アリスさん、ユージオさん」
「「アスナ(さん)!!」」
そこに現れたアスナに驚きと喜びが混ざる。
「さ、早くいきましょ。もうすぐブレイドさんもくると思うから……」
「え?ブレイドに会ったの?!」
「うん…遺跡でね……」
いまだに混乱している自分がいるが今は関係なかった。目下最優先でしなければならない事としては……。
「あの浮島まで行くわよ。あの上にあるんでしょ?」
「た、多分ね…」
「でもどうやって…」
「そこは任せて」
そう言うとアスナは自分の使うアカウントの能力で地面を盛り上がらせて階段を作る。
「くぅ…!!」
「アスナッ!」
フラクとライトがゴリゴリとすり減り、思わずアスナは苦悶の症状を見せてしまい。若干アリス達を不安にさせてしまった。
「だ、大丈夫だから…それよりも早くきましょ。祭壇が閉じるまであと八分くらいしかないから……」
そう言い、アスナは二人を率いで階段を登り始める。その時、ユージオが叫ぶ。
「キリト!これ使って!」
そう言い、ユージオは持っていた青薔薇の剣をキリトに向けて投げる。ユージオは最高司祭との戦いで最後にブレイドがキリトに剣を二本持たせていたのを思い出したのだった。剣を受け取ったキリトはユージオを見ると共に受け取った剣を背中に差し込む。その様子を見届けてユージオは再び階段を登った。
「(キリト、ブレイド。僕は聞きたいこと、言いたいことが一杯あるんだ。だから勝って、必ず勝って、僕たちの前に戻って来て)」
ユージオは北の空を見ながらそう思っていた。
「(アスナ達は行ったか……)」
キリトは階段を登っていく三人を見届けると目の前の敵を捕捉する。この数分後に行われる時間加速は五万倍。単純計算で二百年近い年月をここで過ごすことになる。いくら肉体が無事でもフラクトライトが焼き切れてしまうだろう。
キリトは敵を見てある程度覚悟をした。相手からは何も感じないのだ。虚無だった。虚空を見ているようだった。
そして、命の危機を感じた。自分にも敵にも……
少しの間ののち、キリトは口を開く。
「……お前は何者だ?」
答えは直ぐだった。滑らかで金属的な声が返ってきた。
「求め、盗み、奪う者だ」
直後、男の全身を取り巻く青黒いオーラが勢いを増す。背後から吹く美風を感じる。空気が重い…いや、世界を構成する情報が闇に吸い込まれているのだ。
「何を求めるんだ」
「ーー魂を」
問答を交わし、キリトは徐々に虚無感に襲われつつあった。
不意に男の口元が歪んだ。
「お前こそ何者だ?なぜそこにいる?いかなる権利があって、私の前に立つのだ?」
俺が……何者か?
勇者?ーーー否
英雄?ーーー否
黒の剣士?ーーー否
二刀流?ーーー否
自分が何者なのか。どれも他人が言い始めた者だ。自分から名乗ったものでは無い。意識が薄れ始めた頃。誰かが言った。
そこで俺はいつの間にか俯いてた顔を持ち上げると呼ばれたままに叫んだ。
「俺は…キリト。剣士キリトだ」
パチリと言うスパーク音と共にキリトを侵食する触手が弾ける。それと同時にキリトは剣を抜く。その様子を見た敵は驚いた様子を見せた。
「…お前の名は」
そう問いかけると敵はわずかに考え、名乗った。
「ガブリエル。私の名はガブリエル・ミラー」
それが本名だと直感的に判断する。その時、敵の右腕が欠損しているのを見た。今までの攻撃で削られているのだと感じていると不定形の腕はズルズルと伸び左腰の剣を握る。
抜かれた剣は虚無な闇が刀身の不気味なものだった。俺はマントをALOの翅のように変化させると夜空の剣と青薔薇の剣を持った。
「ーー行くぜ。ガブリエル」
名を叫び、キリトは二本の剣を強く握り上空に飛ぶ。
「ジェネレート・オール・エレメント!!」
十本の指に光が灯る。それと同時に急降下し、全てを同時に発射する。
「ディスチャージ!!」
幾つもの色彩が空を走る。
術式を追いかけるように左右の剣を振りかぶる。
ガブリエルは一切回避せず、徐に両手を広げる。青い闇に光が突き刺さる。しかし、粘土室の闇は光を喰らい、キリトが胴を真っ二つに切ると直後に肌に冷気を感じ、危険を感じた。
咄嗟に離れて振り向くとそこには何事もなかったかのように立つガブリエルの姿があった。
「なっ…!!」
直後にキリトから呻き声が上がる。虚無の刃がキリトの右肩を抉り、そこから鮮血が飛び散ったのだ。その様子を見てガブリエルは大したことないと感じ、階段を登るアリス達を見た。
「(コンソールまであと五分と言ったところか…まぁ、言い)君に三分、時間をやろう。せいぜい楽しませてくれよ」
ガブリエルはそう言い、キリトを見た。
「ーー随分と気前のいい事で…」
右肩を神聖術で治しながらキリトは呟く。アリス達が果ての祭壇に着くまでおよそ五分。そこからコンソールを動かす時間も加味すると六分くらいだろうか。それまで時間稼ぎをしなければならない。
こんな時、ブレイドだったらどんな策を練るだろうか……。
あの悪魔的発想を思いつき躊躇なく実行できる。ある意味で指揮官とかに向いている相棒だったら……。
全属性の攻撃を無効化できる敵にどう立ち向かうか…おそらく敵の腕を撃ち抜いたのはシノンの銃撃だろう。だが、そんな離れ技が出来るのはシノンとブレイドくらいだろうか…。だったら銃撃以外でやつを倒す手段を考えなければならない。
「いいだろう、楽しませてやるよ」
左右の剣を構えながらキリトは口角を少し上げていた。
あの自信はどこから生まれてくるのか。絶望を味合わせた筈なのに、自信ありげに向かってくる。心が折れていないのだ。それはベクタを倒し、今階段を登るあの少年と同じ風格を持っていた。
サトライザーとしてログインした時にシノンと共に行動していたあの赤い少年とはまた違うナニカがあった。
ガブリエルは三分でも時間が余るかと思いつつ足元の有翼生物に剣を刺す。流入するデータを背中に移動させ、あの少年と同じように背中から翼を生やす。
「……一つ盗んだぞ」
ガブリエルは虚無の刃を少年に向けながら囁いた。
次の攻撃で飛行生物を倒そうと思ったが先手を打たれて判断力が一瞬だけ低下した。その瞬間、ガブリエルが剣の間合いに滑り込み、恐ろしい速度で突き技を繰り出す。とてもじゃ無いがこれは素人では無かった。クロスさせた剣で掬い上げるように技を受け流す。異様な音と共に闇の剣が鼻先で停止する。まるで虚無を切っているようだった。何も感じないのだ。
だが、それだけ負担が大きいと言うこと。ガブリエルの強引に斬ろうとする力を右に受け流しながらハイキックを喰らわす。
オレンジ色になった爪先が尖った顎を捉える。闇が飛び散り、ガブリエルは上半身を反らせる。
「どうだ?!」
相手が特殊部隊というのなら格闘技も学んでいる筈。だが、少しくらいはダメージがあるだろうと踏んで結果を見る。
「なるほどな。しかし残念ながら、それはテレビ向けの演技だ。本物のマーシャル・アーツというのは」
ビュンッ!
直後にガブリエルの左腕がキリトの右腕に大蛇のように巻きつき、締め上げられる。
「グァッ!」
「ーーーこういうものだ」
そして猛烈なラッシュが襲いかかる。多数の剣が体を突き刺す。思わず呻き声を出し、全力でバックダッシュしながら剣を落とさないように必死で握る。離れると今度ガブリエルは漆黒の稲妻を放つ。さっきは全力だったが今は半分しかリソースを回せない。それは自然と防御を薄くすることとなり、稲妻は盾に直撃。数本は盾を貫いて体を貫通する。
「ハハハハ、ハハハハハハ……」
もはや笑い声ですら無い。ガブリエルの目元は動かず、目には餓えだけが灯っていた。するとガブリエルは腕を交差させ、力を貯めるような仕草をした。
「ーーーハッ!」
闇色のオーラが強烈な気合と共にガブリエルを変化させる。
新たな黒翼が一対。新たに生え、更にもう一対生え、六枚の翼が生まれる。頭上に漆黒のリングが生まれ、衣装が形を失い、闇色の薄布に変わる。両目も人のそれでは無かった。
まさしく堕天使。
人を超えたセルフイメージを持つ存在。恐怖、絶望を体現した禍々しい見た目は返って神々しくも見えそうだった。アリス達が果ての祭壇に着くまであと二、三分。こんな相手に勝つ方法はあるのだろうかと思い始めていた。