記憶にある頃から、自分は他の人と違うと言うのは重々理解していた。
同い年の子と話すこともできず、大人と話している方が楽しい日々。
周りからは変な子供と思われ、預けられた保育園からは早熟だと言われたりした事もあったが、それでも両親はそんな自分を褒めてくれた。自慢の息子と言われるのが何よりも誇らしかった。
聞いた事は何でも返してくれて、物の使い方や話し方を教えてくれる。
時間があれば自分を家から連れて博物館に連れて行ってくれたりもした。
教えてくれた方法で作ったものは全て褒めてくれた。危ない事をすれば当然叱りつけ、怒られた事もあったが、それでも愛されていると言うのは十分理解していた。
『知る』ということに関しても、父は惜しみなくお金を出してくれていた。
運動は生憎とそれほどだったのは直ぐに分かっていたので、早々に諦めて両親は欲しいと言った教材を買ってくれた。
また母方の祖母も遊びに来ては、好きなものを買ってくれた。
誕生日や子供の日などの記念日には欠かさずお祝いをしてくれた。
父は国会議員という重役を背負っているのは生まれた頃から知っていたので、我儘も言わなかった。
母の仕事もよく知っていたので、田原さんと言う年老いたベビーシッターが自分の中では一番記憶に残っていた。
「父さーん」
ある日、その手で作った鷲のペーパークラフトを持って階段を降りた時、家のリビングから父の怒号が聞こえた。
『ふざけるな!』
確か今日は、親戚の人が来るからあまり降りてくるなと言っていたのをすっかり忘れていた。
元々、我が家は親戚との折り合いが悪い家というのは薄々分かっていた。
何せ自分は早熟であり、この時は中学生の数学を学び始めていた時期だった。それくらいの人の付き合いというのも学んでいるつもりだった。
『俺たちの子を何だと思っているんだ!』
直後、机を叩いて怒鳴った父に自分は思わず驚いてしまうが、自分が怒られている訳ではないと直ぐに頭が回ると、自分はそのまま静かに部屋の外で話が終わるのを待っていた。
『あなた方は何を言っているのかお分かりなのですか?』
リビングでは父と母が親戚の人と思うスーツ姿のその人に怒っている様だった。
『えぇ、勿論です。しかし…』
『貴様らはまだ言うか!』
今までで一番怒っている様子の父に流石に自分も少し怖くなって階段の踊り場に音を立てずに戻って行く。
『あの子供の才能を埋めたままでよろしいとお思いですか?』
『…』
その時の無機質な声色は今でも覚えている。
今まで親戚の家…両親がいつも本家と呼んでいる家に行ったのは二回ほどだった。
元々、我が家は分家の分家と言うくらいの本家から血が離れた家であり、父はそれほど実家の家柄を大切にしている様子はなく、母方の方の実家を大切にしていた。
『だからと言って本家がしゃしゃり出でくるな』
『大体、貴方達はあの子と何ら関係ないでしょう!?』
両親はそう言い、本家から来た人に言うと、その人は言った。
『あなた方の意見はよくわかります。ですが…
養子の子供にそれほど愛着を持つ理由は何故ですか?』
「おい」
「んにゅ…?」
頬をつねられ、目が覚めた。
視界の先にはザスマンが呆れた目を向けながら自分を見ていた。
「もう朝だぞ」
「…」
言われて辺りを見回すと、そこは見慣れない部屋だった。
何処だろうと首を傾げると、そこでいつも自分の世話をしてくれる健気な男性に聞いた。
「ここは何処ですか?」
「…はぁ?」
するとその人は困惑した後に心底呆れた様子で自分に言った。
「ここは自分の部屋だろうか」
「…あぁ」
「あぁ、って…お前なぁ」
そこでその人は反対のベットに座り込むと、そこで文句を交えながら言う。
「どうして私はここに?」
ベットで横になっているのに首を傾げていると、男性は教えてくれた。
「昨日、研究室で寝込んで倒れていた所を運んだんだよ」
「それは…ご迷惑をおかけしました」
彼は大学の寮の同室で、入学から色々と世話になってしまった人だ。
「ああいいさいいさ。天才ってのは何かと偏屈なものだからな」
そう言いその人は自分にリンゴジュースとバナナを渡してきた。
朝食のつもりなのだろう、ありがたくそれを受け取るとそこでその人…確かザスマンとか言ってた人は聞いてきた。
「シューヤ、今週末暇か?」
「今週…ですか?」
いきなり何を聞くかと思うと、ザスマンは言った。
「ちょっと外に出ようぜ。あんな臭い研究室に籠ってりゃ身が保たんだろ」
「そうでしょうか?」
自分に割り当ててくれた小さな元倉庫の研究室に入り浸っている彼とは初めこそアレだったが、最近はこんな会話ができるくらいには交流があった。
「私はあそこが気に入っているのですが…」
修也が言うと、ザスマンは呆れたジト目で返す。
「十四の子供はな、普通外に出て女捕まえたりして遊んだりするの」
「…そんな野獣みたいな生活は好きではありません」
そう言い修也はそこでかつて通っていた高校で少し嫌な記憶を思い出してしまった。
それは放課後に教室に残って高校生達(適正年齢)が大麻パーティーを始めた時の景色である。
散々日本は同調圧力が強い強いとアメリカは言っていたが、こっちの方がよっぽど大麻を勧めてくるとか、そう言った同調圧力は強いぞと突っ込みたくなる様な様だった。アレは実に不快な思い出だった。
「と言うより、貴方はそんな生活をしていたのですか?」
修也はそこでザスマンに怪訝な目を向けると、彼は弁明する。
「告白はしたことある」
「…つまり失敗した訳ですか」
「あぁ、嫌な思い出だよ」
彼は苦虫を潰した様な顔で語ると、修也はそれ以上聞く事はなかった。
「そんな哀れんだ目で見るな。無性に腹が立ってくる」
ザスマンはそう言うと、修也はつまらないと言う目線を向けてしまった。大人というのはこれくらいのことを流せるくらい寛容でないのか?
「あのなぁ、俺だから良いが、他の奴なら殴られるぞ?マジで」
「…」
この人は人の心を読める才能でもあるのか?だとするなら是非ともそのメカニズムを解明してみたいものだ。
「まぁ、今週末は空けておけよ。意外とお前さんのやりたい研究も見つかるかもしれねぇぜ?」
「…」
ザスマンに言われ、修也も少し言葉に詰まっていた。
授業は必要最低限出席している彼だが、特にやりたい事もない雰囲気で大学生活を呆然と過ごしている事は事実であった。
「分かりました」
そんな彼はザスマンの提案に乗るのも一考かと納得させて週末に出かける事を約束していた。
そして週末、街の郊外に向かう一台のピックアップトラックの車内で修也はタブレットを持って助手席に座っていた。
「また論文か?」
「えぇ、新しい生命工学の論文です」
ザスマンは窓を全開に開けて運転しており、その横で相変わらず小さな天才は論文を読み耽っていた。
「生命工学ね…俺もサイボーグとかには憧れるわ」
ザスマンはそう言い今も研究が行われ、尚且つ子供の頃に読んだ漫画を思い出していた。アレは確か…日本の作品で、蛇の名前を冠した題名の作品だったはずだ。
「…私にとってみればサイボーグなんて悲惨な状況しか生まない気がしますが」
珍しく返した修也にザスマンは気になって聞いた。
「何故だい?サイボーグは体の不自由な人に自由が与えられる素晴らしい技術だろう?」
「えぇ、確かにそう言う側面もありますし、自分も昔はそれを目指して兄と考えていましたよ」
そこで修也は頷きながら言う。
「ですが体を機械にすると言う事は、その分換えも効くと言う事です」
「換えが効く?」
首を傾げたザスマンに修也は続ける。
「どうしたってサイボーグは機械故に大量生産ができる。その過程で、失った四肢にその機械を装着をする事で、人は以前と変わらない生活を送れます」
「そうだな、それがサイボーグの強みだわな」
ザスマンは頷くと、修也はそんなザスマンに論文を読みながら淡々と言う。
「ですがそれが戦場であった場合は?」
「…」
修也のその一言でザスマンは理解できた。
それだけで修也の人柄も才能も、おおよそ理解できた。やはり天才というのはこういうところでも頭が回る人間を言うのだろうか。
「戦場で四肢を失ったとしても、サイボーグであれば大量生産された四肢や欠損した部位を取り付ければ直ぐに戦場に蜻蛉返りとなります。たとえ身体を欠損してもすぐに戦力として復帰せざるを得なくなります」
「…仕舞いにはテセウスの船みたく体全部が機械になっちまうと?」
その時に修也は鼻で笑った。
「その前に精神崩壊を起こして自殺するでしょう。事実、アフガニスタンから帰国した米国兵は毎年八千人規模で自殺していますし、PTSDでエースも死にました」
「…」
そこで修也の直近の問題にザスマンは何とも言い難い表情を浮かべると、
「てか…」
そこでザスマンはしれっと修也から聞いた情報に目を丸くしていた。
「お前兄貴いるのかよ」
すると修也は首を傾げた様子でザスマンを見た。
「えぇ、私には兄がおりますとも」
「…意外だな」
思わずザスマンは言ってしまうと、修也は聞いた。
「兄妹がいる様には見えませんか?」
「ああ、すまんがそう見えんな」
中々に失礼な言い方をする人だと内心ザスマンを貶す目を見せると、郊外のとある山中に車は止まった。
「着いたぞ」
砂利の敷かれた駐車場には数台の車が停まっていた。
「ここは?」
「俺の知り合いがいる場所さ。まぁ同好会みたいなもんだな」
そう言うと、遠くからは爆発音の様な音が聞こえ、車を降りた修也は看板に書かれた銃の絵を見て呟いた。
「射撃場ですか…」
「あぁ、その方がお前さんも気分転換になるだろう?」
「…銃はそれほど好きではないのですが?」
修也はそう言い、自分にとっては大学に放り込まれた原因でもあるが故に、良い印象のない『銃』という存在に怪訝な目でザスマンを見ると、
「まぁまぁ、アレも機械工学の生み出した奥深い産物だ。ハマれば好きになる」
そう言い彼は修也を連れて射撃場に入って行った。