「……そうか」
神代博士の報告を聞いた真之達はしばしの沈黙ののち、答える。
「……菊岡、事は急を要す。俺の援護をしろ」
「はっ!」
今ここにいるのは菊岡、真之、比嘉の三人だった。三人は耐圧隔壁を開いて囮とし、点検パネルを開いてSTLのシャットダウンを画策していた。
敵がサブコンに突入し、アリス達の再奪取をしようとした時は待ち構えている藤吉とその護衛が迎え撃つ算段だ。
何年も前に退役したとは思えない強靭で柔軟な体をくねらせる中、真之は呟く。引退した自衛官が武器を取るのはどうなのかとも思うが、そこは緊急時ということでいくらでも揉み消しが可能だ。
「全く…修也のフラクトライトが突然活性化して……一体何が起こっているんだ」
だが、その内心。真之は思い当たる節があった。
「(どうせここに来ているんだろう?晶彦……)」
そう思いながら真之はハッチを開いていた。
目が覚めた時、自分はSTLで横になっていた。頭を被るシールドが外れ、体を起き上がらせる。腕には点滴を打たれ、関節がパキパキと音を鳴らし、確実に凝っていると確信する。
「こりゃ、この後が辛いな……」
現実世界でおよそ四日。向こうでは十八年か……そこらの時間を過ごした自分の体は疲労が溜まっているように思えた。その時、ふとある気配を感じ、その方角を見た。
「……兄さん?」
『長い間、一人にさせて済まなかった。凛子くん』
「晶彦さん…なの?」
思わず方言が飛び出し、視線の先に映るロボットに声をかける。そこにいたのはかつて自分を愛し、SAOを作り上げた天才。茅場晶彦だった。
いつの間にか消えていたロボットの試作機だったが、いつの間にか戻ってきており、こうして会話ができていた。
『凛子君、私は君に出会えて幸せだった……君達だけが、私を現実世界に繋ぎ続けてくれた。願わくば…これから先も、君達に繋いでほしい…私の夢を…今はまだ隔てられている二つの世界を……』
そう言うとニエモン、もとい茅場晶彦は藤吉を見ながら言う。
『叔父さ…修也を…私の弟を、これからも宜しく頼みます』
「ふんっ、お前に言われんでも分かっとるわ」
そう言い残す藤吉はどこか寂しそうにも聞こえた。すると茅場はニエモンを動かすと爆弾の取り付けられた原子炉まで向かって行った。周りの護衛達は困惑の様子を浮かべていたが、この部屋にいる藤吉と凛子だけがここに彼がいる理由を察していた。
その後、原子炉に仕掛けられた爆弾を兄が取り外しに行った。
一時は敵の攻撃で行動不能になるも凛子さんの激で再起動し、最終的に起爆装置を取り外す事に成功した。その後、オーシャン・タートルは平常を取り戻し、襲撃部隊も何やら騒ぎながら撤退して行ったらしい。
その間に行われたシャットアウトは無事に完了したが、内部の時間はおそよ二百年経ったと言う。その為、二台のSTLから出てきた二人はまだ目を醒さない。あの時、自分が残っていたらと考えるとアスナには感謝しかない。
そして、兄さんだが……あの後、ニエモンの機体ごとどこかに消えてしまったそうだ。まぁ、あの人の事だからどこかでしぶとく生きている筈だ。そう思いつつ、自分はやって来た安岐さんと他数名の人に支えられて地に足をつけた。
そのとき安岐さんに『詩乃さん。だいぶご立腹だったわよ?』と言われ、思わず溜息を吐いてしまった。
それから数日は大忙しだったと言えよう。まず爺さんにぶっ叩かれた。こっちは病み上がりだったのに……。
『女を泣かせる恥をしよって!!』
そう言われて殴られた後に説教を喰らった。まぁ、考えなしに付けたあのデバイスを知って相当カンカンだったようで二時間程正座で説教を喰らった。その後父さんからも殴られ、説教され、徹底的な監視をされることが確定になった。詩乃からはもう、泣きつかれてしまって困惑してしまった。
フラクトライトが不活性だったのは『それを観測する機械をあのデバイスを取り付ける関係で切断したから』と言うと比嘉さんや菊岡さんがポカンとした状態となった後に、グッタリと項垂れていた。予想外の理由におそらく職人魂的なものを粉砕された様子で、暫くは放心状態だった。
そしてその後すぐにオーシャン・タートルからヘリに乗って本土に強制送還、暫くは実家で過ごす羽目になった。
その際に直葉達にメールを送った。ありのままの事実を伝え、キリト達が目覚めるか分からないとも……。
そして自分は実家とラースの六本木支部を行き来する生活をしていた。もちろん家から支部まで監視を兼ねた送迎付きで。
その日、ラースで仕事をしている中。目覚めない二人を思いつつ自分はある人と同じ机に座っていた。
「初めまして…と言うべきでしょうね……神代凛子さん」
「そうね…顔を直接合わせるのはこれが最初ですものね」
目の前に座っている青年を見て凛子は感じた。
「(本当に兄弟なのね……)」
凛子の脳裏にはかつての恋人の顔が思い浮かぶ。
目の前にいる青年はその顔よりももう少し健康的で肉もついていたが、面影があった。つい大学生時代の雰囲気を持ち込みそうになってしまうが、それを抑えると修也が話し出した。
「なるほど…兄が凛子さんを好きになったのも分かる気がしますよ……」
すると修也は晶彦と昔遊んでいた時に名前だけはよく聞いていたと言う。修也の口から暴露される茅場の話に思わず凛子は口元が緩んでしまう。自分も知らなかった茅場の
「…まぁ、兄はそれだけ幸せだったんだろうと思っていますよ。凛子さんの話になると嬉しそうにしていましたから」
「そう……」
修也が話し終えると凛子はその後、修也の知りたがっていた大学生の時の茅場の話をした。互いに話をしていると時計を見た修也がコーヒーの入った紙コップ片手に席を立つ。
「すみません。今日の分を進めなくてないけないので…ここで失礼します。……色々と話を出来てよかったです」
「ええ、私も。わざわざ時間をとってくれてありがとう」
そう言うと修也はラースの食堂を後にした。彼には彼にしか出来ない仕事があるからだ。修也を見届けると後ろに座っていた比嘉が話しかける。
「いやぁ、本当に茅場先輩そっくりっすね」
「ええ…そうね」
凛子は食堂を出て行く修也を再び見ていた。
食堂を後にした修也はラースの一室で待っている人を見た。
「今日もすまないな……」
「良いわよ。このくらい」
手に風呂敷を持つ詩乃はやや溜息を吐きながら今更と言った様子で修也に風呂敷を渡す。
ここ二週間は忙しくて家に戻っていないのだ。その着替えを詩乃に持って来てもらっていた。もちろん学校にも行っておらず、里子から怒りのメールが飛んできている。
着替えを受け取ると詩乃が聞いて来た。
「それで…どのくらい出来たの?」
「そうだな……大体八割といった所だな。明後日には完成するんじゃないか?」
「そうなんだ」
そう言い、詩乃は視線の先にある物を見る。それは、
「じゃあ、頑張ってね」
「ああ。詩乃もな」
「私は夏休みよ」
そう返されると詩乃はラースを後にする。見送った修也は風呂敷片手に腕を目一杯伸ばす。
「さて…最後の総仕上げと行きますか……」
そう言い、修也はラースの一室で作り出したパーツの接合と試運転を行った。
修也がラースで仕事をしている中、政財界やニュースは恐ろしい過重労働を強いられていた。何せ現職の国務大臣が私用の出先とはいえ襲撃を受け、尚且つそこで負傷したのだ。暗殺騒ぎにならないはずがなかった。おまけに相手は元傭兵でボスニアなどで日本人ながら活躍した政治家だ。国民からの人気も高い。
根も葉もない噂がネット上を走り回り、その一説に『傭兵時代にアメリカの秘密作戦に加わっていてその情報が漏れないようにアメリカが消しに掛かった』なんて言うぶっ飛んだ話まで上がるくらいだった。おかげで藤吉には多くの記者が突撃して、家の周りに駆け込んでいると言う話があり、家に帰らなくてよかったと思っていた。
それに、自衛隊上層部が十人単位で体調不良などを理由に
週刊誌も政治スキャンダルと現職国務大臣の暗殺未遂、さらにはトドメのラースの一件で大惨事になっていた。週刊誌の部署では何人か病院に搬送されたと言う話も上がっている。
そしてアメリカでは襲撃部隊がアメリカ政府の公営PMCの会社に所属する者だった事など。傭兵として名を馳せた藤吉とのコネクションのある政治家や軍人を通じて国際的に大バッシングを受けていた。何せ、傭兵なのに勲章を貰ったような人だ。アメリカはそれはもうメチャクチャに叩かれていた。
そして、不正アクセスをしたアメリカ、中国、韓国のプレイヤー達がログアウトした後病院に駆け込んだと言う。
『戦車で吹っ飛ばされた』
『銃弾で体を撃たれた』
『剣で斬られたところが痛い』
そう言って駆け込んだ患者達を見た医師達は揃ってこう答えたと言う。
『そんなの自己責任だ!!帰れ!!』
そう言って看護師達によって病院をつまみ出したと言う。この時、アスクレーの論文は周知の事実となっており怪しいサーバーには入らないと言うのが常識となりつつあった。人間誰しも痛いのはゴメンなのである。それを知ったプレイヤー達は肩をガックリと落としながら帰って行ったとも言われており、中にはアミュスフィアを見るだけで嘔吐してしまうと言う症状まで出てしまっていると言うが、後悔はしていなかった。
「ネットの情報を正しく判断できない奴にゲームをやる資格は無い」
そのスタンスで貫く事を決めた修也は本土に送還されたあと。暫しの検査を受け、翌日には家で軟禁された。
だけど、仕事はしないといけないと言う事で六本木のラース支部まで送迎付きで許可をもらって仕事をしていた。アスナ達から託された『フラクトライトを守る』仕事をこなす為に最後の仕上げをしていた。
そして七月も終わりかけの二五日の深夜、それは完成した。