キリト達が意識を取り戻して数日後。
都内の病院
「ねぇ、ちょっと多いんじゃ無いの?」
「問題ないだろう。部屋には大食いがいるし、冷蔵庫もあるから保存ができる」
そこでは修也と詩乃がフルーツのが言った籠を持って病院を歩いていた。
少し多いのでは無いかと言う詩乃に対して修也は安直な予想を立てていると『桐ヶ谷和人』と書かれた部屋の扉をノックした。
『どうぞ』
聞き覚えのある声を聞き、扉を開けるとそこにはベットで横になっている和人と明日奈がいた。和人は修也達の見舞いに驚きつつも嬉しそうな表情を浮かべた。
「元気そうで何より」
リハビリを受けてげっそりとした様子から健康的な肌色になったキリトを見ながら籠をテーブルに置くと明日奈が驚いた様子を見せていた。
「これ、食べ切れるかな?」
「多かったら切って食べてくれれば良い。冷蔵庫にでも入れておけば……」
そこで和人は申し訳なさそうに言う。
「あ、ごめん…冷蔵庫。さっき菊岡さんの差し入れでいっぱいで……」
「彼奴…よりにもよって発酵食品を買ってきやがったよ…」
「……ちょっとすまんが意味がわからん」
「大丈夫。それは俺たちもだから……」
何でそうなる?と言うチョイスをした飼い殺し元官僚の顔を思い浮かべながらため息を吐くと修也は詩乃達を見て言った。
「詩乃、腐らないうちに食べてしまおう」
「そうね…じゃあちょっとナイフとかを……」
「あ、私も付いて行くよ」
そう言い病室を出て行った二人を見送り、病室に修也と和人だけが残ると和人が口を開いた。
「明々後日には退院だってさ」
「そうか。それは良い事だ」
そう言うと暫しの魔の後、修也が口を開いた。
「……和人」
「何だ?」
「菊岡さんが来たと言う事は……現在のアンダーワールドの状態も知っているな?」
「ああ…知っている」
直球な修也の話に思わず目が細まってしまう和人。事情を知っているからこそ二人の顔は険しくなる。
「菊岡さんはAIに人権を与える風潮を作ることを目標にしているそうだな」
「あぁ……現状、それが最善の策なんだろうな……残り少ない期間でアンダーワールドを守るためには……」
そう言うと二人は思わず外に映るビル群を見つめる。
ゲームの世界では英雄と呼ばれる彼らも、現実世界では唯の一個人にすぎない。
どれだけアンダーワールドの保全を求めても、それを決めるのは大衆である。一個人の決定で物事の判断を決めることができるのは真の独裁者だけだろう。
悲しいがそれが現実だ。ーーー二人が守りたいと願うあの世界もひとつの判断で簡単に消されてしまう。何もできない歯痒さを覚えながら修也は呟く。
「今…父さん達は政争で忙しくてアンダーワールドに手を出せないでいる。
現状、動けるのは祖父さんと菊岡さん辺りが限界だ……
しかし、あの二人の会見で世界中に大きなインパクトは与えられた……政府としてもあの技術を手放すのは惜しいと考えているらしいぞ?」
「お前がそう言うなら事実なんだろうな……やれやれ、これだから政治家にはなりたく無いね」
そう言いため息を吐く和人に修也も疲れた表情を浮かべる。
「あれ以降、ユージオ達について行って見ているが疲れるよ…本当……」
哀愁を垂れ流しながらそう言う修也に和人は気苦労が絶えないな。
と思っていると修也は俺に聞いて来た。
「……なぁ、和人。どう思った?」
「どう……って?」
「アンダーワールドに初めて来た時。どう思った?率直に言ってくれ」
そう言われ、俺は思い返す。ユージオと初めて出会ったあの場所で感じた事をふと呟く。
「すごく……現実とそっくりだった。初めは異世界に居るんじゃないかって、ちょっと思うくらいには……」
そう言うと修也も納得して頷いた。
「そうだよな……正直、私もゾッとしたね。二つの意味で……」
「二つ……?」
すると修也はその疑問に答えてくれた。
「そう、あの世界を見た時に。自分の脳裏に『水槽の脳』がよぎった」
「水槽の脳……?」
聞きなれない言葉に和人は首を傾げる。
「ああ、哲学の一種で、デカルトのグローバル懐疑論の現代版であると言われている仮説だ。『自分や君が体験しているこの世界は、実は水槽に浮かんだ脳が見ている夢なのではないか』という物だ」
「は、はぁ……」
いまいち理解が追いつかず、微妙な返事をしてしまうと修也は分かりやすく言ってくれた。
「まぁ、分かりやすく言うと……『この世界は誰かの妄想でできた世界なんじゃないか』と言う事だ」
「っ!!」
その時、ふとアドミニストレータやアリスの言っていた言葉が蘇る。ユージオ達の会見は録画されたものを明日奈から見させてもらった。その時の一言をふと思い出す。
『もしこのリアルワールドもまた創られた世界だったとしたら。その外側に更なる創造者が存在したら?
ある日、あなた方の前にその創造者が現れ、隷属せよと命じたら。あなた方はどうしますか?』
その言葉を思い浮かべる。もしかしたら本当に有るのかもしれない。自分達が知らないだけで、この世界は誰かが作った妄想の世界なのかも知れない……と。
思わずゾッとするような想像をしてしまっていると修也の持っていた携帯に連絡が来た。
「……誰からだ?」
そう思い、携帯を取り出した修也は少し会話をすると神妙な顔つきで和人に言った。
「……悪い、呼び出しを受けた」
「ラースのか?」
「ああ、詩乃達に伝えといてくれないか?」
「ああ、お前も頑張れよ。色々と噂の御仁だしな」
「ふっ…それほどでもないさ」
激励の言葉を投げると修也はそのまま病室を後にする。その目はどこか鋭い目をしていた。
その数分後、明日奈達が戻ってきて修也の事を伝えると詩乃さんがカンカンになっていた……頑張れよ、修也。
「……」
病院を先に後にした修也は一人、小道を歩いていた。周りに監視の目がない事を確かめつつ、一人で歩いているとやがてあるアパートに辿り着く。
「ここだな……」
そう言い、修也は再度周りに誰もいないのを確認すると部屋の扉をノックする。
「比嘉さん。手伝いに来ましたよ」
そう言うとアパートの扉が開き、中から少々汗臭い比嘉さんが顔を出した。
「どうぞ、修也くん」
そう言い、修也を招き入れると修也はアパートの部屋に入る。中は機械やコンピュータで埋まり、放熱で少し蒸し暑い。電気は付いておらず、カーテンも閉じており、暗かった。部屋には多くの機械が散らばり、歩くのも少し危なかった。
部屋に入ると自分は比嘉さんに聞いた。
「…守備はどうですか?」
「何とか……」
そう言い、懐から取り出したUSBを持つと比嘉さんが聞いた。
「本当に……やるんっすか?」
その問いに自分は比嘉さんを見ながら言う。
「もし、反対するなら今ここでそのチップを壊せば良いはず。それに、そもそも自分の提案に乗らなければ良い事……だけど危険を冒してまでそのデータを持ってきたと言う事は……
比嘉さんもある程度望んでいるのでは?」
父に似て、人を押さえつけるような目をした修也に比嘉は息を飲んでしまうとラースから持ち出したUSBをゴテゴテ機械の中に差し込む。キーボードを触るかどうかの直前で思わず指が止まってしまう。そっと修也の顔を見ると。彼は機械弄りの好きな青年では無く。兄と同じく一人の
今の彼は、彼の兄と同じ目をしていた……。
事の始まりはキリトの記憶データをデリートしている時だった。
作業中に少しだけ自分の中にある事が浮かんだが、どうしようか悩みながら二人の記憶データを処理していた。すると……
「比嘉さん……」
キリト達が目覚めてラース内で職員達が乱舞する中、修也が比嘉に話しかけていた。
「どうしたっすか?修也くん」
修也の方を見ながら比嘉が答えると修也は小さく千切られた紙をスッと出すとそのままその場を去っていた。その紙を読んだとき、思わず息が止まったのを覚えている。終業後、自分は思わず修也を人のいない場所に呼んでいた。
「修也くん……これはどう言う事っすか?」
そう言い、千切られた紙を見せる。そこには『キリトの記憶データが欲しい』と書かれていた。追求すると修也はアッサリと自分の本心を比嘉に伝えた。
「自分の思っている事ですよ……別に比嘉さんが協力しなくても良いです。ほんの出来心みたいなものですから……でも、見てみたいと思いませんか?
人類史上、最も長く生きた人の記憶を……」
その目は自分の目で見て何があったのかを見てみたいと言う一研究者として強い欲望と意志があった。たとえ失敗しても良いような目を……。
そう、まさに彼の兄と同じ目をしていた。
「……………」
思わずダンマリしてしまう比嘉に修也は言う。
「……自分はこれで失礼します。気が変わったら今の事は忘れていてください」
そう言い残すと修也はその場を去って行った。一人残った自分は唖然としていた。
修也の話に興味を持っている自分もいたが、それを否定する自分もいた。
パンドラの箱を見ているような感覚だった。だが、とても気になった。今までにないほど悩んだ挙句自分はラースから多くの目を掻い潜ってある一人のデータを持ち出した。
「ーーーキリトの分しか持ち出せませんでしたか……」
「菊さんや他の目もあったっすからね…一人が限界だったすよ」
USBを差し込み、キーボードを叩く寸前で二人はそう話していた。元々修也は父親の目もあって恐ろしいくらいの監視をされていたのでそもそも変な動きすらできなかった。
そして、Enterキーを押そうとした時。改めて比嘉が聞いた。
「本当に……やるんっすね?」
フラクトライトは自らが複製品であるとわかると自ずと自壊してしまう。それは菊岡や比嘉、ラース職員全員でやっても同じ事だった。
そこには修也を含まれている。だからおそらく、このキリトのコピーも同じような事になるのは推測できる。だが……『もしかしたら』があるかもしれない……
修也は画面をじっと見ながら頷いた。
「はい…‥お願いします」
「………」
そして比嘉はキーを押し込む。電算機にデータが入り、複製が行われ、人工フラクトライトに記憶のデータが写される。二〇〇年分の……到底人類が辿りつかないほどの時間の記憶が……。
画面にフラクトライトの活性化すると映像が流れ、聞き慣れた声がした……。
『ーーーそこにいるのは比嘉さんとブレイドか?』
「……あぁ」「そ、そうっす……」
思わずブアッと汗が滲み出る。何と言う重圧だろうか。目の前にいるだけで冷や汗が出てしまう…。
するとキリトはやや呆れつつも納得が行った声色で言う。
『俺を消さなかったんだな……いや、正確には……
『コピーした』と言うべきか……』
「「!?」」
自らをコピーした存在だと認識した……
これで自壊するのも時間の問題だ…思わず画面端の時刻を確認してしまう。すると比嘉が画面に向かって話し出す。
「消せる…消せる訳ないっすよ!!……君は!二〇〇年と言う時間を耐え抜いた初のフラクトライトだ!!いや、人類史上最も長く生きた人間になってしまったんだ!!……消去できる訳ない…そうだろ!
キリト君!!」
時間にして十秒、まだ自壊は起こっていない。
『……こう言う事もあるかと…予想はしていた…おそらくブレイドが提案したんじゃないのか?』
まさかそこまで読まれていたとは思わず、驚愕をしてしまう。するとキリトは自分達に聞いた。
『ブレイド、比嘉さん……コピーしたのは俺だけか?』
「あぁ……記憶消去の処理中にデータを複製するのは一人が限界だった……」
『そうか……』
するとキリトは非常に落ち着いた様子で語る。
『王妃と…アスナと話した事がある。仮にこのような状況に至ったらどうするかと…』
目の前にいる親友……いや、友人と呼べるかも分からない別の人物は次にこう話す。
『アスナはこう言った……
『もし複製されたのが自分だけなら、即座に消去してもらう。
二人とも複製されたなら、残された時間をリアルワールドとアンダーワールドの融和の為に使いましょう』
……とね』
そこで比嘉が質問を投げかけた。
「なら、君だけだった場合は……」
『その時はアンダーワールドの為に
「「!!」」
キリトの発言にもう何度目か分からない驚愕をする。するとキリトは自分の推察を話す。
『アンダーワールドは現在、非常に不安定な環境下に存在する。そうだろう?』
「ああ……」
『あの世界は。リアルワールドにあって悲しい程に無力だ…エネルギー、ハードウェア、メンテナンス……そしてネットワーク……
あらゆる機能を現実世界の者に依存せざるを得ない……しかし、それでは到底の安全は保証されない』
「だが、それはもうどうしようもない事だ」
「そうっすよ。アンダーワールドの実態…ライトキューブクラスターはオーシャン・タートルから動かせないっす。そして、あの船は今は国の管理下にあって。政府の決定では明日にも主電源が落とされ、クラスターが丸ごと初期化してしまう可能性もある。それに……」
『原子炉の核燃料は後どのくらい持つ?』
突然の質問に比嘉は瞬きをする。
「え、えっと……「あれは原潜用の加圧水型だから…あと四、五年程だ」…そうっす」
キリトの問いに修也が答えた。
『ならば、その間は燃料を補給する必要がない。つまり、外部からの干渉を防げさえすればアンダーワールドは存続できる。そう言う事だな?』
「しかし…、オーシャン・タートルには武装の類は一切存在しないっすよ!?」
『俺は、
それはとても端的に答えられた。到底、一般的な日本人からは出ないような言葉だ。
「戦う…?けど、今は衛星回線も遮断され。オーシャン・タートルには通信すらできないし……」
『回線はある。ある筈だ…』
「ど、どこに…?!」
思わず画面に前のめりになってしまった比嘉に、思わぬ答えを言う。
『ヒースクリフ………いや、茅場晶彦。あの男の力が必要だ。ブレイド……
協力してもらえるな?』
その答えに比嘉は驚愕する。
「か、茅場先輩…!?」
思わず修也の顔を見ると、修也は目を閉じたまま画面を見ていた。何も言わないと言うことは肯定している証だ。
「生きて…いるのか……?」
比嘉は信じられない感情だった。その中で、自分達は思わぬパンドラの箱を開けてしまったのではないかと思っていた。
かつての仇敵同士の茅場晶彦のコピーと、キリトのコピー。
この二つが合わさった時、何が起きるのだろうか。
知りたい、その先に起こる事を見てみたい。
研究者としての心が動く。もう時間も忘れてしまった。思わず放心してしまう比嘉は修也の返答を待っていた。もう後戻りは出来ないんだ。
すると修也は口を開いた。
「……条件次第だ」
そして修也はキリトに問う。
「キリト……
お前は現実世界の人間を殺し回るのか?
現実世界の人々を虐殺し、殲滅する気なのか?
関係の無い、お前の両親や見知らぬ人を巻き込む気か?
返答次第では、私は君に協力はできない」
全身の気力を振り絞って出されたその問いかけにキリトは永遠とも思える間を置いた後、口を開いた。