三月二十日
この日、修也を除いた和人達はエギルに呼ばれてダイシー・カフェに来ていた。
いつもの曲がり道を歩く和人、明日奈、直葉、里香、珪子、詩乃は放課後に御徒町の駅で集合しいつもの道を歩いていたが、道やダイシー・カフェの入り口には何人もの人が監視するように見ていた。
この予定は一ヶ月前から決まっており、日にちが近づいてくるたびに和人達は緊張していた。
緊張感がどんどん高まりながら店の扉を開けるとそこにはスーツを着た男性と。モーニングコートを着て、横にシルクハットを置いた老紳士がカウンター席に座っていた。
エギルはいつも通りグラスを拭いているが、ガチガチに緊張しているのがよく伺えた。
店に入った和人達に二人が気付くと和人達に挨拶をした。
「君が、桐ヶ谷和人君かい?」
「そ、そうです……」
和人は緊張した声色で答えると、前に立つ一人の男は分厚い皮をした手を差し出しながら挨拶をした。
「初めまして和人君、私は修也の父の赤羽藤吉と言う。こちらは私の義父の秋元真之だ。いつも息子が世話になっているね」
「い、いえ!お世話になっているのはこっちの方ですから……」
ガチガチに緊張した様子で和人は藤吉と挨拶をすると藤吉は今度は明日奈の方を見た。
「そちらは、結城明日奈嬢ですか?」
「あ、そ、そうです。は、はじめまして……」
明日奈も和人と同じように緊張した様子で挨拶をした。
そして直葉達にも挨拶を知る中、里香が思わず言ってしまった。
「いえいえ、『赤富士』と呼ばれる貴方に会えて光栄です!!」
「…ほう、私の渾名を知っているとは……今の子は物知りなものだ」
今目の前にいる赤羽藤吉と言う人物は和人達からすれば立場があまりにも違いすぎた。本来ならこうして直接会えること自体が珍しい事だった。赤羽藤吉は現在、総務大臣を務める現職の国務大臣であり、和人達はよくニュースなどで顔を見ていた。赤富士と言う名は藤吉の政治家の時のあだ名で、彼の特殊な出立ちからそう名付けられていた。自衛隊を除隊した後に傭兵として世界中の戦場を駆け抜けていた彼は日本に帰国した後に政界入りした。
その時、傭兵の経験から危険視をされていたが。逆に世界中の戦場を見てきた経験から平和主義を唱えており、それが信頼を生み。今では国務大臣を務めている。赤富士というのは苗字の一文字と名前の〈藤〉を〈富士〉に変えてつけられた彼の愛称であった。赤は日を表す事から生粋の愛国者の彼にはピッタリのあだ名とも言えた。
彼は傭兵だった経験から欧州や中東に多くのコネクションを持っており、そこで厚い信頼を得ていた。そんな大物政治家が今和人達の目の前にいた。藤吉は和人達を見ると気さくに話しかけてきた。
「君たちの事は修也からよく聞いている。今日君達を呼んだのは私個人の我儘だと思ってくれ」
「「「……」」」
思っているよりも優しそうな雰囲気に和人達は少しだけイメージと違うことに驚きをしていた。
「さて、和人君達に早速聞きたいんだが……修也は学校ではどんなふうに過ごしている?」
「え?あ、えっと……」
「いつも、いろいろな事を教えてもらっています」
「珪子?」
「そうじゃないですか。修也さんはなんでも知っているから。いつも私は分からないところを聞いていますよ」
珪子がそう言うとそれを皮切りに和人達も修也の事を話していた。
全部話し終えた頃、藤吉とカウンターにいた老紳士、真之も嬉しそうにしていた。
「そうか…修也はそんな感じなのか……」
「義父さん、やはり時間を設けて正解でしたな」
「ああ、そうだな。修也には迷惑をかけてばかりだったからな……」
思わず、老紳士は目に涙を浮かべていた。修也が日本にいた時に祖父の家でお世話になったと言っていたが、本当にそのようだった。
「……さて、私はそろそろ仕事に戻らないと行かない。ここら辺で私は失礼するよ。これからも修也と仲良くしてくれ」
「あ、はい。分かりました」
そう言って藤吉は店を出ると護衛の人に囲まれてそのまま店を後にして行った。
店には老紳士の真之が残った。
「……さて、私もそろそろ行かないとな。今日は楽しい話を聞かせてくれて有難う」
「あ、は、はい……」
そう言うと真之は詩乃の方に歩くと詩乃が挨拶をした。
「お久しぶりです。真之さん」
「ああ、元旦以来だな。修也とは上手く行けているようだね」
「はい、元旦の時は色々とお世話になりました」
「なあに、こんな老いぼれでも出来ることをしたまでよ」
二人はそんな話をしている横で和人達はポカンとした様子だった。元旦に修也の家に詩乃がお邪魔した話は聞いていたので、おそらくその時に知ったのだろうかと予測を立てながら話を聞いていた。
「私は青森に帰るが、修也の事を頼むぞ」
「はい、分かっています」
そう言うと真之は最後に大きな爆弾を落とした。
「同じ家に住んでいるから修也の底堕落な生活も少しは治ったかな?」
「「「「「!?!?!?!?!?」」」」」
「そうですね……修也も健康的な生活にはなったと思いますよ」
「じゃあ、私が心配することもなさそうだな」
「修也はよくお祖父様の事を話されていましたよ」
「そうかそうか。ならば私も今度お邪魔させてもらっても良いかな?」
「はい、修也も喜ぶと思います」
「では、また会おう」
そう言い残すと真之は店を後にした。店を出た真之はモーニングコートにシルクハッドがよく似合っており、紳士を体現したような後ろ姿だった。
真之を見送り、店に戻った詩乃は全員から同じ質問をされた。
「「「「同じ家に住んでるってどう言うことですか!?」」」」
「あっ……」
詩乃はどうしようかと説明に小一時間ほど使ってしまった。
「…で、ここに和人達がいるわけか……」
「ごめん」
「まあ、いいさ……いずれは話そうと思っていたことだ」
そう言い修也はため息を吐きながら向いた先には和人、明日奈、里香がいた。直葉と珪子もいたそうだが、先に帰ったそうだ。
バイトから帰ってこの有様に修也はため息しか出なかった。
「羨ましいわ。同棲しているなんて」
「お前ら……怪我するから下手にうろつくなよ」
「「「オーケー!」」」
三人はテレビゲームをしながら遊んでいると修也は買い物袋から野菜や飲み物を取り出していた。
詩乃から連絡で和人達が奢るからと食材を買ってきていた。
「今日は量が多いな……」
「良いんじゃないたまにはこう言うのも」
台所で野菜を切りながらぼやく修也に詩乃が優しく声をかける。
修也はコンロの上で圧力鍋を確認し、オーブン皿を開けて中身を取り出した。
「やっぱり、修也は上手だね」
「そうか?」
そんな事を言いながらテーブルで料理を待っている和人達にオーブン皿を置いた。
「「「わぁ……美味しそう!!」」」
「カボチャとニシンのパイだ。他の物も作っておくから先に食べててくれ」
「これ、魔◯宅みたいだね!!」
「ああ、それを参考にしたからな」
「和人、まだ食べないで!写真撮るから!!」
「おいおい……」
「賑やかになったわね」
「五月蝿いの間違いだろ。これは」
修也はやんややんや言う三人を横目に台所に戻って鍋からパスタを取り出して盛り合わせていた。
なんだかんだで大勢家に来て嬉しいのだなと思いながら詩乃は写真を撮って興奮している明日奈達を見ながらサラダを食べていた。
それから何枚かの大皿にそれぞれ料理を乗せて持ってきた修也は詩乃の隣に座ると送れて料理を食べ始めた。
「修也って料理上手いんだな」
「まぁな、アメリカにいた時に色々と教えてもらったんだ」
「あぁ〜、確か修也はアメリカに住んでいた時間が長いのよね。たしかにアメリカはジャンキーな食べ物が多そうだもんね」
「日本の食べ物が美味しすぎて外国の料理が食べられなくなる」
「うっそだぁ〜」
「だったら聞くが里香。スイカはどうやって食べる?」
「そりゃあ、冷やして切ってそのまま食べるわよ」
そう言うと修也はやれやれと言った様子で小さくため息をついた。
「はぁ……アメリカじゃあスイカは穴を開けて中にウォッカを突っ込んで一週間くらい放置してカクテル感覚で食べるんだ」
「……まじ?」
「まじだ、メロンなんかもバーベキューで野菜と一緒に焼いてから食べるんだぞ」
「「「嘘ぉ〜ん……」」」
「本当よ、その時の写真もあるし」
そう言って詩乃が写真を見せると和人達は興味深そうに見ていた。
「本当だ……」
「す、凄い食べ方ね……」
「日本じゃ考えられんな」
「基本的に日本の食べ物が全部美味いんだ。特に果物に関してはな」
そう言うと全員がヘェ〜と言って面白そうに聞いていた。そんな感じで各々大皿から料理を取って自由に食べていた。
たった二時間ほどでここまで料理を作る手際の良さに驚きながら、和人達は夕食を楽しんでいた。
夕食後、和人達がゆっくりと話をして盛り上がっているとリビングに聞き慣れない音が聞こえ、扉が開いた。
『マスター、今帰った……よ?』
「あれ?和人さんに明日奈さん?それに里香さんまで……」
「おっ邪魔してまーす!」
「よ、直接会うのは春以来だな」
「お久しぶりです牧奈ちゃん」
「『え?』」
二人は驚いた様子で修也を見ると修也は事情を説明した。
「今日いきなり来たんだ。予定にないのは当たり前だぞ」
「あ、じゃあ。失礼しまーす……」
そう言い、マキナはストタンクに跨りながら部屋を後にした。
ストタンクはユイタンクから履帯を増やし、腕の部分にも手を加えた物だった。
今度オーグマーと言うAR型情報端末が発売されるので必要なくなってしまうかもしれないが、ストレア自体ストタンクは面白いと言う事でこのままストタンクは役目を果たし続けることになっていた。
ストタンクとマキナは最近こうやって移動する事が面白いそうで、こう言う光景をよく見ていた。
「二人とも元気ねぇ……」
「まぁ、ストレアちゃんはユイちゃんと同じだしねぇ……」
明日奈と里香がそう話しながら出て行った二人を眺める。その目は優しかった。
「……さて、そろそろ時間かな?」
「ああ、さっさと帰ってくれ」
「えぇ〜、もうちょっといさせれくれても良いじゃん」
「あのなぁ、時間を見ろ時間を」
「「「え?」」」
三人が思わず時間を見ると午後九時を回ったところだった。
「ヤバイ!もうこんな時間!?」
「急いで帰らないと!!」
「マズイマズイマズイ!スグに怒られる!」
「だから言っただろうに……」
慌てて上着を着てバタバタと出ていく三人を見て呆れながら修也は三人を玄関で見送った。
慌しかった数時間はあっというまにに終わり、修也と詩乃はテーブルでゆっくりと一息をついた。
「はぁ、騒がしい奴らだ」
「でも、楽しそうだったわよ」
「そうだろうか?」
「ええ」
「……」
思わず二人は黙としてしまうと修也は席を立って自室入ってしまった。
詩乃はそんな修也を見て面白そうにしながら台所で紅茶を淹れ始めた。ゲームの会議がある日は決まって詩乃が途中で紅茶の差し入れをしていた。
修也の部屋は詩乃が来た頃に比べて綺麗になっており、付箋で隠れていた壁も今は白い壁紙が見えていた。
このマンションは藤吉さんの所有するマンションの一つで学校と実家の中間地点にある。
前に住んでいた所と比べて学校まで遠くなってしまったが、修也が朝早く起きるのでそこら辺は問題なかった。
修也は少し目を離せば直ぐに自堕落な生活に戻るので近くにいた方が健康的にも精神的にも安心できた。
詩乃が来る前なんかは食事を必要最低限のサプリメントを飲んで生活をしていたのだから胃の中は空っぽで、医者からは修行僧のようだと言われていた。
修也の部屋にはエアガンが置いてあり、これは修也がアメリカで銃を撃ちまくっていた時の感覚が忘れられなくて買ったものらしい。
少しだけ銃を見て驚いてしまったが、今では完全に慣れてしまっていた。
そして紅茶を渡しにいくと修也はヘッドホンをつけて海外にいると言う他のザスカーの運営の人達と今後の方針を話し合っていた。
今回の議題はBoBの集団戦バージョンの『スクワッド・ジャム』と呼ばれる大会の結果を見て今後の方針や新しいルールの相談をしていた。第一回BoBの後に日本サーバーとアメリカサーバーを完全に分断したのはその時にアメリカ人が日本サーバーで大暴れしたからだそうだ。
運営がゲームに参加してより良いものにしているか、と感心しながら修也の話を聞いたことがあった。
ちなみに、ほとんど使った事はないらしいが、運営には日本サーバーとアメリカサーバーを制限なしに行き来できる権限を持っているらしい。
そんな事を思い出しながら詩乃は紅茶を修也の横に置く。
「お疲れ様」
「ああ、有難う」
今日もこうして修也と詩乃は幸せそうに微笑みあっていた。
ちなみに、修也と詩乃の住むマンションは学校から近いということでちょくちょく和人達の訪問を受けることになってしまった。